翌日。将冴は6時に目が覚めた。
いつもならもう少し寝ているところなのだが、昨日今日と早く起きている。
「狼牙が来たから……かな」
まだ隣で寝ているクラリッサの頬にキスをして、もう一つのベッドに目をやる。
そこには綺麗に整えられたベッドだけで、狼牙は寝ていなかった。
「狼牙、何処か行ったのかな?」
制服に着替え、クラリッサ宛に狼牙を探す旨を書いた書き置きを残し静かに部屋を出た。
と、そこでばったりある人物達と鉢合わせる。
「あ、将冴」
「兄さん、こんな朝早くにどうしたのだ?」
私服姿のシャルロットとラウラだ。
「シャルにラウラ。いや、狼牙がどっかいっちゃって」
「銀君が?」
「まさか、脱走?」
「狼牙はそんなことしないよ。脱走する人が、ベッドを整頓していくなんておかしいし」
「む……そうか……」
「その様子だと狼牙がどこにいるか知らないみたいだね」
「うん。ごめんね、将冴」
「謝ることじゃないよ。今日は休日だし、急ぐものでもないからゆっくり探すよ。そういえば、2人は朝早くに何してたの?」
まだ食堂も開いていないような時間に2人が出かける装いでいるのが気になった将冴。
「実はアルバイトを頼まれてな。以前にシャルロットといったメイド喫茶の人出が足りないらしい」
「メイド喫茶?」
「今度、学校祭でメイド喫茶やるし、参考になればと思ってね」
「そっか、そういえばそうだったね。今日時間があったら寄ってみようかな」
「い、いいよぉ!恥ずかしいから!」
「私もシャルロットど同意見だ……兄さんに見られるのは恥ずかしい……」
2人が顔を赤くして将冴がくることを拒むが、そのリアクションは将冴を更に調子付かせる。
「む、妹達の働く姿を見るのも兄の仕事だと思ったんだけど?」
「こういう時だけお兄ちゃんになるのやめてよ!」
「シャルロット、この状態の兄さんはタチが悪い。ここは戦略的撤退だ!」
ラウラはシャルロットの手を引き、将冴から逃げるように廊下を駆けて行った。
「そんなに恥ずかしかったのか……それは余計に行かなきゃいけないなぁ」
将冴は怪しい笑顔のまま、車椅子をこいだ。
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学生寮を一通り回ったが狼牙の姿はなく、仕方なく外に出るとグラウンドを走る影が一つ見えた。
「もしかして、狼牙?」
グラウンドに近づくと、そこには将冴の予想通り狼牙がグラウンドを走っていた。
と、将冴の姿を確認したのか、狼牙はゆっくりと減速し将冴に近づいた。
「早いな、将冴。クラリッサは?」
「ちょっと早く目が覚めちゃって、クラリッサはまだ寝てると思うよ。狼牙はトレーニング?」
「ああ、日課でな。将冴も一緒に……というのは難しそうだな」
「手足に関しては、鍛える必要があまりないからね。でも、胴体の方は結構鍛えてるよ?」
将冴が上着を捲るとそこには綺麗に鍛え上げられた体があった。
「ほう、昨日もちらりと見たが、なかなかのものだな」
「体がある時は剣道をやっていたし、もともと結構鍛えてる方だったから。車椅子に乗ってるせいで、みんな過保護だけど」
「それは仕方ないだろう。ハンデがあるというのは、無意識に気を回してしまうものだ」
「この体になってから身にしみてるよ。狼牙も、そういうのは気になる方?」
「相手によりけり、といったところだな。お前には、そこまで気を回さなくてもいいと思っている」
「そうしてくれると、僕も気が楽だよ。っと、トレーニングの邪魔しちゃったね」
将冴はグラウンドを後にしようとするが、パシッと狼牙に車椅子を掴まれた。
「そろそろ終わろうと思っていた頃だ。戻る場所は一緒なのだから、俺が車椅子を押そう」
「ふふ、ありがとう。でも、気を回さなくてもいいんじゃなかった?」
「これはただの親切だ」
「それはどうも」
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将冴と狼牙が部屋へ戻ると、そこにはスーツに着替えたクラリッサの姿があった。
「将冴、おかえり。狼牙は見つかったようだな」
「うん」
「クラリッサ、これから仕事か?」
「ああ、少しな」
「休日までご苦労なことだな」
「せっかく将冴と過ごそうと思っていたのに……」
ブツブツ呟くクラリッサに、狼牙は同情した。
「クラリッサ、お仕事頑張ってね」
「ああ、それじゃ行ってくる」
クラリッサは将冴にキスをして部屋を出て行く。いつもやっているので、将冴も慣れたようにキスを受け入れていた。
「その、なんだ。俺の前でやる必要はあったのか?」
「別に他意があるわけじゃないけど。いつもやってるから気にしないだけ」
「少しは気にして欲しいものだな。俺でも人がいれば控えるぞ。まぁ、あいつらは所構わずだが」
「あいつらって、複数?」
狼牙はしまったという表情を浮かべた。つい口が滑ってしまったのだ。別に知られたところで問題はないのだが、今後の交友関係という点で、得策ではないと思っていたのだ。
「確か、セシリアと付き合っているんだよね?」
「あ、ああ……」
「二股?」
「……み」
「み?」
「三股だ……」
「え……」
その言葉に将冴は口を噤んだ。
「……黙らないでくれるか?」
「狼牙って……節操なし?」
「ぐっ……言われ慣れているが、改めて言われると辛いな」
「お相手は?」
「……簪と楯無だ」
「うわぁ……」
これには将冴もドン引きである。
「おい、将冴。引きすぎだろう!」
「いやぁ、ちょっと……さすがにね……」
「本当にその反応は傷つくぞ!?」
狼牙の顔が本当に必死だった。
「ごめんごめん。でも、どうしてそんなことに……」
「まぁ……一人だけ、ということができなかっただけだ」
「そっか……ねぇ、狼牙。この後暇だよね?」
「まぁ、用事などあるわけもないが……」
「じゃあ、街に行かない?お詫びするよ」