エリーゼンスの憂鬱 作:パンデユデユデユ郎
俺の名はエリーゼンス。
親しい人からはエリーと呼ばれている。
灰色の長い髪に、眠たげで疑うような目付き。背丈は子どもと変わらず、声も高い。
こんな外見ともなれば子ども扱いされても仕方がないとは思うのだが、幸いにも俺は『大人』として街に受け入れられていた。
俺の仕草が落ち着きすぎているらしく、事情があってこのような姿をしていると思われているようだ。
馬鹿馬鹿しい話だが、「数百年生きた魔女ではないか」などと噂が流れているようだ。
まったく、笑えない冗談だ。
実際のところ、俺は魔女でもなんでもない。
────ただの、呪いを受けた元オッサンである。
俺はかつては、剣士としてブイブイ言わせた冒険者だった。
戦いの前線に立ち、刃を振るい、血と汗にまみれて生きてきた。
それなりに名も売れていたと思う。だが油断した。
敵の魔術師に背後を取られ、『弱体化の呪い』を受けたのだ。
その結果がこれだ。
筋力は失われ、骨格は縮み、年端もいかぬ幼女の姿に成り果てた。
これでは冒険者などやっていけない。
俺はかつての仲間に散々笑われながら、冒険者を引退することになった。
まったく、俺にとっての思い出したくもない黒歴史だ。
……敵に負けて幼女にされたなど、恥ずかしくて口が裂けても言えん。
だから俺は、過去を語らない。
聞かれても、曖昧に笑って誤魔化すだけにした。
そしたら、いろいろと妙な憶測が飛び交ってしまったということだ。
「やあ、エリー。いつも野菜の納品、ありがとう」
俺がいつも通り、商品を背に街を歩いていると。
宿屋の主人チャーリーが、朗らかに声をかけてきた。
「ああ。こちらこそ、いつも買ってくれて助かっている」
俺は淡々と答え、背負っていた籠を下ろした。
中には今朝収穫したばかりの根菜や葉物がぎっしり詰まっている。
冒険者を引退した後、俺は農家になっていた。
辺境の街で畑を耕し、野菜を育てて暮らしている。
理由は単純だ。
この体では、もう戦えない。
剣を振る筋力はなく、走ればすぐ息が上がる。更に、俺は魔法も得手ではない。
唯一、農家の親父から教わった作物を成長させる魔法だけが、俺に許された唯一の魔術だ。
肥料と水分、そして僅かな魔力。
それさえあれば、植物を急速に成長させることができる。
戦闘にはまるで向かないが、農業で生きていくにはこれ以上ない代物だ。
「そうだエリー。いい酒が手に入ったんだ。今夜はウチで飯を食っていけよ」
「それは助かるな。ご相伴に預かるとしよう」
俺は友人である飲食店の兄ちゃんから誘いを受け、軽く頷いた。
こうして人付き合いをしておくのも、生きていく上では大切だ。
「いつも誘ってもらって悪いな」
「気にするな。エリーが来ると、妹が喜ぶんだ」
危険な冒険者稼業を引退し、畑仕事で人生を再出発する。
不本意ではあるが、今では悪くない選択だと思っている。
「そうか」
人並みの、質素だが幸せな生活。
身の丈に合った交友、日々の静かな楽しみ。
これらは、冒険者をしていては手に入らなかった暮らしだ。
俺はかつて親の反対を押し切って、農家だった実家を飛び出し都会で冒険者になった。
その末路が、結局は親と同じ農家だとは。
蛙の子は蛙、とはよく言ったものである。
「今日は付き合ってくれてありがとな、エリー!」
「こちらこそ、楽しかった。また来るよ」
夜、酒を飲み、料理を腹に収め、ほろ酔い気分で家路についた。
旨い料理を楽しんだら、そのまま眠りにつくのが人の常だ。
だが俺の仕事は、まだ終わっていない。
畑は、夜のうちに仕上げる必要がある。
「さて、お仕事の時間」
月明かりの下、鍬を担ぎ、畑へ向かう。
この時間帯は魔力の巡りがよく、畑を作りやすい。
「……やるか」
日が照り付ける時間帯までに畑を作らないと、効率が悪い。
作物は日光を浴びて成長するから、朝日が昇る前に畑は完成させないといけない。
深夜に畑を作り、昼間に水と肥料を与え、数日ほどかけて育て、売りに回る。
それが、俺の生活サイクルだった。
「ふんふんふーん」
今日の夕食は楽しかった。明日も、楽しい日になることを祈ろう。
その為には、仕事をきっちりせねばならない。
俺は鼻歌交じりに、畑に足を踏み入れた。
「美味しい野菜を作るには、豊富な肥料を与えましょ~♪」
気付けば口から洩れていた、意味不明な歌詞。
大分、酒に酔ってるな。俺は歌い続けながら、冷静にそう自分を見つめていた。
☆☆☆
時刻は深夜。日の光は落ちて、多くの人が寝静まった頃。
「親分。本当に、エリーゼンスの畑に盗みに入るんですかい」
夜の闇に紛れ、賊の一団が囁き合っていた。
数百年は生きた魔女、エリーゼンスの畑の前で。
「ああ。ヤツの野菜は特別だ。魔力が籠っているって話じゃねぇか。高値で売れる」
親分と呼ばれた男は、欲に濁った目で畑を見据えていた。
その先には、豊富に実った果実がたくさんあった。
「でも、エリーゼンスと言えば数百年も生きた魔女でしょう?」
「そんな与太話を信じてるのか、お前」
「信じますよ、そりゃ。あの雰囲気、ただもんじゃありません」
彼はこの辺で、作物を狙って窃盗を繰り返す賊だった。
そして今夜は、『優れた野菜を作る』と有名なエリーゼンスの畑に狙いを定めたらしい。
「それにあの魔女、敵対する者には容赦がないって噂ですぜ」
「バレっこねぇさ。今夜は留守だと聞いてる」
だが仲間たちは、親分の話を聞いて顔色を悪くした。
エリーゼンスには、怖い噂がいくつもあった。
彼女の目からは誰も逃れられない。逆らえば死ぬより辛い目に逢う。
「悪いが親分、俺たちは付き合いきれねぇ。魔女に喧嘩は売りたくねぇ」
「……へっ。肝の小せぇ連中だな」
吐き捨てるように言い、親分は一人で闇に紛れた。
そんな彼について行く仲間は一人もいなかった。
「何だ、何の罠も仕掛けられてねぇじゃねぇか」
深夜、賊はエリーゼンスの畑に忍び込んだ。
月明かりに照らされた作物は、異様なほど瑞々しく、生命力に満ちていた。
なるほど、これは間違いなく最高品質の野菜だ。
賊の親分は、思わず唇を歪めて笑った。
「……こいつは売れるぞ」
まったく、仲間の連中は心配し過ぎだ。
あんな幼いメスガキ一人を、なぜそんなに怖がっているんだ。
「そんじゃ、頂き────」
そう呟き、収穫物に手を伸ばした、その瞬間。
──ふんふんっ、ふーん。
鼻歌が、聴こえた。
「なっ……!?」
親分は慌てて地面に伏せた。
するとまもなく畑の向こうから、小さな影が近づいてきた。
灰色の髪。幼い体。
鍬を軽々と担ぎ、鼻歌交じりに歩く少女。
エリーゼンスだ。
(ちくしょう、なんでこんな時間に……!)
幸い、エリーゼンスは親分に気付いていなかった。
時刻は深夜、月明かりも乏しい。
地面に伏せている人間に気付けという方が難しい。
(気付いていない、んだよな?)
だがエリーゼはまっすぐ、賊の下に近づいてきている。
バレているのか? だったら、声をかけてこないか?
いやきっと、偶然だ。たまたま近づいてきているだけ。
このまま地面に伏せていれば、見つからない可能性が高い。
そう考えた賊の親分は、息を潜めて身を隠した。
グサリ。
直後、賊のわき腹を鋭い鍬が切り裂いた。
「─────!!」
「ん? 何か硬いなぁ~」
賊は叫びそうになるのを堪え、慌ててゴロゴロと転がった。
エリーゼンスは、ピンポイントでいきなり賊の腹を切り裂いたのだ。
痛みと焦燥で、賊の額に脂汗がにじむ。
(やはりこの女、俺が隠れているのに気付いている!?)
激痛を堪えながら、賊は転がって彼女から距離を獲った。
するとエリーゼンスは歌うように呟き、鍬を振るい続ける。
─────その鍬は賊から離れた、明後日の方向を耕していた。
彼女がいくら鍬を動かそうと、土が掘り返されるだけ。
(な、なんでぇ。気付いてねぇんじゃねえか)
賊は安堵し、再び息を潜める。
だが次の瞬間、親分の体に激痛が走った。
声を上げる暇もない。
地面から伸びた“何か”が、体内に食い込んできた。
「美味しい野菜を作るには、豊富な肥料を与えましょ~♪」
それは、根だった。
植物の根が臓器に絡みつき、肉を裂き、体の内側へ浸食していったのだ。
(肥料!? 肥料って、まさか……!)
恐怖で体が硬直し、親分は歯を食いしばることしかできなかった。
そうしている間にも植物の根は賊を貪るように、ニュルニュルと蠢いて
(やっぱり、俺は、気付かれ─────)
賊が後悔した時には、もう遅い。
やがて、意識が遠のく。
翌朝。
親分が戻らないことを不審に思った仲間たちが、畑を訪れた。
「ひっ!?」
「う、うげえ!?」
そこにいたのは、人の形をした畑だった。
全身から植物が生え、辛うじて息をしている親分。
根は臓器に深く張り付き、瀕死の重傷だった。
「だ、大丈夫か親分!」
「早く、助けないと」
仲間たちは慌てて親分を引き起こし、治療のため医者を呼ぼうとしたその時だった。
畑の先に、困ったような顔の少女が立っていたのに気が付いた。
「おいおい、そこは私の畑だぞ? 誰だか知らないが、勝手に入ろうとしないでくれ」
エリーゼンスは、にこやかに微笑んでいる。
親分を助けに行こうとした仲間たちの顔から、血の気が引いた。
「警告しておく。私の畑を荒らそうというなら─────」
それはまるで、日常会話のようなテンション。
だが賊たちは理解した。
「“肥料”にされても文句言うなよ」
「ひ、ひぃっ!!」
自分たちは、魔女の逆鱗に触れてしまったのだと。
「わ、分かっています! エリーゼ様の作物に手を出す気はありません!」
「ご、ごみを落としてしまったので、回収しようとしただけです!」
「そうかい」
その言葉を聞くと、エリーゼはつまらなそうに目を背けた。
「じゃ、そのゴミを回収してとっとと立ち去ってくれ」
「はいぃ!!」
こうして賊は、死にかけの親分を回収し。
それ以降、賊は二度とエリーゼの近くに近寄ろうとしなかった。
(こ、怖かった。なんであんなガラの悪い連中が、ウチの畑に?)
その一方で、エリーゼンス本人はというと。
朝から畑に怖そうな兄ちゃんがたむろしてたので、内心でビビり散らかしていた。
昨日、彼らの親分を耕したことなど全く気付いていなかった。