エリーゼンスの憂鬱 作:パンデユデユデユ郎
最近は、悪い出来事がよく続く。
俺、農家のエリーゼンスは今日も厄介事に巻き込まれていた。
「失礼する」
幼女の身体は、不便が多い。小さな手のひらを泥で汚し、
収穫した作物を籠に詰め、いざ街に向かおうとした直後。
「エリーゼンスさんですね。少しご協力をお願いしたいのですが」
「ふむ、何の用だろうか」
怖い顔した保安官がゾロゾロと現れ、俺に職務質問を始めたのだ。
国家権力は怖い。俺の胃はキューっとなっていた。
「いくつか、質問に答えてもらうだけでいいので」
「これから野菜を卸しに行くのでね、手短にしてほしいが」
「もちろん、そんなに時間は取らせませんよ」
ここら辺に住んでいる人間は俺しかいない。彼らの調査対象は、俺だ。
何だっていうんだ、国家権力を敵に回すようなことなどした記憶はないぞ。
「先日、ここらで凶悪な傷害事件が発生してね」
「凶悪な傷害事件?」
「全身を植物に浸食され、瀕死の重傷を負っていた。食物の根が全身に張り巡らされていたという」
「そいつは、おぞましいな」
保安官から聞いた話は、寝耳に水だった。え、そんな怖い事件が発生してたの?
俺は冷静さを取り繕いながら、内心でドン引きしていた。
しかし国家権力たちは、俺を疑わしそうな目で睨んで
「それで君は、農業魔法が使えると聞いてな」
「─────それで?」
「い、いや。参考までに、話を……」
ああ、理解した。彼らは、俺を犯人と疑っているのだ。
この辺で、質の悪い通り魔が現れた。その犯人は、植物の魔法を使った。
だから、俺が疑われている。
「勘弁してくれ、俺の魔法は植物の成長を早めるだけだ。殺傷力なんかない」
「それはそうだろう、と思っているが」
「だったら、何で俺なんかを疑う。この虚弱な体躯を見てくれ」
最悪である。どうしてよりによって、その凶悪犯は農業魔法なんか使ったんだ。
俺に罪をかぶせる為に? わざわざ、どうして。
あるいは偶然? だとしたらお祓いに行った方がいいんだろうか。
「こんなひ弱な女が、傷害など出来る筈がないだろう?」
「……」
俺はフリフリ、と見せつけるように手のひらを振った。
筋肉の薄い華奢な腕から、透明な汗が滴り落ちる。
こんな細腕でどうやって、他人を害せるというのか。
「情報を集めたいだけなんだ。その事件について、何か知っていることは……」
「何も、知らない」
俺が即答すると、役人どもは困った顔をした。
実際、俺は何も知らないのだ。傷害事件とか聞いて、何それ、怖……ってなってる。
人間の身体に植物根を張り巡らせるって、どんなサイコパスだ。
「ま、全く何も知らないというのか」
「ああ。知ったことではない」
「いや、だが……。えっと」
「あ、そうだ。一つだけ、知っていることがあった」
しかし彼らも、何の情報もなしで帰れないのだろう。
保安官たちが食い下がるので、俺は少しだけ考え込んだ。
─────あ、そう言えば。
畑の周りで、ガラの悪い連中を見たことを思いだした。
「一昨日だったかな。私の畑にちょっかいをかけようとした連中を見た」
「そ、それで、どうしたんだ」
「どうもしないさ。
そう、俺が見た事実をそのまま情報提供する。
そうそう、あの日は朝から怖いお兄さんがワラワラいてめっちゃ怖かった。
「警告だけで退いてくれて助かった。俺は平和主義者なんだ、争いは好きじゃない」
「そ、そうか」
でもこの畑に悪戯されたら、俺は生きていけなくなる。
勇気を振り絞って注意をしに行ったところ、彼らはすぐ退いてくれた。
「あれは参ったよ。もう二度と、誰かを『警告』したくはないね」
本当に助かった。もし逆切れされて詰め寄られていたら、チビっていたかもしれない。
俺が愚痴るようにそう告げると、なぜか役人たちは一斉に顔を青ざめさせた。
「エリーゼンス殿、本官から一つよろしいか」
「ああ」
数秒ほど沈黙が続いた後、口火を切ったのは強面の男性だった。
俺の倍くらいの背丈はあろうか、筋骨隆々の成人男性だ。
「本官は保安官をしている、マルクと言います」
「どうも」
「エリーゼンス氏は、実に大変な経験をされたようで」
彼は口では俺をねぎらいながら、顔は一切笑っていなかった。
見るからに気難しそうな男だ。
「本来その荒くれ者に『警告』するのは、我々の仕事でした」
「その通りだな」
「我々は暴力行為を見過ごせない。法を守り、民を律するのが使命」
マルクと名乗った男は、俺の顔をじっと見つめる。
目つきが鋭い。まるで犯罪者を見るような目だ。
「素晴らしい心がけだ、マルク保安官。次は俺の手を煩わせるようなことにならないと良いな」
「そうですね、エリーゼンス氏」
だが言ってることはその通り。マジで怖かったんだからな。暴力ダメ、絶対。
次はちゃんと、ああいうヤバい連中から俺を守ってくれよ。
「だからこそ、改めて貴女に聞かねばならない」
マルクのが一歩踏み込んでそう質問したことで、役人たちは狼狽した。
彼の腕を引いて『もうやめろ』と耳打ちする者もいた。
だが、マルクの瞳はゴウゴウと燃え盛っている。
「嘘はつかないで欲しい。一昨日の深夜、あなたは畑で何をしていた?」
まさかこいつ、まだ俺のことを疑っているのか?
ここまで強い口調で言うって事は疑ってるんだろうな。
俺が犯人なわけないことなんて、この腕を見ればわかるだろう。
何で突っかかってくるんだ。
「どうした、何故黙っている。答えられないのか」
「おい、マルク。その辺で」
暴走したマルクを、傍らにいた老齢な保安官が窘めようとした。
周囲の役人もみな、気まずそうに黙り込んでいる。
きっと彼は、空気が読めない迷惑な保安官なのだろう。
「別に、答えられるぞ。さて、何をしていたっけか」
とはいえ、疑われっぱなしなのも癪だ。
一昨日の深夜、か。はて、俺は何をしていただろうか。
ああ、そうだそうだ。あの日は確かチャーリーに誘われて、一緒に飲んだんだ。
「思い出した。あの晩は楽しい夜だった」
「……っ!」
「何せ、あの日は─────」
チャーリーの妹さんは料理上手だ。彼女を嫁にする男が羨ましくて仕方がない。
あの晩はチャーリーと肩を組んで酒を飲み、そのままほろ酔いで帰宅して、鼻歌を歌いながら鍬を手に取り──
『美味しい野菜を作るには、豊富な肥料を与えましょ~♪』
機嫌よく畑仕事をした後、いびきをかいて寝たんだっけ。
思い出したら、恥ずかしくなってきた。
「知り合いに
「……それで?」
「肉と野菜で
俺は笑みを作って、俺はそう保安官に説明をした。
俺にはアリバイがあるんだ。チャーリーの家に行けば、証言もしてもらえるだろう。
俺の無実はほぼ証明されたようなもの。これで、納得してくれた?
「それだけ、って」
「もういいか、マルク保安官。納得してくれたっていいだろう」
「だが私は」
「これから卸しの仕事があるんだ。これ以上、協力する時間は取れない」
「ま、待てっ」
ここまで言ってなお、マルクは納得していない顔をしている。
いい加減にしろよ、と少しウンザリしてきた。
「これ以上はよしてくれ。もしかしたら、また
「─────ッ」
「俺の言っている意味、分かるな?」
卸しの仕事は、なるべく早く終わらせたい。
今日は先日のお返しに、よくできた作物を差し入れるつもりだ。
そしたらチャーリーの妹が、また旨い料理を作ってくれるかもしれない。
だがこれ以上協力していたら、彼と楽しく飲む時間が足りなくなる。
「仕事熱心なのは感心だが、少しは空気を読むことも大切だぞ」
俺はマルクにそう忠告したあと、収穫箱を背負って歩き出した。
ちょっと皮肉っぽくなっちまったかな。でも、さすがにしつこかったしな。
「……」
振り返ると、マルク保安官は顔を青ざめて黙り込んでいた。
ちょっと、言い過ぎただろうか?
いやヤツも失礼だった、あれくらい言ってもバチは当たらんだろう。
「……ふふっ」
マルクを言い負かしたことで、俺は少し気分がよくなったらしい。
「美味しい野菜を作るには、豊富な肥料を与えましょ~♪」
気付けば俺は、収穫の歌を口ずさみ。
機嫌よく、街に向かって歩き出していた。
「このバカ、どうしてお前は─────」
「ですが、長官」
エリーゼンスから事情聴取をした後。
マルク保安官は、上司から叱責を受けていた。
「エリーゼンスに釘を刺すだけだと言ったはずだ。喧嘩を売ってどうする!」
「ですが賊達も被害者も、あの女の犯行だと……」
「あんな連中は半殺しにあって当然だ、彼女の畑に盗みに入るなど気が狂っているとしか思えん!」
今日の彼らの目的は、遠回しにエリーゼンスに『お願い』をすることだった。
確かに盗みに入った馬鹿はよくない。だが、捕縛して保安官に引き渡してくれればいい。
有無を言わさず半殺しにするのは、過剰防衛であり私刑だ。法の下で許される行いではない。
「エリーゼンスは温厚な性格だ。下手に出れば、事情を汲んでくれる」
「だが、違法であることには間違いないじゃないですか」
「お前は道を行く猛獣に、いちいち法を説くか?」
だからエリーゼンスに『あんまりやりすぎないでくださいね』と言いに来たら。
生真面目な保安官マルクが、彼女の人を小馬鹿にしたような態度を見て、食って掛かってしまったというわけだ。
「マルク、お前さんは結婚したばかりだろう。妻も、幼い子もいるだろう」
「え、ええ。居ますが」
「だったら命は大事にしろ。明日お前が作物の肥料にされていても、俺たちには救い出せん」
その、上司のあまりの血相にマルクは目を白黒とする。
一体どうして、エリーゼンスはここまで怖がられているのかと。
「彼女は、一体何者なんですか」
「そうか。お前はまだ、知らなかったんだな」
マルクは、真剣な顔でそう聞いた。
すると上司は、神妙な顔になり。
「では知っておかねばなるまい。彼女がこの町に来た日の出来事を」
そう言って、エリーゼンスの過去を語りだした。