エリーゼンスの憂鬱   作:パンデユデユデユ郎

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エリーゼンスの回想

 

「やあエリー。今日は遅かったな」

「……すまない、国家権力に絡まれてね」

 

 俺は、保安官から事情聴取を受けた後。

 

 いつもより半刻ほど遅れ、チャーリーに作物を渡しに向かった。

 

「近くで凶悪な事件が起きたらしいんだ」

「それは災難だったな」

 

 チャーリーはいつものように、俺を笑顔で迎えてくれた。

 

 さっきまでの憂鬱な気分が吹き飛ぶようだ。

 

「俺も聞いたよ、人を肥料にして殺しかけたって事件だろ。気味が悪いよな」

「全くだ。この辺はどうして、こうも変な事件が多いんだ?」

「最近、特に変な事件が増えた気がするよ。昔は起きなかったんだが」

 

 チャーリーは苦笑しながら、俺にコーヒーを淹れてくれた。

 

 俺は礼を言って、カップを受け取り静かに啜った。

 

「変な事件が起き始めたのは、ちょうど君がこの村に来てからだエリー」

「何だよ、俺が原因だって言いたいのか?」

「可能性はあるね。何せエリー、君は『百年は生きた魔女』なんだろ?」

「勘弁してくれ……。本気で信じてるやつもいるんだぞ、その噂」

 

 チャーリーは宿屋を経営している、村で出来た最初の友人だ。

 

 俺がここに来て最初は、彼の宿に泊まって生活していた。

 

 その時の縁で、農家として独立した今も付き合いが続いていた。

 

 彼が作物を買ってくれているお陰で、今の俺の生活がある。

 

「にしてもエリーがこの村に来て、もう三年になるのか」

「懐かしいなぁ」

 

 俺がこの村に来たのは、今から三年前のことだ。

 

 幼女にされて、冒険者を引退することになった俺は、静かに暮らせる場所を探して歩いていた。

 

 そんな折、俺はこの村のことを聞きつけた。辺境にある小さな村グレーウィッチ。

 

 ここは人は少なく、土地は余っているが、耕す者がいない。

 

 そこで領主は、放浪者や新参者を呼び込むために次のような政策を宣言した。

 

 この村の外れの荒れ地については、十メートル四方までなら開墾した者の土地として認める、と。

 

 農家になりたかった俺にとって、都合の良い話だった。

 

「土地が貰えるって聞いて、鍬を持ってはるばるやってきたんだ。なのに、ここの土地の酷さと言ったら」

「痩せた土地しかなかっただろ? こんな辺鄙な土地を耕そうなんて物好き、エリーしか知らないよ」

 

 村外れの荒地を見た時、俺はぶっちゃけ絶望していた。

 

 土の質が悪すぎて、まともな畑が作れなさそうだったからだ。

 

 見渡す限り、雑草と石だらけの土地が広がっている。

 

 普通に耕しても、まず作物は育たなかっただろう。

 

 だが、

 

(なんだ、この異常な魔力の巡りは?)

 

 土は死んでいたが、魔力はむしろ芳醇だった。

 

 農業魔法を使える者であれば、開墾は不可能ではない。

 

 そう思った俺は、土の質は諦めて魔力の濃さを吟味した。

 

『お、この辺……空いてんじゃーん』

 

 そして俺は、とくに魔力の多い一等地を見つけた。

 

 農業魔法を続けて土を肥やせば、作物を育てられるだろう。

 

 そう判断した俺はチャーリーに頼み込んで働かせて貰いながら、開墾を続けた。

 

 農業魔法は万能ではない。あくまでも植物を育てたり、土を肥沃にするだけだ。

 

 土を柔らげるための鍬入れや、間に落ちている岩の除去は手作業である。

 

 それから毎日、昼はチャーリーの宿屋で働いて、深夜はその荒れ地に鍬を入れた。

 

 そんな日々が半年ほど続き、ついに畑は完成した。

 

 苦労をしたかいがあって、俺の畑は作物を実らせるに至った。

 

「何にせよチャーリー、俺が今日も生きていられるのは君のお陰だ。感謝してるよ」

「なに。君の世話をしたお陰で、こっちも安く作物が手に入ってるんだ。お互い様だよ」

 

 それ以降、俺とチャーリーは親友になった。

 

 チャーリーは身元不明で、魔女と思われて気味悪がられている俺の作物を買い続けてくれた。

 

 一方、俺の作物は旨いと評判で、チャーリーの店の売り上げにも貢献できているらしい。

 

 どちらも得をしている、まさにWin-Winな関係。

 

 俺はこの素晴らしい出会いに感謝し、コーヒーを最後まで飲み干した。

 

「そうだ、チャーリー。今日は俺がここに来た直後の、面白い話をしてやろう」

「またかいエリー。その話、去年も聞いたことがあるような」

「まぁ、良いじゃないか。面白い話にはちがいない」

 

 昔話をしたせいか、俺はふとここに来た直後のことを思い出した。

 

 それは俺に変な噂が流れるようになった原因でもあり。

 

「じゃあまた、聞かせて貰おう」

「おう、では行くぞ」

 

 今や、俺の中での鉄板ジョークになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「エリーゼンスは嵐の夜に、突然この村に現れた」

 

 先輩保安官は、静かに語り始めた。

 

 生真面目なマルクを、諭して聞かせるような口調で。

 

「マルク。君はこの土地に伝わる、グレーウィッチの伝説を知っているか?」

「……いえ。先月赴任してきたばかりなので、この土地の伝承には詳しくなくて」

「グレーウィッチとは約百年前に実在した、厄災の魔女。その名を、エリーゼンス・エイムスフィアと言う」

 

 エリーゼンス・エイムスフィア。

 

 それは今から百年前、この土地を支配した魔法使いの名前だ。

 

 凄まじい魔力の持ち主で、その気になればいつでも村をまるごと燃やすことが出来たという。

 

『イーヒッヒっ、今日も実験の時間だヨォ』

 

 そんな彼女は植物学の研究が趣味で、森の魔女とも呼ばれていた。

 

 普通の研究であれば彼女が『魔女』と呼ばれることはなかっただろう。

 

『これで今日からお前は、光合成で生きていけるヨォ』

『やめてくれ、身体から、根が生えて、うわあああ!!』

 

 しかし彼女が熱心に研究したのは、『動物と植物の融合』というテーマだった。

 

 エリーゼンス・エイムスフィアは村人を実験台に、生きたまま植物にしてしまおうと研究を続けたのだ。

 

 これにより多くの村人が犠牲となり、死んでいった。

 

『覚悟しろ、エリーゼンス!!』

『何だ、反乱かい!?』

 

 しかし、そんな冷酷なエリーゼンスに村人はとうとう牙を向く。

 

 実験台として手練れを送り込み、不意を突いて魔女に襲いかかったのだ。

 

 その戦いは、一筋縄では行かなかった。村人たちは一致団結し、三日三晩戦い続けた。

 

 そして、ついに。

 

『おのれ、おのれ!!』

 

 村人たちの決死の反抗は報われた。

 

 森林の魔女は身体中を切り刻まれ、その死体は森へと捨てられた。

 

 

 

 しかし。物語はこれで、ハッピーエンドとはならなかった。

 

『……ォォ、ォ』

 

 森林の魔女エリーゼンスが殺されてから、まもなく。

 

 彼女の住み処だった地の底から、おぞましい声が響くようになった。

 

『恨めしいィィィ……』

 

 森林の魔女エリーゼンスは、人智を越えた怪物だった。

 

 身体を切り刻まれたくらいでは、死ななかったのだ。

 

 彼女の遺体はいつまでも腐らず、その場から動かない。

 

 しかも周囲の草木が枯れ土が痩せるようになった。

 

 どうやら、周囲から魔力を集めて復活しようとしているらしい。

 

 その状況を知った村人は、慌てて国に助けを求めた。

 

『これで、もう大丈夫なはずです』

『聖女様、ありがとうございます』

 

 そしてエリーゼンスの復活を阻止するため、聖女がグレーウィッチ村に派遣された。

 

 そこで彼女は三日三晩祈り、魔女を完全に封印した。

 

『ただし、この封印の石碑は決して壊さないように』

『はい、分かりました』

『くれぐれも、厳重に管理してください』

 

 こうして灰色の魔女の遺体は石碑に封印され、グレーウィッチ村に平和が訪れた。

 

 その平和はずっと続くものと思われた、のだが。

 

 

 

 ─────灰色の魔女が封印されてから、百年ほど経ったある日のこと。

 

「村長! 封印の石碑の方向から、凄まじい雷雨が!」

「な、何だと!」

 

 その晩、村に突然の轟雷の轟いた。

 

 青天の霹靂とでもいうのだろう、この辺では滅多に見ない雷雨が降り注いだ。

 

 そのあまりの激しさに、村人たちは震えて家の中にこもった。

 

「……まずい。ワシは念の為、封印石碑を確認しに行く」

「お気をつけて」

 

 村長は慌てて、石碑を確認しに行くことにした。

 

 万が一、雷で石碑が崩れたらまずい。

 

 シートなどをかけて、石碑を守った方がいいかもしれない。

 

 そう、考えて。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 雷雨の中、村長は大きな布を持って封印の石碑へと走った。

 

 村の安全と、平和を守るため。

 

 彼は老体に鞭を打って、泥まみれの道を走り続けたのだ。

 

 その先で、彼が見た光景は……。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 チャーリーの宿屋で、俺は美味い酒を口に含みながら。

 

 いつものように、鉄板ジョークを披露した。

 

「俺がこの村、グレーウィッチに着た直後。開墾を始めたその日、いきなり村長に声を掛けられたんだ─────」

 

 

 

 あれは、ちょうど三年前の秋ごろだったか。

 

 チャーリーの宿を出た俺は、すぐに魔力の豊潤な土地に目をつけて作業を開始した。

 

 そして力いっぱいに荒れ地に鍬を入れていたら、突然に雷雨が降り始めた。

 

 その雷の一つが、目の前の大きな石に落ちたんだ。ドカーンっと。

 

 アレは怖かったね。人間ほどのサイズだった石碑が、一瞬でコナゴナになったんだから。

 

 このまま作業をするのは危ないと感じた俺は、いったん開墾をやめて村に帰ることにしたんだ。

 

 そんなこんなで帰り支度をしていたら、なんと村長が俺の前に現れた。

 

「あ、あ、あ……」

 

 村長は、さっき雷で壊された石碑を見てとても驚いていた。

 

 よくわからんが、村にとって大切な石碑だったのかもしれないな。

 

 だが俺には関係ない、とっとと帰ろうとしたら。

 

「お前さん……、この石碑を壊してしまったんか!?」

 

 村長がものすごく怖い顔で、俺にそんな事を言いだした。

 

 ……そこで俺は、客観的に今の自分の状況を確認した。

 

 荒らしの中、荒れ地で鍬を持って立っていて。

 

 石碑は、きれいさっぱり叩き壊されている。

 

 ─────確かに、俺がやったと思われてもおかしくない状況だった。

 

「いや、その」

「なんてことを……、ああ……。お前さん、何てことを……」

 

 慌てて否定しようとしたが、村長は聞く耳を持たない。

 

 完全に、俺が壊したと思い込んでしまっているらしい。

 

 やばい。このままだと変な罪を着せられて、捕まってしまうかもしれない。

 

 そう考えた俺は、何とか自分の身を守るための『言い訳』を絞り出そうとした。

 

「お前さん、何者じゃ。名は何と言う!」

 

 だが村長は激高していて、適当な言い訳など聞いてくれそうもない。

 

 どうしようかと悩んでいた俺は、ふとその壊れた石に文字が掘られていると気が付いた。

 

 粉々になって全部は読めないが、『エリーゼンス』という人名があるのは分かった。

 

「……俺の名が知りたいか?」

「は、早く名乗れ!!」

 

 そこで俺は、ピーンと思いついた。

 

 このエリーゼンスというのは、この土地の関係者である可能性が高い。

 

 ならば、

 

「エリーゼンス。俺の名は、エリーゼンスだ」

「……っ!!?」

 

 実は俺も、その関係者だったということにすればいい。

 

 幸い、弱体化の呪いによって容姿は幼女になっていた。

 

 女の名前であることに、違和感はないはずだ。

 

「俺のことは、知っているんだろう?」

「あ、あ、ぁ……」

 

 続けて、渾身のブラフをぶっぱなす。

 

 よくわからんが、このエリーゼンスとやらに親戚がいても不思議はないだろう。

 

 そう。俺はこの石碑のエリーゼンスさんの関係者だYO!

 

 

 ─────ピシャーン、と。

 

 そう宣言した直後、俺と村長の間に雷が落ちた。

 

 

「ふふ、運が良かったな」

「ああ、ああぁぁぁ……」

 

 やっべー、ビビった。雷が直撃したら死んでいた。

 

 雷に打たれなくて運が良かったなと伝えたら、何故か村長は真っ青中で座り込んだ。

 

「俺はこれから、この地に住まわせてもらう」

「あ、あ、だが、それは」

「別に人に迷惑をかけるつもりはない。これから仲良くしようじゃないか」

 

 俺はそんな彼に、すかさず引っ越しの挨拶をした。

 

 俺は移転したばかりの新入りだと言うこと、これからも仲良くしてほしいということ。

 

 そして、

 

「良ければ今夜、ゆっくり話でもしないか」

「ひ、ひぃいいいい!!」

 

 この凄い雷雨の中で、雨宿りする場所が欲しいので。

 

 遠回しに、俺を家に入れてくれないかとお願いした所……。

 

「う、うわああああああ!!」

 

 村長は大声を上げて、その場を走り去ってしまった。

 

 そして俺は一人、ポツンとその場に取り残されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あとから聞いたらそのエリーゼンスが昔に封印された魔女だって話だろ?」

「そうそう、そう言う伝承が伝わっている」

「つまり村長は、てっきり俺がその魔女だと思い込んで逃げちまったってワケで! あっはははは!」

 

 と、言う話であった。

 

「村長、未だに俺を見ると逃げるんだ。まだ信じてるぜ、きっと」

「ばかだなぁ、魔女なんているわけないのにさ」

 

 俺はチャーリーと大笑いしながら、乾杯を上げた。

 

 いや、老人は信心深くて困る。魔女なんているわけないじゃないか。

 

「近頃は物騒な事件も多い。俺は魔女なんかより、生きた人間の方が百倍恐ろしいよ」

「違いねぇ」

 

 結局、俺はそのままエリーゼンスと名乗ることにした。

 

 そうしておくと詳しく過去を探られないので、便利だからだ。

 

 魔女扱いされて怖がられることがしばしばあるが、冒険者家業でヘマやって幼女にされた、という黒歴史を晒すより百倍マシである。

 

「生きた人間と言うとさ、俺の畑に悪戯する連中が多いんだ。何とかならねぇかな」

「悪戯って言うと?」

「このあいだはガラの悪い連中が、畑にゴミを捨ててたり」

 

 そう、魔女なんて存在するわけがない。

 

 その証拠に、俺は魔女の封印されたという石碑の傍で三年間暮らしているが、何も起こっていない。

 

「あと、子どもの悪戯なのか、変な声が聞こえてくることもある」

「変な声?」

「大体、農作業中に聞こえるんだが」

 

 俺の畑に近づくのは、ガラの悪いチンピラかしつけのなっていないガキんちょだけ。

 

 実在しない魔女より、実在するこいつらの方が厄介だ。

 

「時々『我を蘇らせよ』とか『魔力を吸うな』とか、おどろおどろしい声を出すんだよ」

「暇なガキもいるもんだな」

「だが農業魔法で魔力を吸い上げ、作物を収穫すると聞こえなくなる。俺に見つかる前に逃げてるんだろう、悪知恵の働くガキどもだ」

 

 何度か周囲を探してみたが、ガキどもは見つからなかった。

 

 いったい、どこに隠れてやがるんだろうか。

 

 一度、説教をしてやりたいものである。

 

 

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