エリーゼンスの憂鬱 作:パンデユデユデユ郎
「こいつは最高のワインだ、チャーリー」
「いい飲みっぷりだエリー」
保安官たちとひと悶着あってから、数日ほどは平和な日が続いた。
荒くれ者も近寄ってこず、保安官も遠巻きに見つめてくるばかり。
今日も美味しい作物を手に、親友のチャーリーと仲良く酒を楽しんでいた。
「おいエリー、雨だぞ」
「マジかよ」
しかし夕暮れ時、俺はチャーリーにそう言われ窓を覗いた。
そして俺は空を見上げて、思わず顔をしかめた。
「今夜の天気は晴れだって聞いていたが……」
「見ろよあの積乱雲を、きっと今夜は雷雨だぞ」
見ればパラパラと小雨が降っていて、遠くには積乱雲が渦巻いて見えた。
今夜はきっと、雷雨になるだろう。
「今日は仕事が出来ねぇな。悪い、今夜は泊めてくれないか」
「こんな雨の中だもんな、さすがのエリーも風邪を引いちまうか」
「それだけじゃねぇ」
俺はゲンナリとしな顔で、チャーリーに愚痴った。
ここに引っ越してきて三年、この辺はどうやら雷雨が降りやすい気候だというのは分かった。
しかし経験上、妙に俺の家の周囲に雷が落ちることが多い。
最初は偶然かと思ったが、どうやらそうではなく……。
「あんまり知られてないっぽいけどな、雷ってのは魔力の高い土地に落ちやすいんだ」
「そうなのか?」
「で、ここらで一番魔力が高い土地はどこかって言うと、俺の畑だ」
これまでの観察で、俺は魔力の豊富な土地にこそ雷が落ちやすいことに気が付いた。
つまり、俺の畑は雷がバシバシ落ちる危険ゾーンだ。
「そこで金属持って作業なんかしてたら、一発でアウト。雷に打たれて即死だ」
「……百年生きた魔女でも、雷で即死しちまうのか」
「そうだよ、だから今日は大人しくする」
チャーリーはゲラゲラ笑うと、俺に一本の鍵を投げてよこした。
それは、宿屋の客室の鍵だ。
「一晩、30ゴールドになりますお客さん」
「分かってるよ、払うさ」
親友と言えど、宿屋の主人に部屋を借りるなら金は払うのが礼儀。
俺は手持ちの貨幣袋から、きっちり30ゴールドを取り出して支払った。
「よし、これでエリーはウチの客だ。部屋を好きに使ってくれ」
「おう、遠慮なく使わせてもらうよ。屁をこいて寝てやる」
雷雨の日は、畑に出ない。
収入は減ってしまうが、命は大事にしなければならない。
俺は冒険者をやめたその日から、安全で平穏に暮らしていくと決めたのだ。
☆☆☆
「だっはっはっは!」
「そりゃねぇよ、エリー」
夜。
雷鳴が遠くで鳴り始めた時刻、俺はまだ楽しくチャーリーと酒を飲んでいた。
「今日は徹夜で飲むぞチャーリー!」
「勘弁してくれよ、俺は明日も仕事なんだ」
普段は畑仕事のために、暗くなる前に切り上げていた。
しかし今日の俺は客だ、金も払った。
チャーリーにもてなしてもらう権利がある。
「とか言って、なんだかんだお前も楽しんでるだろ?」
「参ったね、今日のエリーは一段と絡み酒だ」
チャーリーは機嫌よく酒を飲んでる俺を、やれやれという目で見つめていた。
まったく、ノリの悪い奴だ。
「悪いが、今日は店じまいだ。これ以上は酒は出さない」
「えー!」
「酔い過ぎだよエリー。今日はもう寝ると良い」
正直、まだ飲み足りなかったが……。チャーリーにそう言われては仕方がない。
俺は渋々、出されたお冷をグっと掻っ込む。
「仕方ねぇな。じゃあ、寝るとするよチャーリー」
「聞き分けの良い親友で助かるね」
「それじゃあ、おやすみだ」
チャーリーと挨拶をして、俺はゆっくり立ち上がった。
そしてフラフラと千鳥足で、二階へ上ろうとしたその時。
「おお、宿屋だ。部屋は空いてるか、親父!」
「なんだ、扉があかねぇぞ」
「急な雷で困ってんだ、開けろコラ!!」
宿の入り口から、男たちの声が聞こえてきた。
チャーリーは頭が痛そうに、入り口まで歩いて行く。
「悪いな、お客さん。もう営業時間外だよ」
「なんだ、人がいるじゃねぇか。開けろ、コラ!」
「お、おい。あんまり乱暴にしないでくれ」
ドタドタと、びしょぬれになった男ども扉をけ破った。
扉を塞いでいた栓抜きが、吹っ飛ぶ。
「お、おい! なんて乱暴な」
「うるせえな、良いから泊めろよ」
ポタポタ、と汚水が床にしたたり落ちる。
チャーリーはうげぇ、という顔を隠さない。
「悪いが、もう満室なんだ。他を当たってくれ」
「ふざけんな、外は雷雨なんだぞ」
「うちは避難所じゃないんだ。悪いが出て行ってくれ」
「断る。悪いが居座らせてもらうぞ」
「あー寒い。親父、ここの暖炉を借りるぜ」
チャーリーが何を言っても、男たちはお構いなし。
我が物顔で勝手に薪を暖炉に放り込み、火をつけ始めた。
「ん、見ろ。あそこに女がいるぞ」
「へへ、ガキだが悪くないじゃねぇか」
そのあんまりな態度に、何か声を掛けようとしたら……。
気付けばガラの悪い男たちは、俺を凝視していた。
嫌な予感しかしない。
「おい、そこのお嬢さん。アンタ、部屋を借りてるのか」
「だったら、何だ」
「何って……なぁ?」
男の一人が下卑た笑みを浮かべ、俺の体躯を見定めていた。
ゾゾーッと、俺の背筋が冷たくなった。
「俺たちを一緒に泊めてくれよ! 可愛がってやるからさ!」
「……冗談じゃない」
「おいおい、逃げるなよ。みんな、ソイツを捕まえろ」
俺は慌てて、自分の部屋に逃げ込もうとした。
しかし酒が回っていたからか、上手に階段を駆け上がれない。
「捕まえた♪」
「……っ」
「おい、お前ら! エリーに手を出すな!」
フラフラと揺れる視界に、髭もじゃのオッサンが移りこんで。
気付けば俺は、その無作法な男たちに取り囲まれてしまっていた。
「外は雨も雷もひでぇ。こういう夜は、人肌で温まらねぇとなぁ?」
……このままでは、とんでもねぇ目にあわされる。
そう気づいた俺は、強く息を吸い込んだ。
「チャーリー、保安官を呼べ!! 今すぐだ!!」
俺がそう叫んだ瞬間、男たちの顔から笑みが消えた。
恐怖で肩がすくんだが、それでも俺は叫び続けた。
「誰か助けて!!」
「チッ、やかましい!!」
次の瞬間、鋭く拳が飛んできた。
どてっ腹を強打され、思わず俺はうずくまった。
「こんな天気じゃ助けなんかこねぇよばーか!」
「優しくしてやろうと思ったら、調子に乗りやがって!」
男たちは逆上していた。
その様子を見て、チャーリーは自分の手に負えないことを悟ったのだろう。
「わ、分かった! すぐ保安官を呼んでくる!」
「あ、ちくしょう、余計なことすんな!!」
彼は裏口から飛び出し、雷雨の中を走り去っていった。
俺の要請通り、保安官に助けを求めに行ってくれたみたいだ。
「ちっ、どうするよ」
「ったく、この女のせいで面倒ごとになったぜ」
「ならとっととこの宿から出ていけ! ブサイクなチンピラどもが!」
これで保安官が助けに来てくれる。
この男どもは捕まるか、立ち去るしかない。
俺は勝ち誇って、男たちを煽ってやったら……。
「舐めんじゃねぇメスガキ、殺すぞ」
直後、俺の視界はぐらりと揺れる。
激しい痛みが頬を襲い、外の冷たい雨に叩き出された。
「拉致るか、コイツ」
「自分の立場を分からせてやる」
雷雨の中。
男たちは俺を抱え上げ、宿屋から離れていく。
「離せ……、ムー!」
「暴れるな、舌噛むぞ」
叫ぼうとしたが口を塞がれ、声が出ない。
雨が、容赦なく降り注ぐ。
雷が、夜空を裂く。
(……くそ)
激しい雨風に打たれ、俺は粗暴な男たちに担がれて。
泥酔した俺は、無作法者たちに拉致されてしまったのだった。
一方、その頃。
チャーリーは雷雨の中、保安官事務所に向かった全力疾走していた。
愛すべき友人、エリーの危機。しかし彼に、彼女を救うだけの力はない。
街の治安を維持する保安官の力を借りるしかなかった。
「……くそっ」
雨套が雨を弾き、長靴が泥を撥ねる。
チャーリーの遺した足跡は、雨風に弾かれて溶ける。
男たちの襲撃から、およそ二十分は走っただろうか。
「保安官、誰かいないか!!」
チャーリーはようやく、街の中心の保安官事務所に辿り着いた。
「助けてください!!」
チャーリーは水で汚れた拳で、保安官事務所の扉を激しく叩いた。
その勢いに、夜番で待機していた保安官が驚いて扉を開けた。
「何だ、何事だ?」
「ぼ、暴漢です! 俺の宿に、暴漢が現れて」
雨水が口の中に入って、上手に言葉を紡げない。
それでも彼は、必死に今の状況を説明した。
「親友が、酷い目に逢わされそうで!」
「……落ち着け、ゆっくり話せ」
低く、落ち着いた声。
そんなチャーリーに対応していたのは、保安官マルクだった。
「このままだと、エリーゼンスが!」
「……エリーゼンスが?」
マルクは不思議そうに、チャーリーの訴えを聞き続けた。
あの森の魔女エリーゼンスが、何に困っているのかと言えば、
「暴漢に襲われて、酷い目に逢わされそうで……」
「はあ」
どういうことだ。マルクの頭上には、疑問符がいっぱいだった。
彼女の実力であれば、ゴロツキを三人吹っ飛ばすことなどたやすいはず。
現に先日、エリーゼンスは賊の親分を愉快な肥料に変えて見せた。
(いや、待て……ッ)
しかしマルクは、すぐに『彼女の意図』に思い至った。
「場所は?」
「俺の宿屋だ! 雷雨に紛れて、三人組の男が……!」
エリーゼンスは友好的な化け物だ。
下手に出れば、こちらの意図を察してくれる。
「分かりました。あとはお任せください」
「エリーを助けてください!」
保安官たちは先日、エリーの下にお願いをしにいったところじゃないか。
例え暴漢に襲われても、
「任せてください。それが、保安官の仕事ですので。」
これは、エリーからの『回答』であり『試験』なのだ。
法に則れと言ってくるのであれば、『だったらお前らはちゃんと俺を救えるんだな?』という試し行為。
─────素晴らしい心がけだ、マルク保安官。次は俺の手を煩わせるようなことにならないと良いな。
エリーゼンスの台詞が、マルクの胸で反芻される。
それは人を小ばかにしたような、冗談でも言うようなテンション。
「上等じゃないか、エリーゼンス」
この雨の中では、銃は使えない。だが、そんなことはどうとでもなる。
マルクは意気揚々と、剣を携えてチャーリーの宿屋へと向かっていった。