世界に触れて、私は私になる   作:浅風境

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自己の輪郭

 

 

人は、自分がどんな存在なのかを、いつ、どのように知るのだろうか。

 

自己肯定感は、生まれ育った環境によって形作られる。

 

だがその「自己」なるものは、確かな輪郭を持つ実体ではなく、誰かの言葉や視線、期待や失望など、他者との関係性の中で、かろうじて立ち上がる影のような存在にすぎない。

 

理想の自分と現実の自分が食い違っていても、そこに意味や役割が与えられていれば、人は自分を否定せずにいられる。

 

それが崩れるのは、共同体を離れたときだ。

 

 

誰からも必要とされず、誰の役にも立たず、ただ「個」として存在する状態に投げ出されたとき、人は初めて、自分という存在の空虚さと向き合うことになる。

 

もし、そんな現代社会の人間が、文化も技術も未発達な異世界の小さな集落に送り込まれたならどうなるか。

 

 

 

当初は戸惑いと孤独の中で、自身の無力さを噛み締めるほかないだろう。

 

だが、畑を耕し、水を汲み、薪を割り、狩りに出て、誰かの生を支えるという単純な営みの反復の中で、次第に理解する。

 

ここでは、役に立つことそれ自体が存在理由となり、行為の結果が直接的に承認へと結びつくのだと。

 

ありがとう、と言われる。

助かった、と笑われる。

その声が、夕暮れの畑の中に静かに溶けていく。

 

その積み重ねは、曖昧だった自己の輪郭を少しずつ確かなものへと変え、やがて自己肯定感は、自身の内に静かに完成していく。

 

もっとも、その内には、常にひとつの違和感が、己の奥底で燻り続けていた。

 

 

この世界の住人として生きながらも、どこかで、自身が「やり直し」の途上にある存在だと感じていた。

 

三十年という歳月を、別の世界で生き、そして終えた記憶が、まだ、体のどこかに沈殿している。

それは次第に薄れ、遠ざかりながらも、消え去ることはない。

 

幼い肉体に宿るには、あまりにも過剰な思考と感情。

それらは、自身にこの世界を「与えられた人生」としてではなく、「選び直す人生」として捉えさせる。

 

集落での生活が安定と安らぎをもたらしても、なお心の内で燻り続けるのは、かつて抱き続けていた、理解と探究への渇望だった。

 

 

成長とともに、集落の外の世界の輪郭が、少しずつ明らかになっていく。

魔法という理不尽な力。

神と呼ばれる超越的存在。

世界の深層へと口を開ける迷宮――ダンジョン。

 

それらの存在は、この世界に生まれてから久方ぶりの、

己の内に眠っていた知的渇望に、輪郭を与え始める。

 

この世界を、理解したい。

魔法の理を、神の存在を、ダンジョンの構造を。

知りたい。

解き明かしたい。

 

その衝動は、年を重ねるごとに静かに、しかし確実に強まっていく。

 

そして、17歳の春。

肉体的にも、社会的にも、自立を許される年齢に達したとき、自覚する。

この集落は、もはや己の世界のすべてではないのだと。

 

 

だが、ここで育まれた自己肯定感は、果たしてこの共同体を離れても保たれるのだろうか。

 

人々に助けられ、助け返すことで編み上げられた自己の輪郭は、再び孤独と未知の中へ踏み出したとき、なお形を保ちうるのか。

 

それとも、かつてと同じように、静かに崩れ去ってしまうのか。

 

迷う。

安定と安らぎ。

未知と探究。

そのどちらも真であり、同時に、両立し得ないことも理解している。

 

それでも、やはり歩き出す。

 

自己肯定感は、他者に与えられる承認の中で芽吹きながらも、最終的には己の問いと選択によってのみ、真に自らのものとなる――そのはずだと、信じたかった。

 

 

こうして、小さな集落を後にし、魔法と神とダンジョンが織りなす未知の深淵へと身を投じていく。

それは成長でも救済でもない。

ただ、己の好奇心に誠実であろうとする、自身の選択だった。

 

 

 

あるいは一一自己の本質など、世界が変わったところで何ひとつ変わらぬのだと、己自身に、嘲笑われていたのかもしれない。

 






この物語は、成長譚でも英雄譚でもありません。
ただ、問い続けるひとりの存在の記録です。

もしこの第1話に、何かを感じたなら、
その感覚を手放さず、次へ進んでいただければと思います。
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