ふわふわと地に足がついているような、水に浮いているようなそんな感覚が体を支配する。
あぁ、夢を見ていると認識するまでそう時間はかからなかった。
夢にしては殺風景すぎる。真っ白な空間に時折ノイズが走ったような不思議な空間。
実に寂しい物足りない空間だ。
≪寂しくて悪かったね。≫
肩が跳ねる。夢だと思っていたのにタイミングよく話しかけられた。
振り返るとシンプルな、折り畳み式のよくあるパイプ椅子に座った、白髪の獣耳を持った女の子が缶コーヒーを片手に足を組んで座っていた。
どこかで見たことある姿。見慣れている筈なのに馴染みのない姿の正体は、私、百合園サエカだった。
いや、正確には”本物”の百合園サエカだろう。私の今の姿なはずなのに初めて見るかのような違和感。
ああ、この違和感の正体は”目”だ。目を開けている自分の顔は初めて見たんだ。
水色と紫の目。きれいな色をしているのに光が宿っていない。ひどく曇っている。この世すべてに絶望している、前の私と似た色の目をしていた。
≪初めまして。ではないけれど、恐らくあなたにとっては初めましてになるだろうし。≫
≪まぁとりあえず座るといいよ。コーヒーはイケる口かな?缶コーヒーでよければあげる。≫
そう促されて対面のパイプ椅子に座ると同時、ブラックの缶コーヒーを渡される。
≪どうだった?”無”から”有”を手に入れた感想は。≫
――さいこーだね。
≪そうか、それは良かった。わたしも君とは逆に”無”が手に入って満足しているよ。≫
――で?お互いほしいものが手に入ったような言いぶりだけど。あえて聞くね。あなたは何者なの?
≪ふん、望むものが手に入ったのなら疑わず幸せを享受していればいいのに。≫
――お生憎様。タダほど高いものはないって知っているだけ。互いに求めるものが手に入っても、私に都合がよすぎる気がしただけ。有を手に入れるメリットは理解できても無を手に入れるメリットが理解できない。
≪君のような勘のいい人間は嫌いだよ。≫
≪まぁそう深い思惑があるわけじゃないよ。わたしは私の人生に嫌気がさした。ありとあらゆるものを投げ出したかった。だから捨てた。これで満足?≫
あぁ、これが私と彼女の決定的な違いかと理解した。同じような目をしているとは思ったけどその実、まったく真逆だった。
私は何もないことに絶望し世界を呪った。
彼女はありとあらゆるものを”押し付けられ”苦しんで呪ったんだ。
きっと一生理解しあえる日は来ないだろう。
これがサエカという少女か。
≪で、さっきの質問に答えてあげよっか。わたしの心は海のように広く、深い慈愛に満ちているからね。≫
――江戸川用水路並みの広さと深さはありそうだよね。
≪それが何なのかわからないが、馬鹿にしているね?≫
≪まぁいいさ、わたしは百合園サエカ、トリニティ総合学園、おそらく中等部。現在の肉体年齢は13歳。好きな食べ物はロールケーキ、嫌いなものはマカロン。趣味は運動で嫌いなものは政治。座右の銘は為せば大抵何とかなる。元々の神秘は”過去を知る”だ。あと人工天使らしいよ。≫
おそらくってなんだおそらくって。
――質問。おそらく中等部ってなに?過去を知るって?それと人工天使って?ロールケーキおいしいのわかる。
≪ああ。ロールケーキは良いものだったね。で、質問に対する答えだけど。≫
≪恐らくと言ったのはわたしの最終学歴が初等部でね。義務教育だけどその後進学できたのかが分からないから今の学籍が分からない。≫
≪神秘の内容は知らなくても問題ないし、知らない方がいい過去が勝手に見えたりする。その場で何があったかとか、その人の晩御飯は何だったとか、知ったところで何の意味もない情報が見えるだけ。勿論胸糞悪いのも無駄に頭に叩き込まれる、厄介で使い道のあまりない力だよ。≫
そこまで言い切ると一度目を閉じ一拍おいて飲み終わった缶コーヒーを握りつぶす。あれスチール缶に見えるんだけどな。
≪人工天使は…まぁそのままの意味。あなたがこのキヴォトスのことをどのくらい理解しているかにもよるけど。わたしは、わたしを攫った紅ショウガババアに人体実験されまくって、死んだアリウスの人たちのありとあらゆる神秘を移植された。もし紅ショウガババアに出会ったら容赦なく、苛烈に、凄惨に。後悔させてから優しく殺してあげてね。≫
≪その結果、莫大な神秘を宿し元々あまり制御が聞かなかったわたしの力が強化されて半ば暴走状態となって過去を見る、ではなく過去を壊す力になった。あなたが黒服や連邦生徒会長にそのアイマスクを外すな、目を開くなって言われてるのはそれが原因。視界に入った物や人の過去が壊されて現在に影響が恐ろしいほど出るからね。≫
≪だから黒服…あなたが最初に無線で話してた奴ね。そいつはわたしのことを人工天使、って呼んでいたのよ。説明はこれで理解できる?≫
≪そんな得体の知れないものを身体に継ぎ接ぎされて壊すだけの力を与えられて。投げ出したくなったのよ。けどただ命を捨てるのももったいないじゃない?だから貰ってくれる人いないかなって探した結果があなた。まさか体を貰って?なんてことを未来の旦那さん以外に、それも女相手にするとは思わなかったわ。≫
――んん、大体理解した。とりあえずそのババア絶殺と私がキメラみたいなものになってるって事とあなたが意外と少女趣味ってことがね。
――それとまだ聞きたいことがあったんだけどいい?
≪何でも聞いてくれ給えよ迷える女狐よ。≫
――女狐はあなたもじゃん。
――この世界に来てから上手く喋れないんだけど、何か知らない?
≪ああ、それね。答えは簡単、膨大な神秘にあなたの魂が慣れていないだけ。神秘への理解度が高くなれば自然と改善するはず。まぁこうして神秘云々ってわたしと話してるだけでも結構改善されるんじゃない?直接わたしと魂同士触れ合ってるようなものだし。≫
――ふーん?おかのした。それと最後に一つ。
――体を返してとか思わないの?人体実験とか聞く限り辛かったと思うよ。でも今は何事もない。目が開けられないことを除けば、生活も充実して頼れる?大人が近くにいて、色んな人と関われて、おいしいものも食べられて。本当は羨ましくなってたりしない?
≪わたしを小娘だと侮って馬鹿にするなよ、女。お前はまだ何も知らないから、幸せだけを享受していられるんだ。わたしがババアの悪趣味に付き合わされたぐらいで自死など選ぶものか。≫
≪どうせ口で説明してもわからんだろ。お前がわたしを理解できないように、わたしもお前を理解できないのだから。≫
≪気が変わった。それに肉体の回復も終わったみたいだし起きる時間だ。まぁその体での生活を謳歌しているようだし、全部答えを教えちゃつまらんだろ。こっから先は自分で考えろ。≫
≪――――どうかこれからの人生に呪いと絶望を――――≫
それがあなたの本性なのね―――なんて何も言い返すこともできず景色が遠ざかっていく。
次あったら覚えてろよ、言いたいこと一杯言ってやる!あとコーヒーすごくマズかった。
「んおっ…!?」
記憶では最後やたら暑くて薄暗い場所にいた気がする。そこでセリカさんが泣きじゃくっていた。
そして今現在。セリカさんはおらず、ふかふかのベットの上。腕には点滴用の針が刺さっていた。
少しぼーっとしながら体を起こす。その際体にくっついていたシールやコードがべりべりとはがれるが気にしない。
とりあえず本物のサエカと話したことは覚えている。あれは夢じゃないんだろうな、という確信がある。
服をまくり上げお腹を確認する。痛かったお腹もなんてことはなく綺麗な状態。結局何が起こってこんなところにいるのかさっぱりだった。転んだ記憶しかないんだけどなぁ。
立ち上がりカーテンを開ける。朝日なのか夕日なのかわからないけどうっすら明るい。とりあえず状況が分からないため情報収集しようと点滴のガートル台を押しながら部屋を出るとちょうど扉を開けた看護師?と鉢合わせる。
幸いぶつかることはなかったけど何をそんなに慌てていたのだろう?
「わぁ!?おっとと、びっくりしました…って目が覚めたんですか!?心拍が正常に測れなくなったので慌ててきましたが自分で外しましたね?」
「そして立ち上がっちゃダメです!用があればナースコールで読んでください!というか起きたらまず呼んでください!」
怒られてしまった。どうやら心拍停止で容体が急変したと思ってぶっ飛んできたらしい。ごめんて。
ベットにカムバックすると簡単な検査をされ各所に連絡と朝食を手配してくれた。いまは朝だったらしい。
すぐに朝食が来てマズいコーヒーの口直しとして喜んで食べていたところヴァルキューレと連邦生徒会の生徒が事情聴取と説明に来る。
食べながら情報の交換を行って知ったのは私が気絶してから五日経過したこと、いくらキヴォトスの人間でも五日で完治するのはおかしいこと、そのうえで後遺症もないことが分かった。
お腹がまだまだ空いていたので食器トレイを隠してまだ朝ご飯貰ってないムーブをかまし、おかわりを貰おうとしたが「サエカさん朝ごはんならさっき食べたでしょ?」とボケ老人の扱いをされてしまった。解せぬ。
なんだか昔を思い出すようで嫌だけど、今は何もできないと諦め大人しくすることにした。
することもないので点滴をぼーっと眺めていると扉がノックされた。どうぞ、と声をかけると何とも汚い恰好をした先生が入ってきて―――
”サエカ!よかった…!”
「うぉ!?ちょちょちょ先生!何するんですか、離れてください!後なんか、臭いです!!」
―――抱き着いてきたのだった。
力強く抱きしめられ私の顔は先生の胸の中にうずめることとなる。いきなり女の子の病室に突撃してきて抱き着いて来るとかセクハラですよ!?しかも何かクサいし!!
”ゔっ…だってぇ…心配したんだよ。臭いのは純粋にごめんなさい…”
そう言って若干涙目で離れる先生。その涙は心配からなのかクサいと言われたことに対するショックか。
「えっと、まずは心配かけて、ごめんなさい。それとクサいとか言って、ごめんなさい。私がいない間、一人でシャーレの仕事を、してきたんですよね。」
よく見ると少し砂でじゃりじゃりしている。アビドスの砂だろうか、忙しかっただろうにわざわざ私のところまで来るなんて、よほど心配をかけていたらしい。
”いや、いいんだ。無事に起きてくれたならそれで。それにアビドスから帰ってシャワーを浴びるの忘れててね。いくら心配して突撃したとはいえ、女の子に嗅がせる匂いじゃなかったのは確かだしね。”
そう言ってさらに一歩後ろに下がって私と距離を置く。うむぅ、いくら男の人にいきなり抱き着かれてびっくりしたとはいえ、さすがにノンデリだった…。
「そんなに、離れないでください。ちゃんと、わかってますから。頑張った人の汗の匂いに、女の子は、惹かれるものなんですよ。いきなり、でびっくりしましたけど、いきなりでなければ、その、大丈夫ですので…。」
なんか恥ずかしい…先生も宇宙猫みたいになってるし…
”ごほん!えっとまずは本当に無事でよかった。対策委員会の子たちもすごく心配していたよ。”
”今は混乱しているだろうから、積もる話は後にした方がいいと思ってるけどどうする?”
「いえ、大丈夫です。むしろ暇なので、助けてください。」
”そっか。じゃあ色々説明していくね。辛くなったりしたら無理せずちゃんと言うんだよ。”
そう言って椅子に座ると今回の事、私が寝ている間のアビドスでの事、トリニティがぶちぎれて抑えるのが大変だということを教えてくれた。
”まず今回の事なんだけど結論から先に言うね。君とセリカは襲撃され拉致された。これを指示した黒幕と実行犯のヘルメット団”だけ”見つかっていない。”
”サエカが直撃を貰ったロケットランチャーの弾頭にはキヴォトス既存の技術ではない不可解な機構と性能をしていたんだ。それによってサエカはキヴォトスの生徒の防御力がありながら、一発で生死を彷徨う程の重傷を負った。”
”そして君に庇われたセリカも至近弾でありながら相応のダメージを受けた。勿論サエカ程ではないけどね。そして拉致後セリカの奮闘もあり対策委員会の皆で救出に成功。緊急搬送されたサエカとセリカは入院、セリカは軽症のため検査入院のみで既に退院済み。あと、現場にいたヘルメット団はすべて矯正局に入ったよ。”
”これが今回サエカとセリカが被害にあった拉致襲撃事件の大まかな結末だね。ここまでで何か気になることとかあるかい?”
わぁ…なんか私目線では転んだだけで大ごとになってる…でも転ばなかったらセリカさんに直撃してたんでしょ?なら結果的に私が受けるのは正解だったんじゃないのかな。いや、盾使えよって話なんだけど。あとトリニティはそのまま抑えて♡
いつかは向き合わなければいけないけどそれは今じゃない。
「いえ、現状知りたいことは、大まか知れました。それと、スマホと武器類は、どうなりましたか?」
”スマホは病院側が預かっているからすぐにでも。多分沢山通知来てると思うからちゃんと無事だよって教えてあげてね。”
”武器類はアビドス高校からシャーレに移送後、こちらで預かろうと思ったんだけど事情を知ったミレニアムのエンジニア部から連絡が来てね。整備と機能アップを兼ねたアップデートをしたいからサエカの意識が戻るまでの間だけでもってことだから今はエンジニア部にあるかな。”
「そうでしたか。では退院したら、その足で迎えに、行きますかね。」
「それと先生。私が寝ている間、サエカ…元のサエカに、会いました。」
先生は私本人がキヴォトスの外のもの、先生と同じような世界からきていることは知っているからサエカとのことの顛末を共有する。
”人体実験に人工天使。膨大な神秘と自死を選ぶほどの何か、か…。”
「唐突すぎ、ますよね。すいません。ですがちょっとだけ、上手く喋れる、ようになったのも、恐らく神秘が馴染んできている、証明になるのかな、と思います。馴染み切ってしまったら、どうなるんでしょう?絶対厄ネタ、ですよね。」
”いや、大丈夫だよ。話してくれてうれしいよ。それに話しやすくなったんだよね?ならきっと悪いことだけじゃないし、絶対何とかしてみせるから一緒に頑張ろうか。”
「ありがとう、ございます。それと私は、いつ頃帰れるのですか?とっても元気で、正直暇です。」
ぶっちゃけ今すぐにでも帰りたい。小腹がすいて病院食の朝食だけでは育ち盛りのこの身体にはちと足りない。あぁ、あの作ってもらったロールケーキが恋しいな。
”いつ頃、かぁ。正直私としては暫く療養して万全にしてほしい所だけど…。”
「暇なのです。せめてシャーレの、お仕事ください。先生一人では、きつくなっているのでは、ありませんか?…それにサエカちゃん、ご飯もついてきますよ?」
”うぐぐ…サエカの作るごはん…悩ましい…って先生に賄賂みたいな交渉しないの。”
”そこまで言うなら、本人意思の尊重で掛け合っては見るよ。ただ今日は検査とか各方面への連絡で難しいだろうから、明日以降の話になるけどね?”
「おねがいします。」
”それじゃあまり長居しても休めないだろうから、私はこの辺で戻るね。”
ベットから先生を見送ると病室内に再び静けさが戻る。先生には暇と言ったけど本当は違う。
”寂しい”のだ。元々一人であったからそういった感情は終ぞ知ることはないと思っていた。
だけど一度知ってしまった人の温かみというのは、中々に中毒性が高いらしい。依存ともいうだろう。
私はその温もりが消えるのがひどく怖いのだ。
私はその寂しさを紛らわすために看護師が持ってきてくれたスマホで、心配かけたであろう人たちに連絡を送るのだった。あ、アビドスの人たち誰も連絡先交換してないじゃん。ふぁっきゅー。