「失礼します。」
サエカはリオによって指定されたセーフハウスに赴いていた。外からは一見普通……というにはいささか、ちょっと、いやかなりボロい見た目の小屋だった。
案内されなければわからぬほどにカモフラージュされたそれは、中もボロッちく、間違っても強盗しようだとか住居にしようとは思わないような内装であったが、ドラム洗濯機を開けると地下へと続く梯子があった。
持ち主の警戒心の表れなのか、複雑なルートを通り、ようやく応接間のような小部屋に到達する。
『はいってちょうだい。扉は開いているわ。』
サエカは言われるがまま扉を開ける。正直複雑すぎて帰り道なんてもはや覚えていなかったが、能天気にも先生が好きそうな場所だなぁ、なんて考えていた。
「お久しぶりです。」
「ええ。2カ月ぶりね。ここは防音対策はばっちり。秘密の話をするにはもってこいの場所よ。」
リオはコーヒーを2人分入れながらサエカを見る。表情は読みづらいが、見る人が見ればある種、焦りのような葛藤のようなものが見えた。
だがすぐに切り替えたのか、普段の冷酷ともとれる合理の鬼としての仮面を張り付けたのだった。
「それで?名もなき神々の王女を前にして、ネルを退けた理由を聞いてもいいかしら?」
「ええ。リオさんは無駄な話は嫌いでしょうし、構いません。そうですね……ざっくりいうと私は”彼女たちに”チャンスを与えたいと思いまして。」
「チャンス?いつ爆発するか分からない爆弾に?」
「その言い方は私にも言える事ですね。リオさんに質問します。リオさんにとって「悪」とは何ですか?」
「悪?それは実害を与える者、かしら?大勢にとって賛同しかねる行動をとる者、と私は捉えるわ。」
「そうですか。私の考えは違います。「悪」とは、”そうなるとわかっていて”行動を起こす者。有体に言えば善悪の区別がつく上で悪を成す者。悪意の有無と考えています。」
コーヒーに礼を言いながら問答をする。
リオは結果がすべてと言い、サエカは結果だけではなく過程も重視するべきと対立した意見を話す。それこそがチャンスなのだと。
「たとえ悪意なくこのキヴォトスを滅ぼすかもしれないとしても罰しないと?」
「はい。かもしれない、の段階では私は否定も肯定もしません。その「かもしれない」がまかり通ってしまえば人は冤罪ですべての人が裁かれてしまいます。」
「極論よ。その「かもしれない」が起こってしまった場合、取り返しがつかないことになる。」
「ええ。そうでしょうね。」
「なら―――」
「だからと言って生まれたばかりの何も知らない赤子を、忌子として扱うのは寂しいとは思いませんか?生まれてきたことそのものが間違いであると、そんなことは神様にだって言わせません。」
「…………………。」
「大方、アリスさんを私と同じ、もしくはそれ以上の爆弾として見ているんですよね?私と同じ、単騎でこのキヴォトスを滅ぼしうるものだと。ですが爆弾というものは導火線に火がついて爆発するものです。彼女は私と同じ、信管を取り付ける事が出来る。」
「今はまだ無害でもいつその導火線に火が付くか分からないわ。既に火がついていて、それを隠している可能性だって十分にある。」
2人の主張は平行線をたどる。サエカとしては自分を重ねている部分もあるがそれ以上に、「疑わしきは罰せず」という日本人の心情に基づいた考え方なため積極的にリオの考えに賛同できないでいた。
リオはリオで失敗は許されないというプレッシャーの中で、大義を成すためには犠牲もやむなしという上に立つものとしてはある意味では正しい判断を下していた。
互いに思うことはあれど、結局は犠牲を許容するかしないかの話であった。
「はぁ……埒があきません。どうしてもアリスさんが危険というのならば、提案があります。あまり好ましくない、折衷案のようなものですが聞いてください。」
「内容によるわ。結果的に被害が発生するのであれば、私は容赦しない。」
「………そうですね、私の案は。」
「彼女、アリスさんがキヴォトスを滅ぼす意思を見せた場合、私が殺します。」
「ッ……!」
その言葉は嘘偽りなどないと言わんばかりに神秘の圧をもってリオに届く。
アリスの真の力がどの程度かは誰も分からないが、確認できている破壊の規模では圧倒的にサエカの方が上であり、事実少女を一人殺すことなのどワケない力を持っている。
リオからすればサエカもまた危険分子そのものであるが、連邦生徒会長の検証の結果、ネルが健在である限り、暴発はしても「暴走」はまず不可能として目を瞑っている。
その対処方法にしても「相性が抜群」というだけであり、もしその相性がなければリオはサエカの事も排除するべき相手として相手していただろう。
「……それをするという保証は?」
「もちろんありません。ですが私も楽しく暮らしているこのキヴォトスを
「もし、信用できないというのならその行動が見られた場合、リオさんの方で処分してしまえばよいかと。」
「被害が発生する前に行動を起こしてしまったほうが、合理的よ。」
「否定はしません。ですが私は子供なので我儘言います。これは最終手段です。」
「そんなことしたら、名もなき神々の王女以前に私が暴れ散らかしますよ。デモですよデモ。」
リオは本日何度目か分からない長い沈黙をすることになる。見ようによっては中学生の子供が大人の決定に駄々をこねているようであるが、如何せんその規模があまりにも大きい。
そしてそれは、常にリスクを考えて行動しているリオにとってそれなりに効果のあるものとなってしまった。
「はぁ……どうあっても引かないというのね。分かったわ。貴女にリソースを割かれている間に、名もなき神々の王女に好き勝手されたら手が回らないもの。」
「ご理解いただけたようで何よりです、ぶいぶい。」
「それで。名もなき神々の王女の件は了解したわ。けれど最初の質問に答えてもらっていない。」
ああ、そういえば。と、サエカは思い出す。
確かにアリスに手を出すな、とは言ったがネルを近づけるな、という理由までは言っていない。
「んんー、まぁ最初に言ったとおりです。彼女
「たち?」
「ええはい。アリスさんではなく、ゲーム開発部のチャンスです。今頑張って部活存続のために、最後のチャンスをつかみ取らんと頑張っています。その邪魔をされては、結果が良しにせよ悪しにせよ遺恨を残します。彼女たちは私に、シャーレに手伝ってほしいと依頼を出しました。であるならば、いい訳の利かないくらいバックアップして、全力を出させるのが私の仕事です。」
「あくまでも名もなき神々の王女に、接触させないためではないと?」
「はい。今のアリスさんは立派なゲーム開発部の仲間です。かけがえのない仲間なんですよ。邪魔をされては困ります。」
「はぁ……。わかったわ。ネルが引いた理由もね。けど、ゲーム開発部がどちらかの結果を出したらネルとの約束通り、手を出させてもらうわ。」
「どうぞ。私の仕事はあくまでもお手伝い。悪し結果になったのであれば私はお役御免なので、排除とかでなければお好きにどうぞ。そこから先はシャーレに介入する術はありません。」
「わかったわ。聞きたいことはこれで全部よ。わざわざ呼び出して悪かったわね。」
「いいえ。こちらもリオさんの考えを聞けて良かったです。あ、念のため連絡先貰ってもいいですか?それと帰り道分からないので出口教えてください。」
「…………………。」
この短時間で何度目か分からない長い沈黙をするリオであったが、目の前の、どこか従者に似たふてぶてしさを出す小さな子に何か言う気にもなれず、連絡先と出口を教えるのだった。
いやー時間食っちまったぜ。私は時間を食ってしまったが、頑張る彼女たちにはうまい飯を食わせてやらねば。
そう思って飯とロールケーキとエナドリを大量に買い込んで部室に戻るが……。
「お姉ちゃん分岐シナリオ早く作って!シナリオ背景がないと挿絵描けない!」
「あともうちょっとでできるから待って!待ってる間にマップデータの作成お願い!」
「うわーん!モモイの指示した落とし穴の場所が悪辣すぎます!イージーモードの作成も要求します!」
「そうだね……今回はシナリオメインと、やりこみの廃人仕様で分けてもいいかも……。」
修羅場だった。え?私入ってきたことに気が付いていない?おーい、飯だぞぉ。
「うーん、邪魔しても悪いしなぁ。ご飯だけわかる所に置いて私は端っこで小さくまとまっていようかな。」
「あ、サエカじゃん!いいところに!デバックとプログラムはアリスがやってるから、サエカは誤字脱字の確認をお願い!」
「あらほらさっさー。」
こうしてたまに来る先生も交えながら1週間ぎっちりゲーム制作をしたのだった。
「お姉ちゃんまだ!?」
「ま、まって!もう少し、これだけやれば終わりだから!」
「起動テストだけやって……こっちは大丈夫!モモイ!」
「よし、アップロード!いけぇ!」
バタバタと最後の調整をする部員たち。クオリティを求めてしまった結果、最初にできたものよりも大幅に時間がかかってしまい、提出期限数分前となってしまっていた。
時間が少しでも余ればクオリティを上げたくなるのはクリエイターの性なのだろうか。
そしてサエカはというと、ゲーム開発部の4人よりも体が未成熟な上、徹夜するということがなかったために3日でダウンしてしまった。
途中先生と交代してぎっちり休眠をとり、現在2徹目である。
「転送完了……時間は―――間に合った!やった、やったよ!!」
「ふぅー、一時はどうなることかと。ハラハラさせないでよお姉ちゃん。」
「これで3日後の発表を待つだけ……。」
「3日かー。なんか作り終わると3日って長く感じるね。」
「それで提案なんだけどさ、Web版を先にアップしてみない?」
「え?どうして?」
「3日も待てないよ!それにユーザーの評価とか気になるじゃん!」
「で、でも低評価コメントとかちょっと怖いかも…。」
「何言ってるのさ!確かに今回作った動機は部活存続の為だったけど
「……私はいいと思う。」
「え?」
「……ゲームに限らず作品は見て、プレイしてくれるユーザーがいて初めて完成するものだと思う。だから私はみんなで作ったこのゲームを完成させてあげたい。」
「それに……みんな全力で作ったものだから、たとえ低評価コメントの嵐だったとしても、受け入れられると思う。」
「よし!それならさっそくアップロード!ぽちー!!」
「アップ完了!感想とかもらえるまで時間とかあるだろうしそれまで休憩してよ!」
「ほら、サエカとか今にも死にそうな顔してるじゃん。休もうよ。」
サエカからしてみればなぜまだそんなに元気なのか。そう問いたいところだが、あいにくそんな気力はないのか、白目をむいて燃え尽きていた。
知っている限りでは彼女たち4人は数日おきの仮眠を少し挟む程度で、ほぼ6徹と言っても差し支えないほどだった。
普段ならお役御免になった時点で休眠に入るサエカだが、手伝いの傍ら厄介な仕事が入っていたために寝る気分でもなくなっていた。
「あ……お構いなく……某はこれからトリニティに行かねばなりませぬゆえ……。」
「ええ!?結果発表まで一緒にいられないの!?」
「その状態で!?休んだ方がいいよ?」
「勇者も体力を回復させるためには宿屋で休みます!魔法使いのサエカも休むべきです!」
明らかに限界といった感じのサエカを心配してか、それとも自分たちより幼いまだ中等部の生徒に無理させられないという気持ちからか、これから仕事に行くというワーカーホリックな後輩を止めようとする。だが―――
「いえ……少し無視できない問題が発生しまして。急ぎ向かわねばならないのです。3日後の発表、一緒に見れるかわかりませんが応援しています。」
「そっか、じゃあ無理しちゃだめだよ!」
「私たちも応援してるから。頑張ってね!」
こうしてミレニアムにおけるシャーレのお仕事は完了したのだった。
尚、この後サエカと入れ違いでとあるヤンキーが約束通り襲撃に来るのだが、サエカはすっぱり忘れていたのであった。
それにしてもトリニティか。回らない頭で溜息をもらすサエカ。
決して無視できない案件というのは本当だ。
ただでさえ無視できない案件な上、機密性が高い。その危険度と得体の知れない情報で先生とは別行動になった。
おそらくすぐにでもミレニアムの首脳陣に解析依頼が出るだろう、今回の問題。
サエカは歩きながら自身のスマホを眺める。そこには―――
【私のかわいい妹へ】
【以前サエカに使われたと思われる、極めて危険性の高い爆弾が発見され、被害が発生した。】
【幸いにも被害軽微だが、混乱を招く可能性があり、情報の精査と可能であれば秘匿をしたいと思う。それにつき、断腸の思いではあるものの、協力をお願いしたいと考える。】
【ないとは思うが、くれぐれも情報の扱いが決定するまで他言無用で頼みたい。】
【それと先生には別口で同じような内容のメッセージを送っている。了承も取れているから情報のすり合わせはしなくても大丈夫だ。】
【そして、おそらくではあるが方向音痴であるサエカの迎えに、人を準備してある。前回と同じ者だが今回の事について情報は知っている。気兼ねなく来てくれ。」
【なお、機密保持のためにこのメッセージは開封後、一定時間の経過で削除されるようにしている。】
【待っているよ。 お姉ちゃんより。】
ちょっと長い文章が書かれていた。
あの爆弾が紙装甲の私だからあれだけの威力が出たのか、それとも防御そのものを無視し等しく同じダメージを出すものなのか分からないが、気軽に使っていいものではない。
サエカは明確な”敵”の発生を予見しながらトリニティ行きの電車に乗り込み、暫しの休息をとるのであった。
サエカは名もなき神々の王女について事前知識があります。主に黒服から。
一番最初にケセドと戦闘ミッションをしていたのは黒服が名もなき神々の王女を調べる前にDivi:Sion Systemが邪魔になると思い、当時子飼いであったサエカをぶつけて王女の回収するつもりでした。
ただ、黒服には知りえないことでしたが、パスがなければ発見すらできないために、サエカが順当にケセドを無力化しても王女との邂逅はほぼ無理でした。
なお、黒服はサエカに埋め込まれた視覚チップにより、位置情報はおろか、視覚情報も取得可能な状態です。音声まではとれていませんが、知られればボコボコのボコにされます。
パヴァーヌ編はいったん終了で、次回よりエデン条約編の序章に入ります。
いったい誰が犠牲になるんでしょうかね?ぐへへ。
感想や評価、誤字報告ありがとうございます。
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