「ただいま戻りましたー。」
「おかえり。うまくいった事はすでに聞いているよ。礼を言う、ありがとう。」
コハルのマシンガントークから抜け出し、ティーパーティーの執務室へと戻ったサエカは流石に限界といった様子で、ホストの前だというのに気を抜いてへにゃへにゃと机に突っ伏す。
これをやっているのがミカなら、普段は口を出すナギサも聖母のような微笑でその様子を見守る。
もっとも多少休み休みとはいえ、3徹目に突入しつつある上に長距離移動と
「あらあら、お疲れのようですね。しかしサエカさんのおかげで悩みの種が片付きました。ありがとうございます。」
「ああ。他にもないとは言い切れないが、とりあえずわかっている場所は潰せた。本当に建物ごと消し飛ばすとは我が妹ながら恐れ入ったよ。」
「それに今日はもう遅い。話はまた明日にでもしよう。移動でそれなりにも疲れただろうから、今日はトリニティで休んでいくといいよ。勿論先生には許可も取ってあるから心配しなくても大丈夫だ。」
「そうさせてもらいまふ……ううん……すぅ……。」
報告だけしに来たが限界の方が早く、離席する前に突っ伏した姿勢のまま動かなくなってしまう。
案外コハルの強くなりたいというマシンガントークは、サエカの意識を保つ続けるいい気付けになっていたかもしれない。サエカのスタミナはレットゲージに突入したが。
「ああ、こら。寝る前にシャワーを浴びてこよう。それに寝るならそのような椅子ではなくもっと寝心地のいい、ふかふかのベットがあるからそちらで寝ないと取れる疲れも取れないぞ。」
「ふふっ、こうやって見ると本当に小さい時のままですね。それにセイアさんもお姉ちゃんって感じがして、なんだか新鮮です。」
「そうだろう。サエカはいつまでたっても可愛いままだからね。自慢の妹だとも。」
「それに私はお姉ちゃんだぞ。お姉ちゃんがお姉ちゃんしなくて、何がお姉ちゃんだというのだ。」
「お姉ちゃんが渋滞していますよ。さて、私はサエカさんの休憩をとるための客室を手配してきますね。確かたまにしか使われないVIPルームがあったはずですので、そちらでも使いますか。」
「いや、それには及ばない。せっかく来たんだ、私の部屋でいいだろう。昔みたいに添い寝でもしようじゃないか。どうせ私のベットは無駄に大きいのだし構わないだろう?」
「まぁサエカさんが構わないのでしたらそれでもいいと思いますが……ここにミカさんがいたらパジャマパーティーしようとか言い出しそうですね。」
「ああ、そうだろうね。そんなことをいう姿が目に浮かぶよ。それと、個人的にはとても残念でならないんだが、私の力ではサエカを自室まで背負うことができない。かといって他の生徒にかわいい妹の抱っこ権などくれてやるほど私は心が広くなくてね。」
「つまり何が言いたいかというと、すまないがサエカを運んでくれないだろうか?」
「ええ……言いたいことは分かりますが私もそこまで力の強い方では……こうゆうところではミカさんがいないと困りますね。」
「よしたまえよ。ミカなんてここに居たら運ぶのは楽になるかもしれないが、力加減を間違えてサエカがサバ折にでもされたらどうする。もしくは放さないとか言って返してくれなくなるかもしれないだろう。」
「ミカさんに対しての偏見が凄まじいですね……。」
しょうがないですねと、非力なセイアに比べて一般的な筋力のあるナギサは、その体をお姫様抱っこの要領で抱き上げる。まるで赤子を抱きかかえるかのような表情で。
流石に装備の類はミカでもない限り運ぶことはできないため、いつものごとく後ほどティーパーティー所属の生徒たちが寄って集って運ぶ予定だ。
「………随分軽いですね。ちゃんと食べているか心配になるレベルの軽さです。それこそ片手でも持ち上げられてしまうのではないかと思えるほどに。」
「……健気に見えても、やはり3年間はひどい扱いをされていたのだろう。ろくに食事もとれなかったとしても何も不思議ではないさ。」
「だからこそ私は犯人捜しを諦めないよ。そいつはサエカの3年だけでなく、私の3年も奪っているんだ。どうゆう意図で連れ去ったのかは知らないが逃げ切りなんてさせないとも。」
普段穏やかに見えるセイアも、ナギサにとってこの時ばかりは気を抜けば後退りしてしまいそうなほどの気迫を見せていた。
最愛の妹に最悪の事態は避けられたが、それはそれ。許す理由などないのだ。
確かに今のサエカが言う通り、セイアの知っているサエカではないのかもしれないが、多少立ち振る舞いや魂に違和感があれど、ちゃんと妹なのだ。
細かいことはゆっくりと理解していけばいい。そう思っていた。
だからこそ昔のように添い寝、なんて言っていたが、一人っ子のナギサにはいまいち理解できないことだったが。
「すまないね、サエカをここまで運んでもらって。あとはこちらで休ませておくよ。」
「ええ。ですがセイアさんもお疲れでしょうから、その喜びの感情を抑えて早めに休んでくださいね。セイアさんもあまり体の強い方ではないのですから。それではもう遅いので私はこの辺で。」
おやすみなさい、とナギサは一言残してセイアの自室から出て行く。セイアはそれを見送ってからサエカにシャワーを浴びせるために揺すって起こしてから服を脱ぐ。
「ほら、もうひと踏ん張りしようサエカ。シャワーだけ頑張って浴びようじゃないか。」
「んん……はい……。」
「ッ………!これは痛くないのかい、サエカ……?」
セイアは服を脱いだサエカを見て絶句する。3年間。その3年間がどれほど重く、苦痛に満ちたものなのか言葉にできないほどの痕がその体に刻まれていた。
前にナギサが持ってきた写真では血でよくわからなかったが、今眼前に映るその夥しい量の傷跡はその時の傷跡ではない。明らかにこの3年の間につけられたものだった。
「んぇ……別にどこもいたくないですー。」
「そうか……すまなかった。気にしないでほしい。さぁ、足を滑らせないように気を付けてシャワーを浴びよう。お姉ちゃんが髪を洗ってあげる。」
その謝罪はいったいどれほどの感情が籠ったものなのか、その時のサエカには眠気も相まって理解することはなかった。
sideセイア
「ふぅ。髪も乾いたし、寝るとしようか。服は……すまない、私の服で我慢してくれ。サエカの身長に合う服となると特注になってしまうからね。いつかのために作っておくよ。」
うとうとしながら風呂に入れられ、為すがままにされたサエカ。だが元々宿泊するつもりでミレニアムから来たわけではないために外泊セットなど用意していなかった。
だが姉のセイアもそこまで体格に優れた生徒ではなく、多少のダボ付きはあれど十分にサエカの服の代用が出来ていた。その光景にセイアも言葉とは裏腹に満足しており、次同じような機会に恵まれたのならば着せ替え人形にしてやろうと企むのだった。
「ああ。もう流石に限界だったか。ゆっくりお休み、サエカ。」
「こうして姉妹らしい事が出来たのは、本当にいつぶりだろうか。昔は当たり前だと思えたことは失ってみて本当の幸せな時間であったと思い知らされる。」
髪を乾かしている段階でほぼ意識がなかったが、無駄に大きいベットに潜り込むと、そのまま寝息を立て始めた私のかけがえのない宝物。
その可愛らしい頭を愛しげに撫でながら、私は誰もいない部屋で独り言を言う。
二度と失わないために。他でもない自分に言い聞かせるために。
「その大切さを知ったからこそ、私はこの身に変えてでもサエカの事を守ろう。そのためならば私はすべての犠牲を許容するとも。……文字通り全てをね。」
それにしてもこの子は謎が多すぎる。不可解、というよりは何か外的な力によって情報が得られないような、そんなどこか気持ち悪い感覚。
いつからかこの子は私が悩まされている”予知夢”に出てこなくなった。サエカが、というよりも……
それだけでも少し気がかりだが、私が気になるのは何故誘拐されたサエカが普通に帰ってこれたのか。これがどうにも腑に落ちない。
犯人の目的は?身代金の要求もなく、何かの交渉に使うわけでもない。
身体の傷を見る限り、拷問まがいなことをされたことは間違いないのだろうが、それだと解放する理由も分からない。
もう一つ嫌な想像もあるが、それだけはあってほしくないと頭からその思考を追い出す。
強いて言えば魂に干渉され、何か理解の埒外に近い存在になったということは分かる。
(まさか実験……というより目論見事態は成功している?そしてその上で解放しているということは……モルモットの様に観察している……?)
(いやまさかね。だが、何かを見落としている気がしてならない。嵐の前の静けさというか、何かつかぬ間の幸せを享受しているだけのようなそんな気がしないでもないが……。)
(まぁ、今考えても答えなどでないだろうね。明日にでもまた二人に相談でもしてみるとしようか。)
一人思考の海に沈むのは私の悪い癖だ。どうせ疲れたこの身体では今考えても効果的ではない。
私もお姉ちゃんとしてしっかりとした姿を見せる必要がある。まったく弱みを見せないというわけではないが、寝不足でベットに伏せるなど姉の威厳もあったものではない。
私は嫌な想像から逃げるように、サエカの手を握りながらその意識をゆっくりと落とすのだった。
―――私はこの時そのまま眠ってしまったのを後悔するとは知らずに。
sideサエカ
「んあ……。」
サエカは夜遅くになんとなしに起きてしまう。本人は「しまった、ゲーム開発部と一緒にいたせいで昼夜逆転してしまった。」なんて考えがすぐ浮かぶが、まぁ二度寝すればいいかというダメな思考で回らない頭を納得させる。
しかし折角起きたのだから水分補給でもしてからまたベットに潜ろうと考え、ふかふかのベットから出ようとしたが何か引っかかってしまう。
「うぉ。何かひっかけちゃった。……ってセイアさんか。」
その原因は姉のセイアがサエカの服をつまんで寝ていたために、引っ張ってしまったようだった。
幸いというべきか、手が外れてもしかめっ面をするだけで起きる様子はなく、それを確認したサエカは台所を探して歩き回る。寮とはいえ、お嬢様であるホストの部屋に台所などという庶民的な場所がないとは知らずに。
そこでふと―――偶然。本当に偶然、部屋の外に人の気配を感じた。
お嬢様なのだから付き人かもしれない。せっかくだから水が飲める場所でも聞いてみよう。そう思いサエカはその扉を開ける。いや、開けてしまった。
「あのー。」
「……………驚いた。予言の大天使とはこうゆうことも見通すのか。マダムが排除を命じた理由もよくわかる。」
「?」
「まぁいい。あまり時間もかけていられないからな。お前に個人的な恨みはないが
サエカはその人物から殺気を感じ、咄嗟に距離を取ろうとする。だが戦闘経験の違いからか相手の方が圧倒的に早く、その華奢な腕は捕まれ、脇腹に一発鋭く重い一撃を貰ってしまう。
「ぐぁっ……!?」
狙ってなのか貰った場所が悪く、横隔膜が痙攣して呼吸ができなくなり声を上げられなくなる。
そのまま流れるようにサエカの胸元に
―――轟音と閃光。サエカが覚えているのはここまでだった。
sideセイア
ドガァァァァン!!
「ぐあっ!?」
セイアは幸せな夢から一転、轟音と背中を打ち付ける衝撃で現実に戻されてしまう。
その比較的小さな体躯は3階という高さから、受け身も取らずに落下してしまったために、覚えている限り最も大きいダメージとなった。
しかし如何にセイアが戦闘が得意でなく、病弱ゆえに非力で脆弱な体だとしても、そこはキヴォトスの民。多少悶え苦しんだ程度で大事には至らなかった。
「ぐぅ……!なんだ一体……人が寝ているというのに……人の迷惑を考えたまえよ……。」
これがレッドウィンター名物のクーデターというやつか?なんにしてもホストである私の部屋を爆破とは、いい度胸をしている生徒もいたものだと、まだイマイチ覚醒しきらない頭で的外れなことを考える。
だがもとより回転の速いその頭は、ホストとして事態収拾をするための思考を始める。
そしてその過程で思い出す。思い出してしまった。この中庭には私しかいないな、と。
「ッ………サエカっ!サエカはどこだ!?無事か!?私と同じベットで寝ていたから同じあたりにいるはずなんだ!無事であってくれ!!」
セイアは月明かりの中、煤だらけの泥だらけになりながら、文字通り草の根をかき分けて大切な妹を探す。嫌な予感が大きくなるのを抑えるために必死にその声を張り上げ、手を、足を動かす。
そして息も続かなくなった時、足元に転がる
「ぐっ、何だ?この生暖かい……
薄暗くよく見えないその生暖かい固まり。しかしその疑問は月光を遮っていた雲が徐々に晴れていき、その物体の正体を照らした。
奇しくもその月明かりがセイアの宝物を照らし、探していた努力が報われることとなった。
「あ……さ……サエ…カ……?」
「あ、あ……サエ……ダメ…だ…こぼれて……。」
そのセイアが足を引っかけて転んでしまった原因は、素人目には明らかに即死したであろうサエカの亡骸であった。
周りの草木をその血で濡らし、その目は生気を感じさせない虚ろな目で固まっていた。
周囲には先ほどまでその小さな体に詰まっていた”中身”や、手や足などの本来離れるはずのないそれらは散乱し、死の現実を突きつける。
その光景を心から拒絶し、腰を抜かしたセイアは最早まともな言語を紡ぐ事が出来ず、千切れ飛んだ
だがそんなセイアの前に最も医療に精通した、信用のおける人物が駆け付け事態の収拾を開始する。
「今の音は何事ですか!!………セイア様!?お怪我は………!こ、これは……!?」
「あっあっ、いやだいやだ!こんなの認めない!何かの間違いだ!!私は夢を、悪い夢を見てるんだ!!はは、ははははは!!」
一刻を争う事態。素人目には明らかに手遅れなサエカではあるが救護騎士団の団長であるミネにはまだうっすらと望みが見えていた。
すぐにでも処置をしなければ間違いなく手遅れになる。これは間違いないだろう。
だがホストであるセイアの状態も看過できるものではなく、こちらもサエカとは違う意味でダメになっていた。必要な場所に”救護”を。ミネ自身の信念に則ればどちらも救護の対象であり、見捨てるなどあり得ない。だが事態は切迫しており、どちらも助けることなど今は不可能。
なので苦渋の決断ではあるが今は生命の救護を優先し、直接生命の危機に瀕していないセイアの事を後回しにする決断をした。
そうと決まればミネの行動は早く、自身のライオットシールドの裏面に瀕死のサエカと可能な限りの
そして現場を離れようというとき、ふとセイアが静かになっていることに気が付く。
先ほどまでは気がふれてしまったかのように、現実逃避と高笑いをしていた彼女が。
今ではブツブツと涎を垂らしながら譫言を呟いており、明らかに先ほどよりヤバくなっていた。
このままでは自ら命を絶ちかねない。そんなことは見逃すわけにはいかないとミネは新たな決断を下す。それはセイアもサエカの治療中監視下に置き、下手な行動をとらせないようにする。
だが今は何より時間が足りない。そこでミネは仕方ないと割り切り、セイアには静かにしてもらうことにした。
「セイア様、今は緊急事態ですのでお許しください。」
そう言うとミネはセイアのお腹めがけて、死なない程度のパンチをねじ込む。
これによりセイアは、悲鳴も苦しみに呻吟する声も上げずに意識を落とす。それにより安らかとはあまりにもかけ離れた苦悶の顔で気絶するセイアと、サエカを乗せたライオットシールドを担ぎ、ミネは月夜に消えたのだった。
爆破される予定だったセイアに変わり、妹のサエカが犠牲になりました。
尚、本来の目標はサエカなのではなくセイアでしたが、またも身代わり勘違いです。
選ばれたのは妹ちゃんでした。
そして襲撃犯はサオリです。薄暗かったことと、セイアの服を着ていたためにセイアとサエカの判別ができず、またセイアの部屋にミレニアムにいるはずのサエカがいるなどと思ってもおらず、ヘイロー破壊爆弾の餌食に会いました。
本来この襲撃の役を担うはずだった黄金のバニタス戦士であるアズサも、襲撃に参加していましたが、サオリの方が練度が高く、先にセイアの部屋に到着してしまったので原作のような展開になりませんでした。
そして原作にあった襲撃の予知は、サエカが絡んでいるためにセイアは予知する事が出来ませんでした。無力な狐ですね。