情報をお姉ちゃんに渡してくるだけの回なので飛ばしても問題ありません。
sideセイア
―――ここはどこだ?いつもの夢……とは違うな。
そこは白く、見覚えのない病室だろうか。ベット一つに対し設置されている機械の多さが目立つ。
トリニティの、というよりかはミレニアムの趣を感じる病室。そんな空間に私は立っていた。
扉の外からは何やら話し声が聞こえる。
扉一枚隔てて聞こえてくるその声は普段なら聞き取れないだろうが、機械音しかないその空間にはその話声が嫌に鮮明に響く。
聞こえてくるのは、早く死ねばいいのに―――。あの疫病神が―――。生まれてこなければ―――。
大体そのような話ばかりだ。なんだこれは。実に不愉快だ。
≪どうかな?これがこの子、花籠 沙華の人生におけるほぼ全てだよ。≫
突如後ろから声がかかる。驚いて振り返ると私がこの世で最も望んだ相手が、ベット横のパイプ椅子に座っていた。
≪や、久しぶりお姉ちゃん。さっきは随分ヤバいことしようとしてたけど、体は大切にね?結構冷や冷やさせられたよ。≫
そこに座る私の最愛は白い歯を見せへらへらと笑っていた。だがどうにも演技クサくて、目に光が籠っておらず、酷く不気味な様子だった。
それでも大切な妹に変わらず、私は何も言わず抱きしめようとして―――すり抜けた。
≪うぉっとぉ。いきなりハグだなんてブルジョアの国にしては情熱的だね。だけど残念。お姉ちゃんはこの世界の住人じゃないし、本来入る事が出来ない部外者だから、誰にも触ることはできないよ。≫
感極まって飛びついた私の行動は、文字通りすり抜けたたらを踏む。
それに対しても変わらず笑っていない目でへらへらと、一部理解できない言葉で無理だと説明する。
―――サエカ。本当に…サエカなんだね。会いたかった…会いたかった!そして―――すまなかった!!
みっともなく感情を抑制できず、涙がこぼれる。ぽたぽたと涙は頬を伝い、病室の一部を濡らすが、その感情を向けられた相手は実に冷ややかな視線と態度を取っていた。
≪すまなかった、ね。非のない謝罪は薄っぺらく感じるよね。まぁ今はそんなことは
―――それでも、だよ。私にとってはどうでもよくはないのさ。
―――サエカ。君には私を恨み罵倒する権利がある。君が攫われたのはきっと私のせいなのだろう?私と……似ていたばっかりに……!
≪……へぇ。その考えに辿り着いたんだ。ま、今回の事でそこまでたどり着かなかったら只の盆暗だろうしその推察は褒めてあげるよお姉ちゃん。≫
≪その通り。私は百合園セイアと間違えられ、拉致された。私を拉致するよう命じた奴はひどくがっかりしていたよ。でもまぁ……
嘆く私に対し「気にするな」と手をひらひらとさせて返す。本当はもっと話したいことがあったはずなのに、まるで言葉を紡ぐ事が出来ない。この瞳に光のない少女ともっと心を通わせたい。
だがサエカはその身に受けた理不尽でさえ、
≪そもそもお姉ちゃんをここに呼んだのは私だけど、そんな
≪そんな自己満足だけで終わる話を続けるのなら私はそれに付き合うつもりはない。そのうち帰すから黙って座ってなよ。≫
―――そうか。雑談……か。
―――いや、すまない。切り替えよう。先ほどから色々気になる言い回しをしているから、それについて聞かせてもらおうか。
≪……それでいいよ。私も暇だからね。何から聞きたい?≫
話を
それを見て私は”お姉ちゃん”ではなく”ティーパーティーホスト”というつもりで質問を開始するのだった。
恐らくもう”お姉ちゃん”という扱いを心からしてくれないのだろうな、という心の寂しさを感じながら。
―――まずは一つ。ここはどこだ?
≪この胸糞悪いゴミみたいな世界?さっきも言ったけど花籠 沙華の生前の世界。今は精神世界なのかな。詳しいことはよくわかっていないよ。これが現実なのか彼女の心象風景なのか。≫
―――つまりここは今サエカの中に居る彼女が実際に過ごした空間…ということか。何故そんなところにサエカが?どうやって関係を持ったんだ?
≪質問は一つずつお願いしたいなぁ……でもま、いいよ。必死なお姉ちゃんに免じて答えて進ぜよう。サービスだよ。≫
≪そうだなー。強いて言うなら
―――すまない、理解できないんだが。
≪理解なんてできなくて正解だよ。不可逆の話だし、何より気まぐれで生まれた存在だ。答えなんて私たち矮小な人の身ではたどり着けないだろう。≫
どうゆう意味だ?まるで理解できない。普段私も理解が難しい言い回しをして皮肉を飛ばしたりするのだが、ミカにとって私はこのような感じに見えるのだろうか?もしそうなら次からはもう少し優しくしてあげよう。
―――分からない話はとりあえず横に置いておこう。
―――次の質問だよ。ヤバいことをしようとしていた、とは何だい?
≪んー、どう説明しようかな?≫
≪まず結果から言えば
≪その莫大な力がないために、求めたんだよ。その力を。≫
―――求めた?私が?
≪そ。求めちゃったの。で、莫大な力を持っているくせに、豊かな感情を持ちえない化け物がこの世にはいる。そういった化け物は強い感情に敏感でね。≫
≪来るんだよ。その化け物が直接。んでその化け物の内の一体……一体?一柱?の名前は実はもう知ってるんでしょ?そしてそれが顕現した場合、どうなるのかも。≫
―――色彩。
≪あったり~!だから神秘が恐怖になりきる前に、魂だけ身体から引っこ抜いて引きずり込んだってわけ。いつも予知夢やらなんやらで魂の存在が希薄になるせいで、プロテクターが強い姉サマだからこそ引きずり込めたんだよ。感謝してよねー。≫
―――あ、ああ。すまない。ありがとう。私は私自身が予知夢で見た恐れた事象を、自ら起こすところだったんだな……。
≪それと捕捉だけど、お姉ちゃんの予知夢って呼んでいるそれ、厳密には予知夢ではないよ。≫
―――なんだって?
≪お姉ちゃんのそれは予知夢ではなく「平衡世界の観測」。実際にあった世界に自身の魂を同期させて事象を観測する。だからその都度魂が肉体を離れているわけで、体調不良も肉体と魂の同期ができていないから起こるもの。≫
―――サエカは物知りだね……頼もしいよ。ん……?つまり私がサエカの夢を見ることがないのは……。
≪気づいちゃった?気づいちゃったぁ?そうだよ、私、サエカは他の世界、本来ならキヴォトスに存在しないもの。ここだけに存在を許された者だよ。レアだよねぇ!SSRだよ!≫
キャッキャとはしゃぐサエカ。何故そんなに喜べるのかとセイアはここにきてようやく、妹のおかしさに少しずつ気付く。
だがそれも3年という極限生活で精神を少し病んでしまったのだと、長い休養を得ればまた昔のように笑いあえるのだと信じて疑わなかった。
―――えらく喜ぶね。私としては些か理解できない感情だが…まぁそんなレアな妹にはまだまだ聞きたいことが沢山ある。答えてくれるんだろう?
≪時間と個数によるよね。残念だけど姉上、私は善意で教えているわけでもないんだよねー?払うもんは払ってもらわないとさー?ほら、親しき仲にも礼儀ありっていうじゃん?≫
―――何が必要なんだい?私の手の届く範囲の物であればなんでも構わないが……というよりすでに何個か質問に答えてもらっているということは、対価が発生しているということでいいのかな?
≪発生している、というよりすでにその都度貰ってるけどね。≫
―――ちなみにその対価は何だい?
≪んー、そうだねぇ。”神秘”かな。ここに姉君を引きずり込んだのは何もテラー化を避けるためだけじゃないんだよ。≫
≪少しあの体を維持するのに、神秘が足りなくてね。再生するための方法はあるけど使用したくない。ならせっかく神秘に振り回されて持て余している人間がちょうどいるじゃないか、ということで質問ひとつにつき、少しずつ徴収させてもらってるよ。それに血がつながってるから馴染みも実にいい。≫
―――その神秘が枯渇した場合どうなる?
≪死にはしないよ。多分ね。けど回復するまでに時間はかかるしその間、虚弱になる。まぁ明確なデメリットは”ヘイローが砕けやすくなる”くらいかな。≫
そうなんでもないかのように真実を告げるサエカ。だがこの時の私にとっては自分の命などどうでもよく、何ならこのままずっとこの空間で妹と会話がしたいとすら思っていた。
だが悲しいかな、恐らく時間経過でも対価は取られ続けているだろうという確信がある。
そしてそれが尽きた瞬間問答無用で追い出されるという直感も。
―――ならいくらでも質問しないとね。次だ。サエカ、どうして表に出てこないでこんな何もない場所で一人いるんだい?
≪賢明な判断だね。≫
≪私がここに居る理由?ふふ、何だと思う?≫
―――もったいぶらないでくれ。対価は取ってるのだろう。
≪……理由、ね。それが契約でもあるし、普段表に出ている沙華も私だから、あまりどこにいるかというのは固執していない。というのが理由かな?≫
―――契約、ね。初対面の時の彼女もそんなことを言っていたね。無と有を交換しよう、ってやつだったか。正直私にはその契約の本質が見えない。君たち二人が全く同質の魂に見えるのはその契約とやらが起因しているのかい?
≪鋭いんだか鈍いんだか。契約内容自体はそうだけど、
≪私のこれはその契約の抜け穴を突いた結果なんだよ。≫
―――確認なんだが契約相手は花籠 沙華で合ってるのかな?
≪違う。≫
即答だった。本来であればすぐに誰なのかと聞くところだったが、すぐに聞き返す事が出来なかった。
何故ならば、返答した彼女の表情は先ほどまでとは大きく違い、意思の籠った、真剣な顔だったからだ。唯一真剣に返答をしたその表情を見て、私はここが核心であると悟る。だが無情にもすべてを知ることは叶わなかった。
―――それは―――
≪ごめんだけど時間切れ。お姉ちゃんの神秘が枯渇寸前だから今回はここまで。≫
≪最後にサービスだけど、私は特定のタイミングでしか顕現できない。私は
―――まってくれ!まだ―――
突如不快な浮遊感がセイアの身体を襲う。なんとかその場に留まろうと手を伸ばすが、抗うことはできず景色が遠くなっていった。
病室から離れる最後。サエカの表情は少し寂しそうな顔をしていたのをセイアは見逃すことはなかった。
「うっ……」
今度の光景は何となく見覚えのある場所だった。清潔な布団に寝かされ、腕には点滴。明らかに扱いは病人のそれだった。
隣を見れば最後に見た記憶通りのサエカが人工呼吸器につながれ、静かに横たわっており、少しでも近くに行こうとベットから降りる。だが、まともに動けたのはそこまでだった。
―――ドシャッ
セイアはガードル台を支えに立ち上がろうとしたが、その台ごと倒れこむ。うまく立てずに膝から力が抜けたのだ。セイア自身も何が起きたのか分からず混乱するだけだった。
立ち上がろうともがくが、体が言うことを聞かない。
ここでようやく、原因に思い当たる。神秘が枯渇したのだ。おそらくサエカが根こそぎ持って行ったのだろう。そのせいでヘイローがうまく機能せず、体に力を籠められなくなっていた。
だが幸いにもここは救護の鬼がいる場所。物音を聞きつけてすっ飛んできた。
「今の音は何ですか!……セイア様?」
「や、やぁミネ。すまないが起き上がるのを手伝ってくれるかい?」
「目を覚ましたのですね!よかった。……少々お待ちください。」
ミネはセイアをやさしく抱き上げ、ベットへと戻す。その目には記憶にないクマが出来ており、疲弊していることが誰の目から見ても明らかだった。
その様子に疑問を抱き、点滴を繋ぎなおすミネに質問をする。
「なぁ、ミネ。手術が終わってからどれくらい経つんだ?」
「……今日でちょうど6日目です。」
衝撃。なんとセイアは6日間も眠りこけていたというのだ。あの病室には体感30分もいなかったと思ったが、どうやら時間の流れが違うらしい。そして同時にミネはたった一人でその間ろくに休眠も取らずに看護し続けたということなのだろう。
「そうか…すまなかった。肉体的にはまだ世話をかけるかもしれないが、精神的にはとても元気だ。ありがとう。私が言うのもなんだが、休めるときに休んでくれ。」
「ご心配なく。救護が必要な時に救護する側が救護できなければ本末転倒。故に救護は問題ありません。」
「うん、少し頭があれなのはわかった。頼むから休んでくれ。世話になっておいてなんだが、その状態の君の救護は受けたくない。救護が救護している。……いや元からか?」
平常運転な気がしないでもないが、目がガンギマリしている。明らかに危ない。彼女のフィジカルで手元が狂ったなどされれば、ヘイローの弱った今のセイアでは致命的だ。
「何か変なことを言っていますね。救護ですか?救護が必要ですか!?」
「い、いやいい!!いらない!私は大丈夫だ!安静にしているとも!!そうゆう君こそ救護を受けるべきじゃないか!?」
「ふぅ、それだけ元気に叫ばれるのであれば本当に大丈夫そうですね。まったく。無理などせずに最初から休んでいればよかったのです。セイアさんの心拍が止まった状態で倒れていたので肝を冷やしたんですからね。」
驚いた。テラー化を避けるために魂を引っこ抜いたとは聞いていたが、ミネがいなかったら私はそのまま魂の帰り場所を失っていたのではなかろうか?仕方ないとはいえこちらも相応に肝を冷やした。
「あ、ああ。すまない。所でサエカの容体はどうだい?」
「山場は越えました。現状命の危機ということはありません。急激な回復を見せて正直驚かされてばかりです。」
「そうか。それはよかった……。」
「ただ、意識はいつ戻ってもおかしくないはずなのですが、恐らくリハビリは必要かと。仕方なかったとはいえ結構無理やり繋ぎ合わせた部分もあるので。それとセイア様の方ですが、肉体的な損傷はほとんどありません。疲労やストレスからくるものでしょう。しばらく安静になさっていてください。」
「それと……私からの提案ですが、セイア様は完治してもここに留まる事をお勧めします。私の勝手な推察になりますが、今回のこれはサエカさんを直接狙ったものではなく、セイア様。貴女を狙ったものではありませんか?だとすればこのまま戻るのは危険かと思います。」
「流石ミネだね。普段はアレなのにそういった部分はやけに鋭い。私も同意見だよ。巻き込まれたサエカには悪いが、私はこのまま死んだことにしてしばらく雲隠れしようと思う。協力してもらえるだろうか?」
「お構いなく。そのための準備も済ませておきました。本来治安維持は正義実現委員会の管轄なのでしょうが、生命の危機となれば救護騎士団の管轄。うまく匿いましょう。……それと普段はアレとは何のことなのか教えていただいても?」
「い、いや、言葉の綾だ。気にすることはない。だからその握りしめた拳から力を抜いてもらえないだろうか?救護がとどめになってしまう。」
「……はぁ。わかりました。セイア様も目覚めたことですし、私はそこのソファーで少し休みます。何かあれば声をかけてください。」
スッと力を抜くと近くのソファーへと体を預ける。口では大丈夫と言っておきながらやはり限界だったのだろう。すぐに寝息をたて、休息に入っていた。
「ふぅ。気が休まるんだか休まらないんだか。外部と連絡……は避けた方がいいだろうね。敵が誰だからないうちは、徹底的に隠れた方がいいだろう。ああ、これから暇になるな……。」
「頼むから早く起きてくれよ、サエカ。」
そうして一人眠れぬ夜を使って、サエカとの会話の意味を反芻して自分なりに整理するのだった。
サエカ(妹)はとある神格を内包してしまっています。
連邦生徒会長はその正体を看破していますが、セイアにはいまだ理解の埒外です。
セイアの予知夢ではサエカを観測することはできませんが、サエカの中身に関しては観測ができています。