こんばんは、夜のぶらり散歩から一転、ゲヘナのテロリスト捕縛にシフトチェンジすることになってしまったロールケーキサエカだよ。
結果から言うと私は戦闘に参加する事はなかった。と、言うより私の足が遅くて先生とほぼ同じ移動速度になってしまったからだ。仕方ないじゃん、ブースター無きゃ180kgほどの重量あるプチカタストロフ持って高速移動なんてできないって。
先生はというと、先行させた補習授業部をうまく指示してテロリスト達を鎮圧していた。市街地で敵も見えないのにどうやって指示してたんだろう。なんかやべー力の片鱗を見た気がする。
で。数の暴力と先生の指揮で、完膚なきまでぶちのめされたテロリストはというと。
「ああ!ゴールドマグロがぁ!」
「これでは天ぷらですね……。お刺身も堪能してみたかったのですけど。」
「一斉にバラバラに逃げればまだ何とかなりそうじゃない?」
この期に及んで逃げようとしていた。確かに四方に逃げられれば全員を捕まえることは難しくなってしまう。だけどその判断は遅すぎた。下手に戦闘力があるとそのあたりの判断が遅くてだめだね。なぜなら―――
「くひひ……きひゃはははははは!!」
「あ、あれは……!さすがに厳しいと言わざるえませんわね……。」
そう、奇声を上げながらゆらりと現れたのはトリニティの戦術兵器。正義実現委員会委員長である剣先ツルギさんだった。その姿を見たテロリスト達はその圧倒的な圧力に及び腰で、所属学区の頂点、空崎ヒナを彷彿させるその戦闘力の高さから、抵抗するかどうか逡巡していた。
だが、それも一瞬。リーダーと思しき少女と目が合ったと思えばすぐに諦めていた。
「往生際が悪く泥臭くとも足掻いてみても良かったのですが……噂の”シャーレの決戦兵器”までいたのでは、無駄に痛い思いだけしそうですし、今回は大人しく捕まるとしましょうか。」
「ええー!諦めちゃうの!?なんで!?」
「ヒナさん二人に挟まれている状況……と言えば理解できますでしょうか。」
なんだかやだなぁ、私のその二つ名。モモイさんも言っていたけどそんなにひどい噂なのかな……。実際のところ、各学園の特記戦力と並べられることが多いけど、火力面が突出しているだけだ。本体はゲロ弱ってバレたらひどい目にあいそうで怖いんだけど。
そんなこんなで御用となったこのテロリストたち。聞けばゲヘナの美食研究会というらしい。
なんでも、ありとあらゆる美食を求め、手段を問わず食すために現れるのだとか。それでいて美食ではない、と認定されると難癖付けて爆破してしまうという迷惑っぷりを発揮するグループだった。ゲヘナでは飲食店を爆破するのは流行っているのか?飲食店でなくても日ごろから爆破されてましたね。くそがっ。
「……絶対無理じゃん……私たち、これからどうなるの?」
「まぁ順当にいけばゲヘナ……というより風紀委員会に引き渡しじゃないでしょうか?」
「うぅ、やだなぁ……。」
お縄につきながらチラチラとこちらを観察する4人。なんか既に縄でぐるぐる巻きにされてる生徒もいるけど哀愁漂っているのは気のせいか。
「お疲れさまでした、皆さん。お陰で無事に事態を収拾する事が出来ました。ありがとうございます。」
「あ、あはは……走り回っただけなので礼を言われるほどでは……。」
「ところであの方々はどうなるのですか?」
「そうですね……学区外の方ですので従来通りであればティーパーティーと協議を重ねて処遇を決定するのですが、今は政治的に緊張が高まっている時期。可能であればゲヘナの風紀委員会に託そうかと。」
「つきましては先生。もしよろしければ先生方、「シャーレ」に身柄引き渡しをお願いしたいのです。」
”わかった。エデン条約の件でハスミ達、正義実現委員会が動きづらいのは分かっているつもりだから大丈夫だよ。”
「ありがとうございます。大丈夫かとは思いますが、もし抵抗された際などはお呼びください。」
”じゃあ私たちはこのままゲヘナに行ってくるね。補習授業部の皆とはここでいったん解散するけど、あまり遅くならないうちに帰るんだよ?じゃあサエカ、頼めるかな?”
「あらほらサッサー。」
なんということでしょう、残業確定です。ロールケーキがなければガス欠していたに違いない。
まぁでも私もいないと流石にダメだよね。なんでってこいつら美食研究会、先生が身柄引き渡しを行うって話をしていたあたりから、ワンチャン隙をついて逃げれないかコソコソと話していたのばっちり聞こえちゃってたし。フィジカルギフテッドなサエカちゃんイヤーは聞き逃したりしませんとも。
なので厳重に縄でぐるぐる巻きにして、借りてきた台車に5人放り込んで待ち合わせ場所に向かうのだった。
「到着……場所はここで合ってましたか?」
”うん、ここのはずだけど……。”
早く着きすぎたのか、だだっ広い道路には人っ子一人の姿もない。温かい時期とはいえ夜は冷えるから早く帰りたいんだけどなぁ。誰が来るのか知らないけど早く来てほしい。
そんな中、荷台に雑に積まれた美食研究会の一人が話しかけてくる。
「……こうやって見ると、ごく普通の少女ですわね。」
「それはそうでしょう。何処にでもいる普通の少女ですとも。」
「いえ……噂と大分違うというのは一目見て分かりましたが、その人間性と言いますでしょうか。「中身」が各学区にいる上位の実力者……そのどなたとも似通った部分を見つけられませんわ。ああいった方たちは性格こそ違えど、根っこ……魂の高潔さは似通っているのですけども。どちらかと言えば貴女は私たちのような、世間一般では「悪」と認識されそうな側の人間に見えますわね。何とも不思議な子ですわ。」
「いったい何を期待しているんですか。私はそもそも、連邦生徒会の雑用係です。誰かに期待されるようなものは持ち合わせていませんよ。」
「そうでしたか。まぁ本人がそういうのであれば、それでよいのかもしれませんわね。」
???何が言いたいんだろうこの人。私は自由を謳歌するために、手に余る武器を振り回して日夜半泣きで敵に突撃するような哀れな子羊だ。ヒナさんやネルさん、ツルギさんみたいな先輩たちと似る部分なんてないでしょうに。そんな訳の分からない話をしていると大きめの車が目の前で停車した。
「お待たせしました。死体はどちらに?」
”し、死体……??”
「失礼しました。死体ではなく負傷者、でしたね。たまに混同してしまいまして。」
なんて物騒な人なんだろう。実は書類上もう死んだことになってて執行待ち、みたいな怖い話じゃないよね……??まぁそこはきっとゲヘナだし。頭のねじが少し飛んでる人が来ても何の不思議もない。だってゲヘナだし。*1
なんてアホな事を考えていると、車からよく知る人物が下りてくる。
「たまに、ではなくいつも間違えているでしょう。いい加減直して。それと先生、サエカ。こんばんは。二人が態々このような役を買って出ているということは、政治的配慮かしら?」
”こんばんは、ヒナ。うん、ヒナの指摘通り、ゲヘナとの政治的摩擦の可能性を考慮して頼まれたんだ。ゲヘナの方は大丈夫?”
「いえ、あまり良くはないわ。今回私はお忍びよ。本来私じゃない方がいいのだけど、そこの馬鹿どもの事を考えると私しかいなくてね。だから今回は、政治的関与が薄い救急医学部に協力してもらってきたの。」
「救急医学部の部長、氷室セナです。死体―――ではなく負傷した場合遠慮なくお声がけください。」
はぇー、ゲヘナの治療部隊の部長さんだったかぁ。トリニティで言うところのミネさんと同じポジションってことだね。どうりでちょっとどこかおかしなわけだ。*2
「それじゃあ、美食研究会は気絶したふりしてないでさっさと車に移ってちょうだい。走って逃げれるくらいにはまだ元気はあるでしょう?」
「ふふ、バレバレでしたか。お久しぶりですね、ヒナさん。」
「ハルナ……。はぁ……、ってあら?そこにいるのは給食部の……また拉致られたのね。同情するわ。」
観念してぞろぞろと車に乗っていく美食研究会。その中で歩けないくらいまで蓑虫状に縛られた生徒を見てヒナさんが縄をほどく。同じグループの生徒かと思ったら、美食研究会に拉致られた完全な被害者だった。南無。
「積載完了しました。いつでも出れます。」
「少し待ってちょうだい。」
そう言うとヒナさんは先生と少し離れた位置で少しの情報共有をする。これだけ見ると逢引きじゃんね。
「先生は今トリニティで何をしているの?こんな時期に中立であるはずのシャーレが、二人そろってトリニティにいるとまるで……。」
”大丈夫だよ、その姿勢は今も変わっていない。ヒナが心配しているようなことにはならないよ。”
「それもそうね、私としたことが少し弱気だったみたい。」
”頑張りすぎるのもほどほどにね?先生も心配しちゃうからさ。それでなんだけど、せっかく会えたのに仕事の話になっちゃうんだけど、ヒナはこのエデン条約。どう見る?”
「そうね……、連邦生徒会長失踪から空中分解していたエデン条約がここにきて急にトリニティ側が推し進めているその姿勢に違和感があるわね。おそらくは百合園セイアの件もあるのでしょうけど……。ああ、ごめんなさい、サエカ。貴女を傷つけるつもりはなかった。無配慮だったわ。」
「ん?大丈夫ですよヒナさん。役職上仕方ない事ですし。私も先生もトリニティで仕事しているとはいえ結構遊んでいますから。先生も女の子と秘密の密会してたりだとか、水着パーティーしたりだとか、夜遊びしたりだとか。」
ヒナさんが必要以上に自分を責めない様に、先生を生贄にして場の空気を戻す。先生は固まっていたけど、全部事実だし仕方ないよね?それにセイアさん生きてるし。何ならおてんばで困っているってミネさんから密告まで来ている。なんでそんなに元気なの。
「……???……!?せ、先生?本当に何をやっているの?」
”ち、違うよヒナ!?い、いや、違くないんだけどとにかく勘違いだ!サエカも嘘……じゃないけど言い方と伝え方に悪意がある!”
「委員長、まだですか。」
「ああ、ごめんなさい。今行くわ。……先生もサエカも、ほどほどにね。それと。信じてるから。」
そう最後に残すと、ヒナさんは振り返ることなく車両に乗り込んで去ってしまった。信じているってどの意味だろうか?先生の顔を見れば誤解が解けなかったかもしれないという表情の裏に、最後の言葉の真意が伝わっているような顔。私には分からなかったけど先生には何か伝わったのだろう。なんにしても、もう1時だ。帰って寝るとしますかね。
なんて欠伸をしながら帰路につく途中。
「ふふ、ロールケーキはまだ4本あります。先生も食べますか?」
”先生には少し重いかな……サエカがおいしそうに食べてるのを見るだけで十分かな。”
「んまぁー。そんなこと言って。あとで欲しいって言っても―――先生!!!」
”うわっ!?”
第六感だろうか。突然の悪寒を感じ、先生を押し倒す。すると先生の胸から上のあたりがあった場所を何かが通り抜けた。いや、何か、じゃない。銃弾だ。それは明らかに先生に向けて殺意を込めて放たれたものだ。初めて私にとって大切なものが奪われたかもしれないと思うと、胸の奥が急激に冷たくなるのを感じる。そしてそれは運悪く、私の脇腹に突き刺さる。
”いったぁ、ってサエカ、それ……。”
「ぐあっぐぅ……!て、敵襲です。今私が守らなかったら確実に脳天ぶち抜かれていましたよ。……私が相手をします。先生はまだ周辺にいるであろうハスミさんに救援依頼を出してください!早くっ!」
”でも……!いや、わかった。サエカも気を付けて。”
それだけ伝えて先生は物陰に隠れる。が、その間にも執拗に先生に向けて銃弾が放たれる。幸いにも先生が障害物に滑り込む方が早く、怪我を負うことはなかった。
さぁて、わたしの目の前でいい度胸だ。柴関ラーメンの時以来のボルテージ上昇を感じる。
―――っち、失敗か。たまたま見かけたからチャンスと思ったが……。
そこか。小さな声だがサエカちゃんイヤーは聞き逃したりはしない。場所的にはトリニティの郊外だが、周辺被害が、とか悠長なことは言ってられない。相手の実力が分からないから一撃で吹き飛ばす!人を撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだぁ!!
「そこだ!全てを撃ち貫け!カタストロフ・ノヴァ!!」
数が少ないバッテリーの一つをダメにして放たれる私の神秘を使わない本気。本来はビナーやケセドといった超兵器に対して放たれることが前提のそれはその力を遺憾なく発揮し、前方の建物はおろか、後ろの山すら穿った。
さて―――殺すつもりはなかったけど、殺してしまっただろうか。わざわざ先生を狙ったのだ。その辺のチンピラではないだろうが果たして。
「ぐっ……ある程度は聞いていたが、これほどまで規格外とは……流石は特記戦力の一人というわけか。」
「あぁん……??」
どうやら直撃だけは避けた様子の少女。バッテリーをパージしながら注意深くその襲撃者を観察するとどうにも見覚えがある。
あぁ、思い出した、コイツは。あの夜、私を爆弾で吹き飛ばした腹だし少女だ。上等だ。
”サエカ!大丈夫!?正義実現委員会は5分で来るって!それまで持ちこたえて!”
5分、ねぇ。わざわざ時間を教えるってことは、襲撃者に撤退を促すためなんだろうけど。
ふふ、先生。別に倒してしまっても構わんのだろう?行くぜオルァ!セイアさんの仇だ!*3
「ちっ、こんなところでリスクは取れない。手を出したの失敗だったな。」
「逃がすかぁ!!」
「なにっ!?」
負傷しながらも戦術的撤退を選択する襲撃者。判断が早い―――けど私にはこの圧倒的なフィジカルがある。冷却が終わっていないプチカタストロフなしでも遠距離で戦う術はある!
私が行ったのは、投擲だ。有り余るパワーで近くのコンクリを毟り取って全力で投げつける。するとあら不思議、即席のショットガンの出来上がりだ。
「ぐっ、化け物め……!ああ、そうか、姉が殺されて憎いのだな。だがすべては虚しいものだ。それをお前らが理解するまで私は戦うのをやめない!」
遠距離は不利だと悟ったのか、今度はこっちに突っ込んできた。逃げられないのはいいけど、盾がない今、インファイトはまずい。
「遅い!」
「ぐぁ!?」
懐に入られ、その近距離でアサルトライフルを撃ってくる。咄嗟に左腕を間に入れるが、そのまま貫通、私の胸に突き刺さる。やばいこれっ……。
激痛で意識が飛びそうになる中、何とか根性で繋いで引きはがすために足を地面に叩きつけ、破片を飛ばす。だが、それすら見切られ、すでに距離を取っていた。
「……懐に入ればそんなものか。パワーこそ凄まじいものがあるが、所詮はそれだけだ。他愛ない。悪いがおまえにも死んでもらうぞ。なに、大好きな姉と先生と一緒にいられる。悪くないだろう。人生とは往々にして虚しいものだからな。」
ぐぅ……あぁ、やばい。太い血管をやったっぽい。出血のせいで視界が暗く、酩酊感が……。
”サエカ!!”
「次は先生、お前だ。エデン条約まで待たずにお前たちを始末できたのはラッキーだった。マダムも喜ぶ。」
叫ぶ先生をよそに、銃口が立てなくなった私の後頭部に押し付けられる。ああ、今度こそ終わりだ。ごめん先生、ごめんサエカ。ごめん……。
―――ちっ、代われ。しょうがねぇ、ババアの子飼いに格の違いを見せてやるよ。
そんな声が聞こえた後、私の意識は暗闇の中に落ちるのだった。
side先生
私は今、何を見ているのだろう。
自身の無警戒さが招いた最悪の結果。銃社会うえに起こりうる最悪の結末。
それはサエカ自身が最も警戒して、私はシッテムの箱とサエカ本人の強さからそれを過信し、どこかで大丈夫、今回もうまくいくはずだと侮った。その結果がこれか。
目の前には後頭部を撃ち抜かれ、その小さな頭から脳髄をぶちまけビクビクと痙攣するサエカだったものと、次の獲物に狙いを定める少女。
私はなんてことをしてしまったのか。私自身はアロナに最悪守ってもらえる。だが常に私を守る立場にいるサエカは?もちろん大丈夫ではない。大丈夫なはずがなかったのだ。
今までの怪我の仕方から見て、恐らくだがサエカの防御力、とりわけ耐久値とでもいうべきかわからないが、キヴォトスの生徒としてはだいぶ弱い部類に入る。
ここにきてようやく私は、今までの小競り合いと
「安心しろ、痛みはない。」
少女はリロードをしながらゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。対して私はというと、起こった事実を受け入れる事が出来ず、逃げることも抵抗することもできずに只々膝と手を地に着け、項垂れる事しかできないでいた。
「せめてもの情けだ。何か最後に言いたいことはあるか。」
その問いに私は様々な感情が渦巻く。憎しみ、怒り、困惑―――そして後悔。そのどれもが負の感情。だが私は教育者だ。いかに目の前の少女が人道から外れたとしても、生徒なのだ。その生徒相手に負の感情をぶつけることはできない。だが……それでも私は教育者以前に一人の人間なのだ。
故にどうしても聞かねばならない。
”……君の名前は?それとどうしてこんなことを?”
「質問できる立場ではないと理解している筈だが……まぁいい、最後だからな。」
「私の名前は錠前サオリ。行動の理由は………お前達”シャーレ”が邪魔になると言われた。それだけだ。」
私の問いに律儀に答える。私たちが邪魔になる、か。確かに”シャーレ”は基本的には生徒を助けることを是としている。それは裏返してしまえば、敵になってしまう生徒やグループも存在するということ。だがこの生徒の言い方には少しだけ引っかかる部分がある。可能であればその情報も引き出そうと顔を上げる。だがそこにはこちらに銃口を向けるサオリと、その後ろにはあり得ないことが起こっていた。
”…………は………?”
「理解できなくてもいい。どうせ死ぬのだからな。個人的な恨みはないが―――は?」
私の視線が自身に向いていないことに気が付き、その視線を追うサオリ。だがそのあり得ない光景を前に、サオリ本人も私と同じ反応をすることになった。
――――――――――――。
そこには人の言語足りえぬ奇怪な音を出す、首から上がなくなったサエカがゆらりと立ち上がる光景があった。生物学的にあり得ない光景、そのおぞましくも名状しがたい凡そ理解の出来ない音。だがそれには明確な意思が宿っており、生物の「格」そのものが違うことをいやでも本能が理解する。
「なっ……馬鹿な……どうゆう……。」
―――あ―――ああ―――はは、はははは!
その首なしサエカはどこから発音しているのか、そもそも発音なのかわからないが、突然笑い声をあげる。そして同時に私にだけ聞こえる警告音。アロナだ。彼女はあまりにも危険すぎるから今すぐその場を離れてほしいとビナーの時ですら言わなかった警告を出している。
そんなことを言われないでも、分かっている。今目の前に対峙しているよくわからないものがその気になれば、私など歯牙にもかけず殺すことが可能なのだと。
だがそれと同時、この場から逃げ出してはならないという直感もあった。
―――くふっ、はははは!……はぁ。まったく、予定外だ。ババアに反逆もできない意志薄弱児が。余計なことをしやがって。
「頭もないのに喋れるのか。マダムにはこの世には理解の及ばない化け物もいると昔聞いたことがあったが、まさかこんな形で会うとはな。」
―――随分、余裕だな?教えてやるよ。今のお前に足りないものがある。それは危機感だ。もしかしてまだ死なないとでも思ってるんじゃないのか?
サオリも精一杯強がってはいるが、目の前の怪物じみた何かに怯えている。その証拠に先ほどまでなかった震えと汗が傍目からでも見えた。今は確かに敵対しているが、サオリも生徒なのだ。このままでは間違いなく殺されてしまうであろう生徒を、みすみすそのままにしておくなどできない。
”き、君は誰、なのかな?”
―――寂しい事を言うじゃないか、先生。このキヴォトスにおいて先生と最も長く時間を共にした生徒を忘れるだなんて。痴呆にはまだ早いんじゃないかい?
”違う。君は私の知るサエカじゃない。少なくとも私の知るサエカは首から上がなくても喋れる機能はついていなかったはずだ。もっと可愛らしい見た目をしていたさ。”
―――くふっ、くふふふふ。惚気てくれるじゃないか、先生。そうだな、首の建付けが悪くなっていたんだ。これでどうかな?
そう言うと、自称サエカの首無しは落ちた頭を拾い、首にくっ付けだした。するとまた驚きの光景が眼前に映し出される。
なんと拾った頭がくっついただけでなく、きれいさっぱり何事もなかったかのように再生したのだ。
―――さて、時間もないし、私を一度殺したお前には褒美をやらないとなぁ。
”サオリ!!避けて!!!”
「ぐっ!?」
自称サエカが尻尾に巻き付けている昔使っていた元アイマスクとして使用していた布。それを取ると同時、強烈な悪寒を感じて思わずサオリに退避を促す。そしてそれは正解だったようで咄嗟に横っ飛びしたサオリの左腕があらぬ方向へと向く。
―――先生、一体貴方はどっちの味方なんだ。今の一撃で首をねじ切るつもりだったのに、外してしまったじゃないか。
”私は今も昔も変わらず生徒の味方だよ。君がサエカだったとしても私は人殺しまでは容認することはできない。”
―――いいねいいね。すごくいい。やっぱり
「ぐ……今回は引く。いずれお前たちトリニティも地獄に堕としてやる!」
―――言ってろ、木偶の坊が。ああ、帰ったらババアに伝えとけ。無貌の神がお前を殺すってなぁ。震えて眠りな。
最後の言葉がサオリに届いていたかわからないが、分が悪いために素早く夜の闇に消えて行った。
それを確認して一先ず最悪は避けられたと安堵の息をもらす。そして今度は自称サエカを何とかしなければ、なんて思ったがこちらはすぐに解決した。
―――あぁ、先生。そんな顔しなくてもちゃんと返すさ。ただ一度死んだショックでしばらく意識は戻らないよ。じゃ、よろぴくー。
意外にもフランクな様子を見せる”誰か”。そしてその言葉に偽りはなく、突然座り込むと力なく倒れてしまう。慌てて駆け寄ったが、宣言通り気を失っているだけの様だった。サエカの意識が戻るかどうかわからないが、今回の事は私の胸に深く刻み付けておこうと思う。
―――二度とこのような失敗をしないために。
その後正義実現委員会が救援に来るまで、私は無力感に苛まれながら夜空を見上げるのだった。
沙華の残基が1減りました。
サエカ顕現により一時的に神秘がかなり減りました。
サエカは自身で尻尾にリボンをつけ、再封印をしました。
先生はSANチェックに成功しましたが4減少しました。
サオリは重度の火傷と左腕骨折をしました。しばらく動けません。SANチェックには成功しました。3減少しました。
紅ショウガは怒り狂いました。同時に恐怖しました。
黒服は冷や汗をかきました。