(お願い、先生…無事でいて……!!)
私はアリウススクワットを蹴散らした後、先生護衛のために救急医学部の車が通ったであろう道を走る。現状どこもかしこも火の海に包まれており、絶えず銃声と怒声が聞こえる戦場と化していた。本来ならばシャーレ職員として救助に回るべきなのだが、私は私情を優先してその横を通り過ぎる。職務放棄とは恥ずべき行いなのは分かっているのだが、それだけ先生の事が気がかりで堪らなかったのだ。
一刻も早く先生の下に行きたいが、如何せん私は平均よりだいぶ足が遅い。重量のせいもあるが、崩れた建物による迂回を強いられたり、その瓦礫によって普段より移動速度が低下。
こんな時こそ盾でカっとぶのだが、ミサイルの直撃で割れて使い物にならなくなっていた。それだけ威力が高かったのも驚きだが、私が気絶している間にも同じものが複数とんできており、合計6発も撃ちこんできたとはさらに驚きの報告をされた。
そんな報告を聞きながら全力で走っていると、いつになく饒舌な”彼女”がまた話しかけてくる。
―――なぁ、あんまり気張らないで欲しいんだが…。
―――なんで?
―――あー…今のその体のエネルギー元が私のなんだよ…同調が上手くいっていないから燃費が悪くてすごい疲れる…。
―――まるで普段はあなたのエネルギーを使っていないみたいに聞こえるんだけど?
―――まぁそうだね…私の言うエネルギーはカロリーとかそうゆう話じゃなくて、”魂”に付随するエネルギー…つまりは個人の神秘だ。だから無理やり制御権を奪われた今、エネルギーが枯渇しているにもかかわらず、お前が無理やり搾り取るからすっごいしんどい…。
―――先生の無事が確認出来たら好きにして。今は四の五の言わずよこして。
―――ひぃん…コイツ、出会ったばかりの頃の遠慮とかそうゆうのどこに捨ててきたんだよぉ…我を出しすぎだろぉ…。
そうして走ること暫し。カメのような遅さで移動してようやく目的の救急医学部の車をトリニティ校舎西門の前で発見する。
しかし、様子が少しおかしい事に気が付く。車両の周りにはまるでハリウッドスターでも見つけたファンを彷彿させるように、大勢で車を周りを取り囲んでいた。遠目から見える助手席には未だセナさんが乗車しており、何やら口論をしている様子。これに嫌な予感を覚えた私は、内側から聞こえる悲鳴を無視して加速する。
そしてようやく声が聞こえる距離になって―――絶句した。
「ゲヘナの車なんて通せるわけないだろ!」
「戦争吹っ掛けておいて車で逃げようだなんてずるい奴!」
「話を聞いてください。今は一刻を争う事態で―――」
「一刻を争う事態?そんなものは既に過ぎてるって分かんない?」
「どんな理由でもお前ら角付きの野蛮人を通すわけにはいかないし!」
「どうせ適当な嘘ついて破壊工作を―――」
―――うそでしょ?
セナさんが降車していないという事は、あの車両は間違いなく私の追いかけていた車両だ。
いや、私がここに到着するまでにかなり時間があったから、先生を救護騎士団に預けて、さらなる負傷者を運んできた可能性もある…冷静に…冷静にならないと……先生がいまだ適切な処置を受けられず、あの荷台で苦しみに喘いでいるなんてことは…認められない。
だから私は勘違いから”間違い”を起こしてしまわないよう、努めて冷静に状況を把握しようと声をかける。
「セナさん!先生は無事ですか!?」
「あなたはシャーレの…。質問の答えは良くない、と答えておきます。先生には清潔な場所で適切な治療を行わないといけませんが、現状見ての通り足止めされています。」
―――は?
「それは…つまり先生はまだ……。」
「おっしゃる通り、車の後ろに…。」
なんで…どうして。理解できない。
ここに居る暇人たちは銃で撃たれた先生が乗っていると知らないのだろうか?いや、それ以前に所属がどうあれ緊急時に動いている救助部隊の邪魔をするとはどうゆうつもりなのだろうか。
ひとつ向こうの区画では、今も戦闘と呼ぶもおこがましいほどの戦火が広がっているというのに、こいつらは助けるでもなく、避難するでもなく邪魔をしている。
再燃する怒り。感じるのは絶望。先ほど人としてのタガが外れかけ、何とか踏みとどまった一線。
それを私はもう一度超えようとしていた。
憎い。憎い憎い憎い!私の最愛を奪おうとする有象無象の塵芥共が。所属ひとつで邪魔をするその性根が。私に石を投げつけるのはいい、私は化け物だから仕方のないことだ。己の軽薄さが招いた罰なのだから。だけどどのような生徒でも手を差し伸べ、心優しく導こうとする先生は何の関係もない!
…………ゆるせない。
「そんなに救急車に憧れていたの…?じゃあ、あなた達も…救急車に乗せてあげるよ…?」
「はぁ?誰が救急車に憧れなんて―――きゃぁ!?」
「サエカさん、それは!」
正面で通行の邪魔をしていた生徒の一人を首を掴み持ち上げる。…なんて軽く、弱い身体なのだろう。このまま握りつぶし、その頸椎を破壊すれば少しは静かになるだろうか。
言葉を発せず、只々地面から離れた両足をバタバタと振り回し、もがき苦しむ生徒。それに対し仲間意識はあるのか私に襲い掛かろうという気概がある様子を見せる。こんな屑共でも仲間意識のようなものがあるとは驚きだ。だがその辺の木っ端など今の私には相手になるはずもない。
私はプチカタストロフを地面に落とし、空いた右手を生徒達に向け、握りつぶすジェスチャーをする。たったそれだけでこちらの意図を―――いや、本能的に最初に助けに入ったら同じように生殺与奪を握られる。それを理解した。
それによって彼女たちはたった一つの動作で仲間を見捨てるという決定を下す。所詮この程度のものなのだ。彼女らの仲間意識というものは。だからこそ今回の行いに反吐が出る。
何処の誰とも知らぬ生徒の首をへし折らんと力がこもる。”彼女”も私の凶行を止めようと必死に声を荒げるが私は止まらない。だが、唯一私を止めることが出来る人間がここにはいた。
”サエカ…だめだよ。私は大丈夫だから。”
「…先生。」
そう先生だ。サオリの凶弾に倒れ、気絶していたはずの最愛。彼の命を救うために、たったそれだけのために力を振るうことを厭わない今のサエカにとって、彼の言葉は強力なブレーキになりえた。
そしてそこに彼女のブレーキにさらなる一手が現れる。
「そこで何をしているんですか!」
「負傷者に寄って集って!何処の誰であれ怪我をしたなら救護を受ける権利があります!それを邪魔することはこの救護騎士団が許しません!」
現れたのは救護騎士団のセリナとハナエ。救急医学部から、先生負傷により受け入れ態勢を整えて欲しいと連絡を貰っていたのだが、到着予定時刻を大幅に過ぎているにもかかわらず、一向に搬送されない事を疑問に思って出てきたのだ。
トリニティの生徒ならば大半の生徒が知っているであろう救護騎士団の二人。普段は優しく、丁寧に接してくれる二人がここまで声を荒げた姿など見たことはなく、車両を取り囲む生徒の勢いがさらに衰えていく。
「救護騎士団…!」
「…………運が良かったね君たち。次また邪魔したら問答無用でへし折るから。……きえて。」
私は首を掴んだ手を放し、憎悪の限りの表情で睨みつける。
それによって死なずに済んだ生徒は安堵からか失禁しながら泣きわめき、周りの生徒と一緒に退散していった。だがこれでようやく車両の周りから邪魔がなくなり救護騎士団の部室に先生を運び込むことが出来たのだった。尚、先生は移動中にまた気絶し、そのままサエカと言葉を交わすことなく集中治療室に運び込まれた。
そこから先は私にはどうしようもなく、”彼女”との約束通り私も意識を失うのだった。
ふと目が覚める。いつもの朝…ではない。何度目かの見たことある天井と独特な匂い。
寝ぼけながらも体を起こし、着替えを探すために辺りを見渡すと安らかな表情で寝息をたてる先生が視界に入り、急速に記憶を取り戻していく。
慌てて駆け寄り、手を握るが…温かい。念のため脈も確認し、ようやく冷静さを取り戻す。
そういえば胸が上下に動いていたっけな、と思い自分の余裕のなさを自覚するだけに留まる。
そこまでしてようやく現実を認識し、先生が生きているという事実に安心し涙が出た。
一人なのをいいことに、わんわんと泣いていると、いつの間にか背後に気配を感じて振り返るとそこには複雑そうな表情をしたハナコさんがいて、心臓が飛び出そうなほどビビり散らかす。
「ひょえぁっ!?」
「あ…すいません。驚かせてしまったようで…声はかけていたんですけど…。」
オゥ、シット。どうやら泣きわめいていたせいで、入室はおろか名前を呼ばれても気づかなかったようだ。それ以前に一人だと思ってギャン泣きしていたのにそれをしばらく見られていたようで普通に恥ずかしい。死にそう。
2人の間に微妙な空気が流れるが、鼻水と涙のせいで上手く喋れないサエカを気遣ってハナコが空気を読む。
「ご無事のようで何よりです…とても心配したんですからね。……ここに来た理由ですが現状トリニティは壊滅状態一歩手前です。唯一指揮権があり、健在のセイアちゃんもそろそろ限界で。」
「…厚かましい事は重々承知しています。ですがどうか、もう一度トリニティを立て直す手伝いをお願いします。」
「…ずびっ。非常時ですし、先生が動けない分私が頑張ります。何でも言ってください。」
「……ありがとうございます。先生の側を離れるのは心苦しいかもしれませんが、早速良いでしょうか。」
「ちょっと待ってくださいね、スゥー…はぁー…。行きましょうか。」
「なんだか危ない薬をやっているように見えるのですが…。」
「先生吸いは良い文明。やってみて、トびますよ。」
「い、今は遠慮しておきますね?」
先生吸いを遠回しに拒否された。他ならぬハナコさんだから誘ったのに。いつか沼にはめてやろうと思う。しかしそんな悠長なことをしている暇がないのもまた事実で、着替えて病室を後にした。
先生の意識が戻ることを願って生着替えをしたのだが、ハナコさんだけが喜び、私の目論見は外れてしまった。
そうしてハナコさんに案内されるがまま、急遽シスターフッドとティーパーティの会議室と化した礼拝堂に到着する。やけに広いこの場所は多くの連絡要員や意思決定機関が集中しており、文字通り最後の砦として機能していた。そんな人が入り乱れる場所の奥で大分顔色の悪い姉、セイアさんが色々な生徒に指示を飛ばしているのが見える。そんな今にも死にそうな姉だが、妹である私の気配だけは見逃さず、入室してすぐに此方に気付く。
「サエカ!無事だったようで何より。ハナコもありがとう、休んでくれ…と言いたいがすまない。もう少しだけ力を貸してはくれないだろうか。」
「休んで、なんて言うのはこちらのセリフです。今にも死にそうな顔色しているじゃないですか…。」
「う…確かに眩暈が酷く、とてもじゃないが動けない…。だがサエカが来たんだ。カッコ悪い所は見せられないさ…お姉ちゃんがお姉ちゃんしている所をお姉ちゃんとしてお姉ちゃんしないといけないからね。」
「…気絶させてでも休ませた方がいい気がしないでもない気がしてきましたね。」
「多分平常運転だから大丈夫です。こうゆう時はこうすればきっと大丈夫ですから。」
私は過労のせいか頭が少しパァになってしまった姉を哀れに思い、スッと近づいて正面から抱きしめる。すると効果は抜群だったようで、体調不良の上に疲労困憊で死にそうだった表情が急速に回復してだらしなく頬が緩む。否、気持ち悪いくらいにニチャニチャとにやける。
「あぁ~…、私のエデンはここにあった…。」
「なんでしょう、私が言うのもなんですが自身の友人選びはもっと慎重に行ったほうがいいかもしれません…。」
「それこそ類友ですよハナコさん…ってもしかして私も同類とか思ってます?」
にっこりと笑うだけで言葉を返さないハナコさん。確かに彼女の交友関係は中々に”濃い”生徒が多い気がする。比較的まともなのはシスターフッド関係の生徒だけど、人はどのような秘密を抱えているかなど分かりようもないので、もしかしたら彼女たちにも何か濃ゆいものがあるのかもしれない。
そうして微笑ましく見られながら姉を抱きしめる事たっぷり3分。見れば最初見た時に比べ随分顔色が良くなっており、呆けている間にゆっくりと離れる。すると初めての感覚だったが、姉だけでなく私自身も何か回復したのか体が軽くなっていた。
推察するにオキシトシンとかそうゆうあれではなく、姉の過剰な神秘を吸い取った?前に”彼女”が肉体を再生させる際、姉の莫大な神秘で代用したと言っていた気がするがもしかして同じことをしたのだろうか?
「さて、私をここに連れてきた理由はシャーレとしての代行権限ですか?それとも…。」
「…大切なお友達にこのような事は言いたくありませんが…そうです、今は圧政でも恐慌でも構いません。この重要な局面で暴走して内紛を起こしかねない潜在的恐怖への抑止力、そしていまだ外で散発的に発生するアリウスへの対応をお願いします。」
「すまない、私からもお願いするよ。恐らくだが事ここに至ってはいくらシャーレと言えど第三者に等しい。平時ならば耳を傾けるであろう生徒もそこまでの余裕はないと予想する。…やれやれ、こうゆうところは我々トリニティの明確な弱点であり、ゲヘナに今一歩及ばない部分であると認識させられる。」
「つまりは襲撃が発生していない時は、馬鹿をやろうとしている2校の生徒をシャーレ名義でぶちのめし、アリウスがハラスメントをしてきたらそちらをぶちのめす、この認識であってますか?」
「ああ、そうなるね。訂正するのなら自校の生徒は私名義でぶちのめしてくれて構わない。後に百合園姉妹が圧政を敷いたなどと非難されるかもしれないが、今は非常時。ゲヘナの統治方法を倣おうと思う。…ミカがこれを聞いたら暴れるかもしれないね。」
「構いませんよ、トリニティ大嫌いですし寧ろスカッとしてしまいます。死なない程度に処しますね。」
「奇遇ですねサエカさん。私も嫌いなので腐った性根の生徒をコテンパンにやっつけちゃってください♡」
「君たちホストの前で随分と豪胆だね…だけど今は聞かなかったことにするよ。くれぐれもメインは防衛と立て直しであり、主目的がトリニティ生をぶちのめすことに舵を振らないよう気を付けてくれ。」
「…それとこの情報はサエカ、君にとって必要だろう。杞憂であってほしいがここに居る生徒全員が味方とは限らないのでね。一人、もしくは絶対に信用できる生徒だけがいるときに開封してほしい。その後の扱いは任せるよ。」
「?わかりました。」
セイアさんから受け取った小さなメモの端くれ。然程多くを書いているとは思えないが、彼女の目つきは真剣そのもの。きっととても大切な事がこのメモ用紙に記されているのだろうと察することが出来る。
そして彼女の言ったここに居る生徒が味方であるとは限らない。言葉通りに受け取ればこの中に敵に通じるものが紛れているかもしれないと受け取れるけど、多分違う。
”彼女”との同機によってより深く姉の事を理解し、そしてその大切に思う気持ちも知ってしまった。最近は分かりやすい言葉使いを心掛けているようだけど、それでも含みを持たせる言い方やどこか棘のある言葉を使うのは健在で今回の忠告もそれに倣ったものだろうと察することが出来た。
姉は幼いころから聡明だ。馬鹿な私とは違い、未来を見据えて行動している。
だからこそ彼女は私に言外に伝えているのだ。”敵と味方は己の信念で見極めろ”と。
恐らくだけどセイアさんはある程度の着地地点と結末をいくつか想定、もしくは
それを教えないのも何か理由はあるのだろう。であれば私は
私は受け取った紙を大切にポーチにしまうと丁度緊急の連絡が入る。
「報告!パテル派の生徒が現在勾留中の聖園ミカ様を無断で解放!それに伴い、ティーパーティーから正式に宣戦布告の準備がされているとの情報が入りました!」
「!行きましょうサエカさん。私は宣戦布告を止めてきますので、サエカさんはミカさんの方をお願いします!」
「わかりました!今ミカさんに暴れられたら止められませんからね!」
こうしてサエカもまた、礼拝堂の緊急対策チームに加わり、周りと同じくバタバタと忙しく走り回る一員となるのだった。
そして二人が走り去っていった後、一つ、セイアは言葉を発する。
「……本来ならば、姉である私が彼女を導き、救い、寄る辺になるべきだったんだけれどね。だが――世界というのは、中々残酷なものだよ。その配役は、どうやら私では無いようだ。……だから先生、水着がどうのとよく分からないことを言っていないで――今にも泣きそうな妹の手を、握ってやってくれないかい。」
その呟きは礼拝堂で忙しく動き回る生徒の誰にも聞かれることなく、喧噪の中に消えていくのだった。