『ポイントD-4からK-7まで封鎖。以降通信があるまで該当地区への侵入及び干渉を禁止します。また、それを無視した場合、生命の安全は保障されません。該当地区内に存在する生徒及び動的存在の活動停止を目標とした兵器を投入します。速やかに避難をお願いします。繰り返します。ポイントD-4から―――』
繰り返される避難指示が耳に着けた通信機からしつこく鳴り響く。機械的なアナウンスのそれだが、現場に出ている生徒なら誰しもが思う事だろう。トリニティはなりふり構ってられない段階に入った、と。
それもそのはず。3大校のうち、2つの大勢力が機能不全を起こし、互いの兵力はおろか指示系統までほぼ全て麻痺するほどの大打撃を被ったからだ。
敵は半永久的に戦い続けるユスティナ聖徒会に、それを操るアリウス陣営。如何に戦力で勝るゲヘナとトリニティと言えど、ミサイルの不意打ちの後では無限に戦い続ける兵力の前では、為す術もなく後退を強いられた。
しかしミサイルの直撃を受けたとて、ゲヘナ、トリニティ両陣営の底力は凄まじく、特級と呼ばれる治安維持の長2人が戦火に倒れても、戦線の維持は出来ていた。
だが次第に、一人、また一人と倒れ、戦場は泥沼に。それは敵性戦力であるアリウス生徒も同じで、もはや互いに残された戦力は微々たるものとなっていた。―――ユスティナ聖徒会を除いて。
そんな敗戦濃厚な戦局の中、ついに残存戦力による総力戦が、倒れてしまったセイアに代わり、代理指揮を任されたハナコによって宣言された。
本来であれば、シャーレの先生こそがその全権を握り、指揮を執るべきなのだが、本人は重傷という状態でありながら行方不明。補習授業部や、ミカといったごく一部の生徒は接触できたらしいのだが、一人瓦礫の上で佇む少女、サエカは会うことはおろか、声を聴くことも出来ずにいた。
探し回れど、すれ違い、電話をかけても充電が切れる始末。まるで世界が彼との接触を拒んでいるかの錯覚に陥る。
そんな彼女も、己の使命は理解しており、渋々ながら姉と友人の頼みを聞いて、愛銃のチャージを行っていたが、気分は全くと言っていいほど入っていない。ありていに言ってしまえば不貞腐れていた。
「はぁ…。なんか気分が乗らない。センセニウムが足りないだけかなぁ。」
チャージをしながら想うのは先生の事。正直、今も先生が撃たれたことで気が気ではないのだが、それ以前になんだか思考が纏まらず、ぼんやりする。
そのうえ、普段はあまり頭によぎらないような考えが過ったり、自制が難しくなってきたように思う。
思い返すは数刻前の事。状況は不明だが、コハルさんに手を上げようとした馬鹿どもを蹴散らした時だ。多少虫の居所が悪く、やりすぎてしまった感は否めない。だが反省したうえで思うのだ。
”殺しておけばよかった”、と。
普段なら絶対に考えないことを、意識的に抑えていないと行動に移してしまう。”彼女”に止められなければ恐らくそのまま行動に移しただろう。それが”彼女”が抑えていた私の
「自分が自分じゃなくなるような感覚…やだなぁ。まぁ今はセンチになるのは後回し。さぁ、始めましょう。私達の戦争を。願わくばサオリも巻き込まれてくれますように。」
通信機から避難完了の報告を受け、気持ちを切り替える。今はただ、燻ぶる戦火をさらなる炎で消し飛ばすために、殺さぬよう最大限配慮しながら自慢の火力で薙ぎ払う。
「行きます。カタストロフ・ノヴァ!!」
振り下ろされるは剪定の剣。かのビナーにさえ通用する規格外の攻撃はその力を遺憾なく発揮する。
その圧倒的な熱量は、使用者にさえ火傷を負わせ、触れる全てを溶かす。それは戦場の拡大によって出来た瓦礫ごと吹き飛ばし、隠れ潜んだアリウス生とユスティナ聖徒会の一切合切を行動不能にした。
これで戦場にいるアリウス生の大半は戦闘不能に追い込んだ。だが―――
「ま、そうですよね。アナタたちに効かない事くらい分かっています。私はアナタたちの事をよく知りません。ですが、意思をなくした後も誰かの意思によって彷徨い続けるのは辛いでしょう。だから…ちゃんと終わらせてあげますから。―――神秘解放、
使うのは”彼女”の力であり神秘。姉の未来を見る力とは反対に過去を見る力が昇華したそれは、任意の過去を破壊する、決して人には使えぬ第3の必殺技。
滅多に使えぬ第2より、使い勝手の良い対人技。そしてそれは期待通りの結果を生み、復活したユスティナ聖徒会の亡霊の活動を停止させ、その姿を砂に変える。
だがこれにはデメリットも多く、今回のはそれが顕著に出てしまう。
「くぅ―――やっぱりこの人数相手はきつい……。でもこれで目標は達成したしあとは何とかしてくださいよ…。」
通信で大部分の戦力を削り取ることに成功したと伝えて、私は膝をつく。
そう。過去そのものを壊すというこの非道の技は、本来は”彼女”の神秘であり、私の力ではない。
魂は別なれど、同じ肉体故に使うことのできるこの力は、ありえないほど燃費が悪い。それ故、大人数に対しこの力を行使すれば神秘が枯渇し、行動不能になるのは当然であった。
そして全ての力を使い切ってしまった事で、意識混濁が起こる。
それに気が付く者は目に映る全てを全滅させてしまったがために、ただの一人としておらず、戦場のど真ん中で人知れず倒れるのだった。
side先生
―――コンコン。
私は一人、中に居るであろう生徒と同じく物静かなドアをノックしていた。
現状の把握は出来ている。トリニティが半壊状態であることや、それでもなお戦い続ける少女たちが居る事も、一人自分の罪に嘆き、涙して罰されることを望む生徒がいることも、友達のために危なく、慣れない戦場を走り回る心優しい生徒がいることも、私が大人として対処しなければならないことも。
それでも。
先生として、大人として負わねばならない責任を果たさねばならないのは理解していても、私は「人として」するべきことを。たった一言だけでも伝えたくて、ここに来ていた。
”ヒナ、開けるね。”
「…先生。どうやってここを……なんて今さらか…。」
扉を開けると思った通り、一人の少女がベットの上で膝を抱えて俯いていた。
その手足からは痛々しい包帯がのぞき見え、まだ傷が癒えていない事を顕著に物語っていた。
そんな彼女が、記憶にある姿より無気力で塞ぎこんでいる様が酷く痛々しく、私は自信を酷く攻めた。
「先生…私はもうダメだから…期待させて悪いのだけど……帰ってほしい。私は引退したと思って…。」
そんな顔をしないで。俯かないで欲しい。立派に頑張って、傷つきながらも全力を尽くした。
私のような何の価値のない大人を、身を挺して守ったのにその結果がこれでは救われない。
少女たちはまだ子供であり私のかわいい生徒だ。だから子供は笑い、遊び、学び、そしてちょっとの挫折と青春。本来は胸を張ってほしいのに優しいが故に塞ぎ込んでいる。
そんな彼女の救いとなるか分からないが、私は助けて貰った者として。その行動は褒められこそすれ責めれれる事も卑下することも無く、只々ありがとう。頑張ったねって伝えたくて。
”違うよ。私はね、ヒナにお礼を言いたくて来たんだ。”
「え…?どうして……?お礼なんて言われることは何も…それどころか守り切れなかった私は…。」
”ううん。どうかそれを当たり前なんて思わないで欲しい。私はヒナのおかげで命を救われた。だからここは「どういたしまして」って笑ってほしいな。”
「それは…。」
”だから受け取ってほしいな。私を守ってくれて、助けてくれてありがとう。”
「……どういたしまして…。」
”うん、ありがとう!これを言いたかったんだ。あとはゆっくり休んでて、あとは私がなんとかする。”
「なんとかって…。」
そうだ。目の前の少女は頑張った、とても。
そんな彼女がもうダメだと、折れかかっている。己の重責に、使命感に押しつぶされそうになっている。ならば休むのは悪い事ではないと、教えてあげなければならないと思う。
完全に折れてしまえば再起するのは難しいだろう。しかし人は休み休みなら歩けるものだ。だからこそ今は休息をとって、また笑えるようになってほしい。
そう思っての提案だったが、その提案が意外だったのか言外にどうするのか問うている。
だいじょうぶ!何とかなるなる!作戦も何もないけど、アリウスの子たちだって、少し間違えてしまっただけだ。今は分かり合えないかもしれないけど、きっと話し合えば分かり合えるはずだ。
ならば私のするべきことは、その話し合いの席を設ける事。どんな子供だって己の主張をして、幸せになる権利はあるはずだから。
「先生は…強いのね……他の生徒達も…。」
”そんなことはないよ。私だって皆に知られてないだけで、みっともなく泣き喚くし、駄々もこねるし、折れそうになることもあるよ。決して強くはないよ。”
「それでも…私は先生や小鳥遊ホシノ…百合園姉妹のように強くなれない……。」
”……ヒナも十分強いよ。”
「私は彼女達のように強くない…。昔、アビドスの生徒会長が返らぬ人になってしまった事があった。そしてその遺体を発見したのは彼女、小鳥遊ホシノだったわ。とても親しく、かけがえのない人を失っても今必死に戦っている。」
”………そんなことが…。”
「百合園姉妹も同じ。姉は大切な妹が行方不明になって、相当に荒れたと聞いている。それでも諦めずに、折れる事は無かった。妹の方は恐らく拷問まがいの事をされたというのは想像に難くない。うまく隠しているかもしれないけど、服の下には傷だらけという事は分かっているから…。それでも今は笑って職務を全うしてる。私にはまねできない……。」
”……………。”
「あの時、サエカも先生の事を守り切れなかった。私と同じかそれ以上の絶望を、責任を感じている筈なのに、まだ幼いはずの彼女は今も戦場で戦ってる…どうして……。」
確かに彼女達は強いのだろう。それでもきっと挫折を、絶望を克服したわけではないと、私は思う。
絶望は誰にとっても等しく絶望であり、そこに差などなく、また慣れることなどないしあってはならない。
それでも彼女たちが前を向いているのは、きっと克服ではなく、折り合いをつけたからだと思う。
年長組がどうやってその折り合いをつけたのか、今の私には分からない。
だけどサエカの事なら少し分かる。思い返すのはアビドスの屋上で泣いていた時の事。
人知れず深夜の屋上で自身の絶望に涙を流し、私にも悟られぬよう顔をそらし続けた。
それが彼女の弱さであり、また強さの一端であると、私は理解している。
だからこそ思うのだ。人は皆弱く、また強い部分もあるのだと。
人によっては打たれ弱く見えることもあるかもしれない。それでも決して全てが弱いなんてことはなく、強みがある。その弱さを隠すのが大人の在り方であり、私が久しく忘れてしまっている部分だ。
「私だって頑張った!私なりに努力して、分かってもらえるよう…それでも私は肝心なところで失敗する。なのに先生は…。」
”ヒナ………。”
「私だって認められたかった!構ってほしかった!なのに……あ…いや、ごめんなさい…。」
”ううん、謝らないで。私の方こそごめん。今度、水着パーティーとか不思議な味がある鯛焼き食べに行ったりしよう!”
「え…?いやどちらも別に……ふふ。なんだか先生が頑張ってわたしを元気付けようとしてるのは分かった。ごめんなさい。ちょっと我儘言って甘えてみたかっただけだから………行こうか。」
”え…?でも……。”
「もう大丈夫…とは言えないけど、少し元気が出たから。それにいつまでも年下の、それも高等部ですらない少女に、おんぶに抱っこは恥ずかしいから。…その代わり、終わったらいっぱい褒めて構ってね、先生。」
”…ありがとう。”
そうして痛々しくも、責任を果たすべく笑う少女はなけなしの気力を振り絞り、立ち上がる。
そんな弱り切った彼女にすら、力を借りなければならない自分の不甲斐なさに内心悔しさを覚える。結局あの時言えなかったお礼を言いに来ただけなのに、察されてしまい、また彼女を戦場に駆り立てようとしている。情けない限りだ。
だからこそせめて、このような誰も笑わない悲劇を少しでも終わらせるべく、私がなんとかしよう。そんな思いを胸に抱きながら、着替えをするヒナのいる部屋から出るのだった。
『トリニティ本部より各部隊へ通達。兵器により該当地区の掃討が完了。以降空白地帯となった該当地区通過後、敵部隊の本体を撃滅します。時間的猶予はなく、準備が出来次第、部隊ごとに治安維持と正義を実行してください。繰り返します―――」
「あの子、随分無茶しているみたいね。」
”そうだね。あんまり一人で無茶してほしくないけど…今度は私が…私たちが頑張らないとね。”
復活したヒナと共に瓦礫だらけとなった戦場を進む。そんな折、聞こえてきた無線に心苦しさを感じながらも、彼女の頑張りを無駄にしないために二人で気力を滾らせる。
本来であれば、私は重傷で動けるはずはなかった。
だが、そんな私でも活動を可能にする奇跡を、現実を捻じ曲げる力を持つ相棒が私の身体を支えていた。その名はシッテムの箱。普段であれば簡易バリアと戦術指揮でしか戦場で使われないそれ。
バッテリーも先のミサイルからの防御で使い果たし、能力の一時喪失した物言わぬタブレット。
それを動かしているのは、どこかで無茶して倒れているであろう、もう一人の相棒のバッテリーの一つ。彼女が普段背負っている大型のバッテリーとは違い、太ももに着けている小型のバッテリー。それをミサイルから守られた際、瓦礫の中で落としているのを見て拾っていたのだ。
無断で拝借していることは心苦しいが、幸いにも私の体力でも持ち運び可能なそれを腰のベルトに挟み、シッテムの箱を充電し、私の命をつなぎとめる。
恐らくは電力が切れると同時、私は動けなくなるのだろう。なんだか機械になった気分だが、動けるのであればなんでもいい。……もちろん今の私に制限時間がある事は、ヒナにも誰にも話してはいない。きっと責任を感じてしまうから。
そんな中、先ほどまで降っていた雨がやみ、暗雲が突然晴れ、薄暗かった空気に太陽の光が差す。
それはまるで、今回のような暗いお話が終わり、また楽しく笑い合えるのだと思わせてくれて頼もしくも感じる。
「うへ~、なんだかすごいことになってるね?」
空が晴れる事で、都合のいい考えを巡らせている中、聞き覚えのある声が投げかけられる。
それに驚き立ち止まるとなんとそこには、アビドスの対策委員会の皆が。
今回、エデン条約において関わりのない彼女たちが戦場であるトリニティにいる理由が分からず、混乱していると、顔に出ていたようでその説明をしてくれた。
”ホシノ…!?どうしてここに!?”
「どうしても何も、助けに来たんだよ~。前回は私たちが助けて貰ったから、その恩返しもかねて、ね。」
「覆面水着団、義によって参上です☆」
「ん…ファウストはもう大丈夫。友達が沢山いたから。」
ヒフミとは既に会っていたのか、状況を伝えてくれるホシノ達。口ではあーだこーだ言っているが、言葉の端々からは「友達のため」というのが伝わってくることが何よりも嬉しく、涙ぐんでしまう。そこに新たな援軍が現れる。
「皆さんの支援、感謝します。他校の生徒が手を尽くしているのに、どうして私たちが寝ていられましょうか。正義実現委員会、助太刀に参りました。」
「きひひ…きひひひひひ!」
”ハスミにツルギまで…!二人とも怪我は大丈夫?”
「な、治りました。」
「私はツルギほど頑丈では無いので、万全ではありませんがそれでも少しは役に立つはずです。指揮と支援はお任せください。」
その後も、風紀委員会や正義実現委員会、有志の自警団などが合流し、気が付けばあっという間にアビドスでの決戦を大きく超える人数と戦力になっていた。
これで一旦は争いを収束できることだろう。しかし、このままでは歴史が繰り返され、アリウスの言う弾圧と憎しみが出来るだけ。そうなってはならない。上手く話し合いに持って行ければいいが…いや、持って行く。平等とまでは言えなくとも、せめて争いのない納得できる世界を。
それが私の、先生としての道の示し方であり、大人の責任の取り方だから。
そんな落としどころを考えていると、奥の方で誰かが戦っている音が聞こえてくる。
”行こう。こんな悲しい争いを終わらせるために。”
「じゃあせめておじさんたちは、先生の道を作るよ。…きっと先生が行くべきだと思うしね。」
「そうね。私達ではきっと歴史を繰り返す。先生ならきっと…。」
「きひひひ…!」
周りに現れるユスティナ聖徒会と呼ばれる存在。通信から察するに、大雑把にはサエカがなんとかしたのだろうが、それでもこれだけの数が残っていたようだ。人数こそこちらが有利ではあるが、活動そのものを止める手立てがないためその脅威は拮抗しうるもの。
それが立ち塞がるかのように現れ、行く手を拒む。だが相対するは頼もしい生徒達。そんな相手にも物怖じ一つせず、道を作ってくれる。きっと助けを必要としてる子がいるから、と。
私は皆が作ってくれた道を感謝しつつ、走り抜けるのだった。
テラー化が進む…というより戻る主人公ちゃん。