自身の残り時間を気にかけながら、皆が作ってくれた道を一人走る。
何度も転びそうになりながらも戦場を駆け抜け、ようやくたどり着いたその場所では、補習授業部とアリウススクワットが互いにボロボロのまま、守る者のために…大切な気持ちのために戦っていた。
そんな教師として目を背けたくなるような悲しい惨状を目撃して足を止めてしまうと、アリウススクワッドのリーダー、サオリがこちらに気が付く。
「……生きていたか。アズサ同様しぶとい。」
「先生!?怪我をされていたはずでは…!?」
”やぁ、ハナコ。それにみんなも。なぁに、大人の男が銃弾一発で倒れるほどヤワじゃないってだけさ!”
サオリや、何やら責任を感じているらしいアズサの重荷にならない様に、精一杯強がって元気いっぱいのポーズをとる。しかしそれに騙されてくれたのはコハルだけであり、アリウススクワッドに関しての反応は冷ややかだ。うん、分かってたけど悲しい。
「ふん、なんでもいい。あの化け物がいない今、おまえを守る者はいない。どうするつもりだ?」
”どうもしないよ。私はただ争いを止めに来た。撃ったことを責めるつもりもないし、歴史がそうしたように君たちを追い詰めたりするつもりもないよ。ただ、話し合いをしたいだけさ。”
「そんな戯言は聞くために手を止めたわけじゃない。貴様の主張も、理想も全てが虚しいと知れ!」
どうやら聞き入れてはくれないようだ。なんて悲しいのだろう。何よりもその全てが虚しいという言葉、教師として、一人の大人としてとても悔しい気持ちにさせられる。いったいどれだけの絶望と涙を見たらそんな考えになるのだろうか。
彼女のその絶望は事情の知らない私では分からない。だから迂闊な事は言えないが、これだけは知っておいて欲しい。昔は不幸でもこれからも不幸であるとは限らない。幸せになる権利は誰にだって存在し、決して絶望だけが広がっているわけではないと。だから虚しいなんて…言わないで。
そんな私の気持ちは彼女に届くはずもなく、戦闘が再開されてしまう。相手のアリウススクワッドはおそらくサエカに一度コテンパンにされ、その後様々な部隊と戦ったのだろうことが分かるほどボロボロ。対する補習授業部はアズサ以外がほぼ万全で士気も負けていない。
人数も互角。コンデションの影響で圧倒出来るかと思われたが、相手は特殊部隊。今にも倒れそうなほど疲弊しているのに持ち前の技量で拮抗させることに成功していた。
だからこそ、私は残りのバッテリー残量のうち、半分を使う決断をする。―――子供が本気で殺し合いをする姿なんて、見たくないから。
”仕方ない、私が指揮を執るよ。みんな、無理しない程度に頑張ろう。”
「「「「了解!」」」」
シッテムの箱による莫大な演算リソースにより、戦場を俯瞰するような感覚に入る。それと同時、生徒達とリンクするような不思議な感覚。彼女たちが何を想い、何を成そうとするのか。間違えば信頼関係に致命的な罅が入る行いだが、幸い彼女たちは私を信頼してくれていたようで、情報伝達が円滑に行われる。
これにより、先ほどまでは拮抗した戦いが一気に傾き、アリウススクワッドを撃破するに至る。
結局力で制圧してしまったのは残念だが、無用な争いを続けないためにも今回は仕方なかったと割り切る。そしてこれでようやく、お話が出来るのだと安堵した矢先、サオリが最後の力を振り絞り、立ち上がる。
「まだ…だ!まだ私たちには…アレがある!!」
「サオリ…!」
「古聖堂の地下に…!?何やらまだ手札があるような様子…止めましょう!」
本当に最後の力だったのか、フラフラとしながら古聖堂の地下に消えていくアリウススクワッド。
これ以上の争いなどしたくないために、阻止しようと走り出す補習授業部の生徒達だったが、彼女たちの置き土産で数は少ないがユスティナ聖徒会がその行く手を阻む。
サオリたちとの戦いで比較的体力を残したまま勝利した私たちだったが、流石に減らない戦力の前では足を止めざるを得なく、アリウススクワッドを逃がしてしまう。
「まだ余力を残していましたか…。」
「……私が止めてくる。」
「アズサちゃん一人では心配です!私も…!」
「ありがとう、ヒフミ。でも大丈夫。ヒフミもここに来るまでに結構な弾薬を使ったと思うし、これ以上は危ないと思う。……サオリを止めて直ぐ帰ってくるから、心配しないで。」
”私も行くよ。”
「先生…ありがとう。」
”気にしないで。私もサオリとお話ししたいから。人のお話はちゃんと聞きましょうってお説教だよ!”
私がそう笑って見せると多少緊張が和らいだのか、4人から肩の力が抜けるのを感じた。
そう、それでいい。何も殺し合いをしようなんてことはない。ただ…ただ相互理解を図るための最初のなんてことないお話をするだけだ。
「みんな、行ってくる。」
「はい!」
「では私たちはアズサちゃんの帰る道を守りましょうか。」
「け、怪我して戻ってきたら許さないからね!」
そう告げて私たちは決して早くはない速度でアリウススクワッドの後を追う。
暫く移動すると、地下通路の奥、少し広くなった空間にサオリが一人だけ佇んでいた。
その彼女の傍らには祭壇のような、古ぼけたものがあり、何かを起動するのが見える。
「サオリ、もう…終わらせよう。」
「何をだ?このクソったれな世界をか?私にとっては全てがもう終わっている。今さら何をしようと無意味だ。」
”それは違うよ。”
「何が違う?今さら何ができる?おまえ達のような持つべきものを持っていて、虚しさを知らない人間に何が分かる!!」
”違う。違うんだ。人間、何も持たずに生まれるなんてことは無いんだ。確かにサオリの置かれた環境は辛く、苦しい事ばかりかもしれない。だけどそんなサオリにも大切があって、幸せになる権利も持っている。”
「もういい、シャーレの先生。お前のような綺麗事ばかり並べる奴はうんざりだ。何もかも、片付けてやる!」
「っ!先生!!」
結局彼女を思い留める事も、話し合うことも出来ず、アズサとの一騎打ちが始まってしまう。
共に満身創痍で、途中で弾薬も底をつき、互いに殴り合うだけの泥臭い戦い。
そんな最後は子供のような喧嘩も、終ぞ決着することはなく、互いの顔面に同時に拳を入れて二人同時に倒れてしまった。
このような結末になって私は思う。もっと良い結果は、彼女たちは納得がいかないでも救いは無かったのか。私がもう少しうまく立ち回っていれば、また違った未来があったのではないか。
大人としての責任は…果たすことは出来たのではないだろうか。
そんな己の至らなさに悔いていると、物陰から割れた仮面にフードを被った先ほどまでサオリと一緒に戦っていたアリウススクワッドの生徒が出てくる。
「私達の負け。強くなったね、アズサ。」
「ひ、姫…!ダメだ…喋っては……”彼女”が―――」
「ううん、もういい。もういいの。全部…全部終わりだから。」
「それに作戦が成功するにせよ失敗するにせよ、”彼女”は私を生かしておくことはないはず。だから、もういいの。」
―――彼女…?
「もう、やめよう。」
「やめる…?アリウスに、帰るという事か…?だが帰ったところで私たちは殺されておしまい…。」
「そうだね…。作戦に失敗した私たちを生かしておく理由なんてない。間違いなく殺されるだろうね。―――だから逃げよう。一緒に。」
逃げる…?殺される…?何の話だ…?
「そもそも、私達は何のために戦っていたの?」
「それはトリニティが憎いから…。」
「それはきっと私たちの感情じゃない。刷り込まれただけの、誰かの憎しみ。アズサはそれに気づいたから、きっと変われたんだと思う。」
「姫……。」
今の話を聞いて、この話はアリウスと弾圧の歴史、それによる復讐が行動原理だと思われていたが陰りを見せる。どうやら解決には程遠く、この結末はあくまで一区切りにしか過ぎないのだと理解する。
私は、姫と呼ばれた生徒によって静かになってしまったサオリから話を聞くべく、話しかけようとした時。私にとって相容れない存在がその場に現れる。
「素晴らしい……。」
それは唐突に現れた。敵意もなければ、殺意もない見た目はただの木人形。だがそれはぎしぎしと音を立て、動き、言葉を発する。
それを見て瞬時に理解した。これはただの人形ではなく、意思を持った存在であり、同時に敵であると。
「すべて見ていた。知性と品性、礼儀と信念。己を信じ、また己の信じる生徒で織り成す逆境と奇跡。ああ、実に素晴らしい。」
”……誰かな。”
「人形…?」
「失礼した、シャーレの先生。私の名前はマエストロ。芸術を愛し、崇高を求めるゲマトリアだ。」
”ゲマトリアだと…?”
「何か…先生とは初対面のはずだが、敵意を感じる。……ああ、もしや黒服が口を滑らせた弊害か。心配には及ばない、今そなたの元で暮らす人工天使に危害を加えたのは私ではない。寧ろ黒服らと同じく、助命し、ただの実験で終わらぬよう作品に昇華させてもらった。」
目の前のゲマトリアを名乗る人物はあくまでもサエカに対し、直接的な害を与え苦しめたものでは無いと主張する。
だがそんなものは関係ない。目の前のマエストロなる人物はサエカの事を「作品」と言った。
ならば助命以外にも何らかの利に使われた可能性が高く、また手を加えたと言ってるのと同義。
善意の人助けをするでもなく、己の利の為に幼い命を利用する。そこにどのような意図があっても、目の前のコイツとは分かり合えなどしない。
”おそらくサエカの事を言っているのだろうが、彼女は私の生徒だ。そんな私の生徒を「作品」呼びするような奴と仲良くなどなれない…何の用だ。”
生徒の前でなければ胸ぐらを掴みたいところだが、教師としての姿がある以上、それはできない。
そのため黒服の時同様、生徒の前ではあまり見せない大人としての顔を覗かせながらも、努めて冷静に会話する。
「いや何…、私個人としてはそなたらにこれと言った用事は無い。が…これも契約という奴でな。まったく面倒な事だ。この芸術を理解できない奴に駒走にされるのは些か癪ではあるが、この奇跡をシャーレの先生と見ることが出来るのは行幸。これにはあの女にも感謝せねばなるまい。」
私の問いに要領の得ない返答を返す木人形。それに若干のイラつきを感じ、再度問いかけようとするがその返答は言葉ではなく、行動によって示される。
「さて…私がここに足を運んだ理由だが…。契約もあるが私自身の芸術と崇高、その作品を世界に鑑賞してもらうために来た。……良ければ先生もどうか。」
そう言葉を残し、最初にサオリが触れた祭壇へと向かう。そこで立ち止まり、何かの言葉でもって祝福を告げる。それはまるで儀式の様でありながら、神秘的であり、また憎悪し恐怖心を煽られる。
「どうか私の崇高を見て、感じて、理解してほしい!!」
”ぐ…!?”
最後に大きく両腕を掲げ、
それはあまりにも膨大で、巨大で、神秘的でありながら理解を拒む者。見た目は聖者でありながら、その在り様を捻じ曲げらた異形。
「どうゆうことだ…こんな化け物は聞いていない…。」
「先生…あれは…マズい。逃げないと…!」
横たわり、もはや立ち上がることもままならないほど消耗した生徒が2名に、今はまだ敵対関係にあるであろう生徒が1名。共に衰弱しており、とてもではないが目の前の異形に対抗できる力も、また逃げる体力も残っていない状況。
こんな絶望的な状況で唯一動ける人間は何の力も持たない私。
だが―――それはあくまでも子供たちに対して決して手は上げないという先生としての矜持であり、大人としての私はこの理不尽に抗う術を持っていた。そしてそれを私は一切の躊躇いなどせずにその”切り札”を切る。
”争いに直接大人が出てきて力を使うのは「反則」だ。ならば私もそちらのルールに則り、私の「反則」を使わせてもらう。”
そう言って懐から取り出したのは一枚のカード。その奇跡を起こすカードに目の前のゲマトリアは感激の声を上げる。
「おお…おおおおおっ!!それが先生の…人生という時間を対価に得られる奇跡の根源!その原理も限界も把握などできない不可解な物!!」
”まさか反則など言うまいね。”
「勿論だとも。寧ろ感謝する。……さぁ、見せてくれたまえ、先生!そなたの支払う対価の奇跡を!」
その言葉を皮切りに、私は自身のカードを振り上げ使用を宣言しようとした―――その時。
「”命”を対価に奇跡を起こすなって言いませんでしたっけ?」
私は久しく見ていない気がした”相棒”に腕を掴まれ、静止させられていた。
”サエカ…!?”
「はい。あなたのかわいい補佐官、百合園サエカちゃんですよ、ぶいぶい。さっきまで寝てましたすいません。」
泥や煤で汚れた制服で駆け付けた目の前の少女曰く、広範囲の敵性存在を無力化後、ガス欠で倒れていたのだとか。それでいて誰も助けには来ず、戦地のど真ん中で爆睡かましていたものだから生き残りのアリウス生徒に袋叩きにされ、意識が覚醒。その後蹴散らしながら私の下へ走ってきたという。……なんて言うか不憫過ぎない気がしないでもない。
「それで?この状況は何ですか。そこに倒れてる恩知らず共は後で断罪するとして…そこの
「おお…人工天使よ。断片的なれど私の事を覚えているとは。素晴らしい限りだ。折角だ、どちらも
「何言ってるんですか?火力調整してその木の身体、ギギギ、なんて音じゃなくキーンってなる高級炭にしてあげようか。」
「ふむ…良く成長している。我ながら成長する作品とは酔狂な、等と思ったが蓋を開けてみれば悪くない。どうだろうか先生。そなたの育てた作品と私の―――」
”サエカは作品なんかじゃない。”
「ふむ、そうか。ならばこれ以上は芸術の鑑賞の前で言葉は不要。その輝きを見せてくれたまえ。」
そういうと異形の怪物はゲマトリアの制御下なのか、その手に持つ巨大な剣を振り下ろす。
受ければ明らかに致命なそれを、サエカが間に入って受け止める。
「人をポケモンバトルみたいに…。殺してあげる。」
そう言って殺気を巻き上げるサエカ。その手にはチャージされた彼女の代名詞たる兵器の名に恥じない愛銃。それを異形の頭部らしき場所に向けて解き放った。
「撃ち抜け!ネームレス・カタストロフ!!」
普段見慣れた色とは若干違うビームに違和感を持つが、その威力は本物。ただの一撃で目の前の異形を消し飛ばす。
「はっはー!人と戦うのならツラくらい見せろって陰キャ風情が!」
”君は…!”
「あちゃ、流石にばれちった。まぁいいでしょ、あとはそこなゲマトリアを炭にして舐め腐ったアリウス共を断罪する。簡単なお仕事だし。」
「そなたと暮らす作品は確かに成長する…だが些か教育を間違えたようだな、先生。」
自慢の切り札が一撃で消し飛ばされ、静かになっていたゲマトリアが特に感慨に耽る事も無く、口を出す。それに反応してサエカが振り返るがその顔から嗜虐心が消え、無表情になる。
理由はたった一つ。先ほど消し飛ばした異形の怪物が何事もなく最初と同じようにその場で佇んでいたからだ。
「…流石は人工天使って言うだけはある。大方私のデータを基に作ってるんだろうけど…あと何回殺せば死ぬ?」
「さてな。本質を理解できぬそなたでは不可能だと思うが…。」
「はっ、言ってろ木偶人形が!私でさえ無限じゃないんだ。……死ぬまで殺しつくしてやるよ。」
そう言って攻防が本格化する。異形の怪物はその巨体とタフネスでもって剣を振り回し、サエカ*テラーは必殺の一撃で怪物の身体を確実に削る。
だが何度それを繰り返しても敵は即座に回復し、只々戦場を激化させるだけ。ハッキリ言って泥沼の戦いだった。
「うおぉ!残基ありすぎ!!反則じゃんか!ならば喰らえ!メメント・モリ・トートゥム。」
「無駄だ。言っただろう、本質を理解できていない、と。」
彼女の目が妖しく光るが、それもなんの痛痒を与えることも出来ず、無駄に疲弊するばかり。
そんな状態に、今まで一度も余裕の態度を崩さなかった彼女も成す術がなく、ついには軽口がなくなっていくのであった。
章ボス、ヒエロニムス&マエストロ。
サエカという人工天使が先に出来ているので、アンブロジウスという失敗を得て強力に。