※盛大なキャラ崩壊にご注意ください。
―――戦争は終わった。全てが丸く収まり、解決したとは決して言えないが、それでも一つの区切りはついたと言えよう。
エデン条約の調印の際に、放たれたミサイルがきっかけで起こった突発的なトリニティの歴史に刻まれる程の戦争。いや…あるいは彼女たちが憎み、そうであったように古くから続いていた争いに一つの区切りをつけただけに過ぎないのかもしれない。
これにより我々トリニティとゲヘナは調停が有耶無耶になっただけでなく、多くの被害をもたらし関係が悪化してしまった。
幸いな事に悪化してしまったのは、今回の騒動に関わりの無かった一般生徒だけであり、直接対応に当たった生徒や組織のトップに位置する生徒同士は、一種の仲間意識が芽生えて何も知ることが出来なかった関係から通信越しではあるが、言葉を交わせるくらいには距離が縮めることが出来た。
正直、アリウスとのことは何も解決していない。
本来であればこれだけの事をしたのだ。矯正局行きは妥当なのだが、トリニティとしても身から出た錆とも言え、面子を保つためにアリウスの生徒を保護観察という形で受け入れた。
とどのつまり、過去の恨み辛みの隠蔽だ。
それに―――主犯格と言えるアリウススクワッドなるグループの行方も不明であり、とりあえずは保留という形で受け入れた生徒の懐柔を行って、世間体と責任追及を逃れようというトリニティの情けない本音も。
そんな我が自治区の事ながら、ため息を隠せずにしかめっ面で書類とにらめっこをしていると、怪我から復帰した友人が声をかけてくる。
「セイアさん、そのように溜息をつきたくなるのは分かりますが…。」
「なんだい、ナギサ。君もミカの様に溜息をつくと幸せが逃げる、などと言うつもりじゃないだろうね?」
「概ね本音はそのような所ですが、ミカさんと一緒というのも癪なので淑女として、とだけ言っておきます。」
「時たま思うのだがね、ナギサ。なんかミカの扱いが雑じゃないかい?親友なのだろう?」
本人がいないとはいえ…いや、いても扱いが雑なのは変わらないか。
それでも幼馴染なのだ。もう少しあるだろう、そう思わずにはいられない。
しかしそれもまたナギサなりの優しさなのだろうとは思う。この場に居られなくなってしまったお転婆な友人は世間からの視線や扱いが厳しく、責任を問われている立場だ。それでも尚、友人として、幼馴染として変わらずに接している。
しかしそれはそれ。口にこそ出さないが憤りはあるらしく、今日も3食ロールケーキなのだそうだ。どんな刑罰だ、とは思う。
「いいえ、セイアさん。長く付き合ってきたからこそ、扱い方も心得ているというものですよ。ミカさんは丁寧に接すると間違いなく調子に乗ります。何度巻き込まれたことか…。」
本当だろうか?いや、調子に乗るだろうというのは容易に想像できるが、今回私と言うブレーキ役がいなくなったぐらいであれほど暴走したのだ。実はお互い思いついたらフルスロットルなだけで、ミカも相応にひどい目にあっているのではなかろうか…?
「なんですかセイアさん…そんな薄い眼差しで私を見て。恐らく禄でもない事を考えているのでしょうが、口に出す前に予防線を張っておきますね。友人である時点で類は友を呼ぶ、と。」
なんだと!?つまり今私が心の中で溜息をつき、疑った暴走機関車の気質が私にもあるというのか?いやまさかそんな…友人辞めるべきか…。
「また顔に出ていますよ……。それにしてもこうも不明な情報が多いと進む仕事も進みませんね。ミカさんの手も借りたくなるところです。」
「確かに…ミカの手も借りるなんて新しい諺に納得してしまいそうなほど忙しいのは認める。」
「いっそ刑罰の中に、計算が必要な権限のいらない書類仕事だけさせるために送り付けてやりましょうか…。」
「君は鬼か悪魔か…?」
「ではセイアさんは反対であると?」
「ナギサ、私は一言も反対だ、などと発言はしていないさ。アリかナシかで言えば…アリだ。よし、そうと決まれば早速押し付けに行こう。」
「セイアさんの方が悪鬼かそれに類するたぐいでは…?」
そんなことはないさ。きっと彼女も今回の事に責任を感じて仕事をしたがっているに違いないだろう。そんな彼女に救いの手を差し伸べる私が悪魔であるはずがないだろう。
それに働かざるは食うべからず、なんてありがたい教えもある事だ。ミカをロールケーキ地獄から救うためにも仕事量に応じて健康的な食事を提供しようと思う。なんか可哀想だし。
こうして私たちは息抜きもかねて、台車に書類を大量に乗せ
「こんにちは、ミカさん。」
「おっ、やっほーナギちゃん。…とセイアちゃんはどうしたの?ティーカートなんかに乗せて…出荷?」
留置所…と言う体で存在する彼女の私室と化した牢屋。そんな形だけの檻がある場所へ顔パスで面会に来ていた。
そんなナギサは台車を押してきたその地位に似合わずシュールであり、上段には物言わぬセイアが乗っていたことで、2人を止めることも声をかけることも出来ず、さらにはそのインパクト故に下段のドン引きするような量の書類に誰も気が付かず、
「ごきげんよう、ミカさん。セイアさんはその…途中で力尽きまして。」
「あー、セイアちゃん身体弱いもんね。でもだからって態々ティーカートに乗せなくても…って下のそれ何?」
「…人に出荷なんて言う悪い子に私達からのささやかなプレゼントさ…どうか受け取って…いや受け取れ。」
「あ、生きてたんだ…えーとなになに…A棟校舎の被害計算と補修についての承認…?こっちは一般生徒の弾薬消費による補填の計算…?なにこれ?」
「いや何……私達だけでは流石に通常運営に加えて事後処理は回らなくてね…。」
「私達がヒーコラ言っているのに、元凶でもあるミカさんが優雅に暮らしてニートしている事に腹を立てて巻き込んであげようとか、決してそのような事は思っていませんよ。」
「絶対それ本音じゃんね!?」
明らかに人一人が1日で処理するような量ではない書類の山を見て、キャンキャンと喚きたてるミカ。だがそれも死にかけのセイアが懐から取り出した食券を見て静かになる。
「勿論タダでやれ、とは言わないさ…200枚処理するごとにこれに類似するものを普段の食事とは別に報酬としてあげよう。」
「これは…生姜焼き定食…?セイアちゃん正気?」
「私はいつでも正気だとも。拒否しても構わないが書類処理には拒否権は無いと言っておく。つまりミカ、君に与えられた選択肢はこの食券を報酬として得るか得ないかでしかないのさ。」
「え…鬼……??」
「何を言う…友人としてロールケーキだけの生活はさぞ辛かろうという、思いやりからの行動だというのに……。」
「確かにその通りなんだけど、量に対して報酬しょぼすぎじゃない?」
「じゃあいらないか…。」
「あーあーあー!!いる!!それ欲しいから!!頑張るから!!もう胃もたれとかすごいの!」
「あの、お二人とも…ロールケーキにそこまでの不満が?」
あたかも何を言っているか分からない、と言ったナギサに対して食券一枚で大騒ぎするミカは絶句する。
それはそうだろう。謎に手の込んだロールケーキはナギサの手作りとはいえ、栄養があまりにも偏りすぎる物だ。罪人であるという自覚と友人の手作りという手前、あまり声を大にして騒げなかっただけで、普通の食事…栄養とジャンキーな物をその胃は求めていたのだ。
あとちょっと最近、己の重量が少しずつではあるが着実に増加していることもあって、セイアの提案はコストパフォーマンスに目を瞑ればどのような高級な物よりも輝いて見えた。
「寧ろなんで不満が無いと思うんだい…?それだけで生活できそうなのはナギサ、君くらいなもので―――?」
ズキリ。「ロールケーキ」というスイーツを連想しただけだというのにどこかが痛む。
ただの体調不良からくるものかと思ったが何となく違う気がする。だが原因が分からず、言葉を切って台車の上で動きを止めるにとどまる。
「どうしましたかセイアさん?体調が優れない状態での無理もいけませんし、ミカさんも頑張るようなので今日は休みませんか?」
「そうしなよ、セイアちゃんが完全にダウンしたら食券手に入らなくなりそうだし…。と言うかその食券どこの奴…なんでセレブなセイアちゃん持ってるの…。」
「いや、それには及ばない…身体を動かさなければそれなりに元気だ。その食券はシャーレの施設内の物だ。出前として提携している各自治区の食堂から来るらしい。多少冷めるかもしれないが先生曰く味はそれなりなんだそうだ。」
「それってつまりセイアちゃんは食べてないから毒見しろって事?」
「包み隠さず言うならそうなる。私の知り合いの中でそう言った俗な物を好んで食す生徒が思い浮かばなくてね。せっかく先生にオススメで貰ったんだ。捨てるのも勿体ないと思ってね。」
「なんだかすごい雑な扱い受けてる気がするけど、今はそれが何よりも高価なものに見える自分が悲しいよ…。」
そんな哀愁漂う彼女に、お構いなしと言わんばかりに台車から書類を下ろしていくナギサと、前払いでとりあえず手元の一枚を手渡すセイア。
小さなことで一喜一憂する友人に、暇つぶしと細やかな復讐が出来たと満足する2人はその後少しの会話を重ねてその日の業務に戻るのだった。
「にしてもこの辻褄が合わない部分、本当に多いですね…。」
そう愚痴るのは紅茶を片手に書類仕事をするナギサだった。
そうなのだ。二人がミカに対して悪魔のような提案をし、即時実行した理由。
それは「あまりにも不自然な結果が多すぎる」というもの。これによって本来処理すべき部分に齟齬が生じ、結果遅々として仕事が進んでいなかったからだ。
「まったくその通りだ。特に戦闘の部分でなぜ勝てたのか分からない部分が多すぎる。」
「ええ。それとこのような事はあまり言いたくありませんが…先生の命が助かっているのも少々不自然です。ゲヘナの風紀委員長を無力化してまで襲った先生を見逃している、と言うのはどういった意図があったのでしょうか。」
「ただの脅しで殺害の意図は無かった…そうとも取れるが意識が朦朧していたとはいえあの風紀委員長の報告だ。何度も執拗に撃ちこんできてたった一発の被弾しかないというのは少しおかしい。」
「結局これは何とか辻褄を合わせるか、件の中心人物であるアリウススクワッドを捕まえるしか進展はしなさそうですね…。」
「それはそうだがもう一つ、別件で中心人物になっているグループがいただろう。ナギサ、君なら言われずとも理解していると思うが彼女たちも重要参考人だ。事情聴取…と言うのは少々仰々しいかもしれないが、彼女達にも協力してもらうのはどうだろうか?」
もう一つの中心的グループ…補習授業部。
奇しくもこの戦争の序章になった小競り合いと今回の大規模戦闘、その両方で関与している。
私やナギサ…特にナギサは彼女たちに対して負い目を感じているため頼り辛いかもしれないが、そんなことを言っていては何時迄経ってもこの書類の山は消えない。
そのための提案だったのだが、予想に反して既にその手の話はしていたのだという。
だがナギサ個人からの招待に未だ現れない理由があり、それがナギサの口から語られる。
「既にお茶会に招いています。謝罪と和解…とまではいかないでもそれなりの関係修復は出来ていますが、どうやらヒフミさん達…特にハナコさんとアズサさんがそれどころではないようでして。」
「というと?」
「どうやらあちらも忙しいだけでなく、
「…すまない、もう少し簡潔に分かりやすく頼む。」
意味は分かる。ナギサ本人の伝え方もこれ以上ないほど簡潔で分かりやすい。
それでも私が理解できなかったのは
だが自身の記憶に、たった4人しか属していないグループに齟齬など生じる物だろうか?耄碌した年寄りでもあるまいに。
「そのままの意味です。あちらもこれまでの出来事に反省会を兼ねて合格祝いをしたらしいのですが、その際に各々思い出せない箇所があまりにも多く、混乱しているようでして。」
「他のメンバーの事は良く知らないが、ハナコまでもか?」
「はい。”あの”ハナコさんですら、です。」
どういうことだ?私の知る数少ない友人である浦和ハナコはトリニティの才媛であり、知力、記憶力、発想力…とりわけ頭脳に関しては右に出る者がいないとされる程の天才だ。
そんな彼女はド忘れしたというのか?彼女の性格的に忘れたふりをして同メンバーをからかっている、と言うのが一番濃厚そうに思えるが、混乱しているというのならば本当の事なのだろう。
「皆さん口を揃えて言うのですが、
「なんだそれは…先生の事を言っているのかい?」
「それもどうやら違うようでして…ですが何となく彼女たちの言いたいことも理解できなくもありません。かくいう私も少々思い出せない部分がありまして。」
「……君の場合は疲労もあるだろう、と言いたいところだがどうやら私も同じようだ。」
今まで気に留めていなかったが、言われてようやく気が付く。私にも何か思い出せないぽっかりとくりぬかれたような記憶の穴がある、と。
ただそれらは彼女たちのような記憶の齟齬、と言ったものでは無くどちらかと言うと
私はこれを一度経験している。心が乱されるほど大切なものを失った記憶などないが、一度味わっている喪失感と感じる矛盾。なんだ、これは…またもズキリ、とどこかが痛んだ気がした。
「これは…なんだか嫌な予感がするね。勘でしかないが、放置していい問題ではない気がする。」
「同感です。ですがどう解決しましょうか。シャーレ…は未だ全快していないでしょうし。」
「あの薄らトンカチのロリコンの手を借りる必要はまだないさ。」
「……?セイアさん、そこまでシャーレの先生の事を嫌っていましたか?なんだか新鮮ですね。」
言われてみればそうだ。私に先生を嫌う理由はないはずだが彼の悪口はするりと出てきた。
あの食券も険悪感があればまず間違いなく貰うことも無かった。何故だ…何故。
「ふぅ。どうやら私達は疲れてしまっているようですね。考えすぎと疲労がどれほどの被害を生むかは身に染みて理解しているつもりですから、今日はこの辺でやめておきましょうか。幸いミカさんに押し付けることも出来たわけですし。」
「…そうだね。また明日にしよう。」
そう言って私達は書類をまとめてから席を立ち、その日は解散となった。
私は自室に戻りながら、庭園で空を見上げる。思い出す事の出来ないモヤモヤを胸に抱えながら。
この時はまだ理解していなかった。そのモヤモヤのが表す記憶の重さを。
そんな私は、日課のシマエナガ達への餌やりをして帰るのだった。
木々の隙間から