「それで、何だっけ?思い出せない事が多くなったか、だったよね?」
”う、うん。ミカはどうかなーって…。”
私達は書類をチマチマと下ろしながら先生の情報収集に戻る。やり取りとしては二度目になるそれだが、彼女も記憶の齟齬があるのであれば詳しく聞くべきだろうという事でその場に留まり話を続ける。―――視界の端に映る涙と鼻水を垂らし、見るも無残な状態で放置された友人を極力見ないようにしながら。
「さっきも言ったけど、結構あるんだよね。私がここに居る経緯とか、諦めた原因とか。いや、結果としては良かったんだけどね?」
”経緯が分からない?”
「そうなんだよねー、私がアリウスと接触して間違いを犯したことは分かるんだけど、どうして踏み止まれたのかがハッキリしなくて。」
「ああ、たしかに。私は報告書でしか見ていないから知りようもないのだがね…。先生、そのあたりはどうだろうか?」
ミカにとっての記憶の齟齬、とでもいうべき空白の部分。それは私が隠れ家で身を隠していた時期の話であり、実際どういった会話がなされ事が運んだのかは詳しくは知らない。
―――ん?そもそも私はどうして隠れ家にいたんだ?
”それはミカがいい子で、補習授業部の皆が頑張ってくれたからで…あれ…。”
「…私が言うのもなんだけど、私は先生が思う程そこまでいい子じゃないし、聞き分けがいいとは言えないと思うよ?補習授業部の4人…だっけ?あの子たちの実力で私を止められたとも思えないんだよねー。」
確かに、ミカの実力はトリニティでも上澄みの中の上澄みであることは知っている。彼女の戦闘を実際に見たことはないが、幼馴染であるナギサの評価が正しければ戦闘力に秀でた生徒が少ない補習授業部の生徒達では、分が悪いだろう。
「先生、これはだいぶ異常事態じゃないかい?」
”セイアもそう思う?…あまりにも不自然な部分が多すぎる……何かから干渉されてる…?”
「人が思い出せないだけでそんなに深刻になる事なの?や、気持ち悪い事には変わりないんだけどさぁ。」
”いや、こうした記憶の一部がごっそり抜けている生徒はミカだけじゃないんだ。”
「そうなの?じゃあミレニアムとかが何か開発しちゃったとか?やー敵はゲヘナだけじゃなかったかー。」
”いや、その線もないと思う。実際にミレニアムの生徒も困惑しているし、念のため調査を依頼してもそれらしいものは無かったらしいよ。”
「…なんだか気味が悪いね。直接攻撃されるでも無し、敵も目的も分からないときた。正直私はお手上げだよ。」
私は現状の打破に打つ手がないと両手を上げ降参の恰好を取る。直接の被害があるならばまだしも、記憶というあいまいで形のない部分への干渉であり、また偶然であるという可能性も少なからず存在する。だがそれでも一笑に付さないのは、そのような小さなことですら侮ればさらなる被害を生むかもしれないという警戒と、上に立つものとしての責任、さらには私自身の勘が警鐘を鳴らしているから。
しかしそれでも突破口などまるで思いつかず、只々時間を浪費する。そんな無駄ともいえる時間の中で、ミカがひとつの突破口になりうる言葉を発するのだった。
「そういえばさ、被害報告書に貼付されてた写真と被害計算見て思ったんだけどさ、ウチって大規模破壊兵器なんて持ってたっけ?ゲヘナが何か持ち込んでたりした?」
「ん?それはどういう意味だい?」
「いやさ?私達トリニティってL118牽引式榴弾砲とかの兵器が主流だったと思うけど、写真で見たような圧倒的な熱量を誇る兵器ってなかったはずだよね?もしかしてゲヘナが超兵器でも隠し持ってたのかなーって。」
「ミサイルの被害ではないのかい?」
「あー、そっかセイアちゃんあまり戦闘とかしないから分かんないか。…ミサイルも確かに脅威ではあるけど、局所的か広範囲化で言えば広範囲だけど熱量自体は大したことないはず。」
あれを大したことないって言えるのはミカ、君くらいなものだと思うが…。
「どんなミサイルだったのか分かんないから絶対とは言えないんだけど、瓦礫が解けるような持続的な熱量ってないと思うんだよねー。熱エネルギーに指向性を持たせ続けるのは難しいし、何より勿体ないから火薬の炸裂によって広範囲に影響を及ぼした方が効率的だし。」
”確かに…。”
という事はつまり、ゲヘナか別の何か…正体不明の、それもコンクリートを融解させられるほどのエネルギーを吐き出す兵器があの場にはあったと?…無理、とまでは言わないがそんなことが可能なのだろうか?技術的には可能だが現実的ではない。
これを聞いて早速先生はミレニアムへ聞いてみてはいるが、その返事は色よくない。天才たちが集うと言われるあの学園とて、出てくるのは私と同じ結論だけ。
「恐らくはゲヘナではないだろう。同自治区の風紀委員長と生徒会たる万魔殿は仲が良くないとは言うが、流石にそんな超兵器を自分たち事吹き飛ばすのに使用するとは思えない。誤爆と言えばそれまでだが…。」
「なぁんだ、ゲヘナも所詮その程度かー。そんな兵器があったら骨が折れそうだなって思ったけど大したことないじゃんね。」
「それより、話していて思い出したのだがね。今回のエデン条約調印の日より前にも似たような兵器を使用したと思われる跡が幾つかあったのを思い出した。」
”それはつまり、今もトリニティ内部のどこかにあるかもしれないって事?”
「可能性としてはそうなるだろうね。しかしそのうち一つは我が校の裏門だ。そんなものが使用されれば嫌でも目撃者と報告の嵐がありそうなものだがそういった話は聞いていない。」
そうだ、思い返してみれば裏門の大穴、郊外の山火事、ビル一つ無くなったなど幾つか過程の分からない被害がある。今回の件にしてもそうだ。いくら余裕がなく、まともに外で動ける生徒が少なかったとしてもそれほどの超兵器が使用されれば報告くらいは上がっていてもおかしくはない。
「ひとつ、確認をさせてはくれないだろうか、先生。」
”なにかな?”
「シャーレ、ないしは連邦生徒会で類似する兵器について、知っている事はあるかい?」
”まったく。初耳だよ。仮にも私は連邦生徒会で唯一の先生と言う立場をとっている。であればこのような生徒に危害の及ぶ可能性のある、武器や兵器の使用を知らないという事は許されないからね。その辺は信用してほしいな。”
「ふむ…。」
「あーもう、難しい話は後にして休憩しない?なんだか疲れちゃった。」
「それもそうだね、解決しなければならない問題には変わりはないが、急ぐ理由は今のところない。ナギサのロールケーキもそのままだし、良ければ先生も食べてやってくれ。」
”…お言葉に甘えて?”
気絶してそのまま放置されているナギサには一切言及せず、ミカに食べさせるために取り出したままになっていたロールケーキを切り分け先生に渡す。普段のロールケーキ愛こそおかしな所はあるが愛自体は本物で、手作りするものはそのどれもが一級品。量さえ守れば普段高級な物しか口にしない私達を唸らせるには十分であった。
それは先生も同じだったようで、彼女の手作りロールケーキとミカが淹れた紅茶に頬が緩む。
そんな見た目だけなら平和な唐突に始まったお茶会に小さなお客さんが現れた。
「わっ、何この子珍しい色してるー!」
”黒の…シマエナガ?”
現れたのは本来白色の羽毛で包まれている筈のシマエナガ。だがお茶会に現れたのは私のよく知る色ではなく、真っ黒な羽毛に包まれたシマエナガだった。それがミカの部屋の小窓からスルリと入り、テーブル端のまだ切り分けられていないロールケーキをつつく。
「あぁー!ナギちゃんロール食べてる!セイアちゃん躾がなってないよ?」
「私が育てた記憶は全くないんだが…ああ、こら。自身の身体より大きいものを胃に収めようとするんじゃないよ。」
”なんだかえらくがっつくけど、シマエナガってロールケーキ大丈夫なのかな…。”
「どういったものが使われているか分からない以上避けるべきではあるんだが…チョコレートなどは使用していないように見える。食べすぎは勿論良くないが、生地をつつくだけなら好きにさせてあげよう。」
「なんか適当!セイアママは放任主義なのかな?」
「誰がママだい。野鳥と言うのは意外と賢くてね。態々あげたりしなければ毒性のあるものは食べたりしないんだ。それでももしそうなってしまったという事はそれが自然の摂理と言う奴さ。」
「にしても初めて見るね、この子。」
「ああ、趣味で餌をあげているせいか懐かれているらしい私でも初めて見るね。」
「セイアちゃんでも?じゃあこの子はセイアちゃんと一緒だね!」
「…?一緒?ミカ、それはどういう意味だい?」
「なんか浮いてるせいで友達いなさそう。」
「……私の日記にはこう記される。―――聖園ミカは己の罪と向き合い、より多くの罰を望んだ結果、書類作業を倍にした、と。殊勝な事だね。」
「え゛…それってもしかして…。」
「さて先生。ここで必要な事も終わったわけだし、執務室に戻って逢瀬を重ねようじゃないか。」
特に意味があったわけではないが、意味深な言葉でその場を巻く。私なりの戯れに、顔を赤くするのはミカだけで、当の本人である先生は大人の余裕からか適当に笑ってお茶を濁す。
……別にこの大人に気があるワケではないが、それはそれでなんかムカつくな。
だけどそのモヤモヤをどうすることは出来ないね。さっさと戻って今後の方針を考えなければならないし、何となくだがこの問題は早急に解決すべきだと思う。そしてそれは先生も同じだったようで、今度は適当にお茶を濁した時と別人を見紛うほどの真剣さを宿した目をしていた。
「さて…先生。今なら誰もいないし聞いていない。”秘密の話”をするなら今だよ。」
私と先生は当初の行き先であった執務室には戻らず、私の私室へ異性である先生を招き入れていた。これを他の生徒…特にミカやナギサに見られでもしたら先ほどの揶揄いを本気にしてしまいそうだが、その心配はいらない。
”ま、まさか逢瀬って本当に…私は先生だから生徒とは…。”
「告白したわけでもないのにフラれる、と言うのはこういった感じとはね。君に乙女心を理解しろと言うのは難しいとは思うが…っと、そんな戯れに興じるのも構わないが先生…まさか生徒の口から言わせるつもりかい?」
私が態々異性でもある先生を従者と、友人以外入れたことの無いプライベートな空間に連れ込んだのには理由がある。
それはこの大人、どうやってかは分からないが今回の問題の本質、何を失っている状態なのか恐らく知っている。その上で自身も記憶がないなどと宣い調査している。
―――その理由と彼の目的を問いただすために、人の目のない私のプライベートへ招いたのだ。
”…流石に聡いね。一応、配慮のつもりで騙す意図があった訳じゃないんだ。そこは、ごめんね。”
「そうか、それは良かったとも。もしこれで先生に悪意があったのであれば私は久しく撃っていない愛銃を向けねばならないところだったよ。」
”あ、あはは…そうならなくて本当に良かったよ。私が生徒に悪意を持って接することはないから安心してね。”
「それで。シャーレの先生程の肩書を持つ君は、私達に…いや。
”そこまで…これじゃ見透かされているみたいで格好つかないや。”
心の底から善意で隠していたと伝わるほどの情けない表情をする大人を前に、私は身構える。
彼が態々隠して調べようとしたくらいだ。恐らく碌なものでは無いだろう。だがそれでもこの一連の不可解な穴を埋めるためには犠牲…痛みはある程度必要なのだろうという確信がある。
彼が私に何を隠しているのかは分からない。それを知って私がどう思うのかも。
だが…彼には返しきれないほどの恩がある。ならばここは私がその痛みを引き受けようじゃないか。
”これを聞いたら君は取り乱すかもしれない。だから聞くなら―――”
「…先生。時間と言うのは無限ではなく、今この瞬間も失われている。君の配慮は無用だ。」
”強いね。でも辛かったら言ってね。じゃあ…。”
さてはて。これでもう後には引けないね。鬼が出るか蛇が出るか…なに、私は身体こそ脆弱なものだが精神の方はそれなりに自信はある方だ。こうやって身構えていてもその実大したことの無い問題である可能性だってある。もし何もなければ笑い飛ばそうじゃないか。
”失われた記憶は全て君の
「―――は?」
なんて言ったんだ?上手く、聞き取れない。それに妹と言ったのか?私は生まれてこのかた一人っ子だったと記憶して―――。
「い、今のは何だい?人名…?あ、頭にノイズが走る…!」
”セイアッ!”
特段活舌が悪いわけでもない先生の言葉の一部が聞き取れない。まるでそれが私の知る言語どころか人の身では知りえない言語ではないかと錯覚するほど理解の及ばない言葉。
それを聞いた瞬間、私はその場に膝をつき頭を抱える。まるで知りえてはならない情報を、パンドラの箱を開けてしまった罰を受ける様に処理しきれない情報が脳を駆け巡り、それが私の身を蝕む。
「ぐぁぁ…な、なんだ!?誰なんだ君は…!?」
”無理しないで!一度横になって!”
脳内に駆け巡るのは存在しない記憶―――否、存在したはずの記憶。
しかしながら記憶を完全な形で取り戻すことは叶わず、その姿は朧で名前すら分からない。
それでもきっかけを得たことで、大事な…とても大事な記憶を失っていると気が付けた。だが、本来思い出すことはおろか疑問に思う事すらないはずの異常事態を、先生というマスターキーを使用したことでそれを咎めるかの如くペナルティは重くのしかかり続け、私を殺さんばかりの世界の意思のようなものを感じる。
が、そんな筆舌に尽くしがたい苦痛もふわりと軽くなる。
「あが…う…あ……?な、なんだ?」
”セイアッ、ダメだ、起き上がらないで!今助けるから!”
「い、いや、それには及ばない…痛みが嘘のように消えた…な、何だったんだ今のは…?」
慌てふためく先生をよそに私は比較的冷静だった。まさか今見ているのは苦痛に耐えかねた私が夢現に身体から離れてしまったのか?一瞬そのようなゾッとしない考えが過るが、私の小さな手を握るゴツゴツとした男らしい手から伝わる温かさを感じ、それは無いだろうと結論付ける。
そんな私の空いた手…先生が握りしめていない手とは逆の左手に先ほどの黒いシマエナガが寄り添うように体を押し付けていることに気が付く。
”うぉぉんセイアァ、セイアァ!”
「わ、私は大丈夫だからその情けない顔で私の名を連呼しないでくれまいか…?」
”ほ、本当?嘘だったら抱きしめるからね!”
「君、結構余裕そうだね…。しかし何だったんだ。記憶がなくなる?それも私だけでなくキヴォトス全土だというのかい?そんなバカげた話が…あるのだろうね。実際体験してみなければ何を馬鹿なと笑い飛ばしていたところだ。」
”…どの程度思い出せたかな。”
情けない顔で喚き散らしていたのとは一転、急に真剣な表情になり、問うてくる先生。その緩急の激しさに思わず突っ込みを入れたくなるのを我慢し、こちらも真面目に答える。
「ある程度の記憶だけだね…。私に妹がいたというのを思い出せたが、聞いても名前を思い出すには至らない。恐らくとても大事な妹だったのだろうという感情しか…湧かないんだっ…!」
”セイア…。”
冷静に話をしていたつもりだった。それでも大切だったという事実を思い出す事しかできず、話の途中から上手く言葉を紡ぐことが出来ずに、私の頬を涙が伝う。
そんな私を見て先生は何を言うでもなく私の頭をなでる。
「や、やめてくれ先生…わたしは…私はっ!大切な家族を自ら思い出すことが出来ない罪深さを自覚してしまったんだ!その罪を清算する迄…私は慰められる権利など!!」
”いいんだ、セイア。君はそれでも大切を思い出せたんだ。ならそのきっかけがこのおかしな世界を直す始まりになる。だから今は、今だけでも自分を責めないで。そして…ありがとう、思い出してくれて。”
その言葉に私の感情が濁流となって頬を伝い、溢れる。
ああ、こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。私が幼い頃に大切な誰かと喧嘩した時だっただろうか。今はもうその大切な誰かの顔も名前も思い出せないが、それがきっと私の大切な家族であるのだろう。
本来ならば親友にすら見られたことの無いほどの号泣に、恥ずかしさのあまり先生の記憶を消してしまいたい衝動に駆られるが、きっかけを与えてくれたのは他ならぬ彼なのだ。今はそれで相殺と言う形で勘弁してあげようと思う。
そんな私の人目も憚らぬ号泣は下校のチャイムが聞こえるまで続いたのだった。
「先生、起きているかい…?」
”起きているよ。セイアは疲れちゃっただろうし、今日はもう休もっか。”
「いや十分休んださ。それに君ほどは疲れていない。それに…すまなかったね。」
”気にしないで。かわいい女の子に抱き着かれるというのも男冥利に尽きるものさ。”
「なっ…だ、抱き着いてなど…!」
私が泣き止み心を落ち着かせるまでずっと傍で頭をなでて言葉をかけ続けてくれた彼は、夕焼けに照らされながらも疲れを感じさせない慈愛の表情で微笑んでいた。
それを見て我に返った私は先ほどまでの失態に恥ずかしさを覚え、顔も見ないまま話を続ける。
決して抱き着いてなどいない…と思う。
「…君はこれからこの異常事態の解決に奔走するのだろう?」
”そうだね。それが私の仕事でもあるし、望みでもあるからね。”
涙を流したことで落ち着きを取り戻した私は考えていた。どうすれば私の大切を取り戻すこそが出来るのか。彼の助けになる事が出来るのか。
思えば私はこの時落ち着きは取り戻せたかもしれないが、冷静では無かったのだと思う。
だからこそ私は提案する。拒否など許さないとばかりに。
「ならば利害は一致するね。私を…シャーレの助手にしてくれないかい?」
”せ、セイアを?シャーレの部員は誰でもなれるけどセイアはトリニティの…。”
「君の心配には及ばない。現状私は先の件で謹慎中であり、名実ともにホストの席には座っていない。多少ナギサには迷惑をかけてしまうかもしれないが…頼めないだろうか。これはキヴォトスの問題であると同時、私の家族の問題でもあるんだ。だから…頼む。」
”…………うん。よろしく。”
少しばかり思うところがあるのか若干の間があったが了承する先生。これで調査に取り掛かれる、そう思った時に許可なく私の私室の扉が開かれる。
ノックもなしに人の私室に入るとはどのような無礼者だろうかとそちらを睨みつけると、そこには友人であるナギサが少しぎこちない様子で此方を見つめていた。
「…いくら友人でもノックもなしとは感心しないね。」
「えっ?あっ、いえ…すみません。」
”な、ナギサを責めないであげて?”
「…どうして先生がこの現状を見てナギサを擁護す―――まさか。」
彼女がこちらに視線を合わせず、先生がナギサを庇う理由。
「……いつから扉の前にいたんだい?」
「わ、私は今来た所です!な、何も見ていません、よ?」
「……人と話すときは人の目を見て話せと教わらなかったのかい?ああ、最悪だ…。」
”ま、まぁナギサも悪気があった訳じゃないから…。”
どうやら私が泣き叫んで恥じらいもなく異性に抱き着いていたのを見られたらしい。どうにかして2人の記憶を消してしまいたいところだが、これから記憶を取り戻しに行くというのにそれは縁起が悪いと考え何とか踏み止まる。せめて彼女が悪戯に言いふらしたり、私の弱みとして握らない事を祈ろう。
「前途、多難だね…これは。」
額に手を当てベットに深く座り込み、私はさっそく深いため息をつく。まだ何も始まっていないのだが。
そんな私に二人は何か気の利いた言葉をかけるでもなく、愛想笑いをするだけで、私の近くでピーピーと鳴く黒のシマエナガだけが私の疲れた心を癒すのだった。