”ふぁ……。”
朝。今や数々の功績をあげ、発足時の頃からは考えが及ばない程の重要機関となった施設のオフィスに響く欠伸をかみ殺した声。平時であればそんな気の抜けた態度に苦言の一つでも漏らすところだが、それも仕方ないと手元の作業に視線を戻す。
「おはよう、先生。よく眠れたかい?」
”おかげさまで。でも私を気遣ってくれるのは嬉しいけどセイアも無理しちゃダメだよ。”
そういう彼の目元には未だ疲労の後が色濃く残っており、口で言う程休眠を取っていないのだと分かる。
何故なら彼は恐らく二人がかりで処理していた仕事を一人でこなし、護衛もなしにこの広大なキヴォトスをその足で歩き回り、睡眠時間を削ってでもどうにか捻出した時間で記憶の調査を行っているのだから。
そんな彼をまずは休ませ、代わりに体調の万全な私が日々の業務をこなしていた。調査するにもまずは先生の体力を戻さなければ出来ることも出来ないからだ。
かくいう私も一般生徒に比べ丈夫な方ではない為、先生の言う通り無理は禁物なのだが不思議と最近は体調が崩れず元気いっぱいで、一言で言うならば持て余していた。
「…七年の病に三年の艾を求むという諺があるが、今日が元気でも明日も元気であるとは限らない。今や君はこのキヴォトスにおいて重要な人間だ。気を付けて欲しいとこなんだけどね……それとも一人で寝るには寂しかったのかい?」
折角今にも倒れそうな屍のような風体の彼を休ませたというのに、どうやら肝心の彼は仮眠室に引っ込んだ後コソコソと仕事をしていたようだ。
このワーカーホリックっぷりには、さしもの私も一度引っ込んだ苦言を別の不満として言葉にしてしまう。
……この大人はもしや凶弾に倒れるより疲労で倒れる方が早いのではなかろうか?
そんなロクでもない想像に頭を振って思考から追い出し、適当な紅茶を未だ苦笑いするだけで反省もしていなさそうな大人の前に差し出す。
”ありがとう。そして説得力が違うね…気を付けるよ。”
「そう言うならもう少し自覚を持ってほしい所なんだが…。君に倒れられると調査も糞も無いんだ。」
私は適当な朝食をつまみながら、頭の中で現状の整理をする。
今現在、私やトリニティだけでなく、先生以外から私の妹がその記憶どころか”記録”そのものがなくなっている。どれだけ仲が良かろうが、どれだけ関わろうがその生徒がいたという事実の一切合切が消え失せており、またそれに気が付くことすらできない。
だが消失した妹が成した事までは抹消されてはおらず、様々な場所で辻褄が合わなくなり、混乱する生徒が出てきてしまった。
それだけならばキヴォトス7不思議に語られる程度で済んだのかもしれない。だが私は妹を助ける以前に、予知夢でこのキヴォトスが崩壊する光景をいくつか見てしまっている。この辻褄の合わない世界との認識のズレがきっかけにならないとも限らない為、早急に解決する必要があるという事情もある。
「さて、と。事が延びれば尾鰭が付く。先生、粗方調べたのだろうが私もそれになぞりたい。何処が一番、私の大切と繋がりがあったのか教えて欲しい。」
持参した朝食を食べ終え、大まかな整理を終わらせた後、未だ食パンを頬張る少し間の抜けた表情をする大人に言葉を投げかける。
それを聞いた彼はモグモグと急いで口に食パンを詰め込み、あまり咀嚼もせずに飲み込んでから口を開いた。
”そうだね…「■■■」が関わりが深いのはミレニアムと連邦生徒会、最後にアビドスかな。その内後者二つは仕事的な絡みが大きかったからどう捉えるのかは分からないけど、プライベートな繋がりはミレニアムが一番かもしれないね。”
勿論トリニティも繋がりの深い場所さ、と最後に付け加えて既に調査したのだろう、ミレニアムでの聞き取り調査をまとめた資料をデスクから持ってくる。
「これは…セミナーやエンジニア部…流石私の妹だね。お偉いさんや有名な技術者と懇意にしていたとは。それにヴェリタス?やゲーム開発部といった聞き馴染みのないグループまであるとは。中々友好関係が広かったと見える。」
”うん。彼女は色々な所で可愛がられていたよ。”
「当然だろう。私の妹なんだ、可愛くないはずがないとも。」
どうやら皮肉屋の私と違い、それなりに素直な性格だったようで幼いが故の小柄さも相まってか、様々な生徒からの庇護欲を惜しみなく注がれていたようだった。
しかしどうしても気になる事があった。それはどうしてそんな友好関係が広く、人当たりが良いであろう少女が消えてしまったのか。それもただの失踪ではなく、存在そのものが無かった事として扱われているのか。シャーレと言う組織上多少の恨みを買う可能性もなくはないが、聞く限りの性格では積極的に襲われるような人物には感じない。
そして唯一先生だけ何の記憶の欠損もなく、覚えていられるのか。私は自身の半身ともいえるはずの大切な家族の大事な記憶を忘れてしまい、”ただ大事だった何か”を失っているという何とも悲壮に暮れることが出来ない複雑な心境だというのに。多少の記憶を思い出すきっかけをくれた恩人ではあるが、先生に対しては若干の嫉妬をせざる得ないというのが今の私にとっての本音であった。
「…先生。少しばかり話を聞くのが怖くて聞くのを避けていたんだが…いいかい?」
”うん、何でも聞いてほしい。”
「私の妹は…どうして消えてしまったんだい?先生、君だけが知っている理由と何か関係があるのかい?」
正直、先生自体がこの問題に関わっているとは思っていない。それでも彼だけがこの異常事態ともいえる不可解な現象の影響を受けていないというのは少々疑問が残る。
幾つか私の中で仮説が組まれていくが、本人が目の前に居るのだから聞いた方が早いだろうと思い、悪い想像を思考の隅へと追いやる。
”どうしてか、と聞かれると説明は難しいかもしれない。それでも私の記憶での最後は教えることは出来るよ。”
皆の記憶が失われる前に情けなくも気絶してしまったから、その最後の様子と理由は分かっていないんだけどね、と前置いてから当時の状況を記憶を掘り起こす様子を見せながら語る先生。
彼が語ったのはエデン条約調印の日。ミサイルが飛来し、妹に助けて貰う話から始まり、攻め入ってきたアリウス自治区の生徒達の無力化、彼女たちによって暴走したユスティナ聖徒会の排除、アリウススクワッドなるチームとの戦闘の末に正体不明の強力な敵性存在の出現。その強力な敵性存在と死闘の末に自身が気絶してしまい、結末がどうなってしまったのか分からないと話す。
当時の私は途中でダウンしてしまった事もあり、どのように収拾したのかは報告書や伝聞でしか知らない。あの戦争ともいえる大きな戦闘では不可解な破壊規模や、説明のつかない部分が多数報告されており、その正体が記憶から消されてしまった妹だという真実をここで知ることになった。
「…そうか。それだけ聞けばその強敵と相打ってしまったか、はたまた不測の事が起こったのか。どちらにしてもその強敵を調べない事には進まないね。」
”…できれば君たち生徒と会わせたくはない、かな。”
「それはどうしてだい?」
”恐ろしく強い上に、存在理由も理解できるものじゃない。それに…。”
「それに?」
”「殺し」に一切の躊躇いが感じられないどころか、意思と言うものを感じなかったんだ。だからあれはとても危険な物だと、私は思う。”
「そんなものと戦ったというのか…!?………誰なら勝てる?」
”わからない。私としては生徒には誰も戦ってほしくはないよ。”
「ミカとツルギ、正義実現委員会だけでは封殺することは難しい、そう判断すると。」
本気で戦ってほしくないと思っているのか、自信なさげに肩を小さくして分からない、とだけ呟く先生。正直、こと戦闘において私は何の役にも立たない素人だ。銃撃戦で命のやり取りはおろか、愛銃を撃つ機会も、地位故に撃たれることも殆どないが故に殺すという感情からは程遠い。
ナギサであれば、あのミカと幼少期から共に育ってきたおかげで多少の荒事や戦闘指揮などは対応できそうだが、流石に命のやり取りが発生しかねない事態に対処は難しいだろう。
それでも、現状妹に繋がる唯一と言ってもいい道なので諦めるといった考えはなく、どう対処するかに気持ちを切り替える。
「救援を求めよう。」
”救援?”
直に戦闘を見ていたであろう先生が、私の提示した戦力では心許ないというのであればそれを上回る戦力で圧殺するしかない。戦闘において素人考えのそれではあるが、幸いと言うべきかきっかけの原因ともなっているエデン条約により、ゲヘナの風紀委員会と繋がりは出来ている。ミカは嫌がるかもしれないが、首を縦に振ってもらうしかない。
おまけに報告書には非公式ながらアビドスの生徒も当時協力してくれていたのだという。であれば彼女たちに協力義務などないが協力要請をしてみる価値はあるだろう。
「妹のためにチームを作ってはどうだろうか。当時参加していた生徒で学園の垣根を超えたドリームチーム―――アベンジャーズを。」
”どこかの超人が集まってそうなチーム名だね…。”
「どちらにしてもそのような危険な存在が実在するのであれば、対処は必要だろう。」
”そうだね。知ってしまった以上対応策だけでも整える必要はあるね。”
「同意してもらえて何よりだよ。だけど私のような口先しか動かないつまらない人間を数揃えても意味はないだろうね。それを踏まえた上で先生、誰に協力してもらえそうだろうか?」
殲滅、ないしは無力化の必要性に納得してもらうと、次に考える必要があるのはその戦力。
正直戦闘に関しては専門外もいい所ではあるが、私のような有象無象を集めても意味がないのは分かっている。
であれば各学園に繋がりのある先生がピックアップして、その類稀なる戦術指揮と噂される手腕で押し勝つしかないだろう。
”うーん…生徒の調整も必要だし、建前や目的も考慮するとミレニアムは難しいかもしれないね。”
「となると頼れそうなのはゲヘナの風紀委員会しかいない、ということかい?これではエデン条約の焼き直しだね。」
”エデン条約の焼き直しというなら…アビドスの生徒に声をかけてみるのもいいかもしれない。”
「確かにあの日非公式ではあるが参加していたという話だったね。だけどすまない、全校生徒が片手で数え切れる数しかいない学園の助けを借りるというのは…その。」
”ふふふ、侮っちゃいけないよ。彼女たちは少数精鋭と言う言葉がぴったりな子たちなんだ。一度会えばわかるよ。”
「そうなのかい?それは…いや、偏見はよそう。私のような固定観念にとらわれた人間より君のような柔軟に対応できる人間の方が何かを成すのには必要なんだろうね。」
”そんなことはないさ。君たち生徒はまだ若くて先生のような年寄りにはない柔軟な発想力があるからね。……それじゃあ善は急げ、早速向かってみようか。”
「え?今からかい?」
”うん。元々この異変を調べるために各学園を回っていたんだ。だからどっちにせよアビドスには行くつもりだったんだよね。”
「ふむ…。そういう事なら。しかし先生、私のような軟弱ものでは過酷で厳しいと噂されるアビドス砂漠は勝手が効かないだろう。―――上手くエスコートしておくれよ?」
そう言って少し悪戯な笑みを浮かべて手を差し出す。それを彼は苦笑いを浮かべながらとるのだった。
「うへぇ~、それで遠路はるばるここまで来たんだね~。」
ところ変わってアビドス高等学校。ここに来るまでに途中、後悔を何度したかもわからなくなってしまう程体力を削られ、へばり、無様を晒しながらも平然と歩を進める大人の後ろを何とか食らいついてきた。
私はこれまで先生の事をキヴォトスの外の人間なのだから、いざとなったら私が弱いなりに守らなければならないと気合を込めていたのだが、こと体力においては別であったらしく、同じ事務作業がメインの先生に日頃の運動の大切さを教えられてしまった。
これでは出発前にエスコトートのために出した手が、迷子防止のための手繋ぎになってしまったようで羞恥からか私は先生の顔を見ることが出来なくなってしまっていた。
”突然来てゴメンね。それでどうかな、記憶の齟齬とか…。”
目の前のアビドス生徒の中で一番年上だという私より幾分か小柄な生徒に、当初の目的であった記憶の齟齬についての話をする。
それを受けたアビドス高等学校3年、小鳥遊ホシノは物言わず燃え尽きた私を警戒する様子を少しだけ見せ、その口を動かす。
「おじさんもついにボケちゃったか~、なんて落ち込んでいたけどもしかしてみんなそうだったりする?」
”うん、他の自治区でもそういう話が出ててね。ホシノはどうかな~って思ってきたんだけど…。”
「うーん、確かに心当たりはあるよ~。おじさんだけじゃなくてまだピチピチのJKであるはずのセリカちゃんも最近認知症が酷くてね~?」
「だっ、誰が認知症よ!?」
どうやら彼女たちも私と同じく記憶の消失に戸惑い、混乱しているようだった。
彼女たちといなくなってしまった妹とはどういった縁を紡がれていたのかは分からない。それでも混乱するほど大事にしていた縁であったのは違いないのだろう、冷静に見えてもその実まるで出口のない迷路にいるかのように出口を求めて救いを求めているのが理解できた。
「いやぁ、アビドスだけなら”アイツ”のせいかなって警戒していたんだけど、他学園…とりわけトリニティなんておっきなとこのお偉いさんもってなったら…ちょぉ~っとやばい感じ?」
「すまない、君は確か…小鳥遊ホシノさんといったかい?先ほどの”アイツ”と言うのは誰だろうか?差し支えなければ教えて欲しい。」
「あー…。」
彼女からすれば何の気なしに呟いたであろう「アイツ」。その言葉から察するに彼女達アビドス生にとって―――特にそれを口にした小鳥遊ホシノにとって未だ燻ぶる敵意のようなものが見え隠れした。
本来であれば他学園の問題であり、要請されなければシャーレにすら介入の出来ない問題。だがそんな問題を私の勘とでもいうべきか、どうしても気になってしまい口を挟むのは失礼と感じながらも彼女に問うていた。
そんな私の眼差しを正面から見て、答えるべきか適当に流すべきかを逡巡する様子を見せ、その場にいる後輩たちをチラリと見た後に判断を仰ぐかのように最後は先生を見つめてていた。
”ホシノの想いは理解しているよ。だからこそ任せるよ、そのどちらもホシノの優しさだからね。”
「うん…。ありがと、先生。」
「すまない、言いづらい事を聞いてしまった。」
「うへ…、なんだかトリニティのお偉いさんにそう言われると調子が狂うよ~!教えるからそんなに落ち込んだ顔をしないで欲しいかなって…。」
「ん、流石ホシノ先輩。トリニティの生徒会長を下につけるなんて。」
「シロコちゃんはお口チャックしてよっか~?」
頼んでいるのはこちら側なのだから別にどう言われても構わないのだが、狼耳の生徒の言葉は下手をすれば学園間の外交問題に発展すると思ったのか他の生徒達に口元を抑えられ発言権を奪われてしまった。
そんな拘束されながらも一切暴れる様子のない先ほどの狼耳の生徒と、マズいと思っても笑いながら彼女を拘束する彼女たちを見て、私の知るトリニティにはまるでない距離の近さと信頼関係に思わず羨ましく思ってしまった。
この信頼関係がしっかりと構築出来ていたのなら。ミカは方法を間違えず、ナギサは手段を択ばなくなるほど迄追い詰められることも無かっただろう。
今更後悔しても仕方がない懺悔にも似た気持ちでいると、それを少しばかり表情に出してしまったのだろう、不快の表情と勘違いした彼女たちが少し焦る様子を見せた。
「ごめんね~、うちのシロコちゃんが…。」
「いやなに、構わないとも。君たちは仲が良くて羨ましいなと思ってみていただけさ。」
「まったくぶつからないわけではないんだけどね~。それで、”アイツ”に関して聞きたいんだっけ?」
「ああ、すまないが頼めないだろうか。」
私のお願いを聞いて一拍置いてから語り出す彼女。自身のやらかし、不利益と契約と言う名の束縛、その手腕を遺憾なく発揮する警戒すべき本来の大人と言う存在。
それはトリニティによくある薄汚い思惑や子供故の稚拙なやり方ではなく、感情を排除した理詰めの権化とでもいうべき徹底した利益の追求。先生の助けがなければ今この場に自身はいないのだという現実。それを平然とした態度で行える残虐で冷酷な存在が居るのだと教えてくれる。
”全部が全部大人はそうだとは言わないけど、警戒はして欲しい。特に今の話にあった「ゲマトリア」というグループは子供の尊厳や権利と言うものを容赦なく踏みにじる外道達だ。だからそんな存在にホシノも私も知って欲しくなかったんだ。決して意地悪で言ったわけじゃない事は理解してほしいな。”
「キヴォトスにそんな存在が…。」
”もし、そう名乗る変人を見かけたら遠慮なく通報してほしい。大人には…大人が出るべきだからね。君たちのような若い芽を毒させる事も、泣かせる事も絶対にさせないから。”
そうつぶやく先生は表面上穏やかな様子を見せるが、ゲマトリアと言う組織と何かあったのだろう、アビドスの生徒達からは見えないであろう角度でその拳を強く握りしめていた。
私は彼の事を詳しいと胸を張れるほど詳しくはない。それでもこの短い期間共に過ごした中でもわかる。この大人は底抜けにお人好しであり、決して生徒に負の感情を向けない教育者としては理想でありつつも、人間としてはどこかおかしい方正之士である。そんな先生が生徒の観測可能な範囲で負の感情を滲ませるという事はどうやらその組織は先生にとって…いや、このキヴォトスにとって不倶戴天の敵、という事か。
「ま、そんな大人も頭を下げてから行方知らず。またどこかで悪だくみしてるのかな~っておじさんも警戒してはいるんだけどね~?」
「平和すぎて腕がなまりそう。ここは腕がなまらないためにも銀行g―――」
「シロコちゃん?」
「じょ、冗談……。」
「まぁそんな冗談は置いておいて、おじさん達も原因までは分からないんだ~。力になれなくてごめんね~。」
”いいや、十分助かってるし、力にもなってるよ。ありがとうね。”
「それじゃあ、うちのかわいいセリカちゃんが多分そろそろバイトの時間だから、お開きかな?二人とも遠くから来てもらってあれだけど、大したもてなしも出来なくてごめんね~。」
「構わないとも。寧ろこちら側が情報提供にお礼を言いたいくらいだよ。……これで少し進むことが出来たと思えるほどにね。」
そう締めくくり、あまり迷惑にならないように撤収準備をする。そんな私達を忙しい中校門まで送ってくれたホシノ。
片や年長者として。片やグループをまとめる常識人として通ずるところがあったのだろう私達は終始険悪になることも無く情報共有を終えることが出来た。これも先生と彼女たちアビドスの生徒達が紡いだ絆のおかげであるのだろうが、そこに私という存在が加わることが出来た。
これは普段体の弱さも相まって人との交流をあまり持てなかった私にとって、情報と同様に大切な経験であり”縁”であると認識でき、それだけでシャーレの業務は、今回の訪問は有意義と言えただろう。
そんな経験と謎の充実感に秘かに感動を覚えていると、件の後輩を送り出した後に眠たげな雰囲気を持ったまま私の横を通り過ぎ、先生の近くに行って一言だけ告げると振り返ることなく校舎の中へ戻って行った。
”それじゃあセイア、暗くなる前に帰ろうか。”
「それには同意するところさ。まだ温かいうちに帰りたいからね。して、先生―――ホシノにはなんて言われたんだい?まさか…。」
恐らくは無いだろうとは思いつつも、先生自身が何かしらを勘違いする様にワザと含みを持たせて先ほどの事を聞いてみる。
私と言う他校の中心人物から聞こえない様に会話をしたのだ。もしそれがそのままの意味で私に聞かれたくない内容であれば野暮な事は言わないし、これ以上は聞くつもりはない。
ただの好奇心でその密談の内容を聞いてみるのだった。
”ああ、さっきのね。隠すような話はしていないよ、手が足りなくなったら助けるから言ってね、くらいの話だよ。もしかしたら恥ずかしかっただけかもしれないね。”
「そうかい、それはありがたい話だね。」
今日の小さな一歩は後の大きな一歩となるだろう。そんな小さな充足感に頬を緩ませ日の落ちかけた砂漠を二人で歩く。
だがその小さな一歩を嘲笑うかの如く、”世界”は”誰か”を許しはしなかった。
運命というものはかくも残酷であるように、小さな幸せをかみしめる私に牙をむくのだった。
「お久しぶりです、シャーレの先生。そして初めまして、予言の大天使たる百合園セイアさん。」
私の平穏を壊す残酷な真実を運ぶ悪い大人が、先生と同じスーツを着こなし、肩に見覚えのある黒いシマエナガを乗せて現れたのだった。