昭和のアニメ、『ラ・セーヌの星』の二次創作となります。
今後はこちらで投稿していくつもりです。
La Légende de Étoile de la Seine.
“Souvenirs des Étoiles de la Seine”
À la vaille de la Révolution française, Simone, une belle fille qui aété élevée comme fille d`un magasin de fleurs, s`est appelée L`Étoile de la Seine et s`est battue avec épée.
Mais je ne savais pas du tout que j`étais la soeur de la reine Marie-Antoinete.
暁の星が輝き、空が白みかけてきた頃、少年は目が覚めてしまい、泊まっていた安旅館の前の井戸で顔を洗っていた。
「また、つらい一日がはじまる・・」
と彼が憂鬱になったとき、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。胸のざわめきを覚えた少年がパリへと続く街道に駆け寄ると、蹄の音の主は立派な体躯の白馬であった。そして鞍の上にいて手綱を握っているのは女だった。長い黄金色の髪、黒のマントが後ろになびいているのが見えた。
「ひょっとして・・・」
白馬は少年のほうへとみるみる近づいてきた。そして鞍上の女が手綱を引くと、逞しい白馬は棹立ちになって嘶(いなな)き、走るのをやめて、館の前を歩き出した。
街道をずっと走ってきたのだろう、息を吐いて歩く白馬は苦しそうだった。
「ラ、ラ・セーヌの星だ!」
少年は思わず叫んだ。どうどうと言って馬をなだめる鞍上の女剣士とまだ八歳の少年の目が合った。仮面はしていたが頷いた彼女は微笑んでいるのが彼にはよく分った。
ラ・セーヌの星は星印が正面に縫われた青い帽子、裏地が赤い黒のマントを身につけていた。黄金色の髪は後ろの首のあたりで紫色のリボンで結ばれていて、腰の近くまで、前は胸のあたりまで伸びている。
彼女が身につけていた装束は、濃紺で長袖のレオタード(当時はそんな呼び名はなかったが)で、身体の線が露わになっていたので少年は思わず赤面した。少年はさらにラ・セーヌの星を凝視した。
彼女は顔から喉元、鎖骨、双の乳房のあたりまでが本当に雪のように真っ白だった。レオタードの下の乳房は豊満で、大砲の弾の先端のように形がよくて膨らんでおり、左右のそれが形作る谷間は深かった。馬にまたがる長い両足、そのむっちりとした太ももにも目を奪われた少年。膝から下は黒い革長靴に覆われていて、つま先は鐙(あぶみ)にかかっていた。腰には紐があり、そこには長剣がつるされていた。そう彼女は剣士なのだ。
「馬に水を飲ませたいのです。よろしいかしら?」
力強いがとても色っぽい声でラ・セーヌの星は少年に言った。彼女は下馬すると旅館の庭の井戸に手綱を引いて白馬を井戸のそばまで連れて行った。少年は思わず追いかけ、釣瓶を引いて水をくんでやった。
「ありがとう」
礼を言われた少年は首を振るのが精一杯だったが、ラ・セーヌの星が馬の顔を撫でていたわりつつ、水を飲ませる様を盗み見るようにしていた。綺麗な人だと少年は思った。それに柑橘系の香水の甘酸っぱい香りと心地よい汗の匂いがほのかに漂ってきたのだ。
謎の正義の仮面の女剣士、そんな彼女を特徴づけるのは、細く長い白い顔の上半分を隠す真紅の仮面だ。仮面の下には澄んだ円らで凛々しい青い瞳があり、鼻は高々とそびえ、薄桃色の唇は下唇が少し前に出ていたがとても艶っぽく、年齢は二十歳前後に見えた。
水を飲んだ白馬が元気を取り戻したのを見計らって、ラ・セーヌの星は再び鞍上の女剣士となり、改めて少年に礼を言うと街道をパリに向けて駆けていった。少年は思わず追いかけて手を振るのだった。
「ラ・セーヌの星の追憶」
フランス大革命の前夜、花屋の娘として育てられた美少女シモーヌは、ラ・セーヌの星と名乗り、剣を取って戦う。
しかし、彼女は、自分が王妃マリー・アントワネットの妹であることを全く知らなかった。
ラ・セーヌの星、1781年、夜のパリに出現した正義の仮面の剣士であり、その正体はパリの中心部シテ島の花屋フロリステ・ド・ロランの若き女主人シモーヌ・ロランという十九歳のうら若き乙女だったが、その当時は知られていなかった。勿論、彼女が王妃マリー・アントワネットの妹だったことも。 そのことが知られるようになったのは1848年の二月革命後、ルイ=ナポレオンが第二共和制の大統領になって以降の事だ。パリで活躍する劇作家であるヨシフ・トミノフは、当時を知る古老にラ・セーヌの星の事を聞いて廻っていた。
「彼女は誤解されている面もある。真実の彼女のことを調べて戯曲にし、パリの劇場で公演をしたい」
そう考えていたからだ。時は西暦1852年のパリのシテ島。
「おやおやこんな年老いた、しがない元パン屋の主人に何のようじゃね若いの?」
「夜分にお邪魔します。シュロさんのご紹介で・・」
「シュロ?あの代々の新聞記者のな、知っておるよ」
「私はヨシフ・トミノフ。レネ・ピカールさんですね」
「ああ、その通り、レネ・ピカールじゃ。あんたは劇作家らしいな。戯曲を書いているのかね。で、何を知りたい?」
レネはトミノフを奧へと招き、固い木の椅子を勧めて自分も向かい側に座った。テーブルには蝋燭以外何も無かった。
「はい、ラ・セーヌの星のことを調べています」
「ラ、 ラ・セーヌの星?、ラ・セーヌの星・・・」
沈黙が数分流れた。
「ラ・セーヌの星か、そうか、その名前は久しく聞いておらんかったのお。で、お前さん、ラ・セーヌの星の戯曲を書くのかい」
「はい。あの大革命の前夜に人々の希望だった謎の女剣士。彼女は市民達の味方でした。そして・・・」
「じゃが、最後は裏切った。国王ルイ十六世と王妃マリー・アントワネットの遺児を奪っていずこへともなく消えたのじゃからな。そんなラ・セーヌの星の事をお前さんが書く、そうかそうなのか・・」
「駄目でしょうか」
「駄目ではないが、皆、ラ・セーヌの星に助けられた者もそうでない者も、あのフランス大革命のあとは忘れてしまったかのようじゃ。マリー・アントワネットが処刑され、ジャコバン派の独裁があり、テルミドールの反動の前までにこんな時にラ・セーヌの星がいたら、みたいな声もあるにはあったが少数じゃった。あの仮面の女剣士は市民を裏切った、という声が圧倒的じゃったのう。ナポレオン時代にはほとんど忘れられた存在になったもんじゃよ。わしは悲しかったがなあ」
レネは立ち上がると陶器のコップと見るからに安っぽいラベルの赤ワインが入った瓶を持ってきて、トミノフの前に置いて注いでやった。
「じゃが、大革命の前夜、確かにラ・セーヌの星はいたんじゃ。あの頃、政府の重税、上がり続ける物価、乏しい食料、王や王族の贅沢三昧、貴族の横暴に苦しんだ市民や弱きを助ける赤い仮面の女の剣士、ラ・セーヌの星は確かにいたのじゃ。あの大革命は恐らく彼女がいなければ、もっと違った形で終わっていただろうよ。フランス大革命か。皆、マリー・アントワネットが、あのオーストリア女さえ死ねば暮らしはきっと楽になると思っておった。そろそろ世の中落ち着くかのお。ルイ=ナポレオンになんとかしてもらわんとなあ」
レネは自分のコップにもワインを注いだ。
「ああ、頭の中に響いてきたわい、あの頃のパリの、フランス全土の市民の、老若男女の声がなあ。みな“マリーを殺せー!マリーを殺せー!”と叫んでおった」
「当時、ラ・セーヌの星はパリの市民には評判だったのですよね」
「そうじゃよ。パリには黒いチューリップを名乗る義賊の活躍もあったが、いつの頃か・・」
「1781年です」
「そうなんじゃな。その年にラ・セーヌの星を名乗る女の剣士が現れるようになったのじゃ。そのうち黒いチューリップは現れなくなったらしいわい。何故かは知らぬ。彼女が活動するのはほとんどが夜じゃったから、実際にその姿を見た者はそう多くはないが、わしは何度も見た。皆は挿絵入りの新聞や噂話で仮面の女剣士の活躍を知り、喝采をあげたのじゃ」
「うらやましい。お願いです。ピカールさん、是非、語ってくれませんか。ラ・セーヌの星の事を」
「レネでいい。では、まずは乾杯といこうかの」
老いたパン職人レネ・ピカールは若い劇作家ヨシフ・トミノフに語り始めた。
レネがはじめてラ・セーヌの星を見たのは、1785年だった。レネは当時、フランス各地を巡業する旅回りの芝居の一座にいる七歳の少年だった。彼はある春の日。夜中にパリの郊外ですごい炎が上がっているのを見た。騒ぎを聞いて泊まっていた農家の離れから一座で揃ってそこで駆けつけたのだ。本当に空が赤く染まるほどの炎だったそうだ。
それはある公爵の別宅だった。そこから、燃えさかる炎の中から白馬が現れ、それにはつばのない帽子に深紅の仮面、裏地が赤い黒のマントを纏った髪の長い女が乗っていたのだ。
「おお、あれはラ・セーヌの星だ!弱きを助ける女の剣士だ」
親方がそう言ったのをレネは今でもはっきり覚えていた。それはレネがはじめて見たラ・セーヌの星だったが、夜中だったこともあり、その姿と成りはよく分からなかったらしい。
その次にレネがラ・セーヌの星を見たのは翌年一座の公演で、ストラスブールからパリに向かっていた時だ。一座はパリの手前の街道の宿場に泊まっていた(筆者注冒頭の場面)。
ラ・セーヌの星を見送ったことをレネは誰にも言わなかった。公演で毎日が忙しくて思い出す暇もなかったと言えよう。毎日一座で舞台の端役から道具係、賄い役まで幅広くこなす彼だったが、ある日その生活は一変した。
パリでの公演が終わろうとする日、借金を抱えていたらしい一座の親方が高利貸しの雇った荒れ暮れ男どもに捕まり、一座の他の大人達は逃げ、レネ等子供たち十人余りが盗賊団に売り飛ばされてしまったのだ。
パリ郊外のシャトウ(城館)でレネ等は捕まっていた。そこはどうやらさる貴族の館だったようだ。窓から白みかけてきた空を見たレネは思った。
(こんなとき、ラ・セーヌの星がいてくれたら・・・)
レネがそう思った時、窓の外に剣を口に咥え、裏地の赤いマントとブロンドの長い髪を翻す仮面の女性が見えた。女は両手で摑んでいたロープをまさに放した瞬間で、屋根の上から下りてきたのかはよくはわからなかったが、空中にラ・セーヌの星はいたのだ。そして彼女はレネ等が捕まっていた部屋のガラス戸を突き破って飛び込んできた。
「みんな大丈夫?さあ、逃げるのです」
割れたガラスの破片で太腿には傷と血が見えたラ・セーヌの星が言った。レネは助かったと思ったが、すぐに背後に見張り役の男がいたことに気がついた。
「ラ・セーヌの星、うしろー!」
子供達の叫びもあり、突かれてきた剣を側転でかわしたラ・セーヌの星は、態勢を整えると一旦納めていた剣を鞘から出した。
「この子供達に罪はありません。このラ・セーヌの星がもらい受けます」
「な、何をいいやがる!こいつらは我々が買ったのだ!死ね!ラ・セーヌの星」
剣と剣が絡み合う音が部屋に響いた。ラ・セーヌの星の剣さばきは舞踊のようで美しく、だが力強かった。仮面の女剣士は不敵な笑いを浮かべながら青いマントの男を追い込んでいき、その左胸を突き刺してとどめを刺した。
何故彼ら一座の子供等を助けに来てくれたのか、分らなかったが、ラ・セーヌの星は子供等を縛っていた縄を剣で切って自由にした。城館には盗賊団の男達、貴族の家来らしい男達が二十人ばかりいたが、皆、百戦錬磨の女剣士の敵ではなかった。
子供達が彼女に連れられて城館の外に出ると、一座の大人達が三人、丘の向こうにいるのが見えた。ラ・セーヌの星は言った。
「さあ、迎えが来ています。お行きなさい」
子供達は大人達に喜んで駆け寄ったが、レネはラ・セーヌの星のそばを動かなかった。彼は一座に未練はなく、元の生活に戻りたくなかったのだ。それを察したのかラ・セーヌの星は言った。
「もしも、困ったことがあったら、行くところがないのなら、シテ島の花屋の女主人シモーヌ・ロランを訪ねなさい」
「シモーヌ・ロラン?」
「そう、シテ島のシモーヌです」
ラ・セーヌの星はわしのことを覚えていてくれた、レネはそう思った。目が合った瞬間女剣士は頷き、彼が何かを言おうとすると首を横に振った。あの時と同じ、柑橘系の香水と汗の匂いがほどよく混じっていて、二人の間を包んでいた。
他の子供達は皆新しく旗揚げされた一座の一員となったがレネは逃げた。そしてその日の夕方、彼はパリのシテ島に辿り着いた。シテ島の人は皆レネに親切だった。少年がシモーヌ・ロランの名を口にすると、新聞記者だという眼鏡をかけた男がその花屋へと連れて行ってくれた。
花屋の女主人というから、でっぷりと太った、いかつい中年の女を想像していたレネだったが、出てきたのは白い肌に青い円らな瞳、高い鼻に薄桃色の唇(下唇が少し前に出ていた)、ブロンドの髪をうなじの辺りでくくり、黄緑色のブラウスにスカートと白いエプロンを身につけた二十歳くらいの乙女だった。花屋よりも修道院のスール(修道女)が似合っているような物腰の柔らかな美しい大人の女性にレネは瞠目した。
「まあ、ラ・セーヌの星が私を訪ねろと。そうなの。大変だったわね。私がシモーヌよ。お名前は?」
「レ、レネ、で、です」
初めて会うのにどこかで聞いたような声だった。それに自分の境遇を知っているかのような口ぶりだとレネは思った。
「とにかく今日はお泊まりなさい。さあ、入って。ありがとうシュロ!」
どうやら親しい間柄らしい新聞記者に礼を言ったシモーヌはレネの手を引っ張り、中へと招き入れた。彼はシモーヌが女性にしては思ったよりも力強かったのに驚き、中には当時の彼より少し年長の少年が居たことに目を白黒させた。シモーヌはレネを前にして、肩を握ってその少年に紹介した。店内には売り物である沢山の薔薇などの花が咲き乱れていた。
「ダントン、レネよ。しばらくうちで預かるわ。さあ、レネ、ご挨拶なさい」
シモーヌが身体をピタリと付けてきた。柑橘系の香水の香りがした。
シモーヌもダントンもとても働き者でレネに新設だった。彼はダントンとも仲良くなり、花屋の小僧として一生懸命働いた。荷馬車を引くロバのタンタン、ふくろうのコロはすぐにレネに懐いた。
(ずっとここではたらきたいなあ)
そう思ったレネだったが、シモーヌはどこか良い働き口を探してくれると言った。レネには何だか分からないが、そのシモーヌの言葉がここに長居はしてほしくないような口ぶりに聞こえ、落胆した。
シモーヌは本当に美しい女性だった。ラ・セーヌの星のことなど忘れ、レネはシモーヌに夢中になった。いつも店でも外でも彼女の後を追いかけ、ブラウスごしの胸の膨らみを盗み見るようにしては鼓動を高鳴らせたりもした。そんなレネをダントンはよくからかったという。
「そんな目でシモーヌをみたらだめだよ、レネ」
「ダントン!そんなことがおもっていないよ」
「うそだーい!」
そんな二人のやりとりを、仲がいいわね、と言ったシモーヌは優しい目で見つめていたという。
レネがフロリステ・ド・ロランで、シモーヌの花屋で住み込むようになって一週間ほどした夜中の事、レネは遠くで銃声のような音で目を覚まし、人の叫び声、馬の嘶きも耳にした。怖くなったレネは隣のベッドで寝ているはずのダントンに声をかけた。
「あれ、ダントンがいないよ」
レネは二階に駆け上がり、ノックをしてからシモーヌの寝室に入ったが、そこももぬけの殻で、ベッドの上には彼女のワンピースと寝間着がシーツの上にきれいに畳まれていた。
「シモーヌ、ダントン、どこにいったんだい?」
ふくろうのコロも、馬小屋にいるはずのロバのタンタンもいないし、荷馬車もなかった。こんな夜中に皆自分を置いてどこに行ったのだろうか、恐怖とシモーヌ達を案じる気持ちが葛藤した後、レネは外套を羽織って外に出た。
「きっとシモーヌやダントンになにかあったんだ」
レネはそう叫ぶと、月が出ているとは言え、人気がない暗いシテ島の町並みを走りに走った。シャンジュ橋を渡り、サン=ドニ街に入りかけるくらいのところで、人影が数人分見えた。何か火花が散っている。誰かが剣を取って闘っているのだ。
「ええい、邪魔をするな!生意気な女め!」
「このラ・セーヌの星がいる限り、悪事は許しませぬ!正義の剣を受けてみよ!」
闘っているのはラ・セーヌの星だった。レネがよく見るとマントが翻っているのが見えた。闘っている相手は、大柄な男二人で、少し向こうに白馬がいて様子をうかがっているように見えた。
程なく二人の男の剣が宙を舞って落ち、勝負はついた。さすがだとレネは思った。ラ・セーヌの星も勝利を信じて疑っていなかっただろう。だが、レネには見えた。路地から弓矢で女剣士を狙う小柄な男がいたのを。
「あぶない!ラ・セーヌの星!うしろうしろおおおお!」
小柄な男が弦から指を離し、矢が勝利を目前とした仮面の剣士に飛んだ。だが、ラ・セーヌの星は身体を左に翻し、剣で矢を落した。
「わあああ!」
レネはそう叫んで二の矢を放とうとしている男に飛びかかった。落した剣を拾った二人の男達は、隙ができたラ・セーヌの星に切っ先を向けてきたが、再度向き直った彼女に剣を落され、さらに一人は左胸を、もう一人は首の頸動脈のあたりを突かれ、倒れ込んだ。
矢の男はレネを地面に叩きつけると、逃げようとしたのだが、そこへ何故かふくろうのコロが飛んできて嘴や足で男を攻撃した。そしてラ・セーヌの星が追いつき、矢の男の首を掴むと建物の壁に思い切りその顔を叩きつけた。
ふくろうのコロはラ・セーヌの星の上を旋回した後、彼女の右肩に止まった。レネはコロがすぐに懐いてくれたと思ったが、どうやら人間なら誰でもよいらしい、と落胆した。
「ありがとう、レネ!あなたにまた助けられました」
レネはまた首を振るのが精一杯じゃった。何故自分の名をラ・セーヌの星が知っているのか、と彼が疑問に思ったのは少し後の事だった。ほどなく蹄の音がし、現れたのは荷馬車を引くロバのタンタンとダントンだった。レネは開いた口が塞がらなかった。
「ラ・セーヌの星!例の金塊、見つけたよ。あれ?レネじゃないか?どうして?」
「どうして?それはぼくがききたいよ、ダントンはラ・セーヌの星のなかま?」
ダントンが答えに窮してラ・セーヌの星を見上げたとき、シテ島の方角から彼らに蹄の音が聞こえてきた。
「パリ警備隊だわ。ダントン、例の場所へ急いで。タンタンに頑張ってもらいましょう」
「ラ・セーヌの星は?それにレネは?」
ラ・セーヌの星は一瞬考えた後、指笛で白馬を呼ぶとレネを抱き上げて乗せ、続けて彼女も鞍上の人となった。
「私が警備隊を引きつけるわ。一人にするのは危ないからレネも一緒に。コロ、ダントンと一緒に行きなさい!」
「分かった。ラ・セーヌの星、レネ!気を付けてね。コロ!おいで!さあ、タンタン!頼むよ!」
ダントンとタンタン、コロは金塊を携えてサン=ドニ通りを北に向かっていった。
「さあ、プリュネ!行くわよ。レネ、しっかりつかまっていて!」
レネとラ・セーヌの星を乗せたプリュネという名前があるらしい白馬はシテ島の方向に向けて駆けだした。ラ・セーヌの星はすぐにシャンジュ橋の北詰でパリ警備隊の騎馬隊と出会い、騎馬戦が始まった。レネは恐怖を抑えて必死にでプリュネの首につかまったがラ・セーヌの星といれば死ぬことはないと信じることができた。
五頭の馬からなる敵の騎馬隊と鞍上のラ・セーヌの星は銀の剣を振るって必死に闘ったが子供とは言え、二人を乗せているプリュネの動きは軽々とは言いがたかった。レネは申し訳ない気持ちだったという。一名は腹を突いて倒したが、あとの二名は交互に剣を向け合うかたちとなったのだ。
そんな時、二頭の馬の警備隊員が銃を構えているのを見つけたレネはラ・セーヌの星に指さして知らせようとした。だがレネの声は出なかった。彼は自分を情けないと思ったが怖かったのであろう。
銃声が聞こえた刹那、ラ・セーヌの星の姿はレネの視界から消えていた。何と飛び上がっていて、剣を咥えて空中でマントを翻しながら一回転すると落下しつつ、銃を構えた敵兵一人をその長い足で右、左と蹴り落としたのだ。ラ・セーヌの星は主を失った馬の上から、再度銃を構えた敵に飛びかかり、彼を地面にたたき落とした。
たたき落とされた敵とラ・セーヌの星は路上でもみ合う形となった。敵兵が背中を地面につけたかと思えば、女剣士のマントが地面に押しつけられたりもし、レネは心の声で応援した。
男のうなり声と女の悲鳴と悶え声が聞こえてきたが、白馬プリュネに乗ったままのレネはどうすればよいか分からなかった。そこへ剣をもった二人の敵が馬上から飛び降りたのだ。三人の男に飛びかかられたラ・セーヌの星は二人に両腕を掴まれて立たされ、一人が剣の切っ先を彼女ののど元に突きつけて絶体絶命となった。
「プリュネ!いくんだ!」
レネは叫んで手綱をとり、小さく短い足で白馬の胴を思い切り蹴った。するとプリュネはレネの考えが分かったのか、主の女剣士の危機を悟ったのか、嘶きをあげて棹立ちになってから四人が揉み合った場所へと駆けだしたのだ。
白馬プリュネは前足でラ・セーヌの星の喉元に剣を突きつけていた敵兵の頭を前足で蹴った。驚いたラ・セーヌの星の腕を掴んでいた二人が隙を見せた瞬間に肘鉄を食らわせて自由になるや、落ちていた正義の剣を拾い、二人の敵を牽制しつつ、プリュネに乗りかかった。
「ありがとうレネ!警備隊諸君!ラ・セーヌの星、今はつかまるわけには参りません。さようなら!」
そう言うと、ラ・セーヌの星は敗れたパリ警備隊騎馬兵と馬たちを残し、白馬の胴を蹴ってサン=ドニ通りを駆けだ。風が白馬のたてがみをなびかせ、レネの頬に冷たい風があたった。手綱をとるラ・セーヌの星の豊かな胸乳の柔らかさと大きさを背中で、柑橘系の香水の香りを鼻で感じながらレネは正義の女剣士を結局は助けたことに、共に戦ったことに満足をしておった。ずっとこのまま馬に乗って走っていたいと思ったレネであった。
サン=ラザール修道院の前では、ダントンがロバのタンタン、ふくろうのコロと待っていた。荷馬車は空になっていて、金塊は「例の場所」に運び込まれたのだろう。
「大丈夫?ラ・セーヌの星!」
「大事ないわ。またレネに助けられました」
レネは恥ずかしくなって馬上でうつむいた。
「レネ、あなたはダントンと家に帰りなさい。きっとシモーヌが心配しているわ」
だが、シモーヌは家にいなかったではないか。そしてシモーヌと同じブロンドの髪を持ち、似た声をし、レネの名を知り、同じ香りの香水をにおわせるラ・セーヌの星はシモーヌではないのか?とさすがにレネは思ったが、ラ・セーヌの星は“シモーヌが心配している”と言う。
ラ・セーヌの星に促され、荷馬車に乗ったレネはラ・セーヌの星に問うた。
「ラ・セーヌのほしは?どこへいくの?おうちにかえらないの?」
仮面の女剣士は鞍上でレネを見下ろしながら言った。
「私には今宵行くところがあります。私の助けを必要とする人がいる限り、ラ・セーヌの星は朝が来て消えるまで闘うのです。じゃあね!」
あっという間にラ・セーヌの星は白馬プリュネに乗って北の方向へと駆け去って行った。
「じゃあレネ、おれたちも帰ろうか!」
レネはダントンと一緒にサン=トノレ通り、ルイ15世広場を通るなど大きく迂回をしてシテ島へと戻った。ロラン花店に着いたのは、暁の星が輝き、空が白みかけてきたころだった。
「あ、シモーヌだ!」
店先には寝間着姿のシモーヌが立っていて、レネは思わず叫び、彼女もダントン一行を見るなり叫んだ。
「まあ、ダントン!レネも。どこに行っていたのよ!」
レネはシモーヌがそこにいることに驚くとともに、やはりラ・セーヌの星とシモーヌは別人なのだと納得した。寝室にいなかったのは、きっと騒ぎを聞いて少しだけ外に出ていたのだろう、とも思ったレネ。
「へへへ?ラ・セーヌの星を助けに行ったのさ。なあ、レネ!」
「まあ、ラ・セーヌの星を?でも危ない真似はしないでちょうだい。ダントン。それにレネを巻き込むなんて!」
レネは首を横に振るのが精一杯だったと記憶している。
しばらくして、レネはシモーヌの紹介で、シテ島でパン屋を営むピカール夫妻に引き取られた。少年はパンを焼く仕事に夢中になった。腹一杯食べられ、いつも美味しそうな匂いに囲まれる生活に満足したのである。そして夫妻に子供がいなかったことでレネはピカール家の養子となり、後にパン屋を継ぐことになったのだ。
レネ・ピカールがラ・セーヌの星に会うことはそれから何年もなかった。仮面の女剣士と一緒に闘ったことは彼にとって密かな自慢だった。最後に彼がラ・セーヌの星を見たのは、大革命のまっただ中、王妃マリー・アントワネットが処刑される前、1793年10月15日のことである。
すでに処刑された国王ルイ16世とマリーの二人の子供、王女マリー・テレーズと王子ルイ・シャルルを何者かが奪回しにくるという噂が流れ、そうはさせまいと王女と王子が引き取られていた靴屋アントワーヌ・シモンの店に市民が集まりだした。
若きパン職人となっていたレネもその一人だ。
「ラ・セーヌの星だ!ラ・セーヌの星だ!」
叫び声が聞こえ、レネが通りに出たとき、そこでラ・セーヌの星が剣に覚えのある市民達と闘っていたのが見えた。マリー・テレーズとルイ・シャルルを奪回しにきたのは市民の味方だったはずのラ・セーヌの星だったことにレネは衝撃を受けた。
「市民の味方?いいえ違います。私はただ弱い人々を助けたいだけです!」
ラ・セーヌの星はそう言い捨てると、マリーとルイを荷馬車に乗せて、(その荷馬車をひくのはロバのタンタンで手綱をひくのはダントンだった)彼らを守りつつ、白馬に乗って去って行った。その時は彼女と目が合うこともなかった。それがラ・セーヌの星が目撃された最後の時であり、花屋の女主人シモーヌ・ロランもまもなく行方知れずとなった。レネは数日後、シテ島のシモーヌの家に行ったが、そこはもぬけの殻だった。ダントンがラ・セーヌの星と協力してマリー・アントワネットの遺児を助けたのでシモーヌも逮捕されたのかもしれない、レネはそう思ったのである。
その後革命は多くの血を欲する恐怖政治の時代へと突入していく。
「こんなわしの話しで役に立ったのか?トミノフさんや」
「はい、とても貴重なお話でした」
「そうかそうか、ならよいがなあ。他の奴が何と言おうとな、今のわしがあるのは、子や孫に囲まれてまあまあ幸福に余生を過ごせるのはラ・セーヌの星とシモーヌのおかげじゃよ。ラ・セーヌの星もきっと足を洗って、黒いチューリップと夫婦になり、子供を産んで、その子孫がオランダかアメリカかは知らぬ。いやもっと遠い国かも知れぬが彼女の意思を継いで闘っておると信じたいわい。シモーヌはどうなったのかのお、シテ島の新聞記者だったシュロ、あんたにわしのことを教えた男の祖父じゃが、そのシュロもシモーヌの行方は分らなかったのじゃ」
「あの、ラ・セーヌの星とシモーヌ・ロランは同一人物だったと考えられませんか」
「なんじゃと?お前さん、話しをきちんときいておったのか?じゃあ、もう一度最初から話すぞ!あれはパリ近郊でなあ、夜中に大きな火事が起こったのじゃ」
おわり
La Légende de Étoile de la Seine.
“Souvenirs des Étoiles de la Seine”
FIN
『ラ・セーヌの星』の主題歌、BGMなどを作曲された菊池先生がお亡くなりになったときに書いたもの、一人称だったものを二人称にしたものです。