伝説のラ・セーヌの星   作:koh1968

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アニメ『ラ・セーヌの星』第十五話「飛べよ気球パリの空へ」の二次創作です。
モンゴルフィエ兄弟による熱気球実験は歴史的事実です。
この作品世界ではラ・セーヌの星ことシモーヌの活躍があってこそ、となっています。
気球実験の成功までを二次創作としました。
劇中で、なぜシモーヌは兄弟が捕らわれた場所が分かったのだろうと思っていましたが、そのあたり自分の説を入れています。
よろしければおつきあいください。


夢への飛翔! ‐飛べよ気球パリの空へ‐第一話

La Légende de Étoile de la Seine

``Une montgolfière à Paris``vol1

 

À la vaille de la Révolution française, Simone, une belle fille qui aété élevée comme fille d`un magasin de fleurs, s`est appelée L`Étoile de la Seine et s`est battue avec épée.

Mais je ne savais pas du tout que j`étais la soeur de la reine Marie-Antoinete. 

 

西暦1783年11月20日の深夜 月齢25.1の暗い夜 

 パリの中心部から約十リュー(40キロ)南西、セーヌ川沿いのセナートの森。

 逞しい白馬が前足を振り上げ、嘶(いなな)きをあげた。乗っているのは女だ。手綱を引く女はマントを翻しながら、エソンヌの方向を深紅の仮面の下から見据えている。身に付けているのはドレスでもワンピースでもない。胸乳や腰の括れ、臀部のラインが露わになった濃紺のレオタードだ。それは長い袖先にフリルが付いているが、足の付け根、鼠径部までしか生地がなく、白い太ももが露わになっている。脹脛(ふくらはぎ)は黒のロングブーツで守られ、その先端は鐙にかかっている。腰にはレイピアが吊るされていて彼女が剣士であることを示していた。

 深紅の仮面を付けた女の剣士などこのフランスには一人しかいないであろう。彼女の名前はラ・セーヌの星。1781年のパリに現れ、それ以来弱き者を助ける正義の謎の剣士としてパリの市民の喝采を浴びていて、パリ警備隊等官憲たちは彼女を捕えようと躍起になっている存在だ・

 愛馬プリュネを落ち着かせたラ・セーヌの星は。エソンヌ村の外れ、セーヌ川沿いに建つ古びた城館chāteauを見据えた。その城館から一羽のフクロウが飛んできて、彼女の頭上を旋回する。女剣士は仮面の下からフクロウにほほ笑むと言った。

「やはり、あそこに彼らは捕らわれている。パリ市民の空への夢はあの兄弟の肩にかかっている。一刻も早く助けねば!」

 ラ・セーヌの星は愛馬の腹を左足で軽く叩き、城館へと駆けだした。

 

 伝説のラ・セーヌの星

 「夢への飛翔! ‐飛べよ気球パリの空へ‐」第一話

 

 フランス大革命の前夜、花屋の娘として育てられた美少女シモーヌは「ラ・セーヌの星」と名乗り、剣を取って闘う。しかし、彼女は自分が王妃マリー・アントワネットの妹であることを全く知らなかった。

 

 時は西暦1783年9月14日の日曜日の昼頃。パリ発祥の地シテ島の食堂ペルチェ(止まり木の意味)にて・・・

「嘘だ!空飛ぶ船だって!そんなものあるわけがない!」

「そうだ!無理にきまってらあ!」

 今日は日曜と言うことで、十数人の職人たちが昼間からワインを飲んでいる。そして真ん中のテーブルには、一目で地方から出てきたと分る二人の男がいた。風貌が似ているので二人は兄弟だろう。彼らは職人達から馬鹿にされていたが懸命に「空飛ぶ船」の説明している。

 そう、彼らはジョセフ=ミシェル・モンゴルフィエと弟ジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエの兄弟で、こののち10月15日からパリのフォーブール・サン・トワーヌのレヴィヨン製紙工場の敷地内で熱気球の実験を繰り返し、11月21日にはパリ西郊ブローニュの森にある城館で開かれた園遊会の行事の一環として、国王ルイ十六世、王妃マリー・アントワネット夫妻の御前で係留を外した熱気球の友人実験飛行に成功することとなる。気球実験の成功で彼らの父、フランス南部で製紙業を営むピエールがルイ十六世の命で貴族に列せられ、彼ら兄弟も貴族になるのだが、今はフランス南東部から出てきたばかりのパリでは無名の田舎者だ。

 この年四十三歳の兄ジョセフ、三十八歳の弟エティエンヌはド・ロージェ侯爵の招きでフランス南部のアノネ―からパリにやって来ていた。すでに故郷のアノネ―では6月4日に彼らの手によって無人の気球実験が成功していた。気球の開発と言う夢に向かっている彼らは、実年齢よりもずっと若い年齢に見える。とくに兄より童顔のエティエンヌは二十代半ばから後半と言えば皆信じるだろう。

 熱気球の理論を説明しつつ、エティエンヌは食堂ペルチェの端のカウンターの前に立つ女性にチラチラと視線を走らせていた。

(あれがシテ島の花屋のシモーヌ・ロランに違いない!)

 エティエンヌの予想通り、彼女はシテ島の花屋フロリステ・ド・ロランの若き女主人だ。

 シモーヌは黄金色の髪を首のあたりで紫色のリボンで括って腰のあたりまで伸ばしたやや長身の、五ピエ六ブース(165センチ)位の十八歳の娘だった。青い瞳は円らで優しさと知恵深さと強い意志を感じさせた。白い滑らかな肌にそびえたつ繊細な線の高い鼻、口は小さく赤玉色で下唇が少し前に出ているのはオーストリア娘を思わせる。彼女は首周りにフリルがついた緑色のブラウス、エプロンを巻いたロングスカートを履いていて、そこから伸びる腕と足も美しい。そんなシモーヌは食堂の主人と話し込んでいたが、エティエンヌの視線に気が付いたのか彼の方を見た。

(予想以上に美しいじゃないか。シモーヌ・ロラン!)

 エティエンヌには、シモーヌが少し口を開け、微笑んだように思えた。

(僕のこと、気にしてくれている?)

 

 エティエンヌがパリに来たのは、勿論熱気球実験の為だが、もう一つ理由があった。故郷アノネ―の馴染みの花屋の主人ジャンが言ったのだ。

『パリに行くなら、シテ島の花屋の女主人、シモーヌ・ロランに会って来いよ。たいそう美しいらしいぜ』

 妻も子もいるが、気球に興味を示さない彼女らとの仲が微妙なエティエンヌは、美しい花屋のシモーヌを心に思い描いてパリへとやってきたのだ。

 パリに着いたエティエンヌはパリ見物だと言って、サン=トノレ街のホテルを出て兄ジョセフを連れてシテ島へ向かった。ド・ロージェ侯爵との約束の時間までのわずかの時間にシモーヌと会えればと思ったものの、あいにくフロリステ・ド・ロランは日曜で休みだった。 

 意気消沈したエティエンヌだったが、すぐに希望の光が差し込んできた。彼の前に、一人の少年が休業日の花屋から飛び出してきて現れたのである。

「ダントン、どこへ行くのだい!」

 近所の住人らしい中年女性が少年に呼びかけた。

「ペルチェだよ!シモーヌと食事するのさ!」

 エティエンヌは、これは神のお導きだと思い、胸の前で十字を切ると少年の後を追いかけた。彼にはシモーヌの居場所を教えてくれたダントン少年が天使に見えたのだ。

 小走りで石畳の上を進みながら、エティエンヌは花屋のジャンの言葉を思い出した。

『それとラ・セーヌの星だ!』

『ラ・セーヌの星?』

『ああ、悪徳貴族や暴利を貪る商人どもを成敗してくれる女の剣士だ。夜の暗さを切り裂いて銀の剣をふるう彼女は強いだけじゃない。仮面で素顔を隠しているが、なかなか妖艶らしいぜ』

 シモーヌにも会いたいが、ラ・セーヌの星にも会ってみたい。そう思うエティエンヌだった。

 

 理論だけでは気球の話を食堂ペルチェの客たちは信じない。そこでエティエンヌは紙風船を作り、テーブルの上の蝋燭に掲げた。風船の中の空気は温まり、程なくして紙風船の熱気球はゆっくりと食堂の中を飛び上がった。

「すごいや!」

「おお!神よ!」

 ダントンや客たちの歓声が店内に響いた。赤と白のストライプの紙風船はまるで狙っていたかのようにシモーヌの元に舞い降りたのである。

 

(なんて素敵な人なのだろう。空を飛ぶだなんて)

 エティエンヌの情熱的な話を聞き、彼の企てはきっと成功するに違いない、とシモーヌは微笑み、つい口が緩んだ。

 紙風船を両手で受け止めたシモーヌは感動し、エティエンヌを潤んだ瞳で見つめた。

「ありがとうお嬢さん!」

 エティエンヌはそう言ってシモーヌに駆け寄り、彼女の手を握った。そして夢を語ったのだ。実験は最初の一歩に過ぎない。熱気球はいずれパリの空を普通に飛ぶようになり、いずれは世界中を飛び回るようになるだろう、と。

 手を握られたシモーヌは、それを嫌がるそぶりも見せず、エティエンヌの演説に聞きほれているかのようだった。

 その後、ちょっとした騒ぎがあった。パリ警備隊のラカン伍長ら官憲達がペルチェ食堂に入ってきて、モンゴルフィエ兄弟を逮捕しようとしたのである。幸い、身元保証人のド・ロージェ侯爵が駆け付けたので二人は助かった。それはフランスの宗教界の実力者、ベルナール枢機卿の差し金であった。彼は科学の進歩が国内の身分秩序を壊すと危険視していたのである。 

 それがパリ発祥の地シテ島の住人たちの心に火をつけた。こうなったら何が何でも気球を飛ばしてもらおう、シテ島の皆で手伝おうと。ベルチェ食堂は沸きに沸いた。

「なら、いっそこのシテ島で気球を作ってみてはどうかしら?」

 シモーヌが皆に提案した。そして一旦離していたエティエンヌの手を握り返し、青い瞳を潤ませて言ったのだ。

「ねえ、エティエンヌ?どうかしら」

「よ、よしやろう!皆の力をお借りします!シテ島の皆さん!」

「そんなこと言って!本当はシモーヌとなかよくなりたいんだろう?」

 ダントンは笑って冷やかし、シモーヌはまあなんてことを!と怒った。

(よおし!これで気球作りだけじゃない。シモーヌとも仲良くなれそうだ!)

 エティエンヌは有頂天だった。

(いや、あとはラ・セーヌの星だ。謎の仮面の女剣士に会ってみたいものだな)

 もちろんエティエンヌはそばにいるシモーヌこそがラ・セーヌの星だとは夢にも思わなかった。

 

 兄ジョセフ共々エティエンヌはシモーヌという十八歳の女性の偉大さに関心をした。彼女の呼びかけで、沢山のシテ島、その周辺部のパリ市民が気球づくりに参加したのである。

 酒場の常連客、様々な職人達、お針子の女性らがシモーヌの呼びかけに応えたのだ。勿論彼らにも仕事があるので、夕方から深夜にかけての時間や、日曜日の教会の礼拝のあとの午後からが気球制作の時間である。

シモーヌはシテ島の人々に協力を呼びかけただけではなく、実験の準備がうまくいかず、自暴自棄になりかけたエティエンヌを何度も励ました。深夜に作りかけの気球のそばで一目を気にしないかのように二人で過ごすことも一度や二度ではなかった。さらには実験を許可するか否かを問う国王ルイ十六世の御前会議の議事進行を有利に運ぶため、ヴェルサイユ宮殿の敷地内で小型の熱気球の飛行デモンストレーションを行ったのだが、それを提案したのは他ならぬシモーヌだった。何故かシモーヌはヴェルサイユ宮殿の構造のこともよく知っているようで、ド・ロージェも舌を巻いていた。

会議室の窓から宙に舞った小型熱気球を見た国王はベルナール枢機卿らの反対を押し切り、気球実験の継続を御前会議で許可した。錠前造りが趣味の国王はモンゴルフィエ兄弟の職人魂、技術力に共感したのだろう。

「やったわ、すごいじゃないのエティエンヌ!」

「ああ、ありがとうシモーヌ、君のおかげだよ」

御前会議の決定を伝えたド・ロージェ侯爵は続けて言った。

「だが、それには条件があるのじゃよ」

「条件?それはなんですの」

 喜んでエティエンヌと手を握り合ったシモーヌは問うた。

 

「うむ。11月21日金曜日の国王夫妻主催の園遊会での公開有人実験、それを陛下は条件とされたのだ。反対派の急先鋒のベルナール枢機卿がその条件を提案し、反対派の顔をたてるために陛下もそれを認めざるを得なかったのじゃろうな」

「国王陛下、マリー王妃さま夫妻の前での有人飛行実験!そんなことができるだろうか、どうだいエティエンヌ?」

「兄さん、無理だ。日にちもないし、それに・・・」

「まあ、二人とも情けないわ。ここまで来たんだもの。やるしかないわよ。それに気球はもうあなた達だけのものではない。パリの人々の夢なのよ」

シモーヌは再びエティエンヌの手を握るや言った。

「シモーヌ・・・」

 

「よし、やろう。兄さん、出来るよ。やろう!」

「ああ、そうだな。ありがとう、シモーヌ」

一瞬兄ジョセフとともに躊躇したエティエンヌだったが、シモーヌの叱咤激励に奮起し、公開有人実験実施を決めたのだった。

実験の前日の20日木曜日の日没の頃、ブローニュの森の近くの城館の庭で、完成した熱気球をジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエはシモーヌ・ロランと並んで見上げていた。シモーヌは両手をエプロン前で組んで気球を見上げている。三日月と星々の光が、シモーヌの美しい横顔を照らしていた。黄金色の髪、白い肌、長い睫毛、青い瞳、そびえたつ高い鼻、潤んでいて少し前に出た下唇、エティエンヌは改めて彼女を美しいと思った。

(いや、美しさだけではない。存在自体がまるで女神のようなひとだ。彼女と出会っていなければ今頃どうなっていたことか)

シモーヌはエティエンヌの視線に気がついたのか、彼のほうを見た。

「なあに、エティエンヌ?」

「明日はいよいよ国王陛下マリー王妃ご夫妻の御前での有人飛行実験。なんとか間に合ったが、ここまで来ることができたのもシモーヌ、君のおかげだよ」

「いいえ、あなたとお兄様の知恵があればこそ。そしてパリの、いいえ、フランスの人々の空を飛びたいとの夢があればこそよ」

「僕は初めて君に出会った時、何か素晴らしいことが起こるんじゃないか、そう思ったんだが、その予感は正しかったよ」

 パリに出るとき、故郷のアノネ―の花屋の主人から、シテ島の花屋に美しい女主人がいると聞かされたエティエンヌは、パリ見物を装ってシテ島を訪れた。あいにく目的の花屋、フロリステ・ド・ロランは休業していたが、近くの食堂ペルチェで偶然、そのシモーヌと出会うことができたのだ。女主人と聞いていたから、自分と同世代かと思っていたが予想に反して、若い十八歳の娘であることに驚き、その美しさに一目で惚れてしまったのだ。

「あの時、みんなに熱気球の話をしても信じないので、蝋燭の炎と紙風船を使ってその理論を説明したんだけど、蝋燭の熱でテーブルを浮いて、店内を舞った紙風船が、ぐ、偶然君の前に舞い降りたのだが昨日のことのようだよ」

「まあ、本当に偶然?」

「ぐ、偶然さ。シモーヌ、君は熱気球に興味を持ってくれたばかりでなく、シテ島でその気球を作ることを提案してくれた。僕はもちろん賛成したさ。嬉しかったよ。(シモーヌの弟と彼は思っていた)ダントンは君が目当てだろうとからかったけど・・・」

 

 エティエンヌが言う通り、シモーヌの呼びかけで、シテ島での気球制作が始まったのだ。後に場所の問題から狭いシテ島では気球制作が難しくなってきたので、サン・タントワーヌにあるレヴィヨン製紙工場へとその場所は変わったが、シモーヌは仕事の合間を縫って何度も足を運んでくれたし、シテ島の人々パスカル親方、お針子のマドレーヌ、新聞記者シュロらの協力は変わらなかった。

「何度か挫折しそうになった僕をシモーヌ、君は手を握りながら見つめ、励ましてくれた」

「あなた達はパリの希望なのよ。身分の上下、男か女なんて関係ないわ。くじけないで!そう、何度も言ったわね」

 シモーヌの励ましがなかったらどうなっていただろうと改めてエティエンヌは思った。年齢の差はあるが、きっと彼女も自分のことを憎からず思ってくれているに違いないと確信した。

 やがて、係留しながらの製紙工場内での飛行実験ではエティエンヌ自身が搭乗し、図らずも人類最初に空を飛んだ男となったが、その時もシモーヌは大きく手を振ってくれていた。

 故郷にいる妻も娘たちも、まったく熱気球に興味を持ってくれないし、応援してもくれないというのに、(兄はそんなことはないというが)シモーヌはどうだろう。なぜ、これほどまでに彼女は応援をしてくれるのだろう。理由は一つしかないだろう。

「シモーヌ!」

「なあに?エティエンヌ」

 エティエンヌはシモーヌの手を取った。二人が手をつなぐのは別に初めてではないが、緊張をし、彼女も心なしか顔を赤らめたように見えた。

「明日の実験が成功したら、成功したら・・・」

「成功したら?」

「僕と・・・・」

 次の言葉をつなごうとしたとき、兄ジョセフが自分を探している声が聞こえた。エティエンヌにはシモーヌが何かがっかりしているように見えた。ちょっと待っていてくれと言って、エティエンヌはシモーヌの前から姿を消した。それから三十分ほど経っても彼は戻って来なかったのである。

「エティエンヌもジョセフもどこに行ったのかしら」

 心配になったシモーヌは二人を探した。エティエンヌが何か自分に大事な話をしようとしていたのも気になっていたのだ。

「それとエティエンヌは何を言おうとしたのかしら?」

 シモーヌは皆目見当がつかなかったが、二人を森の中で探しながら考え続けた。

「ひょっとして・・・」

 シモーヌの脳裏に蝋燭の火が灯った時、ダントンの甲高い声がした。

「たいへんだあ!ジョセフとエティエンヌが黒覆面の男達に連れて行かれたよおお!」

「な、なんですって!」

 おそらく気球実験を快く思わない一派の仕業だろう。パリ警備隊は気球制作に対して露骨に嫌がらせをしてくるほどだから、官憲たちは捜索してはくれないに違いない。

「ああ、もう気球は終わりだ。彼らがいないと飛ぶことはできないぞ!」

 新聞記者のシュロの嘆きは皆の嘆きでもあった。だが、シモーヌは泣いていない。彼女の美しい瞳がきらりと光った。

 

秋の夜のパリの街を、白馬が一人の女を乗せて力強く駆けていた。空には三日月と星が輝いている。時折歩いている、酔って千鳥足になった男達や彼らに声をかける娼婦たちは驚いて道をあける。馬を操る女はただの女ではない。彼女は銀色の星印が縫われた青い鍔のない帽子を被り、赤い裏地の黒いマントの下には帽子と同じ濃紺で長袖、胸から腰への身体の線が露わになったレオタードで、袖先にはフリルがついている。

顔から喉元、鎖骨、双の乳房のあたりまでは雪のように真っ白だ。乳房自体は豊満で形がよく、左右のそれが形作る峡谷は深い。馬にまたがる長い両足、その白い太ももは、豊かな胸と相まって目にした男を虜にし、女は嫉妬する。膝から下は黒い革長靴に覆われていて、つま先は鐙(あぶみ)にかかっている。腰には紐があり、そこには柄の部分を美しく装飾された剣、レイピアが吊されていた。

 そして最も彼女を特徴づけるのは、細く長い白い顔の上半分を隠す深紅の仮面だ。仮面の下には澄んだ円らで凛々しい青い瞳があり、鼻は高々とそびえ、オーストリア人のように少し前に出た下唇はとても艶っぽい。黄金色の髪は後ろの首のあたりで紫色のリボンで結ばれていて腰の近くまで、前は胸のあたりまで伸びている。

彼女の名はラ・セーヌの星。1781年、夜のパリに出現した正義の仮面の剣士であり、その正体はシテ島の花屋、フロリステ・ド・ロランの若き女主人シモーヌ・ロランだ。

仮面を付けたときのシモーヌ、つまりラ・セーヌの星は弱者救済を信条とし、日々剣を取って闘っている。パリの治安を守るパリ警備隊は躍起になって彼女を捕えようとしているが、その剣が負けたことはない。重税、物価高による貧困、貴族や政府の官僚、治安当局の横暴に苦しめられている人々は彼女の活躍に、もう一人の仮面の謎の剣士黒いチューリップ共々喝采をあげていた。

今夜のラ・セーヌの星は、明日11月21日にブローニュの森での有人熱気球実験を控えたジョセフ=ミシェル・モンゴルフィエと弟ジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエの兄弟を救出すべくパリを駆け、やがてセーヌ川に沿って抜けようとしていた。

彼らは謎の男達に誘拐されたのだが、シモーヌ=ラ・セーヌの星には心当たりがあった。

(おそらくベルナール枢機卿に命じられた男達に違いない!)

 パリの南西十リュー(約四十キロ)の場所にあるエソンヌ村の近くのセーヌ川沿いに古びた城館がある。そこはある伯爵の所有だが、ベルナール枢機卿がそこでよく祝宴を開いていると聞いたことがあった。新聞記者のシュロからの情報だ。ラ・セーヌの星は一度シモーヌとしてその城館を対岸から見たことがあった。

(エティエンヌ達はきっとあそこに捕らわれている!)

 

パリの中心部から約十リュー(40キロ)南西、セーヌ川沿いのセナートの森にラ・セーヌの星は着いた。逞しい愛馬プリュネが前足を振り上げ、嘶きをあげた。手綱を引く女剣士はマントを翻しながら、エソンヌの方向を深紅の仮面の下から見据えている。

 愛馬を落ち着かせたラ・セーヌの星はエソンヌ村の外れ、セーヌ川沿いに建つ古びた城館chāteauを見据えた。その城館から一羽のフクロウが飛んできて、彼女の頭上を旋回する。女剣士は仮面の下からフクロウにほほ笑むと言った。

 それはシモーヌが飼っているフクロウのコローだ。シモーヌは花屋でもある自宅の二階で、エティエンヌからもらった紙風船をコローに見せた。食堂ベルチェでエティエンヌが小型熱気球として飛ばした風船で、彼がシモーヌに持っていてほしいと言ったのだ。

「おねがいコロー!彼を、エティエンヌを探して!」

 フクロウのコローは頷くと外に飛び出し、しばらく旋回した後、シテ島から見て南西の方向へと飛んでいった。

「やはり、あそこに彼らは捕らわれている。パリ市民の空への夢はあの兄弟の肩にかかっている。一刻も早く助けねば!待っていて、エティエンヌ!」

 ラ・セーヌの星は愛馬の腹を左足で軽く叩き、城館へと駆け出した。

 

つづく

 

La Légende de Étoile de la Seine

Vol vers les rêves !``Une montgolfière à Paris``vol1

Continuer!

 

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