バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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97話 熱帯飢鱗(ねったいうりん)

 

 

「……俺みたいになりやがったが、パワーはどうかな!!」

 

 

荒涼とした岩場に、キメラの獰猛な咆哮が轟いた。

全身の筋肉を限界まで膨張させ、地面を砕くほどの力強い踏み込みと共に、キメラは一気に距離を詰める。

 

狙うは全身を真紅の羽で覆ったホークスの顔面。

狼の顎が剥き出しになり、強靭な丸太のような右腕が空気を圧縮するほどの速度で振り抜かれた。

岩盤が砕け散るような重い衝撃音が響き渡る。

 

しかし、その強烈な一撃はホークスの肉体を捉えることはなかった。

 

 

「……ッ!」

 

 

キメラの瞳に微かな驚愕の色が浮かぶ。

これまでの空中戦で、ホークスは回避と受け流しに徹していた。

しかし今、彼は逃げるどころか一歩も引かず、その一撃を正面から完全に受け止めてみせたのだ。

 

キメラの剛腕を阻んでいたのは、ホークスの腰から背後にかけて伸びる羽で形成された強靭な尾と、巨大な突撃槍の柄の連結部分であった。

普段のホークスの戦闘スタイル──軽量と速度を活かした空中殺法においては、盾で攻撃を受け止めるという概念自体が存在しない。

 

だが、技術によって復活した太古の竜をインストールした今の彼にとって、自身の肉体を包む無数の羽は単なる推進機関ではなく、絶対的な硬度を誇る鎧であり、巨大な質量の盾であった。

 

 

「……お返しっすよ!」

 

 

盾の影からホークスの鋭い声が響く。

防御の反動をそのまま推進力に変換し、ホークスの右の拳が、防ぎの甘くなったキメラの鳩尾へと正確に叩き込まれた。

 

肉がひしゃげ、骨が軋む鈍い音が鳴り響く。

先ほどまで、ホークスが鋭く研ぎ澄ました剛翼の太刀で何度も斬りつけても浅い傷しかつけられなかったキメラの強靭な皮膚。

それにも関わらず、今のホークスのただのパンチは明らかにキメラの内臓を揺るがすほどの重く、深いダメージを与えていた。

 

その理由は明白である。

ホークスの全身を包み込む無数の羽が、それぞれ独立したブースターとして機能しているからだ。

 

普段は風を操り、人を支える力しかなかった一枚一枚の羽が。

今は自身の腕の振りに合わせて爆発的な推進力を生み出す疑似筋肉となり、相手の肌を直接傷つける鋭利な(うろこ)となり、そして肉を深く抉る牙と化しているのだ。

 

速度と質量、そして羽の推進力が完全に同期した、まさに一点を穿つための破壊の極致。

 

 

「ぐぅ……ッ! 舐めるな鳥野郎!!」

 

 

キメラが激痛に顔を歪めながらも、即座に左の拳を振り下ろす。

そこから両者の意地と暴力がぶつかり合う、凄絶な乱打戦が始まった。

 

しかし、その攻防の質は非対称であった。

 

ホークスは全身に纏った羽のブーストを利用した超反応のステップで、キメラの重い一撃を紙一重で躱し続ける。

対するキメラは、ホークスの放つ目にも止まらぬ質量の連撃をその巨体ゆえに避けることができず、ただ食らい続けていた。

 

パワーの増大が必ずしもスピードの低下を意味するわけではない。

全身の羽がブーストをかけることで、むしろホークスの打撃速度は以前よりも恐ろしい域にまで加速していた。

 

羽の推進力によって加速し、さらに重みを増したホークスの右フック、左アッパーがキメラの急所を的確に穿っていく。

そして、連続の打撃に耐えかねてキメラの巨体が右へとふらついた瞬間。

 

死角から、大きくしならせたホークスの尾が鞭のような軌道を描いてキメラの横腹を強かに打ち据えた。

 

 

「ガハッ……!」

 

 

肺から空気を吐き出しながら、キメラの巨体が荒涼とした岩場を派手に転がっていく。

しかし、そこは歴戦のヴィラン。

キメラはすぐさま空中で体勢を立て直し、岩盤に鋭い爪を突き立ててブレーキをかけて姿勢を正した。

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 

キメラは荒い息を吐きながら、自身につけられた無数の打撲痕を見下ろした。

そして、その狼の瞳に激しい怒りと屈辱の色を宿した。

 

 

「……いいだろう。なら、こっちも手加減なしだ」

 

 

キメラが両腕の筋肉に凄まじい力を込める。

バリッという音と共に彼が着ていた分厚いコートの両袖が、内側から膨張する筋肉の圧力に耐えきれずに弾け飛んだ。

 

そして露出したその太い腕の表面から、まるで鳥の羽のような異質な突起物が無数に生え出し、彼の肉体がさらなる変貌を遂げ始めたのである。

 

 

「……ッ」

 

 

離れた距離からでもはっきりと分かる、先ほどとは次元の違う圧倒的なパワーの気配をホークスは感じ取った。

彼は油断なく目を細め、背後で揺らめく長大な尾──突撃槍の石突きを岩場の硬い地面へと深く突き立て、固定した。

 

 

「そんな小細工ごと……ぶっ飛ばしてやる!!」

 

 

腕に羽を生やし、さらに身体能力を底上げしたキメラが地鳴りを響かせながら一直線にホークスへと突進してくる。

その圧倒的な質量と運動エネルギーはまさにダンプカーの正面衝突そのものである。

 

だが、ホークスはその突進を迎え撃つことはしなかった。

 

キメラが激突する直前。

ホークスは突き立てた尾を引っ張るように、自らの身体を大きく上方へと跳躍させたのだ。

そのまま空中へと舞い上がり、美しい軌道で上空で体を抱えるように丸まる。

 

 

「……上へ逃げるか!」

 

 

キメラはホークスの残像を打ち砕きながら、突き立てられた尾を掴み上げようと腕を振り抜いた。

 

しかし、ホークスは空中の姿勢を整え、キメラの頭上へと強烈な殺意を降らせた。

キメラが上を見上げた時、彼の視界を覆い尽くしたのは。

 

ホークスが遠心力を利用し、地面に突き立てた尾を支点として巨大な『岩盤そのもの』を地面から引き剥がし、それを振りかぶっている光景であった。

 

突撃槍という武器の重さ。

引き剥がされた岩盤の尋常ではない質量。

空中での後方宙返りが生み出す、強烈な遠心力。

そして、それらすべてを束ね、さらに加速させる無数の赤い羽の爆発的なパワー。

 

それらすべてのエネルギーが完全に一つに融合した、まさに規格外の破壊の鉄槌。

 

そのシルエットは、尻尾の先端にある巨大な骨のハンマーで肉食恐竜の骨を粉砕したというあの装甲恐竜(アンキロサウロス)を彷彿とさせた。

 

 

甲竜一槌(こうりゅういっつい)!!」

 

 

ホークスの叫びと共に、巨大な岩塊が突撃槍の先端に固定されたままキメラの頭上へと凄まじい速度で振り下ろされた。

 

 

「……ッ!!」

 

 

キメラは咄嗟に両腕を頭上で交差させ、全身の筋肉を限界まで硬直させて防御姿勢をとる。

 

 

落雷のような轟音が鳴り響き、爆風が周囲の岩を吹き飛ばした。

 

 

強大な質量の一撃がキメラの両腕を捉え、その圧倒的な圧力によって彼の巨体を硬い岩盤の地面へと完全に叩き込んだ。

岩が砕け、濛々たる土煙が周囲を覆い尽くす。

 

 

(……やったか!?)

 

 

空中で体勢を立て直したホークスは手応えの強さに確信を抱いた。

 

しかし土煙の奥底で、倒れ伏しているはずのキメラの身体がさらに不気味な音を立てて膨張を始めたのである。

ギチギチと骨が軋み、肉が裂け、新たな器官が形成していく音。

 

 

「……うおおおおおぉぉぉッ!!」

 

 

土煙を吹き飛ばすほどの凄まじい咆哮と共に、キメラが増大するパワーで岩盤を弾き返した。

その圧倒的な反発力に押し負けたホークスは、咄嗟に尾を振って岩盤を放棄し、大きく後方へと跳躍して距離を取った。

 

土煙が晴れた後、そこから立ち上がったのはもはや先ほどの獣人の姿ではなかった。

 

腰からは強靭な爬虫類を思わせる、太く長い尾が生え出ている。

 

狼の頭部。

そこには悪魔のように鋭い二本の角が天を突き刺すように伸びていた。

 

そして腕の筋肉は限界を超えて肥大化し、生え揃った羽は巨大な翼へと変貌を遂げていた。

 

全身の骨格が組み替わり、元のサイズの倍以上にまで膨張したその巨体。

複数の生物の頂点の能力を、一つの肉体に無理やりつなぎ合わせたかのような、完全なる異形。

 

まさに神話に登場する合成獣(キメラ)そのものの姿であった。

 

 

「……これが、俺が化け物と呼ばれるようになった本当の姿だ」

 

 

キメラが喉の奥でマグマを煮詰めたような低い声を響かせる。

 

 

「……どうだ? 今のお前の相手には、十分にふさわしいだろ?」

 

 

その挑発に対し、ホークスは冷や汗を拭うこともなく、赤い鱗の奥で不敵に口角を上げた。

 

 

「……ええ。おかげさまで、ファンの前じゃ絶対に見せられない最高の姿ですよ」

 

 

再び、荒涼とした岩場に死の静寂が降り立つ。

距離を詰める二人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 

キメラが、背後から爬虫類の尾を猛烈な速度で薙ぎ払う。

 

 

「シッ!」

 

 

ホークスもまた、自身の羽で形成された尾を振るい、それを真っ向から迎撃する。

 

尾と尾が激突し、火花が散った。

 

その鍔迫り合いの最中。

ホークスは再び、羽のブーストを利用してキメラの懐へと潜り込み、先ほどダメージを与えた腹部へと拳を叩き込もうと踏み込んだ。

 

だが、その瞬間。

ホークスはキメラの顔面から発せられる異常な熱気を感知し、咄嗟に視線を上へと向けた。

 

キメラの狼の口の奥底で、凄まじいエネルギーの光が収束して白く輝き始めている。

 

 

「怪獣かよ……ッ!」

 

 

ホークスが目を見開いて後退しようとした、次の瞬間。

 

 

爆発するかのように、キメラの口から極太の高熱光線(レーザーブレス)が一直線に放たれた。

 

 

大地をドロドロに溶かし、空気を灼き焦がすような圧倒的な熱量。

至近距離で放たれたその光線を避けることは不可能だと判断したホークスは、即座に前方へ突撃槍を展開し、さらに全身の羽を前面に集中させて防御陣形を構築した。

 

ジリジリと装甲が焼け焦げる音が鳴る。

難羽が仕込んだ耐火コーティングが機能しているとはいえ、これほどまでの継続的かつ超高熱のエネルギーを至近距離で浴び続ければ完全に防ぎ切ることはできない。

 

ホークスは、装甲の隙間から伝わってくる熱によって自身の肩の肉が焼け焦げるような激痛を感じながら、必死にその直撃を耐え凌いでいた。

 

だが、ホークスはただ防戦一方に甘んじて終わるような男ではない。

 

 

「……ナメるなッ!!」

 

 

ホークスは熱線の直撃に耐えながら、自身の右手に握られていたもう一つの武器──剛翼から作り上げた太刀、それを何本も組み合わせた武器を構えていた。

 

何枚もの鋭利な羽を扇状に重ね合わせ、防御と斬撃を両立させた強靭な鉄扇の形。

 

 

剣竜扇舞(けんりゅうせんぶ)……!!」

 

 

ホークスは熱線の軌道を僅かにずらしながら、その巨大な鉄扇をキメラの左頬へと向かって渾身の力で下から上へと振り抜いた。

 

鮮血が舞い散る。

 

幾重にも重ねられた剛翼の刃はキメラの膨張した硬い頬肉を見事に切り裂き、その口を大きく裂くことに成功した。

光線の射出口であった顎の構造を破壊されたことでキメラの放っていた熱線は軌道を失い、四方八方へと無軌道に散らばって霧散した。

 

鉄扇を構え、熱線を防ぎ切ったホークスのその姿。

背中に突撃槍の尾を背負い、巨大な扇状の刃を構えるシルエットは、背中に無数の骨板を並べた恐竜──ステゴサウルスを思わせる。

 

ホークスは焦げ臭い煙を上げながら、強化された羽の脚力を利用して大きく後方へと跳躍してキメラとの距離を開けた。

 

 

「……チッ。やるじゃねえか」

 

 

キメラは自身の裂けた左頬から滴る血を乱暴に拭いながら、不敵にニヤリと笑った。

 

 

「だが……この状況で距離を取るのは、完全な悪手だぜ!!」

 

 

キメラが破壊された左頬の肉を強引に筋肉で塞ぎ、再び口の奥に先ほど以上の莫大なエネルギーを収束させ始めた。

 

距離が開いたことで、光線の回避は難しくなる。

今度の出力は、防御のコーティングすらも完全に焼き尽くすほどの熱量に達しようとしていた。

 

全力を込めた第二射の光線が放たれる。

 

 

白い閃光が、岩場を一直線に削りながらホークスへと迫る。

 

 

しかし、ホークスは迫り来るその圧倒的な死の光線を避けようとしなかった。

そして防御の姿勢をとることもなく。

 

ただ静かに、正面から真っ直ぐに立ち向かうように、姿勢を低く構えた。

 

 

「……下がったのは、逃げるためじゃない」

 

 

ホークスの瞳に必殺の意志が宿る。

 

ホークスの腰と突撃槍を連結し、尾の形をとっていた無数の羽の集まりが一斉に解け、突撃槍の柄の周囲へと高速で集束し始めた。

 

 

「……これをブチ込むための助走だ」

 

 

ホークスは全身の筋肉とすべての羽が生み出す爆発的な推進力を、右手に握った突撃槍の一点へと完全に注ぎ込んだ。

 

 

そして迫り来る光線の中心へと向かって、その巨大な突撃槍を渾身の力で放つ。

 

 

腕竜槍砲(わんりゅうそうほう)!!」

 

 

バズーカ砲から放たれたかのような、爆発的な勢いで空を切り裂いて飛んでいく突撃槍。

 

 

それがキメラの放った極太の光線と、空中のど真ん中で正面衝突した。

 

 

光と金属が激突し、凄まじい衝撃波が周囲の岩場を粉砕する。

突撃槍の装甲が熱線を押しとどめているが両者のエネルギーは完全に拮抗しており、槍が光線を押し切ってキメラに到達するまでには至っていない。

 

 

「……点火!」

 

 

ホークスが右手を強く握り込むと、全身を鎧のように包み込んでいたすべての赤い羽が、一斉に彼の肉体から剥がれ落ちた。

そして空中で拮抗している突撃槍の後方へと向かって、凄まじい速度で群がり、集結していったのである。

 

さながら、首長竜(ブラキオサウルス)のようなシルエットを形成した無数の羽。

それらすべての羽が推進力(ブースター)へと役割を変え、突撃槍の尾部から爆発的なエネルギーを噴射したのだ。

もはや、それは単なる武器の投擲ではない。

 

無数のジェットエンジンを後方に搭載した、完全なる貫通ミサイルへと変貌を遂げたのである。

 

 

「な、に……ッ!?」

 

 

キメラが自身の光線が押し戻されていることに気づき、驚愕の声を上げた。

 

推進力を限界まで注ぎ込まれた突撃槍はついに熱線を完全に引き裂き、その勢いを一点に集中させたまま、無防備となったキメラの分厚い腹部へと深々と突き刺さった。

 

 

「ぐおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

想像を絶する貫通力と運動エネルギーの直撃を受け、キメラの巨体が上空数十メートルの高さへとカチ上げられ、吹き飛ばされた。

激痛に意識を朦朧とさせながらキメラは放物線を描いて空を落下していく。

 

だが、それで終わりではない。

キメラの腹部に突き刺さったまま彼と共に上空へと飛んでいった突撃槍。

そしてその推進力となっていた無数の赤い羽が、空中で一斉に反転した。

 

落下するキメラの肉体を、空中で待ち構えるように展開する突撃槍と赤い羽。

槍の先端と扇状に広がった無数の鋭利な羽が、まるで巨大な肉食恐竜の上顎と下顎を形成するように、キメラの巨体を上下から完全に挟み込む陣形をとった。

 

 

「……これで、ジ・エンドだ」

 

 

地上でそれを見上げるホークスが両手を合わせる。

空中の赤い羽と突撃槍が、凄まじい力で内側へと閉じられた(噛み合わさった)

 

それはまるで地上最強の恐竜王──ティラノサウルスの巨大な顎が空中に顕現し、獲物を完全に噛み砕くかのような、赤き光景であった。

 

 

 

暴君竜(ぼうくんりゅう)砕牙(さいが)!!!」

 

 

 

目を見開き、激痛に絶叫を上げるキメラ。

その巨体を強大な顎が容赦なく噛み砕き、意識を完全に粉砕した。

 

鮮血と赤い羽が空中に舞い散る中、意識を完全に失った獣人の巨体が轟音と共に岩場へと墜落する。

 

砂埃が晴れた後。

すべての羽を使い果たし、元のラフな衣服に戻ったホークスが静かにその場に立ち尽くしていた。

 

彼の息は上がり、全身は汗と熱気で満ちていたが、その瞳には確かな勝利の光が宿っている。

 

 

「……ボス、後は頼みましたよ」

 

 

 

 

 





映画見直しましたが、キメラタフ過ぎないですか?
初見だと死んだと思ってました。
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