バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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この章は説明回になると思います。
文化祭の楽しげなイベント会はぜひ漫画やアニメをご視聴ください。



104話 覚上まどかの個性

 

ムゲンバンダイ本社の最上階に位置する会議室。

机を囲むのはショッカーの幹部達。

 

右腕を凶悪なライフルへと変形させる個性を持つ女、筒美火伊那。

ヒーロー名、レディ・ナガン。

 

飄々とした態度を崩さない現役No.2ヒーロー、鷹見啓悟。

ヒーロー名、ホークス。

 

目元をハーフマスクで隠し、相反する言葉を同時に発する奇癖を持つ男、分倍河原仁。

コードネーム、トゥワイス。

 

そして、かつてツギハギだらけの禍々しい姿であったが、難羽の継続的な培養皮膚移植によってかつての姿を取り戻した青年。

本名、轟燈矢。

俺もコードネームとか考えようかなと最近考えている。

 

しかし今日この場においてボスである難羽の姿はない。

彼は数日後に控えた雄英高校の文化祭で敵と対峙する未来を確認している。

その正体と目的を調査するための作業を行っているからだ。

 

首領が不在の会議室。

 

四人の幹部たちの視線は、彼らの対面に座る三人のゲストへと釘付けになっていた。

幹部たちの誰もが、開いた口が塞がらないという表現がこれほど当てはまる状況はないと実感していた。

 

 

ゲストの一人目は、デヴィッド・シールド。

かつてオールマイトの相棒として名を馳せた世界的頭脳であり、I・アイランドでのテロ事件の共犯者。

 

彼は海外の刑務所に収監され、その後心不全で獄中死したと報道されていた。

それが難羽によるダミーを用いた偽装死と誘拐によるものであると幹部たちは聞いていた。

 

彼にとってはそれほど難しいことではない。

非合法な手段を用いてはいる。

しかし、生きている人間を連れ出しただけだからだ。

 

 

だが、問題は残りの二人である。

 

 

ゲストの二人目。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げている男。

 

佐々木未来。

かつてオールマイトのサイドキックを務めたプロヒーロー。

サー・ナイトアイとして社会にその名を轟かせた男。

 

彼は治崎との凄惨な死闘の末に、確かな死を迎えた。

その訃報は一般的なヒーローの殉職とは比べ物にならないほど大々的に報道された。

 

病院の霊安室に安置され、公的に死亡診断書が発行されたはずの彼が。

血の通った顔色で、生前と何ら変わらぬ生真面目な様子で呼吸をし、椅子に座っていた。

 

完全なる死者蘇生。

難羽の持つ技術が生命の不可逆的な境界線すら完全に踏み越えてしまった事実を、彼らは嫌でも突きつけられていた。

 

そして最も幹部たちを混乱の渦に陥れているのが、三人目のゲストだった。

 

覚上まどかである。

 

超常黎明期の血塗られた時代を駆け抜け、一度は完全に命を落とした英雄。

難羽が最も信頼した相棒。

今の難羽を、自身の死によって完成させてしまった存在である。

 

幹部たちは難羽の過去の断片から、彼に相棒がいたことは知っていた。

 

しかし彼らがアットと呼んでいた、難羽の身の回りの世話を焼く秘書アンドロイドの少女。

それが相棒の魂そのもの(・・・・)を宿していたとは、夢にも思っていなかった。

 

長い孤独の中で精神をすり減らした難羽。

彼が亡き相棒の幻影を機械の体に投影し、プログラムで再現した痛ましい慰めなのだと彼らは解釈していた。

難羽は時折辛そうな表情で見てくる幹部達に首を傾げていたが。

 

だが、現実は彼らの感傷的な推測を軽々と凌駕していた。

 

彼女はプログラムされた人形などではない。

難羽は彼女の肉体を修復し、魂を再起動させた。

 

一人の人間として現世に呼び戻したのだ。

 

彼女は雄英高校の制服の着心地がいたく気に入ったのか、足をブラブラさせながら笑みを浮かべて幹部たちを見つめ返している。

 

沈黙が支配する会議室で、最初にその重い空気を破ったのはホークスだった。

彼は頭を掻きながら、信じられないものを見るような目で覚上を見据えた。

 

 

「えーと、つまり? アットちゃん……じゃなくて、まどかちゃんは、最初から人間で、個性を持っていたっていうことっすか?」

 

 

その問いに対し、覚上は優雅に縦ロールの髪を指で弾きながら、堂々と頷いた。

 

 

「そういうことですわ。私の個性は『変身』。己のイメージを基に、自身の姿を自由に変える力。それが私の武器ですの」

 

 

難羽は完全に死んでいた彼女の肉体を培養して修復した後、彼女の持つ個性因子に対して外部から特定の電気信号を送り込んだ。

 

それは「機械の身体を持つアンドロイド」という精緻な設計図のイメージ。

 

彼女の個性はその信号を受信し、肉体を機械構造のアンドロイドへと物理的に変身させたのだ。

そして機械化した脳に高度な人工知能のシステムを上書きし、秘書としての役割を与えた。

 

難羽にとっての始まり(α)

それを包む()

 

それがアット(@)という存在の真実であった。

 

完全に機械の身体でありながら個性因子が存在するという、あの矛盾した答えを見たラグドール。

そのすべての答えは、この変身という個性によるものだったのだ。

 

 

「……なるほどな。理屈は分かったが」

 

 

腕を組んで聞いていた燈矢が目を細め、怪訝そうに問いかけた。

 

 

「なら前にお前が使ってた、あのオモチャみたいな丸鋸の装置は何だ? 前に持ってただろ」

 

 

燈矢の言葉に、覚上は笑みを浮かべた。

 

 

「これのことですわね?」

 

 

彼女が右手を軽く持ち上げたその瞬間。

突如として見覚えのある派手な装置が姿を現し、彼女の手に握られていた。

 

アルファサーキュラー。

かつてアットの身体の制御を奪い、彼女が英雄の姿を取り戻す際に使用した、変身のための外部インターフェース装置。

 

 

「ディスクを挿入してスイッチを入れる。そうすると個性因子に設計図のイメージが強力な電気信号として直接送られる仕組みになっていますわ。現代で言うところの、スマートフォンの触覚フィードバックに近い原理ですわね」

 

 

装置の仕組みを淡々と解説する覚上。

しかし、対面に座っていたトゥワイスが椅子から身を乗り出して激しく突っ込みを入れた。

 

 

「確かに同じだな! ……いや、全然違うだろ! それより問題はそこじゃねえ、そのオモチャ、今どっから出したんだよ!?」

 

 

トゥワイスの驚愕は尤もであった。

 

彼女の個性は変身である。

自己の肉体の構造を作り変える能力であり、空間を捻じ曲げて別の場所から物体を取り寄せるワープや転送の能力ではないはずだ。

 

しかし、彼女は制服のどこにも隠し持っていなかったはずの巨大な装置を、まるで手品のように空間から出現させたのだ。

 

覚上は自身の手に握られた丸鋸型の装置をクルクルと弄びながら、全く悪びれる様子もなく平然と答えた。

 

 

「簡単なことですわ。私はただ、『この装置を持っていない自分』から、『この装置を手に持っている自分』へと変身のイメージを更新しただけですの」

 

 

その頓知のような、あまりにも無茶苦茶な理論を聞いてホークスは呆れたように肩をすくめた。

 

 

「……それずるくないっすか? っていうか、それってもはや変身じゃなくない?」

 

「能力の拡大解釈は基本ですわ。氷系能力者が時間を凍らせる。回復魔法の過剰使用で攻撃。浄化魔法で相手の血を水に変える。エトセトラエトセトラ……」

 

 

ホークスの指摘を覚上は受け流した。

 

個性の名前は役所への登録や便宜上のラベルに過ぎない。

たとえ現代に彼女と同じ『変身』という名で登録されている個性の持ち主がいたとしても、その力の性質や本質的な出力は彼女のそれとは全く異なるだろう。

 

しかし、その場にいたデヴィッドは彼女の説明を聞いて、学者としての理性が激しいエラー音を鳴らすのを感じていた。

彼はテーブルに身を乗り出して必死な形相で問い質した。

 

 

「待ってくれ! 君の言い分には致命的な矛盾がある。百歩譲って、君がアンドロイドに変身していたのだとしてもだ……いくら外見を変えようと、ベースとなる元の肉体は細胞分裂を繰り返し、確実に老化していくはずだ。君が超常黎明期という何十年も前の時代から生きていたと言うのなら、なぜ今、そんな十代の若々しい姿を保っていられるんだ! おかしいじゃないか!」

 

 

デヴィッドの指摘は真っ当な科学的見地に基づいていた。

 

個性は身体能力の延長である。

使わなければ衰え、使い続ければ肉体に負荷がかかる。彼女が何十年もの間、ずっと変身状態を維持していたのだとすれば、その肉体の内側は確実に老いさらばえ、限界を迎えているはずだ。

 

デヴィッドは難羽が彼女の細胞そのものを遺伝子レベルで改造し、不老不死に近い状態へと作り変えているのだと考えていた。

相棒と共に時間の旅を可能とするために。

 

だが、デヴィッドの問いに対する覚上の答えは、彼の推測を根本から粉砕するものだった。

 

 

「違いますわ。そもそも私に、元の肉体などという

ものは存在しませんの」

 

 

その言葉が放たれた瞬間。

会議室の空気が、一瞬にして凍りついたように静まり返った。

 

 

「……それは、どういうことだ」

 

 

それまで黙って状況を観察していたナガンが、腕を組みながら鋭い声でその真意を問うた。

 

 

「そのままの意味ですわ」

 

 

覚上は躊躇いなく言い放った。

 

 

「私の姿は一度変身を行えば、その形態で細胞レベルから完全に固定されます。細胞の老化も、成長も、変身した姿に依存する……だから、私が元の私に戻りたければ、再び『元の私自身へと変身する』という工程が必要になりますわ」

 

 

それは現代の常識からはかけ離れた、初期世代の個性が持つ特異性であった。

 

世代を経るごとに洗練され、より強力となっていく現代の個性とは異なる。

超常黎明期に発現した個性の多くは弱く、強力な個性は代わりに制約も多かった。

 

変身という個性は、姿を変えるたびに自分自身のオリジナルの肉体構造という帰るべき場所を喪失する。

空想を現実として纏うというまさに夢のような力に与えられた、自己同一性の完全な破壊という重すぎる代償。

 

 

「……簡単に元の姿に戻ってるように見えるが。それも、その丸鋸の装置のおかげってことか?」

 

 

燈矢が装置を顎でしゃくりながら尋ねた。

自身を見失うほどの代償を伴う個性を、機械の補助なしで制御できるはずがないという推測だ。

しかし、覚上は静かに首を横に振ってその推測を否定した。

 

 

「違いますわ。それはただ単に、わたくしがわたくしである(我思う、故に我あり)という事実を疑ったことがないからですわ」

 

 

どれだけ姿形が変わろうとも。

どれだけ長い年月を別の存在として生きようとも。

 

『自分は覚上まどかである』という、鋼鉄よりも硬い強烈な自我。

 

彼女は自身の精神力と強固なアイデンティティのみで、自己の喪失という個性の絶対的な代償を、正面から堂々と踏み倒しているのだ。

 

姿を思い出す必要すらない。

己の存在を強く意識し、肯定するだけで、完全無欠の自分が当たり前のようにこの世界に顕現する。

 

それは超常黎明期という理不尽と死が隣り合わせの狂った時代を己の信念だけを武器に戦い抜いた、本物の姿であった。

可憐な少女の姿から放たれる精神的な威圧感。

幹部達は、ここにいる誰よりも巨大で、決して揺らぐことのない柱のように聳え立っているように感じた。

 

沈黙が会議室を包み込む中。

不意に、覚上があっという小さな声を上げ、両手を打ち合わせた。

 

 

「いけませんわ、すっかり忘れておりました。難羽から、皆様に伝言を受けておりましたの」

 

 

先ほどまでの威圧的な空気を一瞬で霧散させ、彼女は思い出したように明るい声で話し始めた。

 

 

「難羽が言ってましたわ。雄英の文化祭の終わり際に、佐々木とデヴィッドを連れて、会場へと赴くと……オールマイトに直接引き合わせて、佐々木の記憶の復旧と、この状況の説明を行うつもりのようですわね」

 

 

伝言を聞いたデヴィッドは、思わず顔を覆って苦笑を漏らした。

 

文化祭の警備システムを欺き、不審者の侵入を無関係な喧嘩に偽装し、「絶対にトラブルが起こってはならない」と細心の注意を払って工作を仕掛けていた張本人が。

事の終息を見計らって、死んだはずの親友と元サイドキックを連れて平和の象徴の前に堂々と現れようというのだ。

 

 

「あと、轟。あなたも文化祭へ行きなさい」

 

 

突然自身に矛先が向いたことに燈矢はギョッと目を丸くしたが、すぐに深く眉間にシワを寄せ、心底面倒くさそうな声で聞き返した。

 

 

「あァ? なんで俺が、あんなガキどものお遊戯会にわざわざ行かなきゃなんねェんだよ」

 

「難羽が申すには、『いい加減、拗ねてないで弟に会いに行け』とのことですわ」

 

 

弟、轟焦凍。

雄英高校ヒーロー科1年A組に在籍する、燈矢に代わって父親の野望を背負わされた成功作の弟。

その単語を出された瞬間、燈矢の顔から表情が抜け落ち、冷たい炎のような拒絶の光が瞳に宿った。

 

 

「……行かねェ。俺があいつに会う理由なんか、何一つねェよ」

 

 

低い声で吐き捨てるように拒絶した燈矢。

だが、そんな彼の冷たい威嚇を覚上は全く意に介することなく、優雅に立ち上がりながら言い放った。

 

 

「命令ですわ。あなたが嫌だと言っても、わたくしが首根っこ掴んで地面を引きずってでも会場まで連れて行きますわよ」

 

「…………」

 

 

燈矢は反論の言葉を飲み込み、黙り込んだ。

 

彼に姉はいない。

本来であれば、年下の少女の命令など鼻で笑って一蹴するはずだった。

 

しかし、目の前で腕を組むこの少女になぜか逆らうことができない。

傍若無人な嵐を思わせる、実の姉や母親のような圧倒的で理不尽な圧力が放たれていた。

 

蒼炎の青年は、諦めに満ちたため息を吐いた。

 

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