その少年は歴史の教科書にその名を刻まれるような、偉大な人物になるという純粋な志を胸に抱いて生きていた。
名を残すための最も明確で、最も輝かしい手段。
この超人社会において、それはヒーローになることであった。
しかし、彼に与えられた個性と彼自身の身体能力。
そして状況を瞬時に見極める戦術的センスは、残酷なまでにその志とは噛み合っていなかった。
ヒーローを志す者が当然のように通過すべき仮免試験に、彼は四度も落ちた。
周囲の同級生たちが次々と資格を得て輝かしい未来へと羽ばたいていく中、彼は一人だけ留年を繰り返す。
ついには通っていた高校の教師から自主退学を遠回しに、しかし明確に勧められるほどの完全な落第生へと成り下がっていた。
それでも彼は、己の理想を諦めきれなかった。
そして、彼が十八歳になったある日のこと。
街を歩いていた彼の視界に、高層ビルの窓拭き用ゴンドラからバランスを崩し、今にも転落しかけている清掃作業員の姿が飛び込んできた。
学生時代から華々しい逸話を残しているトップヒーローたちの多くは、当時のインタビューでこう口を揃える。
『考えるより先に、体が勝手に動いていた』
彼もまた、そのヒーローたちの逸話と同じように考えるより先に体が動き、己の個性を発動させていた。
しかし、あの輝かしい逸話の数々は、あくまで成功した者たちだけに語ることを許された生存バイアスの結果でしかない。
実力が伴わない者の無軌道な行動。
それが現実世界でどのような悲劇を招くかという真理を、彼は全く理解していなかった。
彼が放った個性は清掃員を助けるどころか、的確な救助活動に入ろうとしていたプロヒーローの軌道を完全に妨害してしまった。
その結果。
弾き飛ばされたヒーローの手は届かず、清掃員は高所から転落して意識不明の重傷を負う。
彼自身は公務執行妨害の現行犯として警察に逮捕されるという、最悪の結末を迎えた。
良かれと思った行動が、他者の人生を狂わせた。
その事件を重く見た高校からは正式に退学処分を下され、世間やメディアからは「無能な目立ちたがり屋がヒーローの邪魔をした」と苛烈な誹謗中傷を浴びせられた。
彼の無思慮な行動は、家族の人生をも完全に破壊した。
マスコミの追求と世間の冷たい目に耐えきれなくなった家庭は音を立てて崩壊し、彼は激怒した両親から勘当され、家から文字通り放り出されてしまった。
それから数年の月日が流れた。
男は二十二歳となっていた。
ヒーローとしての栄光の道は完全に閉ざされ、その日暮らしのフリーターとして泥水をすするように生きている。
そんなある日、彼は街角でかつての同級生と再会した。
その同級生はすでに立派なプロヒーローとして社会で活躍し、確かな地位と名声を手に入れていた。
男は微かな懐かしさを抱いて声をかけた。
しかし、返ってきたのは、彼という存在を忘却の彼方へと追いやってしまった「誰?」という反応であった。
プロヒーローとなった彼にとって、落第生の男は記憶に留める価値すらない、その他大勢の一人でしかなかったのだ。
その事実を突きつけられた瞬間。
男は自分という存在がこの世界から完全に消え去っているという、圧倒的な虚無と絶望を悟った。
どれだけ足掻いても、誰も自分を覚えていない。
自分が生きたという証が、この世界のどこにも残っていない。
彼は、かつての純粋な夢を思い出した。
歴史に名を残す。
その執念だけが、空っぽになった彼の心の中で黒黒と燃え上がった。
ベクトルが反転する。
光の当たる「上」ではなく、社会の裏側である「下」へと向かって。
どんな手段を使っても、どんな形であれ、歴史に自分の名を刻み込んでやる。
彼は暗い部屋の中で、己の魂を悪魔に売り渡すような誓いを立てた。
そして、高校時代に必死に学んだものの役に立たなかった犯罪学や戦術論の知識を活かし、動画サイトを通じて社会に独自のメッセージを発信し、犯罪を通して歴史に名を残そうとする義賊の男──ジェントル・クリミナルが誕生したのである。
果てしなく深い意識の海に沈んでいた感覚が、ゆっくりと現実世界へと浮上してくる。
研究室の中央に聳え立つ大樹。
その大樹の幹から伸びる無数の黒いケーブルと接続された特殊なインターフェイスを自身の顔から取り外し、難羽は深く、重いため息と共に椅子から立ち上がった。
飛田弾柔郎という男が、どのような絶望と転落を経て現在へと至ったのか。
そして、一ヶ月後に控えた雄英高校の文化祭に対し、どのような身勝手な想いを抱いて襲撃を企てているのか。
その全貌を把握した難羽の瞳には、一切の同情を交えない感情が宿っていた。
「殺…………」
難羽の口から物騒な単語が漏れかけたが、彼はすぐに口を閉ざした。
追体験を通して見た彼の記憶と行動原理は、難羽からすればどこまでも自分勝手で、承認欲求を拗らせただけのありふれたものでしかなかった。
しかし、だからといって絶対に殺さなくてはならない害獣であるかと言われれば、そこまでの純粋な悪意や殺傷能力を彼自身は持ち合わせていない。
難羽が殺すまでもない存在である。
ただし、結果として子供の思い出を破壊しようとしていることに腹が立たないわけではないが。
「…………」
難羽は無言のまま腕を組んだ。
彼の意識はその男よりも、追体験した彼の最近の記憶の中に常に寄り添っていた「もう一人」の存在の方へと強く向けられていた。
文化祭の開催まで数日と迫った、夕暮れの雄英高校。
オレンジ色の西日が差し込む広々とした教室では、A組の生徒たちが当日披露するための「Aバンド」とダンス、そして演出の合同練習に汗を流していた。
その熱気に包まれた教室の入り口に、教師としての姿で難羽が姿を現した。
そして、彼の一歩後ろ。
そこには一人の見知らぬ女子生徒──覚上まどかが、興味津々な様子で教室内を覗き込んでいた。
難羽が彼女をわざわざこのタイミングで生徒たちに引き合わせたのには理由がある。
本来の肉体と精神を取り戻した彼女は、超常黎明期の血で血を洗う戦場を駆け抜けた暴れん坊の女王である。
文化祭というお祭り騒ぎの最中に誰も監視できない状態で放置しておけば、当日のイベントやステージに面白半分で乱入するという大暴挙を起こすことは火を見るより明らかだったのだ。
それを未然に防ぐため、当日に見知らぬ生徒が敷地内に紛れ込んでいると生徒たちが騒ぎ立て、警備システムが作動するのを防ぐため。
あらかじめ「関係者」としてA組の生徒たちに顔を合わせておく必要があったのだ。
当然、部外者である彼女を学校の敷地内に自由に出入りさせることについて、難羽は事前に根津校長に許可を取りに行っていた。
『……戸籍すら曖昧な人間をこの厳戒態勢の文化祭に生徒として潜り込ませるなど、許可できるはずがないでしょう』
校長室で紅茶を飲みながら、根津は当然の如く難羽の提案を渋った。
しかし、難羽は一切の表情を変えることない。
『今更何を言っている。彼女はアットという秘書AIとして侵入済み。事後承諾のようなものだ……それに、治崎の事件で保護された少女も、文化祭には特別に参加する予定なのだろう? 子供が一人増えるか二人増えるかの違いでしかない』
『……彼女の精神年齢はともかく、肉体はどう見ても高校生ですがね……それから常に私を盗聴・監視するのは、教育者としていかがなものかと思いますよ』
(……精神年齢を考えるとババア扱いでいいのだろうか)
根津は呆れたように肩をすくめ、難羽の常軌を逸した行動力に文句を言った。
根津からしても、難羽という男は扱いが難しい厄介な存在であった。
彼の圧倒的な知能で分析すれば、難羽の行動の目的が最終的には善のため、守るために向かっていることは理解できる。
彼は善人の範疇にいる。
しかし、その目的を達成するための手段は合理的な最短を選ぶ。
現代の法律や倫理観といったハードルを、まるで陸上競技の走り幅跳びの助走のように軽々と飛び越えてしまうのだ。
その姿勢を見るたびに、根津は密かに戦慄を覚えてしまう。
彼によって雄英高校が救われ、オールマイトは彼に助けられ、あの夜、神野に向かおうとした生徒を止めることにも成功している。
彼の行為はまともではないが、彼の善意に雄英は依存している。
彼の正体、そして悪意を見つけたとして、彼に立ち向かう理由をヒーローは見つけられるのだろうか。
違法な善にヒーローは戦えるのか、根津は恐怖してしまう。
それでも事前に筋を通すために許可を取りに来るあたり、彼なりに社会のルールに歩み寄ろうとする真面目さはあるのだろう。
根津は難羽の評価に対する最終的な結論を先延ばしにし、渋々ながら覚上の文化祭参加を黙認したのである。
なお、当日。
覚上は他学年の有志で行われていた雄英ミスコンテストのステージに完全な飛び入りで乱入。
難羽は根津に対して深々と頭を下げる事態となった。
「……というわけで、文化祭当日に私が引率する見学者の、覚上だ」
教壇の横に立った難羽は、適当な設定で彼女をA組の生徒たちに紹介した。
アンドロイドであるアットのプロトタイプを連れてきたと。
ある意味間違ってはいないが、人間であるという根本的な部分はがっつり誤魔化している。
当たり前だが、緑谷をはじめとするA組の生徒たちは信じられないものを見るような目で教壇に立つ深紅の髪の少女を見つめていた。
彼女の滑らかな肌の質感、豊かな表情の変化、そして何より、教室内を興味深そうに見回すその生命力に溢れた瞳の輝き。
それが人工的に作られたプログラムで動く機械だとは、到底信じられなかったのだ。
アットの時と同じ反応だが、今回の場合は普通に人間なので嘘である。
そんな生徒たちの困惑をよそに、一人だけ全く別のベクトルの疑問を抱き、鋭い視線を送っている小柄な男子生徒がいた。
峰田実である。
彼は、難羽の授業の補助として度々教室に姿を見せていたアットのプロポーションを完全に、そして正確に記憶していた。
「……おいおい難羽先生よォ」
峰田は口元を歪めながら、不躾な視線で覚上まどかの制服の胸元をじっと凝視した。
「アットのプロトタイプとか言ってるけどよ。どう見てもあのアットの時より、胸のサイズが二回りくらい『でかく』なってるじゃねえか……先生、本当は自分好みのエロいボディを作って遊んでるだけなんじゃねえのか?」
その直球すぎるセクハラ発言に、教室内の女子生徒たちが一斉に冷ややかな目を峰田に向けた。
だが、当の本人である覚上がその豊かな胸を反らせて堂々と、そして誇らしげに言い放った。
「失礼ですわね! むしろアットのおっぱいは、わたくし本来のサイズからダウンさせていたのですわよ!」
「はぁ!?」
峰田が素っ頓狂な声を上げる。
「 アットの基本人格プログラムは、元々男性ベースで作られていましたわ。そしてわたくしと同じ肉体モデルにそのまま流し込もうとした際、アットから『恥ずかしいのでもう少しサイズ変更できませんか』という強い要望とエラーが出て拒否られたのですわ!」
「あのアンドロイド……元は、男……!?」
頭に特大の雷が落ちたような絶望的な衝撃を受け、峰田は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
これまでの難羽の授業で密かにアットの清楚なメイド服姿に心を躍らせていた己の煩悩が、システム上の男の恥じらいによって調整されていたという事実。
彼の青春の1ページが、音を立てて崩れ去った瞬間だった。
そして、その崩れた残骸を基に
そんな峰田を完全に無視して。
教室の端で八百万が首を傾げ、顎に手を当てて深く思考を巡らせていた。
「プロトタイプのアンドロイド……不思議ですわね」
八百万の黒い瞳が、覚上の顔立ちをじっと観察する。
「わたくし、どこかの企業の主催するパーティーか何かで、彼女と同じ顔立ちをされた方をお見かけしたような記憶があるのですけれど……」
八百万は幼い頃から上流階級の社交界に顔を出しており、政財界の要人やその家族の顔を多数記憶している。
彼女のその既視感は、決して気のせいなどではなかった。
ただ、少しだけ事実と年代がずれていたのだ。
覚上まどかは、確かに巨大企業を経営する祖父の孫に当たる。
しかし、それは現代から半世紀以上も遡る超常黎明期の時代の話である。
彼女の祖父の企業は血で血を洗うその混沌とした時代の中で物理的に解体され、すでに歴史の闇へと消え去っている。
八百万がその顔を見た記憶があるとするならば、それは現代のパーティー会場ではなく、彼女の実家の広大な書庫か、あるいはネット上の古い経済の歴史記事に掲載されていた、超常黎明期の企業家の記録写真に写り込んでいた、当時の彼女の姿を見たからに他ならない。
難羽は彼女の記憶力が余計な詮索に繋がる前に、軽く咳払いをして話を強引に本題へと切り替えた。
「……私の趣味の時間はどうでもいい。今日ここへ来たのは、お前たちが当日使用する機材と道具類の最終チェックを行うためだ」
難羽の本来の目的は、ジェントル・クリミナルの調査結果の整理と、このA組の準備状況の安全確認であった。
少し前、彼は緑谷が青山を宙に吊り上げ、彼を人間ミラーボールとして活用しようとしている演出のテスト風景を見ている。
そこでそのロープを確認した際に、予備がないことに気付いた。
緑谷の今のパワーならば青山を吊るす程度問題ないだろうが、練習を繰り返せばロープは劣化する。
そもそも市販の普通に売っているロープの多くは人体を吊るして移動させるものではない。
そこで難羽はロープの予備を持ってきたのだ。
難羽特製である。
青山の身体への食い込みを抑えつつ、安全性や耐久性は比較にならないほどだ。
緑谷がチェーンハンマーのように青山を振り回しても千切れることはないだろう。
難羽がそうして実務的な安全確認と指導を行っている間。
教壇の横に取り残されていた覚上は、A組の生徒たちが互いに笑い合い、時に意見をぶつけ合いながら練習している光景を見ていた。
一つの文化祭という目標に向かって青春を謳歌している姿が、彼女の瞳にひどく眩しく映っていた。
彼女は、彼らのような平穏な学生生活を最後まで送ることができなかった。
彼女の通うはずだった学校は暴徒によって破壊された。
彼女自身も青春の入り口に立つ前に、自らの命を投げ打って戦場へと散っていったのだ。
だからこそ、こうして自分と同年代の若者たちが当たり前のように学校に通い、平和な悩みを抱えながら笑い合っている空間に身を置けたこと。
それが彼女にとっては何よりも嬉しく、胸の奥が熱くなるような奇跡であった。
「……皆様、練習お疲れ様ですわ!」
覚上は両手に抱えていた大きな保冷ボックスを教卓の上に置き、パカッと蓋を開けた。
「わたくしから、皆様へのささやかな差し入れですわ。……甘いものを食べて、少し休憩にしませんこと?」
彼女の言葉に練習で疲れ切っていた生徒たちが一斉に群がってきた。
そして、ボックスの中身を見た瞬間、全員から驚きの声が上がる。
そこに入っていたのは市販の菓子などではない。
一つ一つが極めて精巧に、そして芸術的なまでに手の込んだ、手作りのドーナツであった。
それはアットが収集・保存していたA組生徒全員の味覚の好みと特徴のデータを基に作られた、一人一人のための特注品だったのだ。
緑谷に手渡されたのは、彼のヒーロースーツを思わせる鮮やかな緑色のチョコレートでコーティングされ、中には濃厚なメロンクリームがたっぷりと詰まったドーナツだった。
表面には彼が身につけているグローブの形をした小さな飾りが、食べられる素材で精巧に作られて乗っている。
「うわぁ……! これ、僕のスーツのデザインだ……! すごい!」
麗日には、彼女の個性を象徴するような、ふんわりとした桜色の苺味のフレンチクルーラーが渡された。
その上には、彼女の指先にある肉球のような五つの丸いピンク色の飾りが可愛らしく配置されている。
爆豪の前に置かれたのは、甘いものが苦手な彼のために作られた、まるでカレーパンのようなゴツゴツとした揚げドーナツだ。
中には激辛のペーストが詰め込まれており、表面にはさらにスパイシーな赤いソースがかかっている。
「……悪くねェ」と、爆豪も文句を言わずにそれを受け取った。
生徒たちはそれぞれの個性と好みに合わせた特製ドーナツのクオリティと味に舌鼓を打ち、教室内は一気に和やかなお茶会の空気へと包まれた。
「美味しい! まどかちゃん、これ全部一人で作ったの!? 天才じゃん!」
覚上は彼らの笑顔を見て、まるで自分のことのように嬉しそうに微笑んでいた。
だが、生徒たちにドーナツが行き渡った後。
保冷ボックスのケースの底には、まだ一つだけドーナツが残されていた。
それは他の生徒たちのものとは少し毛色の違う、ひどく大人びたデザインのドーナツであった。
ベースとなっているのは、ほろ苦いビターチョコレートが練り込まれた深い茶色の生地。
その上から、鮮血のように真っ赤な苺のチョコレートがたっぷりとコーティングされている。
そしてその表面には金箔で作られた細工と、銀色のアラザンが対比するように美しく散りばめられていた。
「あれ? まどかちゃん、その最後の一つは誰の分?」
上鳴が不思議そうに尋ねる。
「デザイン的に……誰のモチーフなのかよくわかんねえな」
生徒たちが首を傾げて推測を巡らせる中、覚上はその残った一つを両手で大切そうに持ち上げ、満面の笑みで答えた。
「ああ、これはわたくし自身の分ですわ! 皆様と一緒に、わたくしもいただきますの!」
そう言って彼女はそのドーナツを小さくかじり、幸せそうに目を細めた。
同年代の生徒たちと一緒におやつを食べる。
それは、彼女がかつての時代で決して叶えることのできなかった、ささやかでいじらしい青春の1ページを取り戻すための純粋な願いの現れであった。
しかし。
ニコニコとその様子を眺めていたA組の生徒たちの中で、数名が妙なことに気付き始めていた。
覚上は「一緒に食べるのが楽しいという様子でドーナツをかじっているのだが。
彼女の視線はドーナツの味や生徒たちの会話に向けられているのではなく、教室の入り口付近で道具類の点検を行っている難羽の背中と、そして女子生徒たちの顔を、交互にチラチラと、意味深な流し目で見比べているのだ。
その視線の意味を、峰田の鋭い洞察力が瞬時に解読した。
峰田の視界の中で、情報が結びついていく。
覚上の深紅の髪と、爛々と輝く金色の瞳。
そして難羽の茶色の髪と、冷徹に光る銀色の瞳。
彼女が大事そうに食べているドーナツのデザイン。
真っ赤なチョコレートのコーティングが施された、深い茶色の生地。
そこに散りばめられた、金色と銀色の二色の飾り。
それは彼女自身のモチーフではない。
『難羽と覚上が完全に融合し、一つになっている状態』を表現した、極めて情念の深いデザインだったのだ。
「…………」
峰田は震える手で自身の口を覆った。
彼女がわざわざその意味深なデザインのドーナツを生徒たちの前で見せびらかすように食べ、そして難羽の方をチラチラと見ていた理由。
それは青春のお茶会などではない。
『この男は、私のものだから。泥棒猫のように近寄るんじゃありませんわよ』という。
雄英の女子生徒たちに向けた圧倒的な独占欲とマウントに満ちた、牽制の儀式だったのだ。
「……やっぱ、あのアットのプロトタイプで合ってるわ……」
女は元々悪魔のような本性を隠し持っている。
グレープ風味のチョコでコーティングされたポンデリング風のドーナツを食べながら、彼はそれを改めて理解した。
アルティメットオイラ!
ジェントルに関する話はこの章の番外編でまとめてやります。