バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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110話 難羽の次の解(No.2)

 

 

「ヒャッハーですわ!」

 

 

荒廃した市街地の瓦礫を縫うように走る車内から、まるで世紀末の略奪者のような野卑な雄叫びが響き渡った。

 

しかし、身を乗り出して風を浴びる少女。

先ほどの雄叫びの発生源である覚上の目に宿っているのは、他者を蹂躙する暗い欲望ではない。

救済であり、弱者を踏みにじる悪への苛烈な怒りだった。

 

彼女と出会ってから三年。

 

難羽は自らの手で魔改造を施した装甲キャンピングカーのハンドルを握り、アクセルを踏み込んでいた。

排気音を轟かせ、制限速度も車線も無視して爆走している。

 

法的には完全にアウトだが、そもそも世界は崩壊している。

彼らの行いを咎める法の番人などとうの昔に消え失せていた。

 

小学6年生と中学3年生の見た目のコンビが駆ける姿など世紀末くらいでしか見られないだろう。

 

 

「右前方、三時の方向だ! 囲まれてるぞ!」

 

 

難羽が叫ぶと同時、窓から身を乗り出していた覚上の視線が路地裏でリンチを受けている一般人の姿を捉えた。

 

彼らを囲むのは、異形型の異能を持つ三人組の男たちだった。

 

獲物を発見したキャンピングカーは猛スピードで彼らに肉薄する。

 

難羽がコンソールのスイッチを弾くと、走行中にも関わらず車の側面パーツが展開。

太い油圧式の機械アームが左右に勢いよく伸びた。

アームの先端がアスファルトを粉砕しながら地面に深々と突き刺さる。

 

車体はその圧倒的な運動エネルギーを強引に殺して、三人の男たちの目の前で急停車を果たした。

 

土煙が舞う中、覚上が車のルーフへと軽やかに飛び乗る。

 

 

「胸糞悪りぃですわ! お前らみたいな粗大ゴミは、さっさとゴミ箱に帰りなさい!」

 

 

お嬢様言葉とチンピラ特有の粗暴さが入り混じった、彼女特有の口の悪い挑発。

 

しかし、略奪に慣れきった異能持ちの男たちは、ひるむことなく即座に反撃に出た。

彼らはこの手の正義ぶった邪魔者の対処に慣れた、熟練のクズだった。

 

男の一人が両腕を天に掲げると、その腕が瞬時に巨大な岩の塊へと変貌する。

 

そしてルーフに立つ覚上の頭上から、質量を持った巨大な岩石が容赦なく落下した。

 

轟音。

 

キャンピングカーのルーフが軋み、覚上の小さな身体は完全に岩石の下敷きとなってその姿が見えなくなる。

 

 

「なんだ、口だけのガキかよ」

 

 

チンピラたちが下劣な笑みを浮かべ、再び一般人に標的を戻そうとした。

 

 

 

「超力招来!」

 

 

 

押し潰されたはずの岩石の下から、力強い少女の声が響いた。

直後、男たちの耳に電子音声のような重厚な起動音が轟く。

 

 

 

『クエイク・サンダー・イン・フェルノシャーク! ……カタストロフ!』

 

 

 

天が裂けたかのような眩い落雷が、一直線に岩石へと直撃した。

 

閃光と衝撃波が弾け、巨大な岩が内側から爆散する。

 

粉々になった破片が降り注ぎ、もうもうと立ち込める土煙。

 

 

その中から、変貌を遂げた覚上がゆっくりと姿を現した。

 

 

ベースとなるのは、輝く銀色に青いラインが走る流線型のボディースーツ。

 

両腕には岩石を模したかのような、無骨で頑強なガントレットが装着されている。

 

足元のブーツはまるで灼熱の炎が揺らめくような赤い装甲で覆われ、一歩踏み出すごとに微かな熱気を放っていた。

 

頭部には青い飛行帽をベースにしたような特製のヘルメット。

そこから天に向かって伸びる二本のアンテナは、まるで鬼の角のようにも、天の怒りを受信するための避雷針のようにも見えた。

 

首元に巻かれた鮮やかな黄色のマフラーが爆風を受けてヒロイックにはためく。

 

彼女の右手には、力の源泉である丸鋸型の変身兼武装デバイス『アルファサーキュラー』が鈍い光を放ちながら握られていた。

 

 

難羽が自身の技術の粋を集めて組み上げた、彼女専用の力だ。

 

 

そのあまりにも異質で、完成された戦士の姿を前に、チンピラたちの顔から笑みが消え失せた。

本能があれは自分たちが束になっても敵わない厄介な相手だと警鐘を鳴らしている。

 

彼らは顔を見合わせると標的を放り出し、一目散に逃走を開始した。

 

 

「逃しませんわ!」

 

 

変身した覚上が炎を纏うブーツでルーフから飛び降り、力強く地面を踏みつける。

 

瞬間、大地が悲鳴を上げた。

 

彼女の足元から局地的な地割れが走る。

逃げ出したチンピラたちの進行方向のアスファルトがすり鉢状に陥没していく。

 

 

「うわっ!?」

 

 

足元を掬われた男たちは深い穴にはまり込み、もんどり打って顔面を瓦礫に強打した。

 

逃げ道を絶たれたと悟った男たちは半狂乱になって振り返る。

指先から鋭い石の礫を機関銃のように発射し、あるいは口から高熱の炎を噴射して、覚上の接近を阻もうとする。

 

しかしこの形態に変身した覚上にとって、彼らの攻撃はあまりにも無力だった。

彼女の射程は逃げ惑う彼らの想像を遥かに超えている。

 

ヘルメットから伸びる二本のアンテナの間に青白い電流がバチバチと弾け、膨大なエネルギーが急速に圧縮されていく。

 

 

「イナズマ!!」

 

 

覚上が腕を振り下ろす。

アンテナから解き放たれた極太の雷撃が這い寄るように空間を駆け抜け、男たちへと直撃した。

 

 

「ギ、アァァァッ!」

 

 

悪い事をした者たちへ、文字通り天からの雷が落ちた。

 

高圧電流に全身を焼かれたチンピラたちは白目を剥いて痙攣し、そのまま泡を吹いて気絶した。

 

 

 

静寂が戻った路地裏に、運転席から降りてきた難羽が歩み寄る。

彼は気絶した男たちの首筋に冷徹な手つきで触れ、脈があること──殺してはいないこと─を確認すると、短く息を吐いた。

 

背後にあるキャンピングカーの側面装甲には、この混沌とした世界にヒーローが到来したことを知らしめるかのように、彼女のヒーローネームである『ULTRA(ウルト))』の文字がペンキでデカデカと、そして誇らしげに描かれていた。

 

これが、あの絶望の路地裏で彼女に救い出されてから三年を経た、難羽の「今」だった。

 

本物のヒーローたる彼女の隣で、技術と後方支援を担うサイドキック。

それが彼の居場所になっていた。

 

難羽が自身の宿命やこの狂った世界の行く末について深く思い悩んでしまうことに対し、彼女は一切の迷いを持たなかった。

 

どこまでも雑で、どこまでも自由で、そして、どこまでも優しかった。

 

彼らは一つの街に留まって強固な防衛線を敷くようなことはしなかった。

 

キャンピングカーを住処とし、全国の荒廃した街から街へと巡るノマドの生活。

 

それは困っている人々を直接助けるためでもあったが、最大の目的は「この世界にはまだヒーローがいる」という事実を広く知らしめることにあった。

 

この血塗られた時代において、単純な物資の援助や武力による救援はもちろん不可欠だ。

 

だが、それ以上に重要だったのは、人々の心に希望の形を見せることだった。

 

悪い奴が現れれば、ヒーローが必ずやって来てやっつけてくれる。

法や国家が人を守らないのなら、我々が個人の意志で弱者を守り抜く。

絶望に支配された人々に、明日を生きるための未来の保障を提示すること。

 

それこそが彼女の戦う理由だった。

 

 

覚上まどかという光の活躍は、確実に人々の心を救済していった。

 

それは単に救われた者が涙を流して感謝するだけにとどまらない。

彼女の決して折れない背中を見た者たちの中から、自分もあのようにありたいと、希望を胸に新たな悪に立ち向かう者たちが現れ始めたのだ。

 

後の時代においてヒーローと呼ばれる職業、あるいは概念の原型となる者たちが、彼女が蒔いた種から確実に芽吹き始めていた。

 

 

平和の象徴。

 

 

彼女は間違いなく世界を照らす光だった。

 

そして何より、絶望の泥沼で死に焦がれていた難羽自身の心を深く救い上げていた。

 

この三年間。

助手席から彼女の横顔を見つめ、共に数え切れないほどの戦いをくぐり抜ける中で、彼は諦めないことの尊さを再び学び始めていた。

 

彼女は決して頭が良いわけではない。

難羽が組み上げる兵装の複雑な理論など一つも理解していないし、作戦会議でも直感だけで動くことが多々あった。

 

それでも、彼女は自分なりの正義に悩むことがない。

悪は倒し、弱きは助ける。

その単純明快で、ある意味では独善的とも言える信念を、彼女はどんな逆境にあっても決して曲げようとはしなかった。

 

だからこそ、難羽は救われたのだ。

彼のように複雑な論理と終わりのない輪廻の中で幾度も心が折れ、無限の選択肢の中で迷い続けるような暗さは彼女には一切ない。

 

彼女の隣にいる時だけ、難羽は自分がただの一人の人間に戻れたような気がして、深く落ち着くことができた。

 

 

 

 

最近の彼女は難羽のことを見つめる時にどこか熱を帯びた、変な目で見てくることが増えたような気がしてならないが。

特に着替えの時に。

思春期の彼女が異性が気にしてしまうことは、仕方のないことではあるのだが。

 

 

 

 

 

しかし。

ヒーローの名が全国に轟き、希望の光が強くなるということ。

それはそこに生じる影もまた、より色濃くなることを意味している。

 

光を目障りに思う、最大の暗黒が動き出すのも必然であった。

 

中国へ渡り、決死の囮となって時間を稼いでいたブルースたちレジスタンスの残党が全滅したという報せが入った。

 

そして、それに呼応するかのように。

 

 

彼が、この国に戻ってきた。

 

 

他者の個性を奪い、与え、世界を自らの箱庭にしようとする最悪の化け物、オールフォーワンが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難羽はアクセルペダルを床が抜けるほど踏み込み、キャンピングカーのエンジンを限界まで回転させていた。

 

血の気が引き、視界が狭まる。

心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っていた。

 

 

数時間前、離れた街で資材や食料の調達を行っていた難羽の通信機に、彼女から連絡が入ったのだ。

 

 

今日は親切な町の住人に声をかけられ、温かい寝床を貸してもらっている、と嬉しそうな声だった。

だが、その声は唐突に緊迫したものに変わった。

 

 

『難羽! なんか、すごくやばそうな奴が現れたみたいですわ!』

 

「やばそう……特徴は?」

 

『白髪で、目が……すごく怖い男ですわ。それに、周りの空気が……』

 

 

そこで通信は無慈悲なノイズと共に完全に途絶えた。

 

何度呼びかけても、応答はない。

 

嫌な予感が、冷たい蛇のように全身を這い回る。

 

彼女が最後に口にした特徴。

 

 

オールフォーワン。

なぜ、よりにもよって彼女のいる町に。

 

いや、希望の象徴となりつつある彼女を、あの男が見逃すはずがなかったのだ。

 

 

「頼む、無事でいてくれ……!」

 

 

祈るような思いでハンドルを切る。

タイヤを軋ませながら、彼女が滞在しているはずの町へと急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、遠方に黒い煙の柱が何本も立ち上っているのが見えた。

 

 

「あ、あ……」

 

 

町の入り口でキャンピングカーを急停車させ、難羽は転がるようにして運転席から飛び出した。

 

 

視界に飛び込んできたのは一面の焼け野原だった。

 

 

かつて平穏な生活が営まれていたはずの家屋はひしゃげ、黒焦げの残骸と化している。

 

だが、町の住人たちの遺体は見当たらなかった。

 

炎から逃れ、安全な高台へと避難している彼らの姿が遠くに見える。

保存していた食料や家屋はすべて灰燼に帰しただろうが、命さえあれば、彼らはまた一からやり直すことができる。

 

そうだ。

彼らの命は、守られたのだ。

 

 

 

誰に? 

 

 

 

難羽の足が、瓦礫の山の中腹でピタリと止まった。

 

 

 

「……まどかァ!!!」

 

 

 

喉が裂けるような悲痛な絶叫が、黒煙の舞う空に吸い込まれた。

 

 

そこには、彼女が倒れていた。

 

 

銀色のスーツは見る影もなくひび割れ、熱によって溶け落ちている。

彼女の身体は、常軌を逸した圧倒的な力によって徹底的に破壊されていた。

 

顔の半分は高熱によって痛々しく焼け爛れ。

敵の猛攻を防ごうとしたのだろう左腕は、肘の先がない。

おびただしい量の血が、彼女の小さな身体の下で赤黒い水たまりを作っていた。

 

 

命の残骸がそこにあった。

 

 

彼女は自身の命を完全に賭して、守りきった。

背後にいる町の住人たちを逃がすために、あの絶望的な化け物を前にして一歩も退かずに戦い抜いたのだ。

 

それは彼女の正義。

本物のヒーローたる証明だった。

 

だがそんな崇高な証明など、今の難羽には何の意味も持たなかった。

 

膝から崩れ落ち、血に染まった彼女の冷たい身体を抱き寄せる。

 

軽い。

あまりにも軽すぎる。

 

この小さな、まだ大人にもなっていない少女の身体で、彼女はどれだけの重圧を背負い、どれだけの痛みに耐えて、人々を守り抜いたというのか。

 

 

 

 

大人であるはずの自分は、一体何をやっていた? 

 

難羽は震える手で彼女の焦げた頬を撫でた。

 

分かっていたのだ。

自分は彼女に縋っていた。

依存していたのだと。

 

彼女を無敵のヒーローとして祭り上げ、安全な後方からサポートするという名目で彼女の背中に隠れていた。

 

彼女がまだ、本当は誰かに守られるべき小さな少女であるという事実から目を背けていたのだ。

自分の精神を安定させるための、都合の良い「象徴」として消費していた。

 

 

「なぜ……なぜ、君が死ななければならないんだ……!」

 

 

ヒーローは己を犠牲にして人々を救う。

歴史上、それは尊い自己犠牲として美談で語られてきた。

 

ふざけるな。

 

そんな心優しく、真っ直ぐな人間こそが、誰よりも幸せに、平和に生きていける世界でなければならないはずだ。

 

生きるべき、未来を歩むべき人間が無残に死に。

自分のような旧時代の残り滓が生き長らえている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血塗れの彼女を抱きしめたまま。

涙が枯れ、喉が枯れるまで。

瓦礫の街で泣き叫び続けた。

 

 

灰色の空から冷たい雨が降り始めた。

 

雨が炎を鎮め、彼女の身体から血の汚れを洗い流していく中。

 

 

 

難羽は決意した。

 

 

自分は、ヒーローにはなれない。

 

 

彼女のように無償の愛で人々を救い、光となって世界を照らすことなど、決してできない。

 

 

それでも。

 

 

「ヒーローが……傷つき、戦わなければならない世界など、あってはならない」

 

 

彼女のような存在がその身を犠牲にして悪と戦わなければならない理不尽。

 

 

ならば、どうすればいい? 

 

 

答えは簡単だ。

 

 

悪の敵になる。

 

 

ヒーローが手を汚す前に、ヒーローが命を懸ける前に。

ヒーローを脅かす一切の敵を、この世から根絶やしにする。

 

 

「……まどか」

 

 

冷たくなった彼女の耳元で、難羽は呪いのように囁いた。

 

彼女の愛した世界を守る。

違う。

 

彼女の命がこの世界に戻るのは確定事項だ。

 

ただしその時にはもう、君が血を流して戦うようなヒーローの敵は一人も残っていない。

 

 

君がただ笑って、美味しいものを食べて、他愛もないことで怒って。

 

 

そんな平らで、退屈で、穏やかな社会を私が作ってみせる。

真のヒーローに与られるべき報酬とはつまり、平和なのだから。

 

 

雨に打たれながら立ち上がった少年の瞳には一切の迷いはなかった。

 

 

己の想いを狂気とするなら笑え。

 

 

ヒーローを救う(守る)のだ。

 

 

それが、難羽の2回目の始まりだった。

 

 





ゴールデンウィークなのになぜこんな酷いことに……。
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