バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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112話 個性の終末

 

 

「改造人間……!?」

 

 

難羽の真の目的を聞いた彼らは息を呑み、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、改造人間……とは、一体なんですか?」

 

 

オールマイトの戸惑う声が静寂の空間に反響する。

難羽はずっこけそうになった。

 

改造人間という言葉が持つ響き。

それは悪の秘密結社が人々を攫い、異形の怪人へと作り変えるような、おぞましい人体実験のイメージを伴う。

 

だが、具体的にどうするかについては分からない。

 

オールマイトのその質問に、緑谷をはじめとする歴代継承者たちも無言で同意した。

 

難羽はパイプ椅子に深く腰掛け、そういえば言っていなかったな、と短く咳払いをした。

そして最初から説明を始める。

 

 

「改造人間とは無個性になった人間。つまり、個性因子を一切持たないように人工的に調整された者たちだ。つまり」

 

 

難羽はそこで言葉を区切った。

 

しかし、そのわずかな沈黙の間。

その場にいる全員がその言葉の続きの結論を理解してしまった。

 

全人類無個性化。

 

難羽が行おうとしている「悪」の世界征服とは、つまりそれだ。

 

世界を暴力で支配することでも、人々を虐殺することでもない。

人類から個性という概念そのものを物理的に剥奪すること。

 

 

「まさか、個性終末論を信じているのか……!?」

 

 

沈黙を破ったのは六代目の煙だった。

彼の顔には隠しきれない戦慄が浮かんでいる。

彼が、難羽が成そうとしている規模の大きさからそう推察するのも無理はない。

 

個性終末論。

それは、ある研究者が提唱した人類の破滅のシナリオ。

 

代を重ねるごとにより複雑に、より強力となっていく個性。

やがて人間の肉体というハードウェアの進化がそのスピードに間に合わなくなり、人類は自らの力に耐えきれずに自滅する、というものだ。

 

 

「提唱したのは殻木球大。件のオールフォーワンの調整を行う人物であり、脳無の制作者だ」

 

 

難羽の口から放たれたその名前に、空気が一気に張り詰めた。

全員がざわめき、顔を見合わせる。

 

個性終末論が発表された時代に生きていた継承者たちもいる。

その歴史的な異端の研究者が、あのおぞましい怪物・脳無を作り出した張本人であったとは。

 

 

「ってことは、お前はヴィランの提唱した説をまるっきり信じたってことか!?」

 

 

五代目継承者である万縄大悟が、怒気を含んだ声で目を剥いて難羽を睨みつける。

 

巨悪に加担する外道の説を真に受け、全人類から力を奪うなどという狂った真似をしようとしているのかと。

 

しかし難羽の瞳は万縄の怒りを前にしても微塵も揺らがなかった。

彼は冷静にそれを否定した。

 

 

「いや? そもそもあいつと私は同じ研究所にいた。個性の研究でな。そして、私はあの個性終末論を否定する」

 

 

同じ研究所にいたという事実に緑谷が息を呑む中、オールマイトが現代における個性終末論の立ち位置について思考を巡らせた。

 

現代において、あの終末論は基本的には与太話とされている。

しかし、子供世代の個性の強力さや複雑さを目の当たりにし、うっすらと本当じゃないかと考える者も出始めているのが現実だ。

 

 

「しかし、発表時にも相手にされなかったと聞いたことがありますが……」

 

 

オールマイトの疑問はマクロな視点、すなわち社会全体の歴史的認識に基づいている。

 

しかし、難羽は殻木と同じ研究所にいたからこそ知っている、歴史の闇に葬られた真実を持っていた。

 

 

「あいつは学会を追放された。社会が個性を受け入れ始めた時に、そのような説を認めるわけにはいかない。彼の説は正しいかもしれないが、まともに取り合うわけにはいかない」

 

「ま、そうだな……」

 

 

万縄が腕を組みながら不承不承に頷く。

 

個性という新たな力に人々が希望を見出し、超人社会としての基盤を築こうとしている過渡期に、「いずれ人類は滅びる」などという絶望的な論文が受け入れられるはずがない。

社会の安寧を保つための大人の事情だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というのは、表向きの理由だ」

 

 

難羽の声が冷たく響いた。

 

 

「え?」

 

 

万縄が間抜けな声を漏らす。

社会の圧に飲まれた真実の歴史を聞いていたと思った矢先、難羽に梯子を外され虚を突かれていた。

 

難羽は組んでいた足を組み替え、淡々と続ける。

 

 

「発表まで漕ぎ着けた研究というのは、必ず根拠があるべきだ。つまり現代までこの説が眉唾として語られるなら、その根拠も一緒に語られるはず。しかし、説は語られても、根拠については不自然なほど曖昧になっている」

 

 

緑谷も確かに、と頷いた。

 

歴史的にも「珍説」と呼ばれるものは存在する。

そしてそれが否定される理由には、根拠が薄いからか、対抗する説の方が妥当であるからというものが挙げられる。

 

しかし、個性終末論にはその根拠に対する議論自体がすっぽりと抜け落ちている。

ただなんとなくタブー視され、否定されるという不自然な状態が続いているのだ。

 

 

「殻木は肉体が耐えられないという研究を発表する際、ある根拠を使った。それが『アウト』だったから追放されたんだ」

 

「使ったら駄目な根拠……?」

 

 

緑谷の震える疑問に対し、難羽は率直にその単語を口にした。

 

 

 

「脳無」

 

 

 

緑谷の脳内で絶対に繋がるはずのないワードがぶつけられ、思考が完全にフリーズした。

 

 

「その原型というべきか。彼は道端に奇妙なオブジェがあるのを見つけた……人間だったものだ。まるで複数の個性を宿した上でそれを制御できなかったような。頭がショートした肉塊がそこにあった」

 

 

その時代。

オールフォーワンは自身の力を試すため、あるいは邪魔者を排除するために、不要な個性を適当な人間に押し付けていた。

 

それは自身の個性のキャパシティを把握するのにも利用していた。

一つの器に許容量を超えた個性を流し込まれた人間がどうなるかという実験結果である。

 

 

「つまり、あいつの説が否定されたのは根拠が無かったからじゃない。根拠として死体漁りをしたのが問題だった」

 

 

動物の死体や骨からその地域の環境や歴史を研究することはよくあることだ。

 

しかし、人間、それも明らかに人為的に作られた代物。

 

殻木はその肉塊の中に今後の個性の可能性と破滅の未来に魅入られ、あろうことかそれを学会の場で根拠として提出したのだ。

 

見よ、これが個性に耐えきれなかった人類の末路だと。

 

 

「……それは駄目だ。あの時代に道端に転がっている死体は確かに多かったが、研究の根拠として公の場に発表できるものじゃない」

 

 

元研究者であった三代目のブルースが、頭を抑えながら苦々しく同調した。

 

倫理的な一線を完全に踏み越えた狂気の沙汰。

学会追放は当然の帰結である。

追放で済んだのは殺人を本人が行ったわけではないからだ。

 

ブルースはさらに難羽に視線を向け、話の続きを促す。

 

ここまでの話は個性終末論を提唱した研究者の凄惨な過去の開示である。

話の流れ通りなら、殻木は狂気的手法を用いたとはいえ真実を語っていた、だから難羽も全人類を無個性化させるという結論に繋がるはずだ。

 

しかし、難羽は先ほど明確にその説を否定していた。

 

説を否定しているのに、全人類を無個性化するという結論だけは一致している。

 

それは難羽が独自の研究の中で、個性終末論とは全く別の、より恐ろしい理由で全人類の無個性化が必要であると気づいてしまったことを意味していた。

 

難羽はブルースの促しに静かに頷いた後、真っ直ぐに緑谷を見て聞いた。

 

 

「緑谷。お前は、肉体が個性に耐えられないと思ったことはあるか?」

 

「肉体が……?」

 

 

難羽の唐突な問いかけに、緑谷は無意識に自身の傷だらけの右腕を見下ろした。

そして、ハッと息を呑む。

 

 

「……ワン・フォー・オール!」

 

 

緑谷の口から飛び出したその言葉に、空間に集う歴代の継承者たちも彼を見つめた。

 

難羽の問いに対し、緑谷の脳裏に真っ先に浮かんだのは、他でもない自身が宿しているこの強大すぎる力そのものであった。

 

オールマイトから力を受け継ぐと決まったあの日。

海岸を埋め尽くすほどの粗大ゴミを、血反吐を吐きながら片付け続けた地獄の特訓。

 

それはただ筋肉をつけるためではない。

 

生半可な身体でこの力──何代にも渡って培養され、極限まで膨れ上がったエネルギーの結晶──を受け継げば、文字通り四肢が弾け飛び、肉体が内側から破裂してしまうという明確な死の恐怖があったからだ。

 

そして実際に力を受け継いだ後も、緑谷は常に自壊のリスクと隣り合わせだった。

 

体育祭での轟焦凍との激突や林間合宿でのマスキュラーとの絶望的な殴り合い。

出力を全開にすれば、敵を打ち倒す前にまず自らの骨が粉々に砕け散り、肉が裂ける。

 

ワン・フォー・オールという強大すぎる個性の前において、緑谷出久という人間の肉体という器は、あまりにも脆弱だった。

 

 

(僕自身がそうだ……個性の力に、人間の体が追いついていない。だったら、やっぱり殻木が提唱した終末論は、いずれ誰もが直面する本当の未来なんじゃ……)

 

 

緑谷の思考が絶望的な仮説へと傾きかけた。

しかし。

 

 

「じゃあ、他は?」

 

 

難羽の静かな問いかけが、緑谷の思考の海に一石を投じた。

 

 

「他…………あれ?」

 

 

緑谷は首を傾げた。

 

己の内に蓄積されたヒーロー分析ノートのデータを高速で検索する。

A組のクラスメイトたち、雄英高校の先輩たち、プロヒーローたち、そして今まで戦ってきたヴィランたち。

 

確かに個性を限界まで使いすぎたことによる負担で怪我をしたり、強烈な疲労や筋肉痛に襲われることはある。

しかし、それはあくまで使いすぎた結果の反動に過ぎない。

 

ただ個性を持っているだけで、あるいは個性を発動しただけで自らの肉体が個性のエネルギーそのものに耐えきれずに弾け飛ぶなどという、緑谷が経験してきたような致命的な自壊現象を起こした例を、思い出そうとしても。

 

自分以外に、一人も思いつかない。

 

というよりも、彼らの肉体は。

 

 

「適応している……?」

 

 

緑谷が導き出したその答えに、難羽は深く頷いた。

 

 

「そう。個性は肉体を変質させる。その能力を行使するために、もっとも都合が良いようにな」

 

 

緑谷の脳裏に、期末の実技試験での記憶が鮮明に蘇る。

 

あの時緑谷はオールマイトに対抗するため、幼馴染である爆豪のヒーローコスチュームの一部──手榴弾型の巨大な籠手を借り、そこに溜まっていた彼の爆破用の汗を利用して、最大火力の爆破を放ったことがあった。

 

ワン・フォー・オールで全身の肉体を強化し、万全の態勢で放ったにもかかわらず、その凄まじい反動は緑谷の腕に強烈な痺れをもたらした。

 

逆に言えば、爆豪はあの殺人的な反動を、細かなサポートアイテムの補助こそあれど、日常的に生身で受け止めているということになる。

 

強化系の個性を持つ緑谷とは違う。

爆豪はあくまで汗を爆発させるという発動型の個性だ。

 

それなのに彼の骨格や筋肉、靭帯の構造はあの爆発の衝撃に耐えうるように、生まれつき強靭に設計されている。

肉体の強化が、個性という機能を行使するための前提条件として最初からDNAレベルで組み込まれているのだ。

 

 

「そもそも、殻木球大が個性終末論を提唱したのは何十年も前の話だ。当時はまだ個性の発現そのものが未知の現象であり、研究者たちですら『強大化する個性に合わせて、人間の肉体そのものが都合よく変質・進化していく』などというメカニズムまでは想像もしていなかっただろうな」

 

「た、確かに……」

 

 

緑谷は息を呑んで同意した。

 

現代の科学技術の進歩は凄まじい。

たった数年で既存の研究結果が完全にひっくり返る事態など、日常茶飯事である。

 

ましてや、黎明期の混沌とした時代に発表された数十年前の研究が、現代においてまで完全に正しいとされる根拠などどこにもない。

 

殻木というマッドサイエンティストの度を越したやらかしによって個性の根源的な研究そのものがタブー視され、思考停止状態に陥ってしまったという歴史的背景があるにせよ。

 

肉体が進化で追いつく以上、個性終末論の提唱する器の崩壊という形での人類滅亡は起こり得ないのだ。

 

 

(なら、どうして難羽くんは全人類の無個性化なんていう、恐ろしいことを……)

 

 

緑谷の疑問を察したかのように、難羽の表情から一切の余裕が消え去った。

 

常に冷静な彼が。

自身の悲劇の過去を語った時も冷静だった彼が。

 

これまでに見たこともないほど苦々しく、まるで自身の内臓を噛みちぎるかのように強く、唇を噛んだのだ。

 

 

「だが……そこなんだ。個性に耐えられないことが問題じゃない。器を、個性に合わせて勝手に作り変えてしまう……そこが、最大の問題なんだ」

 

 

個性の母が、異能は人間の個性(アイデンティティ)であると謳ったこと。

 

国家がそれをプロパガンダとして利用し、社会の基盤としたこと。

 

彼らは夢にも思わなかっただろう。

その言葉がこれほどまでに残酷な皮肉となって人類の未来に牙を剥くことになろうとは。

 

難羽は個性による死者蘇生を行うまでの研究でたどり着いた。

辿り着いてしまった。

 

人類と個性の主の逆転。

 

決して見つけてはならなかった、この超人社会の向かう先にある真の絶望に。

 

 

「異形型の個性を持つ者は、この社会において未だに根強い差別を受けやすい。見た目が異なるというだけの理由で、迫害され、社会の隅へと追いやられる……だからこそ、彼らは理解し合える同じ異形型同士でコミュニティを形成し、そこで子を成すことが多い」

 

 

難羽の言葉が静かに、鉛のように重く空間に落ちる。

 

 

 

 

「……ではその交配を、世代を超えて何百年、いや、下手をすれば何十年、繰り返した先に居るのは……果たして、我々と同じ人間と呼べる存在だろうか?」

 

 

 

 

その難羽の言葉が緑谷の脳に入り、意味を咀嚼する。

 

 

数秒の時間がかかった。

 

 

しかし、その言葉の真意──難羽が危惧する人類の終焉の本当の姿を理解した瞬間。

 

緑谷の、そして歴代継承者たち全員の背筋が、氷を突き立てられたかのように凍りついた。

 

 

「それは……人間ではなくなる、ということか……?」

 

 

初代継承者である与一が想像を絶する恐怖に顔を青ざめさせ、吐き気を催すように言葉を絞り出した。

 

 

「ああ」

 

 

難羽は無慈悲に肯定した。

 

 

「個性によって、ホモ・サピエンスという人間の根本的なアイデンティティは消滅し、完全に別個の種族が誕生する……考えてもみろ。鳥の頭を持つ者、岩の身体を持つ者、昆虫の生態を持つ者。彼らがそれぞれ独自の進化を遂げたとして、その種族同士が同じ繁殖方法を取れると思うか? 生殖器官の構造が同じであるという保証があるか? そもそも、哺乳類として子を残すという仕組みすら、保たれているとは限らないんだぞ」

 

 

それは、かつて神が人間の驕りを罰するために与えたというバベルの塔の悲劇そのものだった。

 

難羽はパイプ椅子から立ち上がり、虚無の空間に向かって両腕を大きく広げた。

 

 

「神話の時代、同じ言語という共通性を失った人類は互いに理解し合うことができなくなり、バラバラに分断されて争った……そして今度は、人間という肉の形の共通性が失われようとしている」

 

 

言葉が通じないどころの騒ぎではない。

 

見た目も、生態も、生きるための環境すらも全く異なる無数の新種たちが、同じ地球という限られたテリトリーで共存できるはずがない。

異形同士の生存競争、資源の奪い合い、そして純粋な異なる者への恐怖と嫌悪。

 

それはヴィランとの戦いなどというチャチなものではない。

種族と種族による、永遠に終わることのない絶滅戦争の幕開けを意味している。

 

人類は個性の自壊によって滅びるのではない。

個性の適応と進化によってバラバラの種族へと分岐し、人類という概念そのものが地球上から消滅するのだ。

 

 

「全人類を無個性化させること」

 

 

難羽は震える緑谷たちを見下ろしながら、その銀色の瞳にただ一つの狂気的なまでの信念を宿して告げた。

人間のまま、神と戦うためにその領域へと踏み込んだ者の目である。

 

 

「それは人類から力を奪うことではない。破滅に向かって分岐していく人類を再び人間という一つの共通の形へと繋ぎ止め、取り戻すための行いだ」

 

 

人々が正義と悪で争う中。

 

難羽は全人類の頭上に迫り来るバベルの雷が落ちる理由そのものを、己のすべてを懸けて根底から消し去ろうとしているのだった。

 

 





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今回の終末論についての感想でもOKです。

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
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