バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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114話 炎のゆらめき

 

秋の気配が色濃くなり始めた東京の街を、一人の巨漢が歩く。

 

燃え盛る炎の髭を蓄え、圧倒的な存在感を放つその男の名はエンデヴァー。

長年、不動のNo.2ヒーローとして常にトップの背中を追い続けてきた男。

 

しかし、神野区での死闘の末、平和の象徴オールマイトが引退を宣言したことにより。

彼は望まぬ形で、繰り上がりのNo.1ヒーローという玉座に座ることとなった。

 

オールマイトが引退式のスピーチで全国民に向けて語った内容を要約するならば。

 

誰か一人にすべてを任せる時代は終わった。

誰もが平和を築くための柱となることを期待する。

 

そういった内容である。

 

それは、次の平和の象徴が誰かという話ではない。

次のナンバー1は、その世代を率いる者でなくてはならないということだ。

 

 

(……ならば、俺の役目は。……言葉ではなく、後ろのヒーローたちを引っ張っていく姿を見せることだ)

 

 

エンデヴァーは先日行われたヒーロービルボードチャートの発表ステージにおいて、全国民に向けてただ一言、俺を見ていてくれと短く宣言した。

それは、オールマイトのようにファンサービスや笑顔のパフォーマンスが得意ではない彼にできる、唯一で最大の不器用なアピールである。

 

これからの自分が為すべきことは、これまでと同じように人々の盾となり、誰よりも先に悪を討ち滅ぼす矛であり続けること。

ただ、それだけだ。

 

しかし立場が変われば、世界の見え方も、世間からの見られ方も変わる。

繰り上がりとはいえ、正式にNo.1ヒーローとなったエンデヴァー。

彼がパトロールで街を歩けば当然のように多くの人々の視線が彼に集まり、歓声やどよめきが湧き上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

その圧倒的な注目の中心を歩く燃える巨漢の背中を。

少し離れた路地裏の物陰から、こそこそと隠れるようにして尾行している一人の青年がいた。

 

黒いジャケットのポケットに両手を突っ込み、ひどく思い詰めたような顔でエンデヴァーの背中を見つめ続けている。

普段は使わない帽子を深く被った轟燈矢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、雄英文化祭が終わった直後の夕暮れ。

喧騒が静寂へと変わりつつある校舎の裏階段。

 

焦凍と燈矢は、静かに腰を下ろしていた。

 

死んだと思っていた、家族の前から姿を消していた兄との再会。

円満な別れではなかった。

二人は隣同士ではなく数段離れた階段に座り、重苦しい沈黙を共有していた。

 

覚上は自分が隣にいるとかえって話しにくいだろうからと気を利かせ、どこかへと姿を消している。

 

 

「……今まで、どうしてたんだ」

 

 

先に口を開いたのは、下の段に座る焦凍であった。

 

 

「……あの火事で、全身に大火傷を負ってな。そこから三年間は、ずっと昏睡状態だった」

 

 

燈矢は火傷の痕があった頬を撫でながら、静かに語り始めた。

己の炎の個性を暴走させ、山火事を起こして死んだと思われていたあの事件。

 

下の段に座っていた焦凍が振り向き、燈矢の目を真っ直ぐに見つめる。

 

燈矢が山火事を起こして死んだとされたのは、今から約十一年前のことだ。

三年間昏睡していたのだとすれば、彼は意識を取り戻してからの八年間、ずっと家族のもとへ帰らなかったことになる。

 

 

「……一度、帰ったさ。こっそりとな」

 

 

燈矢は焦凍の視線の意味を察し、自嘲気味に笑った。

 

 

「だが、そこで俺が見たのは……失敗作()が死んだ後、今度は成功作(お前)を、狂ったように鍛え上げようとするお父さんの姿だった」

 

 

三年ぶりに家に戻った彼が見た光景。

それは彼らの今の生活のすべてを見たわけではない。

しかし、その一瞬の光景が彼の心をへし折った。

 

自分という存在がこの家において完全に過去であり、無かったことになっていると、強烈に感じてしまった。

 

せめて己の死を悔いていてほしかった。

あの大火事より前から自分を見てほしいと思っていた彼にとって、その光景は己のすべてを否定するものだった。

難羽が偶然拾わなければ、彼という存在は死んでいただろう。

 

 

「……そうか」

 

 

焦凍はそれ以上何も言わなかった。

兄がその光景をどう受け取ったのかは、同じ家で育った焦凍には想像がついたからだ。

父親の期待を一身に背負わされた自分から、どのような言葉をかければ兄の理解を示せるのかその正解が分からず、言葉を飲み込むしかなかった。

 

 

「……今は、何をしてるんだ」

 

 

焦凍は話題を変えるように問いかけた。

 

あの大火事から生還したというのに、燈矢の肌に火傷の痕はない。

高度な医療技術を用いた皮膚移植と整形には、莫大な費用がかかるはずだ。

 

彼が今、どのような手段で金を稼ぎ、生活しているのか。

弟として当然の疑問であった。

 

治療に関してはボスがやったことなので、聞かれたら会社の福祉制度か何かだと、燈矢も疑問ながらに応えることになるだろうが。

 

 

「…………あー、えっと。ヘルパーズって施設、あるだろ。ああいう個性関係の施設の企画とかを、裏で考えたりしてる」

 

「……え? マジか、すげぇじゃねぇか」

 

 

焦凍は純粋に驚いて尊敬の眼差しを向けた。

 

燈矢のその言葉は完全な嘘ではない。

確かにショッカーの幹部会議において、一般市民向けの個性使用・訓練施設の企画や要件定義について、彼も熱心に意見を交わしていたのは事実である。

 

だが、その切り取られた説明だけを聞けば、まるで有名企業で社会貢献の企画部門に就いている、優秀なエリートサラリーマンであるかのように聞こえてしまう。

警備系の仕事をしていると誤魔化すことも考えたが、今の時代、警備の仕事の多くはプロヒーローやその関連企業の管轄であるためすぐにばれる。

 

実際の彼は、ショッカーにおける戦闘部門である。

そして、神野区での戦闘で精神的にある程度安定してきたと難羽から判断され、最近ようやく活動の許可が下りただけである。

少し前までは実質的なニート状態であった。

 

たとえ悪意のある仕事ではないにせよ、非合法な秘密結社に所属し、違法行為に加担して稼いでいるという事実。

それを真っ直ぐな瞳を向けてくる弟に言うのは気が引けたがゆえの言い回しであった。

 

しかし、弟は自分を立派な社会人として尊敬の眼差しで見てきている。

これ以上見栄を張って嘘を重ねることに耐えられない。

 

燈矢は頭を掻きながら、小さく息を吐いた。

 

 

「……嘘じゃねぇが……完全に裏社会に関わってる仕事だ。真っ当な社会人とは言えねぇな」

 

「……そうか」

 

 

焦凍はその告白を聞いても、特にショックを受けた様子を見せなかった。

 

そもそも文化祭が終了した直後とはいえ、部外者である兄が何事もなく雄英の敷地内に入り込んでいる時点で普通の状況ではない。

 

厳重な警備システムが一切の警報を鳴らさず、兄以外の「関係者」たちも平然と出入りしているこの状況。

兄が属している裏社会の組織は、少なくとも雄英の最高責任者である根津校長が黙認する程度には確かな力と理由を持っているのだろうと推測できた。

 

さらに燈矢はあの大火事で戸籍上は死亡したことになっている。

戸籍を持たない人間が表社会で就職して働くことなど最初から不可能だ。

 

 

「……学校は、楽しいか」

 

 

沈黙の後、燈矢がポツリと問いかけた。

それは兄から弟への、純粋な問いかけであった。

 

燈矢は幼い頃、自身の強力すぎる炎で自らの肉体を焼いてしまう体質からヒーローになることを父親から強制的に禁じられた。

 

『外の世界を見ろ』

『別の道を見つけろ』

 

しかし彼が通っていた学校では、誰もが彼をNo.2ヒーロー・エンデヴァーの長男として見た。

父親からはヒーローになるなと否定され、外の世界からはヒーローの息子として期待される。

 

典型的なダブルバインドの環境下。

心を開ける友人も出来なかった。

 

彼の幼少期に、炎の外など無かった。

 

 

「……楽しいよ。……俺も文化祭の演出、結構頑張ったしな」

 

 

焦凍は澱みのない声で答えた。

その言葉の響きに燈矢は少しだけ目を細めた。

 

弟にはあの呪われた家以外の場所に、確かな居場所ができたのだと理解できたからだ。

 

 

「……なぁ。一つ、聞いてもいいか?」

 

 

前を見据え、クラスメイトたちと同じ光の方向へと歩み始めている弟。

そんな弟の横顔を見つめながら、燈矢は己の胸の内に巣食う暗い澱を吐き出した。

 

 

「俺のボスや仲間たちは、手段はどうあれ、この世界と他人を救うために覚悟を決めた……だが、俺はまだ迷ったままなんだ」

 

 

難羽から全人類の無個性化という世界の危機と計画を知らされ、それに立ち向かう覚悟を決めた仲間たち。

彼らは職業としてのヒーローではないが、間違いなく世界を救うための戦いをしている。

 

 

「……俺の心の中には、いまだにお父さんに……エンデヴァーに復讐したい、殺してやりたいという気持ちが、黒く燻ってる」

 

 

未来を守ろうと命を懸ける仲間たちの横で、ただ一人過去の怨念に目を向け、個人的な復讐心に囚われている自分。

それが仲間たちに対する裏切りのように思えて、彼は自己嫌悪に陥っていた。

 

燈矢のその告白に対し、焦凍は少しだけ視線を伏せて考えた後、静かに答えた。

 

 

「……俺だって、まだ親父のことを完全に許したわけじゃない。今もうちは、バラバラのままだ」

 

 

焦凍はかつて父親から受けた虐待と、母が壊れてしまった過去を思い出しながら言葉を紡ぐ。

ただ、と彼は顔を上げ、兄の瞳を真っ直ぐに見返した。

 

 

「俺は、親父に自分の気持ちをぶつけた。体育祭で、親父の目の前で自分の炎を使って戦った……だから、吹っ切れた部分もあるんだと思う」

 

 

単なる親への反発ではなく、己の過去を清算し、前へ進むための決意表明。

緑谷という、正面から自分を見てくれる人間がいたからそれが出来た。

 

今の兄にも、彼を見てくれる仲間がいる。

だったら次は。

 

 

「だから……まず、親父に直接会うべきなんだと思う……親父の顔を見て、話をして。それでもまだ、親父を殺したいと本気で思うなら……その時は、俺が全力で止めに行く」

 

「…………そうだな」

 

 

燈矢は深く息を吐いた。

 

これまでテレビやネットの映像越しに父親の姿を見続けることはあっても、直接対峙することは避けてきた。

怒りが溢れ、悲しみに溺れ、過去に囚われるばかりだった。

神野区での死闘の際も、共に並んで戦いはしたものの、自分が何者であるかを名乗ることはなかった。

 

 

「……ありがとう。とりあえず、会ってから決めるよ」

 

 

燈矢は腰掛けていた階段からゆっくりと立ち上がった。

これはショッカーの仲間たちにも、ボスの難羽にも頼ることのできない。

彼自身が、己の過去と向き合って解決しなければならない問題だ。

 

立ち去ろうとする兄の背中に、焦凍が声をかけた。

 

 

 

「……親父に会ったら、また話を聞かせてくれよ。一緒に、飯でも行こう…………燈矢兄」

 

 

 

その言葉を受け取り、燈矢は振り返ることなくただ右手を軽く挙げて、夕闇の中へと消えていった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

轟燈矢は東京の街中で、父親であるエンデヴァーの背中をストーカーのように尾行していた。

これは決して暗殺のタイミングを計ったり、弱みを探るための情報収集ではない。

 

ただ単に、いい感じにエンデヴァーが一人になり、いい感じに話しかけられる絶好のタイミングを、ひたすら探っているだけであった。

 

しかし、現役のNo.1ヒーローが一人きりになるタイミングなどそうそうあるはずがない。

かれこれ一時間近く、物陰から様子を窺いながら追跡を続けていた。

 

 

(……クソッ、俺は何をやってるんだ……)

 

 

意気地のない自分に、燈矢は苛立ちを募らせていた。

 

そしてエンデヴァーが人通りの多い大通りへと出た、その時である。

 

 

空から黒い何かが、エンデヴァーの目の前の道路へと凄まじい速度で降り立った。

 

 

アスファルトが砕け散り、土煙が舞い上がる。

 

そこに現れたのは。

 

フードを被ったような異様に長い首。

側面の皮膚がボロボロに破れ、赤黒い筋繊維が剥き出しになっている不気味な肉体。

長い首の奥から覗く、脳髄が剥き出しになった歪な形状の頭部と、虚ろな眼球。

 

姿形は神野で見たものから少し変容しているが、それが何であるか、燈矢には一瞬で理解できた。

 

 

 

(……脳無……!?)

 

 

 

神野区の事件でヴィラン連合が崩壊して以来、完全に姿を消していたはずのあの改造怪人が。

 

今、新たな装いで、新No.1ヒーローであるエンデヴァーに襲い掛かった。

 

 

 

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