バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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今回あまり話が進みません。


118.5話 バベルに集う者達

 

拠点にある広大なトレーニングルーム。

乾いた木剣の衝突音が無機質な空間に響き渡っている。

 

現在フロアの中央で相対しているのは、現役のNo.2ヒーローであるホークスと、ロシナンテの一員である少女トガヒミコ。

両者が手にしているのは、刃引きされた木製のトレーニング用の刀だ。

 

ホークスは両手にそれぞれ刀を握り、自身の剛翼の推進力を利用した二刀流で攻め立てていた。

鋭い刺突と斬撃の嵐。

 

対するトガは一本の刀を両手で持ち、その嵐のような連撃を軽やかな身のこなしで次々と受け流していた。

そしてホークスがスピードに乗って前のめりになった瞬間を狙い、刃の側面で相手の木剣を強引に押し込む。

巧みにホークスの連撃の起点を潰して止めていた。

 

 

「……いいね、反応速度も体幹も抜群だ。じゃあ、これならどうっすか!」

 

 

ホークスは一度大きく後方へとバックステップで下がり、態勢を立て直した。

 

同時にトガが刀を水平に構え、ホークスの首元を狙う横薙ぎのモーションに入った。

 

ホークスの優れた動体視力と空間把握能力がその攻撃を計算する。

トガの小柄な体格と手にしている刀のリーチ。

今の距離感であれば、彼女の刀の先端は鼻先数センチのところで空を切るはずだ。

 

 

(当たらない。このまま踏み込んでカウンターを──)

 

 

ホークスがそう判断し、反撃のために一歩前へ出ようとしたその刹那。

トガの身体を泥のような奇妙な液体が包み込んだ。

 

そして次の瞬間、小柄だった彼女の身体が、一瞬にして大柄な男の体格へと急激に膨張したのだ。

彼女と同じロシナンテの仲間であるマグネの姿である。

 

 

「──!?」

 

 

ホークスが驚愕する。

 

トガからマグネへと変身したことで、肩幅も、腕の長さも、そして踏み込む歩幅の大きさも、すべてが劇的に伸びた。

 

当然刀が届く間合いも、ホークスの計算を超えて延長される。

回避も防御も間に合わない。

 

ホークスは間合いの錯覚を利用したその変則的な横薙ぎを、胸元にに食らうこととなった。

 

 

「痛ッ……!」

 

 

木剣とはいえ、大柄な男の筋力で振るわれた一撃の衝撃は重い。

 

しかし、ホークスも現役のトップヒーローだ。

やられっぱなしでは終わらない。

 

彼は痛みを堪えながら、被弾の勢いを利用して身体を沈め込む。

二本の刀を下から掬い上げるようにして、変身したトガの顎下を狙う強烈な切り上げのカウンターを放った。

 

 

「あはっ!」

 

 

だが、トガの口から笑い声が漏れた瞬間。

 

彼女を覆っていた泥が弾け飛び、その姿は再びマグネから、小柄なトガヒミコ本人へと戻っていた。

 

巨体から一気に小柄な姿へと縮んだことで、ホークスのカウンターの軌道は上空へと外れて空を切った。

トガはそのまま軽やかなバック転でホークスの頭上を飛び越え、数メートル離れた位置へと着地する。

 

トガは着地と同時に片手で刀を振りかざし、再びホークスへと斬りかかろうとした。

 

しかし、連撃のテンポを急ぎすぎたのか。

あるいは汗で滑ったのか。

 

トガの手から木剣がすっぽ抜け、彼女の頭上高くへと放り出されてしまった。

 

 

(……いや、違う。わざとだ!)

 

 

ホークスは瞬時に気づいた。

手から離れた刀は回転をしながら、ホークスの顔面を正確に狙って飛んできている。

ホークスは舌打ちをし、自身の刀で飛来した木剣を弾き飛ばした。

 

そして、武器を失い無防備になったトガへと視線を向ける。

徒手空拳となった場合、武器を持つ相手に対しては距離を取って隙を伺うのが戦闘の定石である。

 

しかし、トガは逆の行動に出た。

彼女はホークスが飛来する刀に気を取られた一瞬の隙を突く。

姿勢を低くしてホークスの懐の死角へ潜り込むように急接近してきたのだ。

そして徒手であるはずの腕を、ホークスの刀の側面を叩こうとするような不自然な形で振り上げ、ホークスの顔面へと迫る。

 

 

(いくらトレーニング用とはいえ、徒手で刀を持った相手に突っ込んでくるなんて……ありかよ!)

 

 

ホークスが呆れたようにそう思った直後。

 

ホークスの目が、間近に迫る彼女の手の中にある凶器の存在を捉えていた。

 

彼女は素手ではなかった。

戦闘中、ずっとポケットの中に隠し持っていたのだろう。

彼女の手には原始的な刃物──石切包丁が握り込まれていたのだ。

 

その尖った石の刃先が、ホークスの眼球を狙って突き出される。

 

 

「反則」

 

 

難羽が二人の間に割って入り、トガの石切包丁を持った手首とホークスの二本の木剣を同時に押さえ込んで止めていた。

 

 

「……やれやれ。マジで死ぬかと思ったっすよ」

 

 

ホークスは額に冷や汗を滲ませながら木剣を下ろし、安堵の息を吐いた。

トガではなく、己の公安時代に培われた暗殺剣の方が出てきそうになったことである。

ホークスも突きで目を狙いかけていた。

 

一方のトガは彼に向かってアッカンベーと舌を出し、そのまま不機嫌そうに踵を返してスポーツドリンクを飲みに休憩スペースへと歩き去っていった。

 

トガは難羽という男の人間性について、生理的にかなり嫌っていた。

それは難羽が無意識のうちに、個性の被害者でもあるという目線で彼女を見てしまうためだろう。

 

ホークスは去っていくトガの背中を見つめながら、横に立つ難羽に話しかけた。

 

 

「……飛んでないとはいえ、あの子の戦闘の才能はマジで凄いっすね。……正統派の剣術ではない。相手を殺すためだけに特化した、超実践型の汚い刀剣術。蹴りや投げなどの格闘術を織り交ぜたり、周囲の地形や隠し武器を容赦なく利用するあの柔軟さ……並のヒーローじゃ一瞬で首を刈られますよ」

 

ホークスのプロとしての的確な総評を聞き。

難羽は微妙な顔をして黙り込んだ。

 

その表情を見た瞬間、ホークスは察した。

ホークスは公安の任務の経験で嘘や感情を読み取る技術に長けている。

何より難羽という男とはもう何年もの付き合いになるのだ。

 

難羽のその顔は、事態の原因が自分にあるときの顔であった。

 

難羽は過去にあまりにも多くの人間と接触しすぎている。

その結果として、現代において彼自身も把握しきれていない奇妙な繋がりや因果が、至る所で線として結びついてしまうことが多々あった。

 

 

「……そういえば、ボス」

 

 

ホークスは悪戯っぽい笑みを浮かべて探りを入れた。

 

 

「ボスって超常黎明期の頃は、今あの子が使ってたみたいな武器の類を使った戦闘スタイルがメインだったんですよね? ……なんか、ボスの昔の戦闘データの動きと今の彼女のスタイル、すごく似てる気がするんですけど」

 

「…………」

 

 

難羽は、視線を逸らしたまま沈黙した。

 

 

「俺、過去を隠して活動してるヨロイムシャについて、個人的に調べたことがあるんすよ……そしたら、あのお爺ちゃん、今のただ立ってるだけの時代錯誤な甲冑姿と違って、若い頃は無茶苦茶実践的な戦闘スタイルだったんですよね」

 

「…………」

 

 

難羽の眉間が引きつった。

 

 

「……ボス、教えてました?」

 

 

観念したように、難羽は重いため息をついた。

肯定のため息である。

 

 

「……おい、渡我」

 

 

難羽は休憩スペースで休んでいたトガに向かって声をかけた。

 

 

「その戦い方……誰に教わった?」

 

 

トガはストローから口を離し、難羽を振り返ってぶっきらぼうに答えた。

 

 

「……知らない、変なおじいちゃん。夜中の公園で一人でトレーニングしてたら、急に『もったいねぇ』とか言って強引に戦い方を教えてきました……一日だけ」

 

 

トガはそう言って肩をすくめ、再びドリンクを飲み始めた。

どうやら偶然トガの異常な才能を目にしたヨロイムシャが、かつて自分が教わった殺人剣を思わず彼女に叩き込んでしまったらしい。

 

そしてそのヨロイムシャに若き日に戦い方を教え込んだ張本人こそが、他でもない難羽であった。

頭の痛くなる因果である。

 

 

「……深夜に刃物を使ってトレーニングしてる奴に教えんな、あのバカ」

 

「まあ、でも。あの才能を見せられれば、鍛えたくなる気持ちも分かりますけどね」

 

 

ホークスはトガの背中を見つめながらフォローするように言った。

彼女のヴィランとしての経歴や犯した罪を考えれば、決して手放しに褒められるものではない。

 

だが、相手の視界の死角へと滑り込む天性の勘。

変身能力を使った直後の肉体の質量や骨格のズレを一切を感じさせることのないあの身体感覚。

彼女は己の肉体という武器の扱いが異常なまでに上手いのだ。

 

 

「……あれ」

 

 

ふと、ホークスは何か違和感を覚え、トレーニングルーム内をぐるりと見渡した。

現在この場にいるのは難羽とホークス、トガ。

そして少し離れた場所で義手の調整をしているMr.コンプレスとマグネだけである。

 

ナガンはヒーローとしての任務があると言って外出しているが、ほかのメンバーはいなかった。

 

 

「そういえばボス。燈矢たち他のメンバーはどうしたんすか?」

 

「ああ。燈矢と分倍河原は、伊口と一緒に健康ランドの方へ行っている。運用について、当事者目線でどの程度問題があるかのチェックだ」

 

ホークスの疑問を察して難羽が告げた。

 

難羽は表社会で活動する一般部門のメンバーたちを組織的に切り離した。

しかし、それはあくまで組織としての命令系統を絶っただけであり、彼ら個人のプライベートな交友関係までを断ち切ったわけではない。

 

健康ランドの構想を聞いた伊口から、友人である分倍河原を通じて、相談があったのだという。

 

 

『俺みたいなような異形型の個性持ちに合わせた施設を作ってくれるのは嬉しいんですけど……異形専用だと普通の見た目の友人ができた時に遊びに誘えない……だから、通常のリラクゼーション施設も併設するべきだと思います』

 

 

この伊口の進言に難羽は唸った。

これは自身が異形であることに悩みながらも、分倍河原や燈矢といった「普通」の友人がいる伊口だからこそ出せた貴重な意見である。

 

確かに異形型のための施設と言えば聞こえは良いし、社会的な体裁も整う。

しかしそれでは結局のところ、彼らを社会から隔離しているという事実と何も変わらない。

専用施設にしか居場所がないと、逆にレッテルを貼ってしまうことになりかねない。

 

難羽には彼らが他人の目を気にせずリラックスできる環境を作りたいという強い目的意識はあった。

しかし、その施設が完成し、彼らがそこで心を通わせ、継続して利用していったその先の未来──彼らがどう共存していくのかというビジョンまでの想定が足りていなかったのである。

 

 

まぁ、裏組織の人間二人は普通ではないと難羽は思うが。

 

 

「……というわけで、現在図面の修正とエリア分けの検討を行わせているところだ」

 

 

難羽がそういった事情をホークスに説明していると、少し離れた場所からコンプレスが歩み寄ってきて話しかけてきた。

彼はトレーニングルームを毎日欠かさず使っている勤勉な一人だ。

 

オーバーホールによって失われた片腕。

それを補う義肢によるわずかな重量バランスの影響を減らそうと、ストイックに身体の慣らしを行っている最中だった。

 

 

「……その全人類無個性化の計画について、俺も一つ聞きたいんだが」

 

 

コンプレスは義手の指先を動かしながら、疑問を投げかけた。

 

 

「なんで今更、そんな立派な施設を作ろうとしてるんだ? ……どうせ最終的には、全員を無個性にするつもりなんだろ? 個性に関する施設なんて、作ってもすぐに無用の長物になるんじゃないのか?」

 

 

それはホークス自身も心の奥底で感じていた疑問であった。

 

難羽が個性の終末による人類の滅亡の未来を察知し、計画を練り始めたのは組織を立ち上げるよりも遥か前のことである。

最初から全人類を無個性にするという結論が前提としてあるのならば、社会福祉のような活動はある意味で浪費とも言えた。

 

難羽はコンプレスの疑問に対し、表情を変えることなく答えた。

 

 

「……そもそも全人類の無個性化という計画は、私の中で次善の策でしかないのだ」

 

「次善……?」

 

「そうだ。……仮にすべての個性を消去できたとしても、新たに無個性の人間同士から、突然変異として強力な個性持ちの子供が生まれる可能性はゼロではない。あるいは、アクシデントで無個性化そのものが失敗する可能性もある……もしこの計画が失敗した場合。社会において、人の形を失った異形の人間は今後も増え続けることになるだろう」

 

 

異形の個性を持つ人間と普通の見た目の人間が交われば、その子供には高い確率で異形の因子が遺伝する。

世代を重ねるごとにその遺伝子は複雑に絡み合い、より極端な異形へと変貌していく。

 

計画が失敗すれば、いずれこの世界は誰もが異形であるという時代が到来する。

 

 

「その時彼らが社会から迫害されず、正しく共存していくためのモデルケースとなる施設と思想の土壌が、どうしても必要なのだ」

 

 

難羽は天井の照明を静かに見上げながら、言葉を続けた。

 

 

 

「……個性が、そもそもこの世界にどのようにして生まれたのか。私はずっとそれを知りたいと願い、研究を続けていた……個性がどのようにして伝播したかについては、最近になってようやく分かったがな」

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ日の深夜。

静まり返った雄英高校の学生寮、一年A組のフロア。

 

自室のベッドで眠りについていた緑谷は額に汗を浮かべてうなされていた。

彼の意識はワン・フォー・オールの精神世界の中を彷徨っている。

 

緑谷の肉体と精神の奥底で、何かが確実に変質し始めていた。

 

 

「う、あ……」

 

 

その時。

緑谷の身体に掛けられていた毛布が、ベッドの横へと滑り落ちた。

それは、彼が寝苦しさから寝相を悪くして蹴り飛ばしたからではない。

 

緑谷自身の身体そのものが、ベッドからふわりと浮かび上がり始めたのだ。

 

 

「……んん……?」

 

 

緑谷の身体は空中に浮かんだまま、風船のようにゆっくりと上昇していく。

そしてそのまま天井に頭をぶつけた鈍い衝撃によって、緑谷はついに目を覚ました。

意識が覚醒した瞬間浮遊の力は解除され、彼は音を立ててベッドの上へと落下した。

 

「いっ、たぁ……!」

 

緑谷は痛む後頭部をさすりながら、自分がなぜ天井から落ちてきたのか、その理由を理解した。

 

 

(……七代目の個性……浮遊……!)

 

 

難羽と一緒に、あの精神世界で歴代継承者たちと直接対面して以来。

緑谷が夜に眠りにつき、彼らの夢を見るたびに。

 

ワン・フォー・オールの核の中に蓄えられてきた、歴代継承者たちの個性が、一つ、また一つと、自身の肉体で徐々に目覚め始めているのを実感していた。

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、夢を介して覚醒するのは……心臓に悪いから勘弁してほしいなぁ……」

 

 

緑谷は微かに痛む頭をさすりながら、ため息をつき。

今度は天井にぶつからないように、布団をしっかりと頭まで被って、再び眠りにつこうと目を閉じたのであった。

 

 





煙幕が覚醒した日、青山君は火事だと思ってマジで心配しました。

現在最終章の作成中ですが、投稿ペースはどちらが良いでしょうか?

  • 最終章は一気に。まとめて作って毎日投稿。
  • いつも通りで。1話ずつ投稿。
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