バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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123話 空想(ゆめ)も現実

 

広大な屋外トレーニング場。

 

大気を切り裂くような爆発音が連続して低く、そして熱く響き渡っていた。

 

それは爆豪の放つ両手からの爆撃と、難羽が纏うガイツの装甲による打撃が激しく交差する音であった。

 

爆豪の左腕。

汗を溜め込むためのガントレットは破壊されて吹き飛んでいた。

ガイツが放った鉄拳を咄嗟に左腕で防いだ際に、黄金の破壊力に耐えきれなかったからだ。

 

 

「……チィッ!!」

 

 

爆豪は舌打ちと共に、残された右腕のガントレットのピンを引き抜いた。

そしてガントレット本体からタンク部分だけを取り外し、突進してくるガイツの顔面めがけて投げつける。

 

ガイツが顔面をガードしようと腕を上げた瞬間。

爆豪は空中に放物線を描いて飛んでいくそのタンクに向けて、右の掌から爆破を放ち、着火させた。

 

タンク内に溜まっていた汗が一気に誘爆し、凄まじい爆発と熱風がガイツを包み込んだ。

その爆風と衝撃により、ガイツの突進の動きが一瞬だけ止まる。

 

爆豪は爆破で自身の身体を弾き飛ばし、ガイツの頭上へと跳躍する。

 

彼がこれまでの特訓の末に手に入れた、新たな力の運用法。

 

それは、これまで掌の汗腺からしか出すことができなかった爆破用の汗を、全身の別の部位からも意図的に分泌し、着火させるという技術であった。

掌以外から出している間は、他の部位から同時に出すことはできないという制約はある。

それを差し引いても、腕の振りと反動だけに依存していた以前よりも、移動と体術のすべての威力の底上げに繋がっていた。

 

 

「死ねェッ!!」

 

 

爆豪のかかとから、強烈な爆発が噴射された。

その推進力が、彼が放つ蹴りの威力を何倍にも加速させる。

 

空中を飛び回るネズミ花火のように、爆豪が自身の身体をコマのように回転する。

遠心力と爆破の推力を乗せた回し蹴りが、ガイツの首筋に向かって放たれた。

 

ガイツの顎から、微かに機械音が鳴る。

 

加速装置。

ガイツの肉体と意識が、超高速の時間の流れの中へと突入する。

 

ガイツの主観時間において、世界は泥のように遅くなった。

超高速で回転しながら迫り来る爆豪の渾身の蹴りも、まるで空中で静止しているかのように見える。

 

ガイツはその止まった時間の中で、蹴りの軌道から離脱しようと足を踏み出そうとした。

しかし、足が動かない。

 

ガイツが視線を下に向ける。

彼の足元には、いつの間にか粘着質のゲル物質が付着していた。

地面と装甲を強固に接着して固定されてしまっている。

 

爆豪は蹴りを放つ直前に、文化祭の後に受け取ったサポートアイテムの機能を使っていた。

それによって生成した粘着爆弾を、ガイツの足元へと撃ち込んでいたのである。

 

加速装置による稼働限界が訪れる。

 

時間が元の速度に戻った瞬間、ガイツの足元に付着していた粘着物が爆発に変わった。

足元を掬われ、体勢を崩してふらつくガイツ。

 

その無防備な顔面に向かって、爆豪の回し蹴りが完璧なタイミングで突き刺さった。

金属と肉が激突する鈍い音が響く。

黄金の死神が首を大きく反らせながら、後方へと吹き飛ばされていく。

 

だが、爆豪は全く攻撃の手を緩めない。

空中で体勢を立て直し、両手を円筒状に構え、圧縮した熱光線を放つ構えをとった。

 

A・P・ショット。

一点集中の貫通力に特化した、殺傷能力の高すぎる必殺技。

訓練で相手に向かって放てば「危険過ぎる」「殺す気か」と怒られるような禁じ手だが、相手は怪物であるのだから躊躇はない。

 

一点を穿つ爆発の光線が、吹き飛ぶガイツの胸を直撃する。

しかし、赤熱し、白煙を上げる装甲は、その爆破の威力を受け止めていた。

表面は黒く削れ、ひしゃげているが、内部の肉体までは到達していない。

 

 

(……これでもまだ、足りねぇか!!)

 

 

爆豪は自身の両掌に限界まで汗を溜め込み、それを一気に解放した。

 

ハウザーインパクト・クラスター。

 

彼が汗の分泌腺を鍛え上げ、爆発する汗の粒一つ一つを大きくする。

それによって生み出される破壊力が格段に増した、最大火力の広範囲爆撃。

 

大爆発が巻き起こり、トレーニング場の地面が大きく抉られる。

クレーターが形成された地面から爆風と土煙が舞い上がる中、爆豪はその場からバックステップで距離を取り、警戒態勢構えた。

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 

荒い息を吐きながら、土煙の奥を睨みつける。

この程度の攻撃で死ぬ、いや、膝をつくような存在ではないことなど、彼が一番よく分かっていた。

 

やがて、もうもうと立ち込める爆炎の奥から。

二つの白い光がゆらりと不気味に揺れ動き、黒いシルエットがゆっくりと浮かび上がってきた。

そしてシルエットの腰部分に、三つの光が円を描くように点灯する。

 

土煙が晴れた後に現れたのは、黄金の骸骨ではない。

 

漆黒の飛蝗を模した異形の装甲を身に纏い、白い複眼を光らせる。

秘密結社ショッカーの首領、仮面アクターショッカーの姿であった。

 

 

「……なぁ。何で、そっちのことは言わなかったんだ?」

 

 

爆豪は警戒を解かないまま、唸るような声で問いかけた。

難羽は教室で、難羽解次という教師がサポート科の難羽輪太郎と同一人物であることを公表した。

 

しかし、彼は仮面アクターであるという事実には触れていなかったのである。

 

 

「……これ以上は、流石に雄英高校という組織でカバーしきれなくなるからな」

 

 

 

現在はガイツという輝かしい虚像で誤魔化しが利いている。

 

しかし、仮面アクターという、法を犯して人を殺す完全な犯罪者が雄英の中枢に居座り、生徒を教えているという現状。

どう考えてもアウトである。

教育機関にあるまじき存在である。

 

仮面アクターは法律上殺人鬼の犯罪者でありながらも、世間の一部からはダークヒーローとして一定の評価と支持を受けてしまっている。

これは彼が実際に多くの人々を救い、ヴィランたちを駆逐してきたという実績があるからに他ならない。

 

罪を犯した犯罪者にすら、世界の破滅を防ぐための正義の戦力として頼らざるを得ないという歪みきった現状。

それでも本来は私刑ではなく、国や法が人を裁き、守るべきなのだ。

 

そして、もし仮面アクターと雄英が協力関係にあると世間に認識されてしまえば。

それは雄英というヒーロー育成の最高学府が、法を無視した殺人や私刑(ヴィジランテ)を教育の場として肯定してしまうことを意味する。

それだけは、絶対に避けなければならない。

 

 

「……そういうことかよ」

 

 

爆豪は鼻で笑うように呟いた。

 

 

「……?」

 

 

難羽は、爆豪のそのリアクションに違和感を覚えた。

爆豪であれば今の説明をするまでもなく、簡単に予想がつくことだと思っていたからだ。

 

難羽という男は、人間の思考プロセスや悪意を論理的に辿ることは得意である。

しかし彼は恋心や自尊心といった、曖昧な感情の機微を読み取るのが苦手であり、鈍感であった。

 

にも関わらず。

彼は爆豪勝己という人間と深く関わりすぎていたために。

この全く不要でダメなタイミングで、爆豪の心の裏側にある感情を、無意識のうちに推測してしまった。

 

 

派手で凶暴な性格の割に、実は誰よりも繊細で負けず嫌いで、意外と細かい所を気にする十代のプライドを。

 

 

「……まさか、お前」

 

 

難羽は仮面越しに漏らした。

 

 

 

「……怒っているのか? 俺がお前を捕まえてやると言った約束を無視して、私が正体をバラしかけたことに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んなわけねェだろボケがァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

爆豪が顔を真っ赤にして青筋を立てながら、仮面アクターに向かって真正面から殴りかかった。

 

仮面アクターはその突進に合わせ、両腕を交差させてガードを固める。

しかし、そのガードは貫かれる。

 

これまでの爆破はあくまで掌から放出されるものであり、拳を握り込んだ状態での爆発は不可能だった。

だが、今の彼なら拳の表面から汗を分泌し、爆破させることができる。

 

爆豪の右ストレートが、仮面アクターの腕を捉えるよりも一瞬早く。

拳そのものから発生した爆発が、仮面アクターの顔面を容赦なく襲った。

 

 

「……!」

 

 

怯んだその一瞬を突き、爆豪の連続の拳と爆撃が次々と装甲に叩き込まれていく。

 

だが、仮面アクターもただ殴られているわけではない。

身体を回転させて爆発の衝撃を後ろへと流し、その回転の勢いをそのまま利用する。

強烈なソバットを爆豪の鳩尾に向かって叩き込んだ。

 

爆豪はそのソバットに対してカウンターの爆撃を合わせようとするが、届かない。

仮面アクターの蹴りが、爆豪の腹部に突き刺さる。

 

 

「ガハッ……!」

 

 

 

足から伝わる感触に、違和感。

 

 

(浅い……)

 

 

爆豪は、攻撃のために爆破を放ったのではない。

蹴りが己の身体にめり込むよりも前に、爆破の推進力を使って身体を後ろへと弾き飛ばしていたのだ。

 

蹴りのダメージを最小限に抑えながら後方へと吹き飛んだ爆豪はそのまま宙返りを行い、着地と同時に自身の両拳を地面の土へと叩きつけた。

 

 

「死ねェッ!!」

 

 

爆豪が拳を叩きつけた地点から、仮面アクターの足元に向かって連続した爆発が一直線に走り抜けていく。

まるで地面の下に、見えない導火線が引かれているかのように。

 

仮面アクターは地面をスキャンした。

そこには先ほどの爆豪との近接格闘の際、土の中に染み込ませていた汗の痕跡があった。

実際に透明な導火線が形成されていたのだ。

 

仮面アクターは爆発が到達する前に地面へ足を引っかけて蹴り上げた。

舞い上がった大量の土砂が、連鎖するように空中で爆発を起こす。

まさに地雷を掘り上げて、爆破除去したという状況だ。

 

爆ぜた土砂と黒煙が落下していくその隙間から、仮面アクターの複眼と爆豪の瞳が激しく交差した。

 

これは指導ではない。

死闘だ。

 

爆豪勝己という少年の持つ天才的な戦闘センスと闘争本能は、本物の強者とぶつかり合うことで限界を突破し、加速的な成長を生み出していく。

 

 

(……サイヤ人みたいだな)

 

 

心の中で難羽はそう呟いた。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

 

一人だけ、謎の仮面集団5人との戦闘を難羽に宣告された生徒。

絶望の淵に立たされていた緑谷は殺伐としたトレーニングルーム──ではなく。

 

なぜか、雄英の視聴覚室の椅子に座っていた。

 

難羽から、前半はイメージトレーニングと指示されたためである。

 

現在、部屋の前方のスクリーンに映し出されているのは。

赤と青の鮮やかなクモの巣をモチーフにした全身タイツを着た青年が、ニューヨークの摩天楼を縦横無尽に飛び回り、ヴィランと戦っている姿だ。

 

 

スパイダーマンである。

 

 

薄暗い視聴覚室の中。

椅子に座る緑谷を囲むようにして、あの仮面を被った五人の集団が一緒に座り、まるで休日の家族のように並んでアクション映画鑑賞会が行われていた。

 

緑谷の手元には、真剣にメモを取るためのノートとペン。

そして馬仮面集団の机には、コーラやポテトチップスなどのジャンクフードのお菓子類が広げられている。

 

 

「……これ、一体何の意味がある特訓なのかしらね……映画自体は面白いけど」

 

 

隣の席から、ボソッとそんな呟きが聞こえた。

マグネである。

 

緑谷はその仮面の奥から聞こえる声に首を傾げた。

どこかで聞いたことがある気がしたからだ。

 

しかしそんな疑問よりも、今は目の前の映画に集中することが何よりも大事だと、すぐに頭を振ってノートに視線を落とした。

 

難羽が緑谷に新たな技術や概念を学ばせる際、彼は過去の漫画や映画というフィクションの手段を教材として用いることがあった。

 

緑谷がフルカウルを習得する際には、力の巡りのイメージを掴ませるため、ドラゴンボールの気を練る描写を読ませた。

そして、泥臭くも決して諦めないヒーローの在り方と精神性を見せるために、キャプテン・アメリカの映画を鑑賞させた。

 

数日前。

緑谷は、歴代継承者たちの個性が自分の中で覚醒し始めているという事実を難羽に打ち明けていた。

 

難羽は最初、そのイレギュラーな事態に何かを深く考えているようだった。

しかし、その事実を疑うことなく、すぐに受け入れてみせた。

 

その上で、彼が緑谷の新たな個性を使いこなすために課した特訓メニューがこの映画鑑賞だ。

 

例えば、今スクリーンに映っているスパイダーマン。

 

彼は手首から強靭なクモの糸を射出し、ビルの谷間を振り子のようにスイングすることによる驚異的な三次元機動を見せている。

 

糸を使って空間を支配し、己の身体を引っ張るという挙動のイメージは、緑谷がこれから使いこなさなければならない五代目継承者の個性、黒鞭の動きにそのまま直結する。

 

そして、スパイダーマンが危険を察知した瞬間に発動する、スパイダーセンスのビリビリとした感覚の描写。

 

理屈ではなく脳髄に直接危険を知らせる感覚は、最近緑谷の中で起きるようになった四代目継承者の危機感知の感覚のイメージに合致する。

 

その他にも、難羽がリストアップした映画は山のようにある。

 

難羽は自分でイメージを作る前に。

個性という存在がなかった、空想(ゆめ)幻想(ゆめ)でしかなかった人たちの、個性に縛られる前のイメージを見ろと学べと言っているのだ。

 

 

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

 

 

映画の中で、主人公の育ての親が語ったその重い言葉。

 

それは、今の緑谷自身に課せられた運命をそのまま示しているようだった。

 

無個性だった自分が、偶然ワン・フォー・オールという奇跡の力を継いだ。

最初は、自分が憧れのヒーローの力を継いだと、無邪気に喜んでいた。

 

しかし、今は違う。

この力は社会の闇に潜む宿敵オールフォーワンを打ち倒すために、幾つもの死と悲しみを乗り越えて受け継がれてきた、呪いのような力なのだ。

 

 

 

怖いか?

……少し怖い。

 

 

 

逃げ出したいか?

……そんな気持ちはない。

 

 

 

『偉大な王になるよりも、偉大な男になりたい』

 

 

 

『何度も、何度も、何度も、永遠に負けてやる』

 

 

 

『人を愛し、何かに怯え、正解は分からなくてもまず1歩踏み出して最良の選択を心がける。ヘマばかりだけど

──それが人間だ。僕の強さの源だ』

 

 

 

『ヒーローはどこにでもいる。少年の肩に上着を掛け、世界の終わりではないと励ますような男だ』

 

 

 

『私の自宅やスーツを奪えても、これだけは奪えない。──私はアイアンマンだ』

 

 

 

超常黎明期と呼ばれる混沌の時代よりも、さらに前の世界。

個性も、異能も存在しなかった社会。

 

そんな何もない時代に生きた人々がスクリーンの向こう側に描き出した、不完全で、それでも誰より気高いヒーローたち。

 

 

僕は、彼らのようなヒーローになれるだろうか?

 

 

オールマイトにただ憧れるだけの、無力な少年だった自分が。

今や世界の運命を懸けた、魔王との最終決戦の直前に立たされている。

 

緑谷が見ているのはただの映画であり、作り物のフィクションだ。

それでも敵や運命に立ち向かう彼らに、自分を重ねてしまう。

 

難羽も本物(げんじつ)のヒーローが居る今を生きている。

しかし、彼の憧れは今もスクリーンの中。

それは、現実のヒーローに憧れる緑谷にとっては分からない感覚であった。

 

今分かった。

確かに、居たのだ。

 

画面の向こうの彼らは、見る者に強烈な憧憬を抱かせ、絶望に立ち向かうための勇気を奮い立たせてくれる。

たとえそれが、現実には存在しない偽物の絵空事であったとしても。

 

 

難羽やあの時代を生きた人々は、その偽物の中に本物の光(ヒーロー)を見たのだ。

 

 

その日ばかりは、緑谷のペンの動きが止まっていた。

憧れのオールマイトから力を受け継ぎ、厳しい訓練と実戦の連続の中で少しだけ薄れてしまっていた感情。

それは純粋な尊敬や義務感とは違う。

 

 

ただひたすらに、ただ純粋に、ヒーローってカッコいいなと憧れていた、かつての少年の頃の自分。

 

 

幼い頃、パソコンのモニター前で母に見守られながら。

震える手でオールマイトの救出映像を繰り返し見ていた頃の記憶が、緑谷の胸の奥で蘇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、その感動的な映画鑑賞によって精神的な成長を遂げ、新たな力のイメージを掴んだ緑谷であったが。

一切の手加減を知らない馬仮面の集団に囲まれ、ボコボコにされてしまったのはまた別の話である。

 

新たな力に目覚め、ヒーロー映画から学んだことがあるとしても。

 

 

やっぱり、5人は多い。

 

 

 






「……仮面ライダーを見せないのか、だって? ……一作品約50話を簡単に勧めるわけないだろ。初代で全98話、映画を見るならもっとだ」

現在最終章の作成中ですが、投稿ペースはどちらが良いでしょうか?

  • 最終章は一気に。まとめて作って毎日投稿。
  • いつも通りで。1話ずつ投稿。
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