バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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次回遅くなると言いましたが、先にアンケートをとることにしました。
最終章の投稿予定に影響するので、暇があれば回答をお願いいたします。


126話 ともだちだいじに

 

 

「相澤。ちょっといいか」

 

 

捕縛布の操作に四苦八苦している心操に指導をしていた相澤は声をかけられる。

 

難羽が手を招いていた。

 

相澤は心操に自主訓練を続けるよう告げると、難羽の背中を追って歩き出した。

 

相澤は難羽という男を、碌でもない存在だと認識している。

しかし同時に、彼が意味のない行動を決して取らない男であるとも理解していた。

わざわざ心操から引き離して呼び出したということは、生徒の耳には入れられない話があるということに他ならない。

 

難羽が向かっていたのは、校舎の奥にある応接室である。

だが、その応接室の前には、すでに先客の姿が見えた。

同期であり、長年の付き合いがあるプロヒーロー、プレゼントマイクこと山田ひざしだ。

 

 

「……お前も呼ばれたのか」

 

 

山田は相澤の姿を認めると、怪訝な顔でそう問いかけた。

どうやら山田も、呼び出された理由については聞かされていないらしい。

いや、それ以前の問題として。

 

 

「難羽の正体……お前は知っているのか?」

 

 

相澤は周囲を警戒するように難羽の方をチラリと見やり、山田へ向けて声を潜めた。

 

 

「ああ……ここに来るように言われた時、聞かされた」

 

 

山田は静かに頷き、返答した。

難羽のこれまでの行動原理を考えれば、自分たち二人に関係する何かのために呼んだと考えるのが自然だ。

相澤は嫌な予感が止まらなかった。

 

相澤と山田、この二人を呼び出す理由。

それに該当する難羽との接点は、たった一つしか思い当たらなかったからだ。

 

難羽が応接室の扉を静かに開ける。

 

部屋の中央。

そこに立っていたのは、バーテンダーのような端正なスーツ姿の男であった。

 

しかし、その顔はマスクで覆い隠されており、表情を窺い知ることはできない。

髪の色も定かではなかった。

頭部からまるで深い夜霧のようなもやが、揺らめきながら絶えず立ち上っているのが分かる。

 

だが、その異様な風貌を見ただけで、相澤は男の正体を理解した。

 

 

「お前は……黒霧!!」

 

 

USJ襲撃事件において、ヴィラン連合の主犯の1人として暗躍し、生徒たちを分断させた空間転移の個性を持つヴィラン。

それが今、雄英高校の内部に堂々と立っているのだ。

非常事態である。

 

難羽はヴィラン連合と裏で繋がっていたというのか。

いや、そんなはずはない。

これまで難羽が取ってきた行動は、どれもヴィラン連合に致命的な損害を与える、不利益なものばかりであったはずだ。

 

相澤の頭脳が、現状を理解しようと高速で回転し始める。

しかし、彼の脳は一つの真実へと辿り着きそうになるのを無意識のうちに避ける。

これは難羽の悪趣味な企みだ、何か裏の思惑があるに違いないと己の思考を意図的に誘導し、その結論から目を逸らそうとする。

 

 

「こいつだ」

 

 

難羽の声が応接室に響いた。

 

 

やめろ。

 

 

難羽の言葉に促されるように、黒霧が顔を覆っていたマスクに手をかけ、ゆっくりと外していく。

 

視界に飛び込んできたのは、うごめく黒い闇の霧の中に浮かび上がる確かな人間の輪郭。

 

その霧の先は逆立てた髪のようにも見え、額には特徴的なゴーグルが装着されている。

 

実体を持たないはずの霧が、その肉体がかつて生きていた過去の姿を映し出している。

 

 

やめてくれ。

 

 

目つきこそ違えど、その顔立ちは、彼らの記憶にある存在と一致していた。

 

 

 

「白雲朧……彼の死体を使った脳無、黒霧だ」

 

 

 

相澤と山田。

彼らが共に青春を過ごし、同じ夢を追いかけた、かけがえのない学生時代の友。

 

死という安息すらも冒涜された、悍ましい姿へと作り変えられた友の末路。

それが、彼らの目の前に立っていた。

 

 

 

 

「本来の脳無は、死体をベースにしてそこに複数の異なる個性を移植する。喋る脳無も、その基本的な製造プロセスは同じだ」

 

難羽はまるでカタログでも読み上げるかのように語り続ける。

 

難羽以外はソファーに腰を下ろし、相澤と山田は、亡き友の成れの果てである黒霧と正面から相対する形で座っていた。

 

 

「だが、黒霧のケースは特殊だ。白雲朧に少量の個性因子を複数投与することで、白雲の個性を変質させている。結果として彼が保有する個性は一つ。これにより脳の処理能力への負荷が軽減され、思考機能が問題なく維持されるようになっている」

 

 

特定のワードに反応して意識を停止させるセーフティ機能付きだったけどな。

難羽は最後にそう付け加えて締めくくった。

 

 

「……驚きましたね。私の身体を一度調べただけで、そこまで把握するとは」

 

「個性因子の融合による性質の変化……今私が研究している分野だ」

 

 

難羽が事もなげに答える。

 

 

「ふざけるな!!」

 

 

山田が激しい怒りと共に立ち上がり、両手で力強くテーブルを叩きつけた。

 

そもそも情報を引き出すためとはいえ、ヴィランを雄英高校の内部に連れ込むという行為自体が、常軌を逸した暴挙である。

その上、この脳無が白雲朧の成れの果てだなどと平然とのたまう難羽の態度。

山田の堪忍袋の緒はとうに切れていた。

 

そんな怒りを全身で露わにする山田とは対照的に、相澤は深く顔を伏せ、身体を震わせていた。

 

彼の胸中を渦巻いているのは行き場のない怒り、友を汚された深い悲しみ、そして絶望。

それらが複雑に交じり合った、真っ黒な感情の濁流だ。

 

だが、相澤の反応が山田と決定的に異なる理由が一つだけあった。

 

相澤は以前、白雲の遺体が脳無の素材として利用されている可能性があることを、すでに難羽の口から聞かされているのだ。

 

もし彼が、理性を失ったただの化け物として、敵として目の前に現れたのであれば、まだ救いがあった。

彼を苦しみから解放し、再びあの世へと還してやるために全力で戦い、その命を絶つ覚悟を決めることができたからだ。

 

だが今目の前に座っているのは、全く別の存在であった。

言葉を理解し、会話を交わすことができる自我を持った存在。

 

相澤は友の成れの果てに対してどう向き合い、どう行動すれば正解なのか、分からなくなっていた。

 

 

「……何が目的だ」

 

 

相澤は絞り出すような掠れた声で、黒霧に向かって問いかけた。

 

 

「死柄木弔……私の友人を助けるために、この男の手を借りました」

 

 

黒霧が静かに答える。

 

目の前に座るこの男は、社会を脅かす凶悪なヴィランである。

しかし今の相澤には、彼を単なるヴィランとして切り捨てることは出来なかった。

 

黒霧の言葉の端々に、行動の随所に。

かつての親友の面影が重なって見えてしまうからだ。

 

難羽から聞かされた話によれば、彼は友を救うというただ一つの目的のために、自らの未来と命を差し出したのだという。

 

自分たちがヒーローや警察に捕らえられ、一生を檻の中で過ごすことになっても構わない。

ただ己の仲間でありリーダーであった死柄木弔。

彼を洗脳し、絶望のどん底へと突き落とした諸悪の根源、オールフォーワンに一矢報いたい。

そして死柄木をその呪縛から救い出したいと、彼らは願ったのだ。

 

そもそも死体から製造され、悪事を行うようにプログラムされたこの黒霧を、ただ単純に悪として、ヴィランとして裁くべきなのだろうか。

 

確かに彼はこれまでに多くの命を奪い、社会に混乱をもたらしてきた。

その心は悪に染まりきっているのだろう。

しかし、創造主から悪であれと造り出された彼に対して、個人の罪を問うことにどれほどの意味があるというのか。

 

そして相澤の脳裏に、かつて難羽が蘇生させた、サー・ナイトアイの存在が過った。

 

極度の混乱と葛藤により、相澤の思考は限界を超えてぐちゃぐちゃになる。

決して口にしてはならない言葉が、無意識のうちに唇から零れ落ちてしまった。

 

 

「白雲を……生き返らせることは、出来るか」

 

 

あれほど難羽を警戒し、信用できないとしていた自分が、一体どの口でそんな懇願をしているのか。

 

今、目の前で確かに自我を持って生きている存在を無視して、言ってはならない言葉を放ってしまった。

 

難羽は無言のまま自身の顎を撫で、結論から短く答えた。

 

「……無理だ」

 

「……そうか」

 

 

相澤の心は、難羽のその一言で絶望へと沈んでいった。

しかしその絶望の裏側で、どこか安堵の吐息を漏らしていたのもまた事実であった。

 

仮に難羽が白雲朧を蘇生させることができたとして、今ここに存在している黒霧という人格は、一体どうなってしまうのか。

彼が脳無だから、ヴィランとして造られた存在だからという理由だけで一方的に命の選別を行い、彼を切り捨てるような真似はしたくなかった。

 

 

「私の蘇生処置は、あくまで個性因子に宿る記憶データを、修復した脳へと再インストールする行為に過ぎない。例えるなら、データが吹き飛んでしまった記憶メディアに、バックアップをコピーして復元するようなものだ」

 

 

難羽は常軌を逸した技術のメカニズムを淡々と説明していく。

 

 

「つまり、すでに別のデータが書き込まれている場合は上書きとなる。黒霧は消滅するというわけだ……そもそも宿っている記憶がすでに黒霧のものに変質してしまっている可能性が高い。白雲の記憶をサルベージできたとしても、黒霧の人格と衝突して精神が崩壊するだけだ」

 

「……なるほど。それならば私の意識を、別の新しい肉体という器に移し替えればよいのでは? 主……オールフォーワンが実行したように」

 

 

黒霧は己の肉体という存在の在り方について、これまで深く思考を巡らせたことなどなかった。

 

まるで健康診断でも受けるかのような軽い感覚で、かつての主が行ったという人格移植の手法を解決策として提案する。

死体から生み出されたという生命の理から逸脱した出生の経緯が、人間の持つ倫理観とはかけ離れた発想を容易に抱かせていた。

 

しかし、難羽はその提案を否定した。

 

 

「お前が保有している個性因子はワープゲート一つだけだ。分割することは出来ない。そもそもオールフォーワンが実行した手段というのも、単なるコピーだ。オリジナルはすでに死んでいる」

 

「どういうことだ……?」

 

 

技術論と狂気に満ちた話の展開に追いつけなくなった山田が、困惑を隠せずに問いかける。

難羽は山田へ向けて視線を移し、さらに詳細な解説を加えた。

 

世間の人間から見れば、まるでオールフォーワンが新たな身体を手に入れて復活を果たしたかのように見えるだろう。

 

しかし、あれはあくまで死柄木という肉体の中に、オールフォーワンの記憶と人格のコピーをインストールしただけだ。

オリジナルのオールフォーワンの意識は残ったままである。

そして難羽は神野区で彼を葬った。

彼はあの時、間違いなく死んだのだ。

 

つまり。

死柄木弔の肉体を乗っ取り、自身が復活を遂げたと狂喜しているオールフォーワン。

神野区で命を落としたオリジナルのオールフォーワン。

 

その二つは記憶や人格こそ同一であれど、本質的には全く別の存在である。

 

 

「まさに、過去の亡霊ですね。弔は取り憑かれてしまったというわけですか」

 

 

黒霧は己の出生と運命を嘲笑うかのように、皮肉気に笑った。

 

死柄木弔に従い、彼を守り抜けという、創造主から与えられた命令。

 

その真の理由は、死柄木が次世代の王として君臨するためなどではなかった。

ただ単に、オールフォーワンが自身の魂を移し替えるための次なる器として、彼が傷つかないように傍で監視ししておいて欲しかっただけなのだ。

 

黒霧はソファーから立ち上がり、壁に立てかけておいた黒い棍を手に取った。

 

死柄木を救い出すために。

戦闘技術を磨き上げ、最終決戦に向けて準備を整えなければならないと、彼の内なる意志が焦りを見せていた。

 

これはプログラムされた命令ではない。

彼自身が選び取った、彼自身の明確な意志であった。

 

決意を固めて歩み出そうとする黒霧の後ろ姿。

彼と同じく棍を構える姿。

 

相澤は、やはりかつての親友の面影を重ねずにはいられなかった。

 

 

「お前は、誰だ?」

 

 

相澤の問いかけに黒霧は立ち止まり、ゆっくりと振り返って答えた。

 

 

 

「私は、黒霧……相澤と山田、あなた方の友人である、白雲朧ではありません」

 

 

 

そう言って黒霧は応接室の扉を開け、廊下へと出て行った。

 

相澤は深く息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

 

「あいつは救ったんだな……ヴィランすらも」

 

 

「ああ……あいつは確かに生きている。黒霧の、心の中に」

 

 

 

相澤の呟きに山田もまた、力強く頷いた。

 

 

黒い霧の中に浮かぶ、小さな白い雲。

心のない人形に、雲は友の大事さを教えたのだ。

 

 

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