バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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まとめての投稿が良い人も多かったのですが、これまで通り一話ずつ完成次第投稿させていただきます。
ご了承ください。


最終章    ヒーローアルカディア
126話 完璧な支配(ルール)


 

二月初旬。

外界の喧騒から隔離された難羽のラボ。

その空間の中央では、生体ライブラリであるバベルが脈打つような音を響かせている。

 

そこでデヴィッド・シールドは、目の前のモニターに表示され続ける膨大なシミュレーション結果を睨みつけながら、疲労の滲むため息をついた。

彼の瞳の下には濃い隈が刻まれ、その表情は行き場のない絶望に彩られていた。

 

難羽から個性の終末──人類が個性の複雑な混ざり合いによって人間としての形や同族意識を失い、別種族へと進化し果てるという真実を聞かされてから、デヴィッドは寝る間も惜しんで研究を続けてきた。

だが、進化を止められない器である人間を救済するための方法が、どうしても見つからない。

 

難羽が導き出した結論である無個性化計画。

それはある研究者が理論だけを構築していた個性増強薬を基にした爆弾、イディオトリガーボムという概念を利用し、全世界に個性を相殺するための特殊な信号を一斉に送信するというものだ。

意図的に人体に暴走状態を引き起こし、体内の個性因子だけを完全に死滅させるという劇薬である。

 

そして恐ろしいことに、難羽はすでにその爆弾の製造まで漕ぎ着けていた。

 

そんなことができるわけがない、という段階ではない。

出来てしまったからこそ、難羽は悩んでいるのだ。

 

本当にこの道しかないのか。

全人類から個性を奪い去るという手段しか残されていないのか。

 

だからこそ難羽は、デヴィッドに己の知識と研究データのすべてを託し、新たな可能性を探してもらっている。

 

だが、見つからない。

 

人類の最適化による過剰な多様化は、もはや後戻りできない領域にまで達している。

個性という概念が存在し続ける限り、この破滅的な変質は決して止まらない。

 

特定の個性を持つ者は子を作れないように、厳格な法律を作るか? 

個性の摘出をワクチンのように全人類に義務付け、定期的に続けるか? 

 

論外だ。

従わない者が現れた瞬間に破綻する砂上の楼閣に過ぎない。

強硬策では意味がない。

 

それに、遺伝の不確定性から逃れることはできない。

これは難羽の無個性化計画でさえ同じリスクを抱えている。

 

仮に一世代分の個性を完全に喪失させたとしても、次の世代、あるいはさらに先の世代。

突然変異として個性が復活しないという保証はどこにもないのだ。

 

 

「……調子はどうだ」

 

 

ラボの片隅でバイクの調整作業をしていた難羽が、手を止めることなく静かに問いかけた。

その問いに対し、デヴィッドが良い返答をできたことはこれまで一度もない。

 

 

「正直、手詰まりになっているといっていい」

 

 

デヴィッドは、己の無力さを噛み締めるように答えた。

 

 

「……そうか」

 

 

難羽は工具を置き、静かに目を伏せた。

 

彼がデヴィッドにしかこの真実を託していないのは、デヴィッドという人間にシンパシーを感じたこと、そして、彼のような信用できる人間にしか個性の真実を伝えられないためだ。

また、この事実を知る人間が増えれば、必ず無個性化計画に反発し、倫理的な観点から抵抗を試みる人間が出てくる。

難羽はあくまで救済方法について探しているのであって、組織内で無意味な政治争いをしたいわけではないのだ。

 

 

「……異形型個性持ちだけを対象に、個性摘出の処置を行うというのはどうだろうか? 少なくとも、全人類を放置しておくよりは、最適化のスピードは緩やかになると思う」

 

 

デヴィッドは藁にもすがる思いで、一つの妥協案を口にした。

しかし、難羽の反応は冷淡であった。

 

 

「……やはりダメだ。誰かが拒否し、隠れて子を成した場合にその計画は破綻する。全人類を同時に不可逆的に変質させなければ、不確定要素が多すぎる。それに突然変異が起こることを考えれば、異形型個性持ちだけを対象とするのでは根本的な解決には足りない」

 

 

難羽は無慈悲なまでに論理的に、その案を切り捨てた。

 

 

「……ダメ、なのか?」

 

 

デヴィッドの落胆の声に対し、難羽は絶望の色を滲ませ、ため息をついた。

 

思考の転換に至らない。

彼らが相手にしている敵は特定のヴィランや組織ではない。

 

世界の理そのものなのだ。

 

反逆の規模が小さければ、いずれ巨大な進化の波に呑まれる。

 

 

「個性そのものを失わせるというのは、やはり無理があるのだろうね。……いや、待て。個性そのものを変質させるというのはどうだろう」

 

 

デヴィッドは思考の角度を変える。

 

必要なのは、個性による人間の肉体的・精神的な変質を止めることだ。

ならば、個性そのものの構造や性質が変われば、どうにかなるのではないか。

 

 

「それは私も考えた。だが、個性の突然変異というイレギュラーに対応できない。少なくとも、ボムによる変質因子信号の拡散程度では対応しきれない」

 

 

難羽は首を振って否定した。

 

彼もかつて、個性そのものを変えるという方法は試行錯誤していた。

すべての個性因子に、人体に影響を及ぼさないという新たなルールを根本から書き込むことで、人類の変質を避けることができるのではないかと。

 

難羽は過去に、個性因子のルール付けの実験を行っていた。

当初、その目論見は上手く行ったかに見えた。

 

しかし、次世代へと遺伝した際、その効果は呆気なく失われる。

個性因子の形を根底から変えるのではなく、ただその個性因子に表層的な性質を付け足しただけという形になってしまっていたのだ。

世代が変わればそのルールは薄れ、上書きされてしまった。

 

個性という概念、その存在そのものに直接作用するレベルのものでなければ、永続的なルール付けを行うことなど不可能ということである。

 

 

「…………?」

 

 

難羽が自身の過去の実験について反芻していたその時、ふと、何かが引っかかった。

 

何か、重大なヒントがあった気がする。

 

可能性。

思考の転換。

 

人類の無個性化ではない。

個性の性質そのものを、根底から変える何か。

 

 

「難羽さん!!」

 

 

何かが、霧の向こうに見えかけた。

 

 

「ちょっと、難羽さん!!」

 

 

 

 

 

「難羽さん!!!」

 

「うるせぇッ!! なんだ!!」

 

 

深く潜航していた難羽の思考を、デヴィッドの悲痛な叫び声が強引に引き上げる。

核心に触れかけていたところを邪魔をされた難羽は、珍しく本気で怒気に満ちた顔をデヴィッドへと向けた。

 

しかし、デヴィッドは難羽の怒りなど意に介さず、ただ震える指でメインモニターの表示を指差すだけだった。

 

難羽が視線を向ける。

 

衛星からの映像。

日本近海から太平洋上空をアメリカ大陸に向けて猛スピードで飛び去る、翼の生えた異形の怪物の姿が見えた。

 

飛行型の脳無だ。

 

そして、その背中に悠然と立っているのは。

 

 

「死柄木……!!」

 

 

それは志村転弧という青年の肉体を完全に奪い、乗っ取った死柄木全。

上等なスーツに身を包んだ、オールフォーワンの亡霊であった。

 

肉体の定着と調整が済んだのだろう。

難羽の想定よりも幾分早いが、許容範囲内の出来事だ。

 

だが、何が目的だ。

 

彼の行く先は雄英高校ではない。

ワン・フォー・オールが目的ではないというのか? 

 

いや、この進路は。

 

難羽はコンソールを叩くように操作し、飛行脳無の予測ルートを地図上に表示させる。

日本海を抜け、太平洋を一直線に横断する。

 

行き先は、アメリカ合衆国。

 

 

「ワン・フォー・オールじゃない。奴の狙いは、新秩序(ニューオーダー)か!!」

 

 

もしあの力がオールフォーワンの手に渡れば、文字通り世界は終わる。

いかなる対策も無意味となる絶対的な力。

難羽が知る中でも屈指の無法な概念系個性。

 

難羽は弾かれたように身を翻し、調整を終えたばかりのバイクへと飛び乗った。

 

かつての激戦で大破したサイクロンアバドの残骸から新たに製作された、サイドカー付きの漆黒の大型バイク。

 

けたたましい咆哮のようなエンジン音と共に、ラボのハッチが開く。

 

 

「演身!!」

 

 

難羽の叫びと共に、突風を帯びた彼の姿が漆黒に染まり上がる。

黄色のマフラーが翻り、悪を葬る死神──仮面アクターの姿が顕現する。

 

それに呼応するように、彼が跨るバイクとなったサイクロンアバドが駆動音と共に変形を開始する。

 

サイドカー部分が中央から二つに分離し、後方部分へとスライドして融合、莫大な推進力を生み出す巨大なブースターへと変貌する。

 

そして前面の装甲パーツが大きく展開・変貌し、まるで重戦車のような巨大な二輪装甲車の様相となる。

 

異形の黒い飛蝗を思わせるそのマシンは、凄まじい速度によって周囲の空間に残像を残している。

それはまるで、空を貫く巨大な黒槍のようであった。

爆発するかのような青白いブーストの炎と共に、仮面アクターが一瞬にして時速数百キロの速度に到達し、大地を蹴り立てる。

 

 

『ジャンプホッパー!!』

 

 

仮面アクターのシステムが起動し、加速機能が彼自身とバイクを、通常の物理法則から切り離された超時間の流れへと飛ばす。

 

黒い流星が、音置き去りにしていく。

 

 

「間に合え……!」

 

 

ヘルメットの奥で、難羽は血を吐くような思いで念じた。

世界の命運を懸けた、最後の戦いが幕を開ける。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

太平洋上空。

アメリカ大陸に刻一刻と接近する、底知れぬ邪悪。

 

死柄木弔の肉体を完全に支配し、若く強靭な力を手に入れたオールフォーワン。

 

仕立ての良いスーツに身を包んだ彼は飛行型の脳無の背に立ち、吹き荒れる暴風を心地よさそうに浴びていた。

 

 

「早いね、アメリカ……でも、ちょうどいい。君の個性、僕がもらうよ」

 

 

魔王は眼下に広がる雲海を見つめながら、愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

だが、その魔王を迎え撃つため、すでに空には強固な防衛線が敷かれていた。

 

最新鋭のステルス戦闘機に乗り込んだ歴戦の猛者達(ブロス)

 

そして、戦闘機の機上に仁王立ちする一人の女。

 

 

アメリカNo.1ヒーロー、スターアンドストライプ。

 

 

『あれがトムラ・シガラキ……いや、身体を乗っ取っているだけだから……オールフォーワンか。一応聞くが、正面から攻めるか?』

 

 

通信機越しに、ブロスの部隊長であるアクバーの緊張を孕んだ声が響く。

 

 

「後ろはアメリカ……守るべきものがある。もちろん、迎撃(SMASH)!!」

 

 

スターは一切の躊躇いなく叫んだ。

 

難羽が以前、ショッカーの救助部隊を解散させる際、オールフォーワンはまだ生きており、死柄木の肉体を乗っ取っているという事実を伝えている。

それはオールフォーワンが日本の包囲網を逃れ、海外へ逃亡することを予期しての事前説明であった。

 

しかし、その情報がアメリカに潜伏していたあるショッカー関係者を通じて、アメリカ政府上層部へと秘密裏に報告されていたのだ。

 

その結果として、スターは敵の正体を誤認することなく、己の力を最大限に活かすための条件を揃えた状態でこの迎撃戦に臨むことができたのである。

 

 

『スター! 奴はスター以上に何でもありの化け物だ。覚悟しろよ!』

 

「ああ……お前たちの死体は必ず親族のもとへ返す。陣形展開!」

 

 

スターの号令と共に、戦闘機の編隊が散開。

オールフォーワンを取り囲む陣形を構築する。

 

交渉の余地など、最初から存在しない。

 

スターは己の持つ神の如き絶対的な力、新秩序(ニューオーダー)を発動するための準備に入る。

スターは大きく息を吸い込み、目の前の何もない空間——大気にその手を触れた。

 

 

「大気! 私の前方百メートルの空間から、大気はなくなる!」

 

 

その力強い宣言と共に、世界に新たなルールが付与される。

 

オールフォーワンと彼を乗せた飛行脳無を包み込んでいた空間から、瞬時にして一切の空気が消失した。

完全なる真空状態の現出。

いかに強靭な肉体を持とうと、どれほど強力な個性を有していようと、呼吸ができなければ死ぬ。

 

スターの個性は対象に直接触れ、その名を呼ぶことで新たなルールを世界に強制的に付与する。

 

彼女が同時に設定できるルールは最大で二つまで。

しかし、そのうちの一つはキャスリーン・ベイト(スターアンドストライプ)自身の自己強化に割かれているため、戦闘において自由に設定できるのは残る一つの枠のみとなる。

 

突如として真空空間に放り込まれたオールフォーワンの体が激しく痙攣し、その顔に苦悶の表情が浮かんだ。

 

 

(息が出来ない……良い個性だ)

 

 

苦痛に顔を歪めながらも、魔王の内心は極上の宝を前にした喜悦に打ち震えていた。

 

並のヴィランならここで決着となるが、彼はこんなところで終わるような脆弱な存在ではない。

彼は自身の体内にストックされた無数の個性の中から、この状況を打破するための最適な組み合わせを瞬時に選び出す。

 

電波、反射、そして無呼吸状態でも活動を維持するための呼吸系個性。

オールフォーワンは掌から高出力で指向性を持たせた電波を放ち、その反動を利用して強引に後退。

スターの作り出した死の真空空間から逃れた。

 

 

「逃がさないよ……ブロス!」

 

了解(アイ・コピー)!」

 

 

スターの怒声に呼応し、部隊全員が戦闘機の操縦桿を強く握り込んだ。

編隊を組む戦闘機が一斉に、オールフォーワンへ向けて高出力のレーザーを照射する。

 

光の雨が魔王を貫く。

 

しかし、オールフォーワンは反射と拡散の個性を組み合わせ、その光の雨を完全に防いだ。

 

そればかりかレーザーは魔王の肉体から不可解な軌道で跳ね返り、攻撃を仕掛けた戦闘機やスター自身へと襲い掛かる。

その一筋が、スターの身体に直撃した。

 

否。

 

 

「レーザーは持てる!」

 

 

スターが叫ぶと同時、新しいルールが光の束に付与された。

実体を持たないはずのレーザーが物質化し、スターの両手によってしっかりと受け止められていた。

 

だが、そのルール変更のわずかな隙を見逃すはずがない。

 

 

「どっちが先に触れられるか、だね」

 

 

オールフォーワンが不敵に笑う。

脳無の研究技術のすべてを注ぎ込まれ、新生した肉体。

それは並の強化系個性を素の肉体で凌駕するほどの怪物的な出力を誇っている。

 

彼は脳無の背中から砲弾のように射出され、空気を引き裂く速度でスターへと突撃した。

 

オールフォーワンが持つ、触れたものを崩壊させる個性と、個性を奪う個性。

対するスターは、触れることによってルールを付与する個性。

 

どちらも相手の身体に直接触れることが発動の条件。

互いに相手の身体に触れることができれば、その瞬間に王手となる極限の状況。

 

しかし、この超高速の肉弾戦において勝ったのは、スターであった。

 

 

「超パワーによる空中機動は──」

 

 

突撃してくるオールフォーワンに対し、スターもまた正面から突撃する。

単純な肉体スペックの比較であれば、自己強化のルールを付与されたスターよりも、完成された今のオールフォーワンの肉体の方が遥かに上回っている。

 

 

「望むところだ! オールフォーワン!!」

 

 

しかし、オールフォーワンの戦闘スタイルは複数の個性を組み合わせた、雑な高出力攻撃が基本であった。

 

かつて神野で死闘を繰り広げた際も、個性の出力をぶつける力技に終始していた。

純粋な体術、格闘術の技術に関して言えば、彼はあまりに未熟である。

 

 

「がっ……!」

 

 

長年、己の肉体を鍛え上げ、無数の死線を潜り抜けてきたスターのカウンターの拳が、オールフォーワンの顔面へ叩き込まれた。

鈍い打撃音と共に、魔王の身体が大きく吹き飛ばされる。

 

拳による、対象への直接の接触。

そして、対象の名を呼ぶこと。

 

スターの個性が発動するための条件は、完全に揃った。

 

戦闘機の上部に墜落し、体勢を崩したオールフォーワンのもとへ着地したスターは、新たなルールを宣言する。

 

 

 

「オールフォーワンは、ここから少しでも動いたら──心臓が止まる」

 

 

 

チェック。

もし、彼女が事前情報を得ておらず、目の前の敵をトムラ・シガラキと勘違いしたまま名指ししていれば、このルールは発動しなかっただろう。

だが、彼女は明確にオールフォーワンと呼んだ。

 

これで決着である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──かかった。

 

 

スターの個性新たなルールを付与し、オールフォーワンという存在の命を支配した、その瞬間。

 

オールフォーワンは逆に、支配を解いた。

 

 

 

 

 

 

 

「──死柄木弔とか……オールフォーワンとか……ふざけるなよ」

 

「……!?」

 

 

ルールが付与されたにもかかわらず、オールフォーワンの肉体が、動いた。

心臓が止まる気配はない。

 

それどころか彼の全身から放たれる雰囲気が、禍々しいものから劇的に変わっていく。

 

 

 

「俺は──志村転弧(しむら てんこ)だぁッ!!!」

 

 

 

自身の深き底に無理やり沈められていた人格。

目覚めるために暴れ狂う彼は、現在の状況など一切理解していない。

ただ、己を自身の名ではない違う名前で呼ぶ目の前の存在へ向けて、純粋な怒りを込め、強烈な頭突きをお見舞いした。

 

スターが顔をしかめ、たたらを踏む。

 

対象の認識のズレ。

オールフォーワンに向けられたルールは今この瞬間、表面化している「志村転弧」という存在には適用されなかった。

 

 

完全なる支配とは、解放すらも掌の上なのだ。

 

 

現在最終章の作成中ですが、投稿ペースはどちらが良いでしょうか?

  • 最終章は一気に。まとめて作って毎日投稿。
  • いつも通りで。1話ずつ投稿。
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