バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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129話 ノーコンティニューでクリアしろ

 

別の可能性の話。

 

死柄木弔の魂には家族との凄惨な過去の因縁、自身の痛みを真に共有できる理解者の不足、そして己の幼少期の記憶の大部分が欠落していることによって、底知れぬ憎悪が蓄積されていた。

もし、その憎悪のマグマが限界を超えて溢れ出し、彼の精神を強靭なものへと鍛え上げていれば。

彼はオールフォーワンによる精神支配を跳ね除け、真の怪物として覚醒する未来があったかもしれない。

 

だが、現実の彼はそうではなかった。

彼の魂の根底には、皮肉にも志村転弧という、ヒーローを夢見た心優しい少年の欠片が未だに強く残っていたのである。

 

すべてを無差別に壊すという破壊の力を、彼は選んで壊すという繊細な力へと変質させてしまった。

ヴィランに堕ちてしまった仲間たちの境遇を悲しみ、たとえ世界から悪と謗られようとも、自分たちの小さな世界の中だけは正しくあろうと足掻いた。

 

それは、決して忌むべき感情ではない。

紛れもない優しさである。

 

しかし、その優しさが結果として、彼の憎悪の炎が燃え上がる機会を失わせてしまった。

優しさが故に彼の心の防御壁は脆く、魔王にその肉体と魂を明け渡すことになってしまったのだ。

 

 

「──さて」

 

 

眼下の海面で重装甲バイクの上に立つ仮面アクターは顔を上げ、空に浮かぶ真なる魔王を見据えていた。

 

『ホバー・ドラゴンフライ』

 

仮面アクターのシステムが音声を発すると同時、漆黒の背中から、トンボの翅を模した高密度のエネルギー体が展開された。

エネルギーの翅が空気を切り裂いて激しく羽ばたき、仮面アクターは一気に空へと舞い上がる。

 

彼は一直線に飛翔し、オールフォーワンの眼前、わずか数メートルの距離まで肉薄した。

 

射程範囲内の戦闘領域内。

ここから直ちに、最終決戦の火蓋が切られる可能性はあった。

マスクの中で、一筋の冷たい汗が流れ落ちる。

 

だが、死柄木の肉体を脱ぎ捨て、全盛期の若さと力を取り戻した新生オールフォーワン。

彼はただ静かに、愉悦に満ちた笑みを浮かべて仮面アクターを見つめ返していた。

 

その瞳に敵意や殺意は感じられない。

だが、その笑みの奥底には、純粋で底知れぬ邪悪が満ちていた。

 

 

「種明かしをしても、理解してくれる人は少ないだろうけど……君なら、僕がどうやって弔を支配したか分かるだろう?」

 

「……個性のストレス。精神に由来するエネルギー。それを活用したうえで、転弧を実験台にしたな。ワン・フォー・オールを奪うために」

 

 

仮面アクターは煮え滾る怒りを抑え込みながら、冷徹な声で返答した。

 

ここで怒りに任せて戦端を開いても、彼が得るものは何もない。

仮に魔王と相打ちに持ち込めたとしても、その余波でスターや転弧、そして上空で待機している戦闘機パイロットたちまで巻き添えにしてしまう。

 

オールフォーワンのマスターピースとしての肉体調整。

それ自体が完了したのは、実は今日この日ではない。

彼の肉体はすでに完成していた。

 

では、彼はこれまで何をしていたのか。

 

それは個性の練習という、彼が人生で一度も行ってこなかった行為。

そして、己の中に同居する死柄木弔という魂に対し、人格の綱引きを繰り返していたのだ。

ワン・フォー・オールは、歴代の継承者たちが認めなければ、他者に譲渡されないというルールを持っている。

それを個性オール・フォー・ワンの力一つで引き剥がすには、盤石な布石が必要であった。

 

その布石の一つが、ストレスによる精神そのものの強化。

そしてもう一つが、他者の精神世界に侵入する戦いの経験を積むことであった。

 

その副産物として、彼は死柄木の精神を完全に支配下に置きながらも、己の意思で自由に表層の人格を切り替えることができるようになったのだ。

 

彼は本来、転弧の人格を難羽の攻撃を止めさせるための盾として使う予定だった。

だが今回、新秩序(ニューオーダー)という爆弾を処理するために、ゴミ箱として切り離す結果となってしまった。

 

オールフォーワンは仮面アクターが狼狽える姿を見られなかったことに、残念そうな溜息をついた。

 

 

「流石だよ。僕の意図をすぐに理解してくれる。まるで長年の友だね」

 

「忘れていた奴がよく言うな……来いよ。絶交してやる」

 

 

仮面アクターは右手を突き出し、魔王へ向けて挑発的に手招きをした。

これは本気で戦いを挑んでいるわけではない。

先ほどからなぜすぐに仕掛けてこないのか、その真意を探るためである。

 

ここは見渡す限りの海の上であり、仮面アクターの周囲には守らなければならない存在が多すぎる。

さらに援軍を即座に呼べる状況でもない。

純粋な戦闘力の比較を抜きにしても、状況的に仮面アクターを仕留めるには好都合な場所であるはずなのだ。

 

その挑発に対し、オールフォーワンは穏やかな笑みを浮かべ、両手を軽く挙げて降伏のポーズを取った。

無論、その姿勢からでも仮面アクターを吹き飛ばすことが可能であることは互いに理解している。

 

 

「僕はね、君を信頼しているんだ。アメリカNo.1を、君が必ず救ってくれることをね」

 

 

矛盾した発言であった。

今まさにその手で彼女を殺し、灰に変えようとしたのは誰か。

そもそも、この状態の彼女を本当に救うことなどできるのか。

そう問い詰めたくなるような言葉。

 

しかし、仮面アクターもまた常人ではない。

 

 

「……お前がスターに、アメリカに与えたかったのは死ではなく、敗北か」

 

「正解。余計な茶々を入れられたくなかったからね。出来たら新秩序も欲しかったけど、それは後で良い」

 

 

オールフォーワンは仮面アクターに対し、大げさに拍手をして見せた。

 

スターがこの戦いで想定した最悪の事態は、新秩序が奪われること。

オールフォーワンが想定した最善の事態は、新秩序を奪いとること。

 

しかし、オールフォーワンの目的は、スターを確実に倒すことであった。

 

もし、これから日本でヒーロー達と決戦を繰り広げている最中にスターが不意に参戦してくれば、彼と言えども一気に押し切られる可能性があった。

だからこそ、彼は万全の状態の今、最強を討ち取りに行った。

 

これにより、アメリカNo.1ヒーローが敗北したという事実が世界に知れ渡り、各国は恐れをなして日本への支援を及び腰にするだろう。

 

彼の配下であるヴィランたちは世界中に潜伏している。

彼らを一斉に蜂起させることで各国のヒーローを足止めし、自分は日本のヒーローたちだけを想定して戦えばいい状況を作り出す。

 

それが、魔王の描いた盤面であった。

 

そして、彼は本当に仮面アクターを、難羽輪太郎という男の行動原理を信頼している。

 

スターはアメリカにおける平和の象徴であり、日本におけるオールマイトと同じポジションの存在だ。

もし彼女が本当に死ねば、日本以上の犯罪率を誇るアメリカのヴィランたちが爆発的に活性化し、アメリカという国が混乱の渦に飲み込まれる。

 

世界の敵であるオールフォーワンに対し、世界の味方である仮面アクターだからこそ、この問題は無視できない。

また、オールフォーワンは知る由もないが、難羽が今生でこの世界に初めて降り立った場所も偶然ながらアメリカである。

 

かつて、一度完全に死んだサー・ナイトアイを生き返らせたように。

難羽は必ず、このスターも復活させるだろう。

 

個性の反発で消えてしまった、新秩序という力も一緒に。

 

魔王にとっては、まずは邪魔なワン・フォー・オールを奪い、日本のヒーロー社会を破壊することが最優先。

新秩序を手に入れるのは、難羽が彼女を治療し終えた後でよいのだ。

 

だからこそ、オールフォーワンは彼女の肉体の崩壊速度を遅らせた。

必ず、ヒーローが助けに来ることを予想して。

 

 

「だから、君にはスターを何としても助けてほしいんだ。こんな海の上で、無残に殺すわけにはいかないからね」

 

 

その邪悪な計画から紡ぎ出された、救いを求める言葉。

だが、仮面アクターはそれを否定することができなかった。

 

ここで魔王の言葉に無意味に反発して彼女を治療しないという選択肢は存在しない。

己の行動、己の信念、己の技術のすべてが計画の一部として組み込まれていることに業腹(ごうはら)を覚える。

 

しかし。

仮面アクターの口角が、マスクの奥で小さくつり上がった。

 

彼からしてみても、現在の状況は自身の想定した最悪のケースから外れ、「予想通り」の事態へと着地していたからだ。

 

 

「寄生虫のままだったら殺すことはできなかったが……自ら転弧の魂を切り離してくれたな。お前を殺しちゃいけない理由は無くなった。余程、自分の身体が欲しかったようだな」

 

 

オールフォーワンが死柄木弔の肉体から別個の存在として羽化すること。

それは、仮面アクターも予測していた事態であった。

 

精神支配と聞けば、響きこそ魔王の力を現しているようだが。

その実態は死柄木弔の肉体を前提にして生存しているだけだ。

 

今はオールフォーワンの意識が主人格となっているとはいえ、もし彼が、かつてあるヴィランが製造していた個性破壊弾を受けた場合。

個性因子に存在している彼の意識そのものが、因子の破壊と共に消滅してしまう可能性が高かった。

 

だからこそ、彼は最終的には純粋な己の身体を必ず求めるはずだと推測していたのである。

そして、的中した。

 

 

「だって、そうだろう? ……人々が恐れているのはお前(死柄木全)じゃない。個性のオール・フォー・ワンだもんなぁ!?」

 

 

仮面アクターは魔王の邪悪な企みに対して、それ以上の邪悪さを孕んだ嘲笑で返した。

 

彼はかつて己の名を捨て、オール・フォー・ワンと名乗ることを決めたと語っていた。

しかし、次の器として育て上げた転弧に対し、死柄木という自身の旧姓を与えているあたり、彼は未だに「死柄木」を捨てきれていない。

 

誰もが、死柄木全という一人の人間に従っているわけではない。

 

彼が振るうオール・フォー・ワンという個性に由来する、圧倒的な力。しかし、彼自身には洗練された戦闘技術などない。

個性を奪うことによる、呪いからの解放という救済。しかし、彼自身の心には、真の意味で人を救えるような優しさはない。

彼の資金力と個性のストックがあるからこそ進展した、殻木の脳無計画。しかし、彼自身には医療や科学の知識など何もない。

オール・フォー・ワンの力によるカリスマ。しかし、彼自身の描く夢や思想に従っているわけではない。

 

もし、彼からオール・フォー・ワンという個性が失われるか、あるいは他の誰かがその力を得たとしたら。

何も持たない抜け殻となった彼に、誰も興味など向けはしないだろう。

 

オール・フォー・ワンの顔から、笑みが消え去った。

 

彼をこれほどまでに分析し、その急所を突いて嘲笑できるのは、世界中で難羽ただ一人である。

彼だけが長き時を生きているが故に。

魔王として完成する前の、死柄木全という人間を知っているからだ。

 

 

「……少し、気が変わったよ。殺しはしないけど、君の個性を貰っておこうかな」

 

 

難羽輪太郎が長き時を生きる原因となった呪いであり、彼の存在の根源である個性、ナンバリング。

 

魔王はどのような性質のものなのかを把握するため、かつてラグドールから奪い取ったサーチの個性を発動させた。

新秩序のように、特殊な発動条件があるかもしれない。

先ほどの苦痛は一度で十分だ。

 

 

「!?」

 

 

サーチの視界に映し出された情報を読み取った瞬間。

オールフォーワンは目を見開き、そして。

 

 

 

「……ハハハハハッ!! アハハハハハハハハッ!!!」

 

 

 

海上に響き渡るほどの大声で、腹を抱えて笑い出した。

先ほどまで仮面アクターに向けられていた怒りなど吹き飛び、あまりにも想定外で、滑稽で、面白いものを見たという歓喜の笑いであった。

 

 

「そうか! 確かに君は、その個性によって今まで生きてきた! だけど……」

 

 

仮面アクターはその反応を見ても、驚きもしなかった。

彼の反応は予想通りのものであったと言ってよかったからだ。

 

これは背水の陣。

常軌を逸した狂気の沙汰である。

 

 

「今もその能力を持っているとは、一言も言っていないね?」

 

 

サーチが読み取った、難羽が持つ個性の本質。

 

それは、無であった。

 

彼の中に個性因子自体は確かに存在する。

だが、それは仮面アクターのシステムを起動させるための、人格データの移動用パスとして機能しているだけであった。

 

ナンバリングという個性を、彼は持っていなかった。

個性因子に人格が定着をする期間を考えれば、それは数年前からだ。

 

 

「僕がもしその個性を奪えば、僕が死んだ時に見つけ出せなくなる……たったそれだけのために! 君はコンテニューの権利を捨て去ったのか!」

 

「私の意志は、すでに次代へと受け継がれている。私の持つ個性はもしもの時を考えれば、むしろ邪魔でしかなかった」

 

 

アットやバベルを使ったあらゆる観測データの保存。

そして、デヴィッドへ教授した、神の領域の技術の継承。

さらに次代のヒーロー達に託した、未来への希望。

 

難羽輪太郎は、自分が死んだ後のための準備をすでに終えていた。

 

オールフォーワンとの、百年に及ぶ長き因縁の戦いに決着をつけるため。

彼は決して死ぬことのなかった己に、終わりというルールを与えたのだ。

 

 

「……本当に気に入ったよ。君は僕がこの長い人生で見つけた中で、最高の旧友(玩具)だ」

 

「首を洗って待ってろ。私の玩具で、最低なお前を殺す」

 

 

オールフォーワンは狂気の笑みを残したまま、一直線に日本の方角へと飛び去っていった。

仮面アクターはその後ろ姿を見送りながら、通信機を通じて幹部たち、そしてオールマイトへ、魔王の再誕と接近を告げる緊急の報告を入れた。

 

 

 

彼はサイクロンアバドのアクセルを全開にして、荒波を切り裂いて走り出した。

サイドカーには、黒い飛蝗に包まれたスター・アンド・ストライプのなれ果て。

背中には大きく成長した志村転弧。

 

静寂を取り戻した夜の海で、世界が破滅と救済に向けて大きく動き出す。

そんな歯車の音が響いていた。

 

 




戦闘機のパイロットの皆さんの反応を忘れていました。
全速力で加速して振り切ったことにしてください。

あと前の話でナインがサーチで驚いていたのは変身システムだけでなく、死を回避することの出来る個性を捨てていることに気付いたからです。
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