パワーローダーによる最初の定義の授業が終わり、雄英高校サポート科は特有のカリキュラムである「集中開発期間」に突入していた。
これは数日間にわたって設けられた連続コマであり、生徒たちはその時間をフルに使って、デザインの構想から素材の選定、そして実際の加工・制作までを一気に行う、いわば技術者の地獄の釜の蓋が開いた状態だ。
1年H組の工房は、早くも若きマイスターたちの熱気で蒸せ返っていた。
「旋盤空いてない!?」
「誰か3Dプリンタのフィラメント補充してくれ!」
「やべっ、配線間違えた!」
彼らは思い思いの設計図を広げ、共有の大型工作機械や高精細プリンタに列を作り、喧騒の中で火花を散らしている。
その喧騒から切り離された工房の隅。
機材も作業台も何もないただ広いだけの床のスペースに、難羽輪太郎は静かに立っていた。
彼の手には、重厚なチタン合金製のアタッシュケースが一つ。
一見するとビジネスマンが持ち歩くような、何の変哲もない鞄だ。
だが難羽がそれを床に置く手つきは、まるで核兵器の起動スイッチを扱うかのように慎重で、そして厳かだった。
難羽がケースの側面にある生体認証パネルに指を滑らせる。
指紋、静脈、そして微弱な生体電流を同時認証。
ロックが解除される乾いた音と共にアタッシュケースは低い駆動音を上げ、複雑怪奇な変形を開始した。
圧縮空気の抜ける音。
外装がスライドして開き、内部から高密度のパーツ群がまるで幾何学的な折り紙のように展開されていく。
内蔵された超小型リアクターが唸りを上げ、空間に青白い光のグリッドを走らせる。
「なっ……なんだそれは!?」
巡回していたパワーローダーが、異音に気づいて目を見開いた。
生徒たちの視線が一斉に集まる中、数秒前まで「鞄」だった物体は、見る見るうちに4本の多関節自律作業アームを備えた、独立型作業ステーションへと姿を変えていた。
空中にホログラフィック・ディスプレイが扇状に展開され、緑色の光が周囲の空間座標を解析し始める。
「作業用プラットフォーム、オクダビアスです」
難羽は淡々と告げ、空中に浮かぶ仮想キーボードを叩き始めた。
微かな冷却ファンの音だけが、静まり返った工房に響いていた。
「共有の機材を使うために並ぶのは非効率。……ですので、持参しました」
「持参しただと……?」
パワーローダーはアタッシュケース——いや、今はもう携帯型工場と呼ぶべき装置——に駆け寄り、その構造を食い入るように凝視した。 プロヒーローであり一流のエンジニアでもある彼には、目の前の現象が意味する「異常」が見えていた。
「この関節部の多重リンク駆動系……それに、この質量の収め方……。まさか、現在アメリカで特許出願中の空間圧縮技術か!? おい、これだけの質量をどうやって……」
パワーローダーの背中に冷たい汗が伝う。
この装置の展開後の総質量は、見たところ優に数百キロを超えている。
それを片手で運べるサイズと重量に圧縮し、かつ展開時には重心制御で物理的な安定性を保つ技術。
それは現代のサポートアイテム工学の常識を、数十年単位で飛び越えた代物だった。
「……作業机の上で展開しなかったのは正解だな。そんなものを机に置けば一瞬で圧壊していたぞ」
パワーローダーは冷や汗を拭い、難羽を鋭く睨みつけた。
「難羽、答えろ。一体どうやってこんな物を手に入れた? ……これは一学生が小遣いで買えるレベルの代物じゃない。軍事機密クラスだぞ」
教室に緊張が走る。
違法ルートでの入手か、あるいはヴィランとの繋がりか。
だが難羽はホログラムから目を離さず、作業アームに素材をセットしながらあまりに短く拍子抜けするような答えを返した。
「家が、金持ちなもので」
「……は?」
あまりに素っ気ない、そして俗物的な回答にパワーローダーは開いた口が塞がらなかった。
「海外の最新技術やプロトタイプを買い集めるのが趣味なんです。親の遺産と、多少の運用益がありましてね。……先生、作業を続けても?」
「あ、ああ……。安全管理だけは徹底しろよ……」
パワーローダーは釈然としない表情のまま、引き下がらざるを得なかった。
法に触れているわけでもなく、危険物でもない。
単に「とんでもない金持ちの道楽」として片付けるにはあまりにオーバースペックだが、それを否定する証拠もない。
現代社会においても「金」は最大の免罪符であり、最強の迷彩だ。
「すげぇ……」
「いくらすんだあれ」
「あいつ、マジで何者だよ」
周囲の生徒たちがざわめく中、難羽は内心で小さく息を吐いた。
(……そんなわけないだろうに。このレベルの装置が販売されているなら企業が大々的に発表している)
難羽は再び作業に没頭した。
彼の視線の先、ホログラム・ディスプレイには二人の人物の生体データと、それに合わせた装備の設計図が表示されている。
「……始めよう」
難羽が思考コマンドを送ると、オクダビアスの4本の作業アームが一斉に動き出した。
それは人間業ではなかった。
一本のアームが素材を固定し、別のアームがレーザーで切断。
残りのアームが溶接と研磨を同時に行う。
難羽自身は空中のキーボードで微細な数値を調整する指揮者のように振る舞うだけだ。
火花が散り、金属が削れる音と冷却ガスの噴射音が規則的なリズムを刻む。
その光景は高校生の授業風景というよりは、未来の兵器工場の一幕そのものだった。
教室の隅で、異次元の速度で組み上がっていく二つの装備。
それは、やがて来る巨悪に対抗するために難羽輪太郎が用意した、最強の矛と盾のプロトタイプだった。
「……学徒動員がありえる……時間がない」
難羽の呟きは機械の駆動音にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。