バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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130話 何だコイツ!?

 

 

「いや……これ、生きているって言っていいの? 死んでる? どちらもありうる……そんだけ?」

 

 

隔離された難羽のラボ。

その空間でトゥワイス──分倍河原は手術台の上に安置されたそれを見て、思わずひきつった声を漏らした。

 

彼の視線の先にあるのは、かつてアメリカNo.1ヒーロー、スターアンドストライプと呼ばれた女性のなれ果てであった。

 

その姿は到底、かつての栄光あるヒーローの面影を残してはいなかった。

肉体の半分以上が欠損し、その失われた部分を補うように飛蝗達が身を寄せ合って巨大な黒い繭のように彼女を包み込んでいる。

 

明らかに元の彼女の体積よりも縮んでしまっている。

これを応急処置などと呼ぶのは、あまりにも楽観的すぎた。

 

 

「下手に処置するより、ほぼ死んでいる状態の方が痛みを感じない。体は壊れても、脳が生きていれば私は生きていると仮定する。最も、脳自体もかなり損傷しているがな」

 

 

難羽はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、冷徹に事実を淡々と述べた。

 

 

「超常黎明期より以前、アメリカで行われたとある動物実験の記録がある。サルの頭部を切断し、別のサルの胴体に移植するというものだ。サルは術後、意識を取り戻し、目で物を追うなどの反応を示した。数日で死亡したがな。逆に言えば、脳さえ生きていれば数日は持つという話だ」

 

「……それ、結局死んでない!?」

 

 

難羽が持ち出した実験例に、トゥワイスはドン引きしながら突っ込んだ。

彼はこれまでも、己のボスの常軌を逸した技術力に何度も驚かされてきた。

しかし、本当に大丈夫なのかと言いたくなるような狂気的な発想には未だ慣れない。

 

 

「ボス、連れてきました」

 

 

彼らがそんな会話を交わしている時、ラボの扉が開く音がした。

 

入ってきたのは、赤い翼を背負ったホークス。

そして彼と共に歩いてきたのは、トゥワイスが自身の個性で生み出した二人の分身──純白のスーツを着たホワイトと、漆黒のフードを被ったブラックであった。

 

さらに、彼らの後ろから、一人の小さな少女がおずおず

と姿を現した。

 

壊理である。

 

難羽が彼女を呼び寄せたのには、二つの理由があった。

 

一つは彼女の持つ巻き戻しという個性が、オールフォーワンに奪われる可能性を排除するためである。

 

巻き戻しの個性の発動には専用のエネルギーのチャージを必要とする。

しかし、もしオールフォーワンが略奪した個性の中にそのエネルギーを代用、あるいは増幅できるものが存在していた場合。

 

対象を「産まれる前の状態」にまで巻き戻して消滅させるという、防御不能の攻撃手段として使用される危険性があったからだ。

 

そしてもう一つ。

今、目の前の手術台に置かれたスターを復活させるためである。

 

難羽がこれまで行ってきた蘇生術は、あくまで対象の個性が残っていることが大前提である。

彼の蘇生技術は、個性因子の中に刻み込まれた記憶データを抽出し、それを修復した脳に再インストールするという手法を用いているからだ。

 

つまり、最後の抵抗として新秩序を使い捨てたスター。

彼女を難羽の技術だけで生き返らせることは不可能なのだ。

 

もし肉体を修復し、仮死状態の脳を再起動させたとしても。

そこには新秩序の力を持たず、これまでの記憶もすべて失った名も無き成人女性が一人、この世に発生するだけだ。

 

それを避けるための、壊理の巻き戻しであった。

 

 

「じゃあ、これ、巻き戻してくれるか。タイミングはこっちで調整する」

 

 

難羽は黒い繭となったスターを指差し、事務的な口調で壊理に頼んだ。

 

 

「え……」

 

 

ある程度の事情を事前に聞かされていたとはいえ、壊理は目の前の光景に、困惑と恐怖で顔を青ざめさせた。

 

彼女は以前、難羽が制御用カチューシャを作ってくれた恩義を感じており、彼からの頼みであればと承諾してここまでやってきた。

 

しかし、彼女の個性は、生命に限定して作用するというルールがある。

 

つまり、目の前の肉塊が間違いなく生命であるという事実に、幼い彼女が恐怖を覚えるのは当然のことであった。

 

 

「貴様! こんな痛ましい姿を、いたいけな少女に見せ、あまつさえ触れさせるつもりか!」

 

「ケッ……俺様もワルだが、あんたには敵わねぇな」

 

「なぁ、ボス。相手は小さな子供なんだからさ、もうちょい配慮っていうか、オブラートに包むとかさ……」

 

「3倍で怒られたな」

 

 

三方向から難羽は非難の言葉を浴びた。

三人(一人)からボロクソに注意された難羽は小さくため息をつき、アットを呼ぶことにした。

 

アットが別室からこちらに向かう間、ホークスが難羽へ歩み寄り、外界の状況を報告し始めた。

 

 

「オールフォーワンがタルタロスを襲撃しました。その後、立て続けに柴安刑務所を襲撃。それによって大量に脱走した囚人たちを、公安はダツゴクとして呼称し、対応にあたることが決定しました。ただ、そこから動きがありません」

 

 

その報告を聞いた難羽は、無言のまま指を一本ずつ折り曲げ始めた。

そして、7を数えたところで指を鳴らし、顔を上げた。

 

 

「日本の刑務所の数は、タルタロスを抜くと全部で7箇所。おそらく奴は、一日に一つずつ刑務所を襲うつもりだ。つまり、一週間かけてすべての刑務所を襲撃する」

 

「……なぜ、わざわざ一日ずつなのでしょうか。同時多発的に襲撃した方が、ヒーロー側へのダメージや社会の混乱は大きくなるはずですが」

 

 

ホークスが、その行動の意図を尋ねる。

 

 

「オールフォーワンは、スターの反撃によってストックしていた多くの個性を失っている。まずは己の戦力を回復させるため、個性の補給をするつもりだろう」

 

 

難羽は分析結果を述べた後、さらに冷酷な推測を付け加えた。

 

 

「そして、ヒーローがどれだけ束になっても止められないという、一般市民への強烈な恐怖心を植え付けるためでもあるだろうな」

 

 

もし、すべての刑務所が一度に襲撃され、ダツゴクが一斉に解き放たれた場合。

現地のプロヒーローたちがそれぞれ対応に追われることになる。

 

しかし、今のペースで襲撃するたびにダツゴクを吸収し、確実に勢力を増していくヴィランの群れを相手にする場合。

ヒーローたちは次にどこが襲撃されるのかを予測し、その防衛のために特定の刑務所へと戦力を集中させなければならなくなる。

 

予測通りに防衛網を敷けば、一度襲われた地域やまだ襲われていない地域は一時的に手薄になるが、理屈の上では安全なはずだ。

 

しかし、現実はそうはならない。

 

恐怖を味わった市民たちを置いて、ヒーローたちがその場を離れることができるだろうか。

そもそも街にはダツゴク以外にも、混乱に乗じて暴れ出すヴィランたちが無数に存在しているのだ。

 

襲撃されるたびに、被害を受けた人々の怨嗟の声がヒーローに向けられるだろう。

 

『なんで助けてくれなかったのか』

『なんで見捨てたのか』

 

 

「ヒーローはあくまで職業に過ぎない。使命感だけでは耐えきれず、多くのヒーローが退職し始めるだろうな」

 

 

難羽が嫌な未来予測を口にしていると、アットが小走りでやってきた。

それに続くように髪を揺らしながら、覚上もラボに姿を現した。

どうやら突然壊理を呼び寄せた理由が気になって、見学に来たようだ。

 

 

「よし、アット。壊理ちゃんを頼む」

 

 

難羽の指示を受け、アットが動く。

 

トゥワイスたちは、これまで難羽が引き起こしてきた数々の驚異的な技や治療を目の当たりにしてきた。

今回は一体どんな魔法を見せてくれるのかと、固唾を飲んで見守る。

 

 

 

 

 

「……あ、あの、何ですか?」

 

 

アットは壊理の背後に静かに回り込むと、彼女の小さな顔を後ろから両手で優しく覆い隠した。

まるで「だーれだ」と遊ぶような、柔らかな姿勢である。

 

 

「……これは?」

 

 

ホークスが不思議そうに尋ねる。

 

 

「再生時の過程は筋肉や骨格が組み上がるため、かなりグロテスクなものになる。見た目の年齢が近いアットが視界を隠す形を取れば、彼女も少しは安心できるだろう」

 

 

難羽は真顔でそう答えた。

 

トゥワイスは思った。

彼は、難羽が子供に対しては意外と優しく、面倒見の良いお爺ちゃんのような一面を持っていることを知っている。

 

しかし、それはそれとして。

やはりこの人は世間の常識からズレているのだなと、改めて痛感した。

視界を隠すなら、もっと最初から見せないようにするべきだろうに。

 

アットに目を覆われた状態の壊理と彼女を導くアットの二人がふらふらとした足取りで、繭となったスターの元へと近づいていく。

 

難羽はタブレット端末を取り出し、壊理の頭に装着されているカチューシャとワイヤレスで接続した。

 

アットは完全な機械の身体であるため、壊理の巻き戻しの影響を一切受けない。

そして、スターの肉体が無傷の状態へと戻るタイミングは、難羽がタブレットを通じてカチューシャの機能を外部から操作し、秒単位で調整する手はずとなっている。

 

巻き戻しが、開始された。

 

その光景はまさに劇的であった。

 

黄金の光が黒い繭を包み込む。

一度は人の形を完全に失い、黒い飛蝗と肉塊の集合体と化していたそれが、逆行する時間のエネルギーによって、見る見るうちに本来の美しい人間の姿へと再構築されていく。

 

消失という末路を辿った新秩序の因子も、肉体の再生と共に彼女の魂へと再び定着していく。

 

しかし、

その場にいた全員が、ある事実を一つだけ忘れていた。

 

壊理の個性は、あくまで生物限定の巻き戻しである。

再生するのは、スター・アンド・ストライプの肉体のみである。

 

 

彼女が身につけていた、ヒーローコスチュームは再生しない。

 

 

「何見てんですの!!」

 

 

覚上の凄まじい速度の目潰しが、その場にいた男性陣全員の眼球を容赦なく襲った。

 

 


 

 

 

 

「死んだと思ったが……」

 

 

患者衣を着せられ、ラボのベッドに座らせたスターの容態を各種モニターで確認した後、難羽は自身のスマホを取り出し、通話をかけた。

 

彼女を、祖国であるアメリカへ至急連れ帰ってもらうためだ。

 

現在の緊迫した日本の状況では、難羽自身が彼女をアメリカまで送り届けるような時間的余裕はない。

かといって、難羽はアメリカの政府上層部と直接の繋がりを持っているわけではない。

 

しかし、死柄木弔の肉体を乗っ取っているのがオール・フォー・ワンであるという事実を、アメリカ政府上層部へ報告し、スターを動かした人間がいる。

 

難羽には心当たりがあった。

 

 

『……はい、もしもし?』

 

 

電話の向こうから、少し呑気な若い男の声が聞こえてくる。

 

 

「私だ、苦労マン。お前の師匠に伝えてほしい」

 

『苦労マンじゃなくて、ザ・クロウラーっすよ! ……って、難羽さん!?』

 

 

難羽が電話をかけた相手。

それは現在アメリカを拠点に活動している若きプロヒーロー、ザ・クロウラーであった。

 

そして苦労マンという呼び名は、彼の未熟な時代を知っている人間だけが使う、一種の符丁のようなものである。

 

 

『どうしたんですか? 師匠なら今、パトロールに出てますよ。昨日もイキってたヴィランを数人ボコボコにしてますし……』

 

「日本でアメリカNo.1を治療した。雄黒から、政府上層部へ至急その旨を伝達させてくれ」

 

『ええっ!! どういうことですか!?』

 

 

難羽は雄黒巌──ナックルダスターというヒーロー名で現在アメリカで活動している男と関わりがあった。

ザ・クロウラー──灰原航一と繋がりがあるのも、すべて雄黒を介しての縁である。

 

詳細は省くが、難羽は過去に、奪われた個性を元の持ち主に返すという特殊な手術を実行するため、雄黒にある取引を持ちかけた。

 

雄黒の肉体に、個性であるオーバークロックを再移植させること。

引き換えに提案したのが、彼の娘と妻の治療である。

 

雄黒はその条件を承諾し、手術は無事に成功。

恩義としてショッカーの組織の一員として活動することを難羽に提案してきた。

難羽としては彼女たちを手術のデータを得た時点で契約は完了しており、それ以上の見返りを求める気はなかった。

 

しかし、雄黒の提案がちょうど良い機会だと思い、彼に日本ではなく、アメリカのヒーローとして再始動することを求めた。

 

アメリカはあのスターが抑止力として存在しているにも関わらず、日本以上の犯罪率を誇っている。

危険なヴィランが日本へ流入してくる可能性を未然に防ぐため、また、現地の貴重な情報収集のパイプとして、彼にその役目を頼んだのだ。

 

結果として雄黒は、表の顔も裏社会も知り尽くしたベテランヒーローとして目覚ましい活躍を見せており、今では政府の人間から直接依頼を受けることもあるほどの重要なポジションを確立していた。

強力な個性を持ちながらも、決してそれだけに依存せず、鍛え抜かれた肉体と戦術で戦う彼のスタイルは、多くのアメリカのヴィランたちから恐れられている。

 

難羽はなぜスターが乗っ取りという事実を知っていたのかを問い質した。

その結果、雄黒が政府へ強く進言したことが発覚したのだ。

 

難羽は通話状態のスマホを、スターへと軽く投げ渡した。

そして彼女自身に通話させ、ザ・クロウラーへ直接事情を説明してもらう。

当事者の口から語らせる方が早い。

 

スターの件に関しては、これで一旦は解決した。

無事に帰国した後、彼女には暴れ出すであろうアメリカのヴィランたちを鎮圧し、自国の防衛に専念してもらう必要がある。

 

だが、難羽にとって、今最も注視すべき問題はそちらではなかった。

 

難羽が治療室の奥の部屋へと足を踏み入れると、そこには一人、ぼーっとした様子で座っている青年の姿があった。

 

白い髪は本来の黒色へと染まり──否、戻った青年。

志村転弧である。

 

彼は難羽が部屋に入ってきたのを認めると、何か重い覚悟を決めたような、鋭い決意を秘めた表情を浮かべた。

 

 

 

「難羽爺ちゃん……頼みが、ある」

 

 

 


 

 

 

 

スターの治療から、三日後。

 

厳重な警備を誇っていた水葛刑務所が、突如として襲撃された。

 

それは単なる脱走劇ではなかった。

まるでその刑務所を中心として、ヴィランたちの巨大な縄張りを構築するかのように、解き放たれたダツゴクたちが周囲に集結し始めたのだ。

さらには、その街を元々拠点としていたヴィランたちまでもが、強者の匂いに惹かれて次々と集まってくる。

 

そしてその狂宴の周囲には、血を流して倒れる無数の市民や、力及ばず敗北したヒーローたちの無惨な姿が転がっていた。

 

襲撃を行う度に新たな戦力を吸収し、止めどなく力を増していくダツゴクたちの群れ。

その圧倒的な暴力の前に、為す術もなく敗北していくヒーローは後を絶たなかった。

 

そしてその混沌の頂点に君臨する男は、ダツゴクたちの中から、己の眼鏡にかなう優良な個性だけを無慈悲に奪い取っていく。

 

まさに、この世の地獄に舞い降りた魔王。

この絶望的な状況を打破し、彼を討ち果たす勇者は現れないのか。

 

そんな中。

玉座代わりの瓦礫に腰を下ろしていたオールフォーワンは、部下として使っていた一人のダツゴクから、ある奇妙な情報を耳にした。

 

 

「……何?」

 

 

余裕の笑みを浮かべていた魔王の顔が微かに、だが明確に顰められた。

まるで彼の完璧な盤面上に、想定外が起きたように。

 

彼はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本よ! 安心しろ! ()が来たからには、もう安心だ!!」

 

二本のピンと立った触覚のような前髪を生やした、筋骨隆々の金髪の大男。

 

彼が身に纏っているのは、あの赤と青の鮮やかなヒーロースーツ──ではなかった。

仕立ての良さそうな、しかしどこか成金趣味な派手な高級スーツを着こなし、その太い指には、ギラギラと輝くごつい金色の指輪がいくつも嵌められている。

 

しかし、その顔立ちはかつての平和の象徴と瓜二つ。

 

上空から、豪華なクルーザー型の飛行船に乗って、突如として日本の空に現れたのは。

 

 

これまでの因縁も、伏線も、一切の関係性を無視して唐突にやって来た、謎の道化であった。

 

 

「俺が、次のオールマイト! 新たな平和の象徴だぁ!!」

 

 

その男の底抜けに明るい、しかしどこかズレた大音声が、絶望に沈む日本の空に響き渡った。

 

 





難羽「何だコイツ!?」
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