「頼みっていうのは、なんだ……転弧」
治療室のベッドの上。
難羽は真剣な眼差しの転弧に問いかけた。
他の個性と反発するようにルールを付与された新秩序。
それを転弧はオールフォーワンから押し付けられて捨てられた。
だが、それによって彼は命を拾うこととなった。
あのままオールフォーワンの他の個性と共に崩壊の個性が破壊されていた場合、そのまま転弧の人格も消滅していた可能性が高い。
しかし、崩壊という一つの個性しか入っていない器に新秩序が流れ込んだことで反発の力が弱まった。
あるいは個性に宿っていたスターの意志が、彼を戦うべき敵ではないと判断したからかもしれない。
理由は定かではないが、彼は生き延びた。
難羽はもう、彼にはここでゆっくりしていてほしいと考えている。
幼い頃、暴走する個性によって家族をその手で殺させられた。
ヴィランとしての形に整わせるため、殺しを強行させられた。
そして悪の魂を入れるための器として扱われ、最後には用済みとしてあっさりと捨てられる。
一体彼が何をしたというのか。
彼が背負わされた運命はあまりにも重く、救いがない。
もうこれ以上、彼を戦いへと向かわせたくなかった。
だが、難羽は気付いている。
今の転弧の瞳に宿っているのは、戦意だ。
それはドス黒く燃える憎悪でもなければ、すべてを諦めた者の絶望でもない。
誰かを救い、悪と戦うための力を望む。
そんな正義の匂いがするのだ。
「俺は……あいつの手の上でずっと踊らされてた。それで今は捨てられて、何も無くなった」
ベットの上に置かれた転弧の手が、シーツを力強く握りしめる。
「底辺まで落っこちて……後は上がるだけ。俺を縛る鎖はもうない。物語でいえば、無事助かったで終わればいい」
自嘲するように紡がれる言葉。
最早、オールフォーワンが転弧に対して何かを仕掛けてくることはないだろう。
彼は新しい己の身体を手に入れた。
その肉体の強化具合と生命力から言えば寿命も通常の人間の比ではなく、転弧の肉体に固執する理由はない。
確かに崩壊の個性は魅力的ではある。
しかし、もし必要ならば、元から作ればいいだけの話だろう。
難羽は転弧の崩壊という個性について調べた。
オーバーホールというヴィランが使っていた、対象を分解して再構成するという個性。
転弧の個性は、それの分解のみに特化した機能制限版とでもいうべき代物である。
何故オールフォーワンは、転弧に都合良く家族を殺させることの出来る個性を持っていたのか。
それは崩壊という個性を奪ったのではなく、造ったからだった。
つまり、オールフォーワンが転弧から崩壊の個性を奪いに行く理由はない。
本当に欲しければ、タルタロスから脱走したであろうオーバーホールから奪えばいい。
転弧がここで戦いが終わるのを待っても、問題はなかった。
「でもさぁ……俺は志村転弧だけど……やっぱり死柄木弔でもあるんだ」
転弧の心の中に、ロシナンテの仲間たちの顔が浮かび上がる。
社会の定めた法と秩序から見れば、彼らはどうしようもない犯罪者である。
どんな悲惨な過去や同情すべき事情があろうと、彼らが犯した罪が許されることは決してない。
それでも、彼らは死柄木弔という男の仲間だ。
オールフォーワンという恐怖に屈することなく、仲間である死柄木を奪い返すために立ち上がってくれた。
その想いに、どうにかして答えたい。
オールフォーワンや自分の過去を何も分かっていない奴らに、死柄木と呼ばれることは嫌だ。
だけど、自分を信じてくれたあいつらが呼ぶ俺の名前には応えたい。
許されないことであると理解していても、彼らを救いたいと死柄木弔の魂が熱く叫んでいる。
「戦わせてくれ、難羽爺ちゃん。俺はあいつらの──ヒーローでいたい」
難羽はその決意に満ちた言葉を聴き、静かに目を閉じた。
眩し過ぎる。
気高過ぎる。
それは、覚上の眼と同じだ。
己とは根本的に違う。
所詮、自分はヒーローの真似事をするだけの紛い物でしかない。
ヒーローを演じることしか出来ず、力を振るうことしか出来ない自分。
敵は殺す。
善なる者は生かす。
それが難羽という人間の限界だ。
だが、転弧は違う。
彼は闇に堕ち、絶望を味わい尽くしてなお、その魂を黄金色に輝かせている。
彼が居なければ、ロシナンテの者達が誰かのために立ち上がる理由など無かったはずだ。
彼らはどこまでも社会の底辺で燻る、単なるヴィランで終わっていた。
泥に沈みゆくだけだった彼らの魂。
それを死柄木弔という鎖に縛られながらも、転弧は確かな絆で引っ張り上げたのだ。
悪に染まった者をも救い出すことができるのは、本物のヒーローだけが持つ素質である。
「……本音を言おう。私は戦ってほしくない」
難羽の口から本音が漏れる。
「お願いだ……!あいつらを助けさせて──」
「そういうお前だからだ!!」
難羽は感情を露わにして叫んだ。
彼が目指していたのは、良き人が誰に脅かされることもなく平和に生きられる社会。
ヒーローになれるような気高い人間、優しい心を持つ人間が傷つく必要のない世界だ。
だが、結局のところ行き着く先はこれだ。
ヒーローは、必ず立ち上がってしまう。
悪しき人間の前に、自らの身を呈して。
所詮、自分の力では彼らの意志を止めることなどできない。
ヒーローの隣に並び立てるのは、同じ魂を持つヒーローのみだ。
「……悪いけど、止められても俺は行くぞ」
転弧の瞳は決して揺るがない。
「だろうな。ヒーローは心配されても止まらん」
転弧の肉体はオールフォーワンから分裂したとはいえ、全く同じ構造を持つマスターピースである。
身体スペックだけで言えば、並の強化系個性を超える力を有しているのだ。
戦うだけなら十分な力を持っている。
ここで彼を力尽くで止めることは出来る。
ただ、彼のその意志を止めたくないという心もある。
彼を応援し、背中を押してやりたいという想いがある。
結局のところ、難羽もヒーローによって心を救われた人間なのだから。
「……今のお前の身体は空の器。多数の個性を入れる器として造られたが、崩壊という個性一つしか入っていない」
難羽がゆっくりと振り向き、転弧の赤い瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
転弧の瞳に宿る熱い炎が、難羽の銀色の瞳に反射して映る。
「……改造人間にするには、最適な素体だ」
そして難羽は、転弧の身体にメスを入れる。
仮面ライダーV3、その記念すべき第一話。
主人公である風見志郎は、悪の組織の襲撃によって瀕死の重傷を負う。
しかし、彼は蘇生処置として仮面ライダー1号・2号による改造手術を受け、仮面ライダーV3となって蘇った。
奇しくも彼らの物語を辿るように、ここに生誕する。
仮面アクターショッカー。
難羽輪太郎の狂気的とも言える技術の手によって、志村転弧は3つ目の名を手に入れた。
2つ目の名は、死柄木弔。
そして、3つ目は。
何者だとばかりに怒号を上げる、怪物と化したバルド。
彼は錬金によって生成した無数の槍を放った。
殺到する槍の雨。
それを戦士は両手で受け止め、一瞬にしてすべてを塵に帰す。
「俺は……ザムザ。──仮面ライダーザムザだ!!」
地面に降り立ったザムザ。
背中の羽根が、まるでカーテンのように鎧の方へと集まっていく。
そして鎧の上から、蜘蛛の巣を思わせるような白い網目状のコートを形成した。
羽の被膜を失い、骨組みだけとなった背中のそれは、まるで獲物を威嚇するかのように軋むような音を立てて動く。
彼の新たな4本の脚となる。
否、その脚の間に
蟻の顎を模した角が剃り立つマスクの上からフードを被ったその立ち姿は。
まさに、悪を裁く執行人である。
トガ達は地面に倒れ伏しながらも、その頼もしい背中を見て、安堵の笑みを浮かべた。
自分たちのようなヴィランを助けに来るヒーローなんて、この世界のどこにも居ない。
だったら、彼は
「弔くんっ!!」
トガは感極まり、思わずその名を叫ぶ。
その声に反応し、首だけをこちらへ振り向いたザムザ。
マスクで表情は隠れているにも関わらず、顔は、確かに笑っているように見えた。
「ウヴォオオオッ!!」
己の攻撃を無効化されたことに激昂し、身体を抱きしめるように腕を交差させたバルドの背中から、小型の怪人が次々と分裂して生まれ落ちていく。
小型といっても、それは巨大化したバルドの体躯と比べた場合の話だ。
無数に生み出された錬金兵のサイズは、あの脳無と変わらない威圧感を放っている。
群れを成して、咆哮を上げながら一斉に襲い掛かる錬金兵たち。
しかし、それらの暴力はザムザの敵ではない。
凄まじい速度で放たれる蹴りと重い拳が迫り来る錬金兵の装甲を砕き、次々と薙ぎ倒していく。
だが、錬金によって生み出された兵隊たちに命はない。
どれだけ粉々に砕かれようと、痛みを覚えることなく新たな錬金兵を構成するための素材となるだけだ。
しかし、ザムザの攻撃手段は徒手空拳だけではない。
背中から伸びる鋭利な蜘蛛の脚が、襲い来る錬金兵の胴体を貫く。
貫かれた錬金兵の身体は瞬く間に風化し、ただの砂となって崩れ落ちる。
それは、確かに崩壊の個性によるものだ。
ザムザの背中で蠢く脚は、単なる機械的なサブアームではない。
彼をザムザへと変身させたブレスレット、チェインザムザ。
それは、マスターピースとなった転弧の肉体を細胞レベルで加工する機能を持つ。
個性の特性に合わせた肉体への変質をコントロールすることで、肉体のスペックを戦闘に最適化させるのだ。
つまり、背中に生えた四本の脚は、肉体の変質によって生み出された彼自身の身体の一部である。
崩壊の個性の発動条件である、彼自身の手と同じものとして機能するのだ。
さらに、頭の上で浮遊する糸車が高速で回転を始める。
そこから出力された特殊な糸が、両腕のガントレットと背中の蜘蛛脚に次々と装填されていく。
囲まれながらも回し蹴りで吹き飛ばした錬金兵の肉体に向けて、ザムザは腕から蜘蛛糸を放つ。
糸が対象に絡みついた瞬間、発動する崩壊の個性。
それはまるで目に見えない導火線を伝う炎のように、糸を通じて錬金兵へと崩壊の力を伝播させる。
触れずして錬金兵に確実な死を与えのだ。
予測不能の蜘蛛糸の攻撃を警戒し、動きを止めた錬金兵。
ザムザはさらに糸を飛ばし、群れの一体を捕縛してジャイアントスイングへと移行する。
遠心力で回転する錬金兵の身体を、周囲のほかの錬金兵へと次々と巻き込ませていく。
そして接触したすべての個体に崩壊の力が伝播していく。
破壊の竜巻に飲まれた錬金兵の軍勢は、一瞬にして全滅した。
「ヴォラアアアアッ!!!」
錬金兵では足止めすらできないと悟ったバルドが、怒りに任せてその巨大な腕を振り上げ、一気に振り落とす。
ザムザの背後からの奇襲。
回避は間に合わない。
そのまま地面と巨大な掌の間にザムザの身体が挟み込まれ、土煙と衝撃波が周囲の空間を抉り取るように広がる。
「死柄木!!」
コンプレスが絶望の声を上げる。
逃げ場など一切ない、完全な圧殺の状況。
空間を繋ぐ黒霧も、今はダメージによってダウンしている。
間一髪でワープが行われ、回避できたわけがない。
いくら死柄木であってもどうにもならないのかと、仲間の顔に絶望の色が浮かぶ。
だが、ザムザに逃げ場など最初から必要なかったのだ。
道がないのであれば、自らの力で作ればいい。
土の下に複雑な巣を作り上げる蟻のように。
「!?」
痛みは感じていないが、己の掌の奥から伝わる違和感にバルドが低く呻き声を上げる。
地面に叩きつけられた、その分厚い肉に覆われた手の甲。
そこを内側から突き破るようにして、ザムザが無傷の姿で現れた。
バルドの巨大な腕そのものを、崩壊の力を集中させることで瞬時に掘削し、貫通したのだ。
「一点突破なら一瞬で穴も開けられるんだよ」
ザムザは右腕の装置、チェインザムザの中央にある円状のスイッチを押し込んだ。
無機質な電子音と神聖な讃美歌。
それらが混ざり合ったような特異な待機音が響き渡る。
ザムザはそのままバルドの腕を駆けあがり、バルドの増殖した三つの頭、その真正面の空間へと高く跳躍する。
そして空中で再びスイッチを押し、チェインザムザのエネルギーを解放した必殺技を放つ。
『
「ライダー……ブレイクッッ!!」
重力と加速を味方につけたチェインザムザの杭の一撃。
それがバルドの巨大な頭部へと容赦なく叩き込まれる。
巨大化し、何層にも装甲を重ねたバルドの肉体の内部に向けて放たれる、崩壊の力を纏った大量の糸。
その糸は内部に到達した後、崩壊の速度と同じスピードで爆発的に増殖する。
内側からすべてを壊し尽くすまで暴れまわるのだ。
「ヴ……ヴバアアアアアッッ!!?」
内部からの破壊に耐えきれず、塵となって崩れ去っていく怪獣と化したバルド。
あれほどの威容を誇った巨体が、まるで最初からそこには何も存在しなかったかのように、風に吹かれて消え去っていく。
仮面ライダーザムザ。
彼が通り過ぎた後、敵は死体すら残らない。
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