バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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136話 汝、隣人を愛せよ

 

瓦礫の山と化した市街地。

そこを乾いた風が吹き抜ける。

 

オールフォーワンという巨悪がもたらした破壊の余波は、日本の社会構造そのものを揺るがしている。

無数のダツゴクが野に放たれ、恐怖と暴力が日常を侵食する。

人々は己の身を守るための手段を渇望していた。

 

そんな混沌とした街で、トガとコンプレスは歩を進めている。

 

コンプレスはトレードマークである仮面とコートを外し、素顔を晒していた。

指名手配されている身とはいえ、平時の装いとは全く異なるその姿を見破れる者は少ない。

 

彼らは今、この街で急速に蔓延している異常事態の出処を探っていた。

一般の市民たちがどこからかサポートアイテムを手に入れ、自衛のために武装し始めているのだ。

 

これもオールフォーワンの策略ではないか。

 

そう考えた彼らは転弧たちから離れて再び現場へ戻ってきていた。

 

 

原因を探るコンプレスは瓦礫の影に身を潜めていた男に近づき、警戒を解くような穏やかな声で話しかけた。

 

その男の震える手には、銃の形をしたサポートアイテムが握られていた。

明らかに市販品ではない。

 

トガが純粋な興味を装って武器の入手経路を尋ねると、男性は思いのほかすんなりと詳細を口にした。

すでに何度も同じ質問を受け、答えることに慣れきっているかのような返答である。

まだ武器を持っていない人間が彼に聞いてきたのだろう。

 

男の話によれば、この暴動が頻発しヴィランが徘徊する地域を中心に、ある組織が格安で武器を販売して回っているらしい。

 

それは戦闘訓練を受けていない素人でも扱いやすい、構造の単純な遠距離武器であった。

相手との間に物理的な距離を保てるという事実は、恐怖に震える者にとって何よりの安心感をもたらす。

 

通常、裏社会に横流しされるヒーロー向けのサポートアイテム。

それらは個人の個性に合わせた物や近接戦闘用の武器が主流である。

 

それとは別口の代物を、これほど大規模に一般人へ流通させている存在。

この混乱の裏で武器をばら撒いているのは、極めて計算高い人間のようであった。

 

 

「……でもそれって違法だろ? ヒーローに任せた方が良いんじゃないか?」

 

 

コンプレスは無知な一市民を装い、眉をひそめてみせた。

 

その言葉を聞いた瞬間、男の顔に怒りと嘲りの色が浮かび上がった。

 

 

「何言ってやがる。今のこの状況であいつらが役に立つかよ。それどころか俺たちの武器を奪い取ろうとしたんだぜ?」

 

 

男性は吐き捨てるようにそう言い、銃を抱え込むようにしてコンプレスたちから距離を取った。

コンプレスは愛想笑いを浮かべながら、内心でひどく苦い顔をした。

 

あまりにも、よくできた状況であったからだ。

 

資格を持たない一般市民にサポートアイテムを販売することは違法である。

通常時であれば、そのような危険物を購入しようとする人間など皆無に等しい。

 

しかし、今はヒーローと警察の機能も麻痺し、いつヴィランに命を奪われるか分からない異常事態である。

 

己の命を守るため、そして家族を守るために彼らが武器を求めるのは当然の帰結であった。

 

そこに、驚くほど安価な値段で自衛の手段が提示される。

飛ぶように売れるのは明らかだ。

武器を販売する彼らを、優しい救世主だと信じ込む人間すらいるかもしれない。

 

しかし、裏の人間であるコンプレスはその可能性をはじめから排除していたからこそ、そのえげつないビジネスモデルに気付いた。

 

確かに武器本体の価格は破格である。

だが、それを稼働させるための弾丸やエネルギーカートリッジは通常の、あるいはそれ以上の高値で販売しているのだろう。

 

いくら扱いやすいデザインに工夫されているとはいえ、訓練を受けていない素人が動く的を正確に撃ち抜くことは困難である。

恐怖に駆られて無駄撃ちを繰り返し、弾薬を浪費するリピーターは後を絶たないはずだ。

 

そして。

もしブローカーたちが武装した一般人から狙われるような事態に陥ったとしても、彼らはただ弾丸の供給を止めるだけで反乱を鎮圧できるのだ。

武器を売る側が、常に買う側の生殺与奪の権を握り続ける支配構造。

 

さらに先ほどの男性の憎悪に満ちた発言が、ヒーローたちの苦境を如実に物語っていた。

 

ヒーローたちは決して、市民から身を守る術を不当に奪い取ろうとしたわけではないはずだ。

 

安全基準を満たしていない粗悪品や、殺傷能力の高すぎる違法な武器。

それを素人が所持することはあまりにも危険すぎる。

 

恐怖で冷静な判断力を失った一般人が、暗がりでヴィランと誤認して無実の他者を傷つける。

最悪の場合、救助に駆けつけたヒーローを撃ち殺してしまう可能性すらあるのだ。

 

そのような事態を危惧してヒーローたちは武器の回収を試みたのだろう。

だが、今の市民の目には、それが自分たちから抵抗の手段を没収する横暴な行為にしか映らない。

 

結果として、市民の反発を恐れるヒーローたちも強硬な手段に出ることが出来ない。

対応は後手に回る。

 

人手と時間を諍いに割く余裕があるのなら、ダツゴクの鎮圧を優先せざるを得ないのが現状なのだ。

 

 

(これはオールフォーワン絡みじゃない……闇ブローカーたちは稼ぎ時だから動いている)

 

 

コンプレスは思考を巡らせる。

 

オールフォーワンという強大な闇の象徴を倒したからといって、社会のすべてに光が戻り、平和が訪れるわけではない。

 

超人社会が形成されて以来、その華やかな表舞台の裏側には、常に泥沼のような影が存在し続けてきた。

裏社会の活発化は年々増している。

 

これまでのヒーロー社会は表に出てきた害虫を退治するだけで満足し、根本的な腐敗から目を背けてきた。

 

そのツケがこの崩壊した秩序の中で一気に噴出し、社会に牙を剥いているのだ。

 

 

 

 

その後、コンプレスとトガは網を張り、一人の闇ブローカーの男を捕らえた。

そしてトガの個性によってその男の姿へと変身し、裏のネットワークへと通話を行う。

 

取引場所を忘れてしまった。

申し訳ないがもう一度場所を教えてくれと、焦った様子を装い尋ねる。

 

結果として、作戦は見事に成功。

相手から教えられた取引場所へと、彼らは早急に向かった。

 

指定された場所は、街の外れにある古びた倉庫。

周囲には複数のタイヤ痕が残されており、確かに最近まで何らかの取引が行われていた痕跡がある。

 

 

「……嘘つき」

 

 

薄暗い倉庫の中を見渡し、トガが不満げに頬を膨らませて呟いた。

 

そこには人間の姿はおろか、武器の入った木箱一つ残されていなかった。

 

彼らの到着が間に合わなかったわけではない。

すでに放棄された無価値な場所を教えられたのだ。

 

 

「特定のワードを言わない場合は嘘を教えるルールなんだろう。恐らくトガちゃんの個性も知られてるし、おじさんたちが探ってるのもバレてる」

 

 

コンプレスは倉庫の埃っぽい空気を手で払いながら、感心したように言った。

 

これほどの稼ぎ時であっても、彼らは裏社会の基本である警戒を怠っていない。

 

今回のオールフォーワンの事件に乗じて、突発的に小銭を稼ごうとしたチンピラの動きではない。

もっと巨大なネットワークを持ち、裏の人間を組織的に数多く動かせる大物の手腕である。

 

トガとコンプレスには覚えがあった。

 

かつて自分たちも必要なサポートアイテムを手に入れるため、その人物の協力を得ていたからだ。

 

 

「……義爛の奴か」

 

 

コンプレスは崩れかけた倉庫の扉を後にしながら、静かにその名を口にした。

トガもまた、納得したように頷く。

 

オールフォーワンという化け物を基準に見てしまうため忘れられがちだが、義爛もまた、裏社会に深く根を張る闇ブローカーの大物である。

これだけ広範囲に、しかも統率された商売が展開できていることから、彼がこの武器流通の裏で糸を引いているのは間違いないだろう。

 

だが、自分たちが探っていることにすでに気付かれているとなると、追跡は容易でない。

おそらく、彼は以前のように拠点に留まっているとは思えず、尻尾を掴むのは骨が折れる作業になるはずだ。

 

 

「おーい、ちょっとそこの人たち!」

 

 

コンプレスたちがこれからの動きについて思案していると、背後から突然声が掛けられた。

 

警戒して振り返ると、そこには緑色の鱗に覆われた青年が立っていた。

トカゲの異形型だ。

 

青年の表情に敵意はなく、むしろ困り果てた様子である。

どうやらスマホを貸してほしいらしい。

 

 

「そこに倒れたヴィランがいるんだけど、ヒーローが近くにいなくてさ。俺逃げるときにスマホを家に置いてきちまって」

 

 

申し訳なさそうにそう言う青年が指差した先を見る。

 

瓦礫の陰に、上半身裸の巨漢が仰向けに倒れて気絶していた。

顔には特徴的な大きな傷があり、いかにも凶悪なヴィランといった恐ろしい顔つきである。

 

その男の顔を見た瞬間、コンプレスとトガは息を呑んで立ち止まった。

 

 

「こいつ、マスキュラーか!?」

 

 

コンプレスが驚愕の声を上げる。

それは偶然にもかつて林間合宿襲撃の作戦を共にした、彼らにも覚えがあるヴィランだったからではない。

 

マスキュラーの周囲には激しい戦闘の痕跡が残されていた。

彼が個性を全開にして、何かと戦いを繰り広げたのは明らかである。

 

だが、気を失って倒れているマスキュラーの身体には、切り傷や打撲の痕も無い。

 

あの戦闘狂であり、途方もない暴力の塊であるマスキュラーを傷一つ負わせることなく無力化した存在。

 

今のこの街に、ヒーローではない謎の強者が潜んでいることに気付いたのだった。

 

 


 

 

 

 

 

 

「リデストロ様には失望した! こんな社会だからこそ、異能解放に動き、人々に真の平和をもたらすべきではないのか!?」

 

 

トガたちが未知の強者の存在に戦慄していた頃。

そこから離れた別の街の大通りを、数人の男たちが重い足取りで歩いていた。

 

彼らは皆、一般的な人間の姿とは異なっていた。

明確な異形型の個性を持つ者たちである。

 

そして彼らは単なる一般人ではなく、異能解放軍に属していたメンバーであった。

 

彼らはオールフォーワンの襲撃によって日本中が未曾有の混乱に陥った際、今こそ異能解放軍が表舞台に立ち、迫害されてきた異能を解放して怯える人々を救い出すべきだと、リデストロに強く進言した。

圧倒的な力を見せつけることで、社会に新たな秩序をもたらす絶好の機会だと信じていたのだ。

 

しかし、リデストロこと四ツ橋の決断は、彼らの熱い期待を裏切るものであった。

 

今は動くべきではない。

彼は一切の戦闘行為や武装蜂起を厳しく禁じたのである。

 

それは以前難羽によって思考を誘導された結果ではある。

だが、四ツ橋の選択にも確かな論理が存在していた。

 

四ツ橋は現在、異形型に向けた大規模な支援施設(健康ランド)の建設、ひいては社会に根付く個性関係の問題を緩和するための政治的、経済的な活動に注力している。

そのための活動は、影に潜み続けてきた解放軍のメンバーたちに、社会に認められるという明確な目的と正当性を与えるものであった。

 

様々な規則や束縛の多い超人社会。

しかし、正面からその差別問題に立ち向かい、世論を動かすという行為は単純な暴力による革命よりも確実な道筋であった。

 

多くの解放戦士たちも、四ツ橋のその方針に賛同した。

彼らとて、流血を望んでいるわけではない。

 

目を背けていた暴力革命によって血が流れる可能性。

そのリスクがなく、それでいて合法的に理想の世界が手に入るのなら、当然人々は平和的なそちらの道を選ぶ。

 

現在、不満を抱いて異能解放軍から離脱したこの男たちも、その平和的な理念に賛同していた。

 

しかし、彼らは耐え忍ぶという戦い方から目を背けてしまったのである。

 

四ツ橋が戦闘を禁じた最大の理由。

それは正当性を持った革命を成し遂げるために、これまでの違法行為を社会へ露呈させないことにあった。

 

もし解放軍が戦闘に介入すれば、多くの疑問が生まれる。

 

なぜ彼らは、厳しく規制されているはずの違法なサポートアイテムを大量に所持しているのか。

なぜ一介の企業であるデトネラット社の社長である四ツ橋やその側近たち、そして末端の社員たちまでもが、ヒーロー顔負けのレベルで個性を使いこなしているのか。

 

もしここで彼らが戦ってしまえば、隠しきれない黒い部分が世間の目に晒されてしまう。

 

彼らが今人々を救ったとしても、その後に与えられるのは称賛ではない。

警察や世間からの厳しい追求だ。

 

だからこそ、多くの異能解放軍のメンバーは肉体的な戦いではなく、あえて無力な一般人であることを貫き通すという困難で精神的な戦いを選んだのだ。

 

 

しかし、組織の方針に反発して離脱した彼らも、決して悪意を持って動いているわけではない。

 

 

元々彼ら異形型の者たちは、その生まれ持った見た目によって理不尽な差別と偏見の目を向けられ続けてきた被害者でもある。

 

それゆえに、誰よりも真の自由と、外見に囚われない平等を強く求めていたのである。

 

彼らはあくまで自分たちなりの正義を胸に秘め、ヒーローの手が回らない場所で怯える民間人を守るために行動を起こしたのだ。

 

瓦礫を乗り越え、崩れかけたビルの影から街で暴れるヴィランが居ないか、鋭い視線で周囲を警戒する。

彼らは自らを、法には縛られないが正義を成す自警団、ヴィジランテであると認識して動いているのだ。

 

だが、今の日本は疑心暗鬼と恐怖が渦巻く、混沌とした状態である。

 

誰もが隣人を疑い、ほんの些細な物音にも怯える極限の状態。

 

そこで戦闘可能なレベルで個性を高め、殺気立った様子で周囲をジロジロと見回しながら歩く異形の姿をした者たちの集団。

 

 

それは、一般の人間からすれば、どのように映るのだろうか。

 

 

 

一発、乾いた銃声が街に響き渡った。

 

 

 

その場にヴィランの姿はない。

 

しかし、彼らと角の先で鉢合わせてしまった民間人の集団がそこにいた。

 

恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりをした民間人の一人。

彼は手にしたサポートアイテムの引き金を、半ば無意識に引いてしまったのである。

 

自分の命を守るため、家族を守るため、社会を脅かす悪を討つという、彼なりの正義のための行動であった。

 

 

「うぐっ……」

 

 

自分たちよりも弱くて無力な、守るべき一般人。

そんな彼らを守ろうと決意して街に出た、異形の男。

 

彼は、その守るべき相手から放たれた銃弾によって肩を撃ち抜かれ、血を流しながらアスファルトの上にうずくまった。

 

それは、決して不幸な事故などという言葉では片づけられない出来事であった。

 

恐怖に駆られて放たれた一発の弾丸。

それによって人々の心の中に潜んでいた、別の引き金を引くこととなった。

 

 

やっぱり、異形は社会に危害を加える存在として差別されるんだ。

 

やっぱり、異形は言葉の通じない化け物なんだ。

 

 

こうなればどちらが先かは関係ない。

社会の底に泥のように淀んでいた、隣人への根深い疑いと偏見。

 

オールフォーワンという、すべてを暴き出す闇の太陽。

その昏く邪悪な光がスポットライトとなって人々の暗部を照らし出し、最悪な形となってここに爆発したのだった。

 

 

 

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