ギガントマキアが地面から現れる。
その行為に彼自身の明確な殺意があったわけではない。
しかし、その規格外の肉体による行動そのものが、地殻の変動に等しい大地の隆起を引き起こした。
無数の瓦礫と共に多くのヒーローたちが巻き込まれ、遥か上空へと跳ね上げられる。
空を舞う彼らは重力の法則に身を委ねるしかなかった。
空中での移動や浮遊を可能とする個性を保持していれば、この死地を脱することもできただろう。
しかし、そのような個性を持たぬ者にとっては死を待つことと同義である。
一人のプロヒーローの瞳に、凄まじい速度で接近してくる地表が映り込む。
風がコスチュームを引き裂くような速度で通り過ぎ、容赦のない重力が彼の肉体を引きずり下ろしていた。
高所からの墜落という、あまりにも現実的な死の影が彼の精神を侵食する。
凶悪なヴィランの攻撃によって、命を散らす。
あるいは業火に包まれ崩壊寸前の現場に飛び込み、逃げ遅れた市民を救う代償として自らの命を燃やし尽くす。
彼は一人のヒーローとして。
そうした誰かのための意味のある死ならば、受け入れる覚悟を胸に秘めていたはずだった。
だが、ヴィランの出現に巻き込まれただけ。
この無意味な死に、英雄としての矜持や覚悟など見出せるはずもなかった。
急速に迫り来る死の予感の中で極限まで加速した彼の思考が、視界の端を横切る小さな影を捉えた。
それは重力の軛から逃れるように空を自由に舞う鳥たちの姿であった。
もし自分にも翼があったなら。
彼は現実から逃避するかのように、叶うはずもない願いを脳裏に浮かべた。
鳥たちは彼の傍らへと滑空し、翼の先端を彼のコスチュームの肩口に擦り付けるように通り過ぎていく。
「……!?」
その直後、彼の身を包んでいた死の気配が唐突に霧散した。
猛烈な勢いで肉体を地表へと引き込んでいた落下の速度が減衰していくのだ。
自らの身体が重力から切り離され、一本の羽毛になったかのような錯覚に陥った。
ついに空中で彼の落下は完全に停止し、不可視の海を漂うように空中に滞空する。
己の身に何が起きたのか理解できぬまま、彼は呆然と視線を下へと向けた。
眼下に広がる大地の片隅に、彼を死の淵から救い上げた二人の若いヒーローの姿があった。
「間に合った……!」
手のひらに小さな鳥を乗せた麗日。
彼女は汗で額に張り付いた髪を乱暴に払いながら、安堵の深い息を吐き出した。
重力を奪い去る彼女の個性は、特訓を経て新たな次元へと到達していたのだ。
「全員助けられたよ!」
彼女の隣には、鋼鉄の虎が静かな駆動音を立てながら佇んでいる。
言葉を発したのは、機械の虎ではない。
その広い背に跨る口田であった。
麗日の個性
自らの個性で浮遊させた物体が別の対象に接触した瞬間、その対象をも重力の支配から解放する。
その特性を、口田が操る鳥たちを中継点として活用したのだ。
空を駆ける無数の鳥たちを呼び寄せ、彼女の力を乗せたまま空へと放つ。
鳥たちは無重力を運ぶ配達人となり、墜落の危機にあるヒーローたちに次々と接触し、その命の糸を繋ぎ止めたのである。
口田の個性もまた、機械の虎に取り憑いた
かつての彼は、声を介して動物たちに単純な命令を下すことしかできなかった。
しかし、じゃれるだけで全てを破壊する鋼のボディを操るシセルに対し、戦況の機微や攻撃の危険性を言葉だけで伝達することには限界がある。
言葉を超え、頭の中に描いたイメージをそのまま届けたいという切実な渇望。
その強い想いが、彼の個性を次のステージへと引き上げた。
頭部が硬質な花弁のように展開し、そこから力強い角が空を突くように生え出たのである。
声帯を震わせることなく、その角が己の意思を信号とするアンテナとなる。
周囲の動物たちに、テレパシーのように意思を伝達することが可能となったのである。
より精密で複雑な指示を、動物たちの本能に直接語りかけることができるようになったのだ。
さらにこれまでのように動物たちを呼んでから指示を出すラグもない。
これは大きな成長であった。
なお、彼自身はこの身体的な変貌にすぐには気付かず、小休止の際にトイレの鏡を見てようやく気付いた。
自らの頭が割れて中から生えた未知の器官に青ざめ、すぐさま雄英の保健室へと駆け込んだという経緯がある。
そんな彼女たちの機転と連携によって、多くのヒーローたちが墜落死から救済された。
だが、依然としてギガントマキアの絶望的な歩みが続いている。
その巨体へと立ち向かうのは、巨大な鈍色の装甲を纏った姿へと変身した覚上である。
マウントレディとダークシャドウを後方に下がらせ、彼女はマキアの前へと立ちふさがった。
彼女の肩部兵装が稼働して発射装置がせり上がり、推進剤の尾を引いて小型ミサイルが次々と射出されていく。
空気を切り裂く鋭利な軌道を描き、マキアの顔面へと着弾して紅蓮を咲かせた。
しかし。
「タフですわね……」
熱線と衝撃の嵐を顔面に受けても、巨人は歩みを止めるどころか怯みすら見せなかった。
そのまま眼前に立ち塞がる障害物を排除するため、マキアは豪腕を振り上げ、前傾姿勢で一歩を踏み出す。
山をも砕くような圧力が迫る中、覚上の瞳に狼狽の色はない。
この場にいるのはギガントマキアに対抗するため、選抜された者たちだからである。
『煌めく眼でロックオン!!』
突如として響き渡った快活な声と共に、マキアの踏み出した強靭な足が足首まで深く地面へと沈み込んだ。
「!?」
『猫の手、手助けやって来る!!』
足場を奪われ、巨体がバランスを崩す。
そのわずかな隙を突き、側方からマウントレディが鋭い蹴りを放ってマキアの脇腹を抉った。
同時に、駆動機関の出力を最大まで引き上げた覚上の鋼拳が顎を打ち抜く。
巨大な質量と運動エネルギーが交差する強烈な連携打撃。
『どこからともなくやって来る……』
だが、複数の個性によって強化されたマキアの肉体は、そのタフネスによって損傷を拒絶する。
強靭な筋繊維と表皮が攻撃の威力を分散させ、彼に深いダメージを与えているようには見えない。
それでも彼女たちに焦りはない。
この攻撃は敵を殲滅するためのものではない。
あくまでマキアの歩みを遅延させるために過ぎないからだ。
『キュートにキャットにスティンガー!!』
対ギガントマキアという絶望的な局面に用意された、真の秘密兵器が到着する時間を稼ぐこと。
それこそが彼女たちの役割であった。
そして今、その準備が整った。
『復活の……ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!──with イヤホン=ジャック!!』
岩棚の上で色鮮やかなポーズを決めるプッシーキャッツの面々。
その傍らで、
彼女の手には、難羽の技術によって生み出された特注のベース型音響兵装、トドロキが握られている。
耳たぶから伸びるプラグを、楽器の心臓部であるコネクタへと接続。
指先でダイヤルを回し、トドロキの内部機構に自らの心音を流し込んでチューニングを完了させた。
弦を弾き、彼女は戦場に渾身の音波を放つ。
しかし、その場に居合わせるプロヒーローたちが耳を抑えることはない。
それはただ一つの標的のみを行動不能へと追い込む、魔曲である。
「───!!?」
マウントレディたちの全力を受けても顔色一つ変えなかったマキアの動きが、唐突に停止した。
彼は両手で自身の頭部を抱え込み、苦悶に満ちた低い呻き声を戦場に響かせる。
マキアの肉体を形作る数多の個性の中に、痛覚遮断というものが存在している。
肉体にどれほどの損傷を受けようとも苦痛の信号を無視し、戦意を喪失させない恐るべき盾である。
そして強固な耐久力と剛筋を併せ持つ彼は、痛みを知らぬ人型災害として多くを蹂躙してきた。
しかし痛覚がないことは、彼が苦痛に対して無敵であることを意味しない。
むしろ、彼は苦痛に慣れていないと言えた。
脳髄を直接掻き回されるような未知の刺激に、彼は幼児のように地面にうずくまり、頭を激しく揺さぶる。
猛烈な吐き気が彼を襲う。
食事をほとんど必要としない彼の口から、ただ胃液だけが零れ落ちていた。
「耐久・痛覚遮断・巨大化・犬・エネルギー効率・剛筋・土竜……あちきが前見た時と構成は変わってない!」
プッシーキャッツのラグドールが、戦況を見下ろしながら叫んだ。
彼女の個性であるサーチ。
一度は失われたものだが、難羽の手術によって、両親の細胞から培養された新たな個性因子を通して再定着を果たしていた。
彼女の瞳がマキアの内包する個性の構成を丸裸にする。
この作戦のため、ラグドールは事前にワープゲートを通してマキアの個性の構成はチェックしていた。
それによって今回の作戦を立てる事が出来たのだ。
なお、マンダレイとラグドールは少し離れた場所から戦況を見ている。
ギガントマキアの巨体故に、戦場全体を見渡すには離れる必要があったためだ。
『個性は変わってないわ!』
「ならばこのままで良い!イヤホン=ジャックを守り抜くぞ!」
虎がマンダレイのテレパシーの言葉に力強く応え、群がってくるヴィランたちを格闘術で次々と粉砕していく。
ギガントマキアの個性群は、彼の肉体を無限のスタミナと無尽蔵の力を持つ要塞へと変えるシナジーを持っている。
だが、その完璧さゆえに予測し得ない綻びを内包していた。
原因は、彼に鋭敏な嗅覚と僅かな振動をも拾い上げる聴覚をもたらした犬の個性である。
主人の匂いを広範囲から探し出し、地中を移動する際に土竜の個性と併用して正確な方角を捉えるための重要な器官。
それは彼の任務遂行において欠かすことのできない歯車であった。
だが、その聴覚機能が人間という種の限界を超越していることこそが弱点となった。
犬の聴覚が人間のそれよりも優れているという事実は、彼らが人間よりも遥かに広い可聴範囲を持っていることを意味する。
それを利用したのが犬笛である。
人間が聞き取ることの出来ない超高音も犬の耳は捉える。
結果として、犬笛を吹いても人間には聞こえないのにも関わらず、その笛で犬は呼ばれたことがわかるのだ。
その人間が知覚することのできない超高周波の音波を発生させる犬笛のメカニズム。
トドロキを通して周波数を変えた心音を、耳郎は標的の鼓膜へと叩き込んだのだ。
「まさかこんなに効くとはね!」
トドロキの弦を掻き鳴らしながら、耳郎が叫ぶ。
彼女自身は全身全霊を込めて爆音のメロディを奏でている。
しかし、その振動を音楽としてではなく、脳を破壊する暴力的なノイズとして知覚し、苦悶するのはこの戦場でマキアただ一人だ。
「ウォオオオ!!!」
狂気を孕んだ獣の咆哮を上げ、マキアが苦痛から逃れるように大地を乱暴に掻き毟る。
前進あるのみを信念としていた彼が、ここにきて初めて後退という選択を余儀なくされた。
両腕の先端に土竜の個性による変質した爪を展開し、岩盤を削って地中へと潜り込もうとする。
だが、彼を逃がすほどヒーローたちの包囲網は甘くない。
暗闇に沈むトンネルを通り、漆黒の影が彼の足首に深く爪を立てた。
『逃ガサネェゾォオオオッッ!!』
マキアが掘り進んだ土の穴から猛烈な勢いで追いすがってきたのは、ダークシャドウであった。
先ほどの地上戦では一時的に作られた闇を利用して巨大化していただけであり、光に晒されればその力は制限される。
しかし、光が届かないこの地中も、この怪物が真の力を発揮出来る領域である。
「ダークシャドウは地の下においても強い!!」
常闇が言い放つと同時、マキアの頭上に広がる地盤が突如として液状に変化していく。
ラグドールがサーチの個性によってマキアの正確な座標を共有し、マンダレイがそれを伝達する。
それに合わせてピクシーボブが個性で土を操ったのだ。
そしてついにマキアの巨体が、暗黒の腕によって真上へと引きずり上げられる。
『ウォラアッ!!』
「何だと……!?」
無尽蔵の膂力を誇るマキアが、純粋な綱引き勝負で初めて敗北を喫した。
地底の闇の中で暴走する影の暴力が、彼の巨体を宙へと投げ飛ばす。
放物線を描いて落下してくるその巨体を待ち構えるのは、大地に根を張る二人の女巨人。
「行きますわよ、岳山様!!」
「今は本名で呼ばないで!!」
空気を震わせる絶叫と共に、覚上とマウントレディの腕の筋肉が膨張する。
そして落下してくるマキアの腹部へと、機械の剛拳と肉体の拳骨が同時に叩き込まれた。
数多の街を更地にし、誰にも止められなかった巨大な厄災。
これまで多くのものを吹き飛ばして来たマキアの巨体が、その剛力の一撃によって吹き飛ばされていったのだった。
番外編で治療してたの覚えている人いるんだろうか