陽光が容赦なく照りつける、コンクリートの迷宮「グラウンドβ」。
そこには、少年少女たちの決意と個性が具現化した「
重厚なアーマーに身を包む飯田天哉、機能性を極めたタイツを選んだ麗日お茶子、そして露出度の高いスーツに身を包んだ八百万など、A組の生徒たちは互いの姿に感嘆の声を上げていた。
その中で一人、緑谷出久だけはどこか見覚えのある
「格好から入るっていうのも、大切なことだぜ、少年少女よ!」
マッスルフォームのオールマイトが、太陽よりも眩しい笑顔で両手を広げた。
「自覚するのだ! 今日から自分たちは……『ヒーロー』なのだと!」
生徒たちのボルテージが最高潮に達する。
しかしその英雄のすぐ隣に、明らかに場の空気を読まない「異物」が混入していた。
ヒーローコスチュームではなく、雄英の指定制服を着崩すこともなく着用し、分厚いサングラスをかけた少年。
サポート科1年H組、難羽輪太郎である。
彼は周囲の熱狂などどこ吹く風で、手にしたタブレット端末の画面を高速でスクロールさせ、時折指先で何かを入力していた。
「……あ、あの、難羽くん? どうしてここに?」
ヘルメットを脇に抱えた緑谷が、おずおずと尋ねた。
その視線に気づいたクラスメイトたちも、一様に首を傾げる。
ここはヒーロー科の聖域とも言える戦闘訓練の場。
本来、他学科の生徒が立ち入る場所ではないからだ。
「……ああ、緑谷か」
難羽は顔を上げず、淡々と、しかし即座に緑谷の全身をスキャンした。
「そのスーツ、母親の手作りか? ……情熱は評価するがな。爆豪の爆破を食らったら燃えるぞ。デザインをスキャンしたから私が素材を変更して作るか?」
「えっ、あ、うん……ありがとう……?」
緑谷が困惑する中、難羽はようやく顔を上げ、サングラスの奥の瞳で一同を見渡した。
「ああ、私がここにいる理由か。……単純な話だ。埋島先生に許可を貰ったからだ」
「きょ、許可だって?」
眼鏡をかけた委員長キャラのお手本のような少年、飯田天哉が驚きに目を見開く。
「自分に課された提出用アイテムの開発課題は、昨日の時点で既に完了した……そしてお前たちに提供するためのサポートアイテムも、既に第一段階の組み上げを終えている」
難羽は緑谷と爆豪を指さした。
「アイテムを……僕たちに?」
「そうだ。だが、机上の計算だけでは不十分だ。装着者の動き、癖、そして個性発動時の肉体的負荷……それらを実戦環境下で直接観測し、フィッティング精度を極限まで高めることも、開発工程における不可欠な一部である……と進言した」
難羽は眼鏡の位置を直し、絶対的な正論を突きつけた。
「顧客を知らずに商品は作れない。異論はあるか?」
「……いや、言い分はもっともなんだがね、難羽少年」
隣でオールマイトが、困ったように、しかし感心したように頬を掻いた。
「まさか『彼らの授業を特等席で見る権利も、最高のアイテムを作るためのコストだ』とまで言われるとは……私も、そしてパワーローダー先生も、君のその徹底した理論武装にはお手上げだよ」
「屁理屈をこねるのは得意なので」
難羽はそう言って、再びタブレットに視線を落とした。
その態度はここが神聖な学び場ではなく、単なる実験場であると認識していることを無言のうちに主張していた。
「ケッ、理屈の通じねえクソギーグが」
集団の後方で、爆豪は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
巨大な手榴弾型の籠手を装備したその姿は、攻撃的な彼の性格をそのまま形にしたようだ。
「……おいデク、いつまでもあっち向いてんじゃねえぞ」
爆豪の視線は難羽ではなく、緑谷に向けられていた。
その瞳に宿っているのは、以前のような単なる見下すような怒りだけではない。
そこには先日行われた体力テストでの光景——緑谷が指先に力を込め、ボール投げで爆発的な出力を叩き出したあの瞬間の残像が、棘のように刺さっていた。
(……あのクソデクが、オールマイトとの特訓であの力を目覚めさせたのか……? 無個性だったはずだが、どうにもキナ臭え)
「ライバル」として認識し始めたがゆえの、焦燥と得体の知れない不安。
ずっと背後にいたはずの石ころが、いつの間にか自分の足元を脅かす地雷に変わっていたような感覚。
(認めねえ。俺が一番だ……叩き潰して、その化けの皮を剥いでやる)
爆豪の瞳には、かつての幼馴染をヴィラン役として徹底的に叩き潰し、その正体を暴いてやろうという冷徹な闘志が宿っていた。
「では、チーム分けは厳正なるくじ引きで行う!」
オールマイトが取り出したボックスにより、運命の対戦カードが決まっていく。
奇しくもそれは運命の糸、あるいは難羽という観測者が期待していた通りの「最悪で最高」の組み合わせとなった。
Aチーム(ヒーロー):緑谷出久 & 麗日お茶子
Dチーム(ヴィラン):爆豪勝己 & 飯田天哉
「……かっちゃん」
緑谷が緊張に顔を強張らせる。
対する爆豪は凶悪な笑みを浮かべ、掌で小さな爆発を起こした。
「黙ってろ、デク。……手加減抜きだ。お前のその『個性』で俺に勝てるか?」
火花を散らす二人。
そのピリついた空気を、難羽は少し離れた位置から無感情に観察していた。
タブレットには、二人の心拍数上昇データが表示されている。
その頃、雄英高校・サポート科の育成工房にて。
難羽が去った工房では、パワーローダーが一人、油にまみれた作業台の前で唸り声を上げていた。
彼の目の前には、金髪の縦ロールを完璧に巻き上げ、フリルに包まれた優雅な姿のメイドアンドロイド——アットが、パイプ椅子に優雅に腰掛けている。
彼女は退屈そうに、自分の指先のポリッシュ(実際には硬質コーティング)を眺めていた。
「……なあ、アット。入試の時も思ったが、難羽はどうやってお前のその擬似神経回路を構築したんだ? この滑らかな言語応答、既存のAIアルゴリズムじゃ説明がつかんのだが……」
パワーローダーは教師としての指導心よりも一人の技術者としての好奇心に負け、アットの関節部分のサーボモーターを覗き込もうと顔を近づけた。
すると、アットは扇子を取り出すような仕草で口元を隠し、ニヤニヤとした歪な笑みを浮かべた。
「あら。そんなにわたくしのスカートの中の構造を覗き込みたいのですか? ……セクハラ、ですわ。この土竜不審者。」
「ぶふっ!?」
パワーローダーがむせ返る。
「油で汚れたその頭脳、一度工業用洗浄機に放り込んで、再フォーマットして差し上げましょうか? ああ、それともスクラップ工場への出荷がお望みで?」
「口が悪いな!? いや、この毒舌のパラメータ設定こそ、どうやって感情マトリクスとリンクさせているのか……」
パワーローダーは罵倒されたことへの怒りよりも、その返答のあまりの人間臭さに驚愕し、感動すら覚えていた。
通常のアンドロイドなら定型文を返すかエラーを起こす場面だ。
だが、彼女は明確な侮蔑という感情を持って相手を罵った。
「……しかし、不思議なもんだ」
パワーローダーは腕組みをして、ため息をついた。
「このアットの方がよっぽど人間臭い表情をして、人間臭い嫌味を言う……それを作っている主人の難羽くんの方が、よっぽど精巧な無機質ロボットに見えるのは、一体どういう冗談なんだ……」
難羽輪太郎という少年の、完璧すぎるがゆえの欠落。
そしてアットという機械人形の、不完全すぎるがゆえの人間性。
その言葉を聞いたアットは、目を細めた。
その表情は一瞬だけ普通の少女のようなどこか哀愁を帯びたものに見えたが、すぐにまた高飛車なメイドの顔に戻った。
「おーほほほ! 当然ですわ! 難羽様はわたくしという芸術を完成させるために、ご自身の余計な情緒をすべて削ぎ落とされたのですわ!」
彼女は高らかに笑った。
「先生のような、鉄と油しか愛せないガラクタ専門家には、あの方の崇高な愛など一生理解できませんことよ〜!」
高笑いするアットの金髪縦ロールが、工房の無機質な照明を反射して、皮肉なほど眩しく輝いていた。