更新が遅くなってしまうので、あまり話は進みませんが投稿します。
変身。
1912年、フランツ・カフカによって執筆された中編小説の題名。
変身。
シリーズ第一作目である仮面ライダーの制作過程において、象徴として取り入れられた言葉。
その制作当時において、変身という概念はヒーローの代名詞ではなかった。
変身。
少女に宿った異能の名称。
少女の生家は総合商社を営み、古い言葉を用いるならば、広範な貿易を手掛ける一族であった。
壮麗な邸宅に暮らし、誰もが羨むような裕福な環境に恵まれていた。
家族からの愛情を一身に受け、周囲には常に多くの友人たちが笑い合っていた。
ある朝、その全てが消え去った。
より正確に記述するならば、少女はただ一人、見慣れたはずの街が瓦礫の山と化した廃墟の真ん中に立ち尽くしていた。
家族も、友人たちも、二度と口を開くことのない冷たい肉塊となって、彼女の足元に転がっていた。
力と悪意を持った何者かが、ただ己の気に食わないという理由だけで、彼女の世界を破壊したのだ。
超常黎明期という法も秩序も崩壊した混沌の時代においては、それは珍しい悲劇ではない。
ただ、無数に繰り返される理不尽が、彼女の日常に降りかかっただけだ。
少女は後に個性と定義されることになる、特異な力を生まれ持っていた。
その力があったからこそ、彼女だけが死の運命から逃れた。
彼女は幼い頃から憧れていたヒーローの姿へと自らを変身させ、迫り来る暴力から己の身を守り抜いた。
誰も救わず、ただ一人生き残ってしまった。
少女は虐げられ、恐怖に震える者たちを救うために戦い始めた。
様々なヒーローの姿へと変身を繰り返し、多くの人々の命を拾い上げた。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
ならばなぜ自分はあの時、その責任を果たすことができなかったのか。
なぜ、今これほどまでに強大な力を行使できるのに、あの時の自分は無力だったのか。
なぜ自分のような人間が、未だに息をしているのか。
彼女の心が創り出した罪禍の天秤は、どれほど多くの命を救済しようとも平衡を保つことはなかった。
際限なく傾き続ける天秤は、彼女の精神を静かに削り取っていく。
いつしか、その天秤が壊れ去ったある日。
ヒーローはある事実に気が付いた。
少女の顔も、声の響きも、どのような性格で笑っていたのかさえ、もはや思い出すことができなくなっていた。
過去の少女を知る者は、この世界のどこにも残っていない。
ヒーローは少女の姿に変身できなくなっていた。
ヒーローは、暗い空を見上げて思う。
まあ、いいか。
あんな無力で無価値な少女の存在など構わない。
それよりも、この悲惨な世界にはヒーローが存在するべきなのだ。
それで良かった。
ある日、ヒーローは一人の少年を救い出した。
その少年の姿は、過去の誰かに似ているような気がした。
底知れぬ孤独を抱えていた。
その虚ろな瞳に映る何かに、ヒーローは強く惹きつけられた。
今思えば、彼は
ヒーローは、その少年と共に当てもない旅を続けるようになった。
少年はヒーローを慕ってくれた。
彼らは同好の士であった。
「君の本名は……覚上まどか。合っているか?」
そして、少年は天才であった。
宿敵との戦いによって、仮面アクターは無惨に散った。
吹き飛ばされたその身体は、車の側面に背中を預けたまま沈黙している。
砕け散った仮面の奥から覗く瞳に光はない。
「……重たい」
その沈黙する残骸に重なるようにして、一人の少年が這い出してきた。
茶髪を揺らし、雄英の制服に身を包んだ少年である。
彼の腰には、仮面アクターが装着していたものと全く同じ形状のベルトが巻かれていた。
彼は仮面アクターの重い身体を足で押し退け、ゆっくりと立ち上がった。
その動作と連動するように、彼の腰に巻かれていたベルトがエラー音を吐き出し、完全に機能を停止する。
ボロボロと砂のように砕け、形を失い灰と化していくベルトの残骸。
それを少年は手で払い落とした。
「離脱のシステムは、もう少し改良が必要だな……」
仮面アクターの演身。
それは、装着者の肉体そのものを強大な戦士へと変異させるものではない。
あくまでも、あらかじめ構築された戦闘用ボディとの物理的な交替である。
変身する前の日常の姿を演じる役者。
ヒーロースーツを着込み、危険な戦闘の演技を代行するスーツアクター。
特撮番組における、一人のヒーローを複数の人間で演じ分ける際の仕組み。
それをそのまま物理的なシステムとして組み上げたものが仮面アクターだ。
故に、仮面アクターが破壊され死を迎えたとしても、それは元の肉体が死に絶えることを意味しない。
圧縮された本来の肉体は、ベルトの内部に構築された特殊な機構で厳重に保護されている。
仮面アクターの肉体が致命的な損傷を受け死亡した場合、自動的に内部の肉体が外部へと排出される仕組みとなっているのだ。
崩壊のような個性によって、二つの肉体が同時に消滅する事態に陥らない限り、彼が完全な死を迎えることはない。
サー・ナイトアイの予知が見たものは、確かに仮面アクターの死であった。
しかしそれは、難羽という男の死では無かった。
「……佐々木の予知は、あくまで彼の主観的な情報に依存している。世界を騙す必要などない。彼一人を騙せば、運命の突破は容易だ」
それでも難羽は、己が予知を回避し生存できるという事実を緑谷たちには伝えなかった。
かつて、緑谷たちはサーが見た確定したはずの死の運命を乗り越え、オーバーホールを打ち倒した。
それに対し、サーは一度目の死の間際、多くの人々がその悲劇的な運命を変えたいと強く願った無意識のエネルギーが、束となって新たな未来を創り出したのだという仮説を立てた。
しかし、難羽はその仮説がもし真実であったとしたら厄介だと考えた。
(……私に対して死んで欲しいと考える人間が大勢いたら、本当に死ぬ方向へ未来が変わらないか?)
人の想いが未来を改変する力を持つというのなら、殺意もまた同じである。
そう判断した難羽は、自らの予知回避の手段について秘匿し続けていた。
「難羽!」
破壊された市街地を縫うようにして、仮面アクター専用バイクであるサイクロン
彼女が自らの手で運転しているわけではない。
車体に搭載されたシステムをアットが操作しているだけである。
バイクから降りた彼女は無傷の難羽の姿を見て、微かに肩の力を抜いて安堵した。
「……あなたが死なないと理屈で知っていても、やっぱり肝が冷えますわね」
「まぁ、別の要因で死ぬ可能性は普通にあるからな」
覚上は難羽の予知回避のカラクリを知っている数少ない一人であり、彼が生きていること自体への驚きはない。
しかし、それは彼女の心から心配の種が消え去る理由にはならない。
それにしてもと、彼女は周囲の惨状を見渡しながら疑問を浮かべる。
「オールフォーワンの超再生は、確かに止まっていたのに……なぜすぐに復活したの?」
「あれは、超再生の個性に限界が訪れたわけじゃない。奴がスイッチを切っただけだ」
その疑問に対し、難羽は答えを返した。
本来、超再生のような常時発動型の個性にオンオフという概念は存在しない。
あの個性は意識して傷を回復させるものではなく、損傷を瞬時に塞ぐ性質を肉体に付与するものだ。
しかし、オールフォーワンがその個性を所持している場合は前提条件が異なる。
オールフォーワンは自らが取り込んだ無数の個性を、状況に応じて使うかどうか任意に切り替えることができるのだ。
それは常時発動型の個性であっても例外ではない。
大量の個性をその身に抱え込みながらも、肉体に異形としての歪みが現れないのは、まさにその能力ゆえである。
「逆に言えば、圧倒的な出力によるゴリ押しを好む奴が奇策を選んだ……奴は限界を迎えている」
奇策や不意打ちは、正面から打ち合えない弱者が必要とする苦肉の策である。
それを絶対的な強者であるオール・フォー・ワンが選択したという事実そのものが、彼の限界を物語っていた。
「それで……これからどうするの」
「どうするって……仮面アクターのボディが壊れた以上、出来ることは何もないぞ」
真に巨大な悪の組織や、潤沢な資金を持つ大企業の社長であれば、スーツの予備をいくらでも量産できるだろう。
しかし、難羽にはどう足掻いても越えられない現実的な壁が存在した。
予算である。
彼の並外れた技術力である程度は誤魔化すことができるが、それでも高度な素材を調達するための費用などで資金は全て吹き飛ぶ。
予備のスーツなど存在しない。
そんな理由で微妙な顔をした難羽に対し、覚上はにやりと笑って胸を張った。
そのバストは豊満であった。
「ふふふ……こんな時のために用意したものがありますわ」
そう言って覚上が難羽に押し付けるように手渡したのは、ペンライトのような意匠の装置だった。
ライトグリーンを基調としたボディ、黒い逆三角形の模様。
正面に赤いスイッチが備わっている。
「……ベーターカプセルじゃん」
「このスイッチを押せば、あなたの力になりますわ。ヘッヘッヘ、シンパイスルコトハナイ……」
初代ウルトラマンを象徴する変身アイテム、ベーターカプセル。
そのレプリカを無理やり握らされた難羽に対し、覚上が怪しげな声色で説明する。
『それは、私とお嬢様が共同して設計・作成した物です。機能に一切の問題はありません』
「……お前。最近影が薄いと思ったら、裏でこんなの作ってたのか」
バイクのスピーカーから流れるアットの合成音声を聞きながら、難羽は思考を巡らせる。
オールフォーワンとの最終決戦に耐え得る素材など、とうに枯渇しているはずだからだ。
そう考えながら、目の前で不敵に笑う覚上の顔を見た難羽はその事実に気が付いた。
己が絶対に素材として使わないと決めていたものを、彼女は使ったのだということに。
「こんなもの、私が使うわけないだろう。馬鹿が……これは返す」
難羽は冷たく言い放ち、ベーターカプセルを突き返そうとした。
そもそも、この最終決戦の場で自分がこれ以上活躍することは決して良い結果を生まない。
この先、人類の敵として立ちはだかる予定の人間が、ここで中途半端に正義の味方として振る舞えば無用な疑念を抱かせる。
何か深い事情があるのではないかと、探りを入れてくるに違いない。
それならば、このまま仮面アクターとして戦死したことにして表舞台からフェードアウトし。
後日『彼の遺志を継いだ純粋な邪悪』として、同じ仮面を被って再び世界に牙を剥く形にした方が遥かに自然で楽だ。
この絶望的な状況は、彼の計画にとってむしろ好都合であった。
そもそも、人類を無個性化するという途方もない悪逆を成し遂げるつもりであるならば、中途半端に人を救うべきではなかった。
かつて転弧に仮面ライダーの称号を与えながらも、彼が自らを仮面ライダーと名乗ることができなかったのは、この自身に内在する中途半端さが原因である。
最後の最後、この局面に至ってもなお、オールフォーワンという悪を討ち滅ぼしたい、目の前の人々を守りたいという個人的な感情と、世界そのものを救済するという大義のバランスについて、無意識に天秤にかけてしまう。
「本物のヒーローが、この場には揃っている……オールフォーワンは彼らが打ち倒す。仮に彼らの中に誰か死者が出たとしても、私が後で確実に直す」
言い訳のようにそう告げ、この場から逃れるべくサイクロンAに跨ろうとする難羽。
それは避難というよりは逃避であった。
しかし、覚上が背後から彼の肩を強く掴み、その動きを封じた。
そして彼を強引に振り向かせ、真っ直ぐにその瞳を見据えて言った。
「変身しなさい」
ここが分岐点である。
覚上はそう判断した。
彼がこの戦いに戻らなくとも世界は救われるだろう。
彼の言った通り、他のヒーローがどうにかするだろう。
しかし、それは難羽輪太郎の妥協であり、
彼女は己のヒーローに、諦めてほしくなかった。
「……偽物がこれ以上でしゃばる必要はないんだ」
難羽はこれまで、己は仮面ライダーを演じるだけの人間であると自負してきた。
それは己が紛れもない偽物であると客観的に理解し、仮面ライダーという存在に相応しくないという自戒があるからだ。
本当にただ強さを求めるなら、ミサイルや毒ガスのような兵器だけを作っていればよかった。
憧れの姿に変わるシステムなど無駄の塊である。
それらの現実をもっともらしい理由を付けて誤魔化し、ここまでやってきた。
彼の本質はヒーローではない。
世界が危機に瀕していると分かって行動したのは、正義の心からではないのだ。
自分だけがたどり着いてしまった現実。
それから目を逸らすことに対する罪悪感からの行動だ。
実際に世界を変えることの出来る才を持ってしまったことも災いしていた。
だからこそ仮面をつけて演じることで、ようやくヒーローを装えた。
しかし
「仮面ライダーだって、しょせんは偽物──ただのフィクションですわ」
そんな彼に、覚上は一切の迷いなく言い放った。
ヒーローを愛する誰もが、現実に彼らが存在していると本気で信じているわけではない。
子供ですら、心のどこかで無意識にテレビ番組の中の作り物だと理解している。
ならば、本物とは一体何だ。
なぜ人は
「本物のヒーローなんて、この世にない。ただ、フィクションの世界にいるような
現実を生きる中で学んでしまう妥協点。
人の心に善は有れど、それを成すには多くのものが壁になる。
だからこそ、人はヒーローなんて存在は子供騙しだと考える。
それでも画面の向こうにいる彼らは
だから、その
覚上は突き返されたベーターカプセルを、再び難羽の手の中に強く握らせた。
「……あなただって、ヒーローになれる」
あなたが最初に、空っぽの偽物だった私を見つけてくれたんだから。
「いや、しかし……」
『……空気を読んでください』
それでもなお難羽は見苦しく言い訳をしようとした。
駄々をこねる難羽に対し、覚上もアットも呆れ果てたようにため息をついた。
面倒な説得を続けることに飽きた覚上は、彼に対する切り札を切ることにした。
「私を助けて」
「…………ずるいな、君は」
静かに笑みを浮かべる覚上の前で難羽は観念したように息を吐き、ベーターカプセルの赤いスイッチを押し込んだ。
強烈な青い光が周囲の空間を呑み込み、放射状に広がっていく。
「じゃあ……行くか」
光の粒子が収束した先には、難羽だけが静かに立っていた。
仮面アクターの死。
それは戦況を覆す喪失であった。
オールマイトがその身に纏うスーツも最早強化服ではなくただの重りとなり、戦闘続行は不可能。
黒霧が展開したワープゲートによって彼は戦線からの撤退を余儀なくされた。
対オールフォーワンメンバーの戦力は削ぎ落とされていく。
上空からは、ホークスたちによる絶え間ない援護射撃が降り注いでいる。
オールフォーワンの攻撃の出力も明らかに低下しており、彼が限界領域に足を踏み入れていることは対峙する緑谷たちも察していた。
だが、眼前に立ちはだかる障壁が次々に排除されたことで、オールフォーワンは圧倒的な優位性を確立していた。
「余計なこと考えんなクソデク!! ……あいつが死ぬわけねぇだろッ!!」
絶望の淵に立たされようとする戦場に、爆豪の鋭い怒声が響き渡った。
己を鼓舞し、同時に隣に立つ幼馴染の心を繋ぎ止めるような叫び。
己の内から出る絶望を誤魔化すための咆哮。
爆豪が両手から巨大な爆発を放ち、オールフォーワンから放たれたエネルギー弾の軌道を強引に逸らす。
衝撃波が交錯し、逸らしきれなかった高熱の余波が爆豪の頬を浅く焼き焦がした。
皮膚が焼け焦げる刺激臭が鼻を突く。
彼の叫びに対し、緑谷も肯定したかった。
当たり前だと、喉の奥から絞り出すように叫びたかった。
しかし、緑谷の心には、サーの予言が氷の刃のように冷たく突き刺さっている。
仮面アクターが謎のヴィランによって肉体を破壊され、殺されるという絶望的な未来のビジョン。
それが現実のものとして眼前に展開された今、緑谷の喉は干上がり、声を発することすらできなかった。
「あああああッッ!!」
沈黙を破り、獣のような咆哮と共にザムザが宙を舞った。
全身のバネを極限まで解放した飛び蹴りが、オールフォーワンの頭部を狙って襲い掛かる。
しかし、オールフォーワンは僅かに身体の軸をずらしてその一撃を回避した。
空を切ったザムザは体勢を崩すことなく、両腕のガントレットから蜘蛛糸を射出する。
強固な粘着性を持つ糸が周囲のビル壁に接着し、激しくしなる。
その反動エネルギーを利用してザムザは空中で鋭角に軌道を変え、再びオールフォーワンの懐へと突撃した。
『
ザムザの腕に装着された変身ブレスレット、チェインザムザから無機質な電子音声がエネルギーの解放を告げる。
「──ライダーブレイク!!」
膨大な破壊の力が右腕に収束し、ザムザの必殺の一撃が放たれた。
「必殺予告って、現実は隙を晒すだけだよね」
冷ややかな嘲笑。
オールフォーワンは確かに、肉体的な限界の縁に立たされている。
しかし、自らを幾度も窮地に追い込んだ仮面アクターとオールマイトが戦場から消え去ったことで、彼の精神は余裕を取り戻していた。
冷静さを取り戻した悪の象徴は、力任せの破壊という単純な戦いを捨てる。
過剰な足し算ではない、掛け算の戦術。
複数の個性を緻密に組み合わせる老獪な戦術を、再びその手の中で構築し始めていた。
「なっ……」
ザムザの喉から、驚愕の息が漏れる。
「『鋲突』+『個性強制発動』……新しい身体で気分が良くなってたかな?」
オールフォーワンの背中から、黒く鋭利な触手が無数に突き出された。
それらは蛇のように蠢き、ザムザの身体へと突き刺さる。
堅牢なスーツ越しであるため、肉体に達するダメージそのものは少ない。
しかし、問題は触手を通して流し込まれた力であった。
その力は、ザムザの意思とは無関係に彼の個性を発動させる。
必殺の一撃がオールフォーワンの肉体に到達するその刹那、強制的に引き出された崩壊の個性が、ザムザの攻撃のタイミングにズレを生じさせた。
力のベクトルが狂い、渾身の必殺技は虚しく空間を砕くだけの不発に終わる。
「クソっ……!」
ザムザは即座に体勢を立て直し、背中から展開した四本の蜘蛛脚で連続攻撃を仕掛けた。
四方八方から殺到する鋭利な刺突。
それに対し、オールフォーワンは同じように背中から無数の鋲突を展開し、ザムザの猛攻をことごとく弾き飛ばしていく。
激突音が幾重にも重なっていく。
「お爺ちゃんが心配かい?」
拮抗した攻防の中、オールフォーワンがザムザの隙を捉えた。
空気を圧縮して撃ち出す個性を主軸に、一つだけ強化系の個性を上乗せ。
限界を迎えた肉体への負荷を最小限に抑えつつ、最大限の効力を発揮する効率的な一撃。
それが右腕から放たれた不可視の衝撃波となってザムザの腹部を叩く。
空気の弾丸を崩壊の力で止めることはできない。
「ガハッ……!」
強烈な衝撃にザムザの身体が折れ曲がり、苦悶の呻きが漏れる。
その硬直の瞬間、オールフォーワンは即座に次弾を装填する。
ザムザの危機を救うべく、遥か遠方からナガンが放った狙撃弾がオールフォーワンの眉間を狙う。
しかし、オールフォーワンは衝撃反転の個性を展開し、その弾丸を弾き返した。
緑谷がこちらへと向かって駆けてくるのが彼の視界の端に映る。
だが、変速の個性を解放したばかりの彼がこの距離を詰めるには一手遅い。
「『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』+『重荷』──さよなら、弔」
先程とは比較にならない数の強化系個性による力が、オールフォーワンの腕に収束していく。
確実なる死をもたらす本命の一撃が、無防備なザムザに向けて放たれようとする。
鉄の獣が放つ嘶き。
オールフォーワンが音の方へと視線を向けた。
青白いジェット噴射の炎で車体を浮かせたサイクロンAが、オールフォーワンの眼前に向かって一直線に飛来していた。
その機体に跨るのは難羽である。
「……やっぱり生きていたね。でも、わざわざここに戻ってくるなんて」
死の淵から舞い戻った男の生存を、オールフォーワンは冷静に受け入れる。
そして、今度こそ確実に息の根を止めるべく動いた。
もう片方の腕を振り上げ、鋲突の個性を発動する。
「何様のつもりだい?」
黒く鋭利な触手が、無数の槍となって難羽を襲った。
難羽は機体を捻って刺突を避けた。
直撃こそ免れたものの、回避したことによってサイクロンアバドから身体が弾き飛ばされる。
虚空へと放り出された難羽の身体が、真っ逆さまに落下していく。
「爺ちゃん!!」
転弧の悲痛な叫びと同時、主を失った飛行状態のサイクロンAは空中で姿勢を保ったまま、後部からワイヤーロープを射出。
ロープがザムザの身体を絡め取り、迫り来る致死の空間から引き上げた。
彼が回収されるのを視界の端に収めながら、難羽の背中が風を切る。
重力に引かれ、瓦礫の散乱する地面が急速に近づいてくる。
難羽は静かに目を閉じた。
それは自らの死を受け入れたからではない。
「私はショッカー首領。そして──」
その名を名乗る、覚悟を決めたからである。
「仮面ライダー!」
彼の身体には新たなベルトが装着されていた。
銀色の金属光沢を放つベルト帯に、鮮烈な赤のライン。
バックル部には、銀の鷲と緑の飛蝗が円環を描いて互いを追いかけるようなレリーフ。
その中央部には、脈打つように光る青いコアが存在している。
ただし。
そのベルトは腰ではなく、左肩から胸を斜めに横断するように装着されていた。
「──変身」