最上階、目標の核目前というところで緑谷出久は部屋の隅へと追い詰められていた。
背後と左右をコンクリートの壁に囲まれたその場所は、一見すれば逃げ場のない絶体絶命の窮地だ。
しかし、これこそが緑谷の瞬時の判断で選んだ「防御陣地」でもあった。
(背中を壁につければ、死角は消える……! かっちゃんの機動力を制限して、正面からの攻撃に絞らせるんだ!)
緑谷は脂汗を垂らしながら、一点に意識を集中させる。
爆豪が難羽との特訓で得た、あの厄介な縦横無尽な死角攻撃を物理的に遮断し、次の一手を待つ。
だが、今の爆豪にとって、その程度の策は障害にすらならなかった。
「……関係ねえんだよ、そんな場所!」
爆豪は迷うことなく、正面から最短距離を突き進んだ。
難羽に叩き込まれた効率重視の踏み込み。
踵で床を削り、爆発的な加速で距離を潰す。
そして緑谷の眼前に迫る、最大級の爆光。
「っ——!」
「死ねえ!!」
視界を焼き尽くすような爆炎が緑谷を襲う。
だが、緑谷の体は砕けてはいなかった。
彼は最初から正面突破されることを予測し、両腕をクロスさせて顔面を保護しつつ、爆風の衝撃をあえて真っ向から受け止めたのだ。
「うおおおおっ!!」
煙の中から、火傷を負った緑谷が弾丸のように飛び出す。
爆破の直後、残心もそこそこに次の一手に移ろうとした爆豪の懐深くに、緑谷の決死のタックルが突き刺さった。
「なっ……!?」
不意を突かれた爆豪の体が大きくのけぞる。
緑谷はその隙を逃さず、爆豪を押し倒してその上に跨がった。
マウントポジション。
緑谷の右手には勝利の象徴である白い確保テープが握られている。
「捕まえた……かっちゃん!」
テープが爆豪の腕に回されようとした、その瞬間だった。
下敷きになった爆豪の口角が凶悪に、そして不敵に吊り上がった。
「……甘めえんだよ、クソデク」
爆豪は両掌を床に向けた。
刹那、ゼロ距離で放たれた爆発の反動が、爆豪の全身をバネのように跳ね上がらせる。
マウントをとっていた緑谷の体が、その予想外の衝撃で宙へと浮き上がった。
宙で不安定な姿勢になった緑谷を、爆豪は見逃さない。
跳ね起きた勢いのまま、緑谷の両足を強靭な腕でガッシリと掴み取る。
「あ、が……っ!」
「終わりだ」
爆豪は緑谷の体を引きつけ、足を自らの肩へと担ぎ上げる。
そのまま重力と推進力のすべてを乗せて、コンクリートの床へと叩きつけた。
凄まじい衝撃と共に放たれた、渾身のパワーボム。
床が蜘蛛の巣状にひび割れ、緑谷の肺から強制的に酸素が弾き出される。
「……ガハッ!!」
意識が遠のく中、緑谷の視界に映ったのは、荒い息を吐きながら自分を見下ろす爆豪の姿だった。
ヘドロヴィラン事件のあの日から、悔しさを糧に狂ったような特訓を続けてきた。
難羽という異物の知見を飲み込み、プライドを捨てて自らをアップデートし続けてきた。
その圧倒的な差は、埋めようのない残酷な結末としてここに示された。
爆豪勝己は、緑谷出久に完勝したのだ。
『——そこまで! タイムアップ!!』
オールマイトの声が、沈黙の支配する部屋に無情に鳴り響いた。
訓練終了のブザーがモニター室に鳴り響いた後も、室内は水を打ったような静寂が支配していた。
誰もが、爆豪勝己の見せた武闘に言葉を失っていた。
入学前の彼なら、怒りに任せて建物を破壊し力でねじ伏せる戦い方を選んでいたはずだ。
だが、今の彼は違う。
効率的に相手を無力化し、最小限の動きで最大の効果を叩き出す「武」の体現。
「……マジかよ。爆破の勢いをそのまま格闘に繋げるなんて。あんな戦い方、プロでもなかなか見ねえぞ」
硬化の個性を持つ肉体派、切島鋭児郎が驚愕混じりの声を漏らす。
「緑谷のタックルをいなして即座にパワーボムで返すとか、反射神経エグすぎだろ……」
上鳴電気も戦慄していた。
クラスメートたちの興奮を余所に、難羽は腕を組み、静かに画面を見つめていた。
その瞳には予想通りという冷めた感情よりも、どこか確かな手応えを感じている色が混じっている。
(……教えた重心移動、関節の極め方、そして爆破の推進力利用……それなりに自分の血肉にしているな)
爆豪が実戦の中で自らの論理を正しく遂行したことに対し、難羽は内心で微かな満足感を覚えていた。
そこへ、八百万百が震える声で問いかける。
「難羽さん……。あなたは、最初から爆豪さんが勝つことを予測していたのですか? あの緑谷さんの奇策すらも破ることを」
難羽はその問いにすぐには答えず、ゆっくりと口角を吊り上げた。
普段の無機質な彼からは想像もつかない、自信と傲慢さが混ざり合った師としての不敵な笑みだ。
「……爆豪が勝つのは、当然の帰結だ。私が師匠だからな」
その言葉には爆豪の才能への信頼と、自らの技術への絶対的な自負が込められていた。
それは同時にA組生徒たちに対し、難羽輪太郎という存在が単なる「メカニック」の枠に収まらない怪物であることを知らしめる宣言でもあった。
グラウンドから戻ってきた四人の生徒は、明暗が分かれていた。
完勝した爆豪は、荒い息を吐きながらもどこか誇らしげな雰囲気を保ち、敗北した緑谷はパワーボムの衝撃に顔を歪め、保健室のロボットに支えられながら立ち尽くしている。
オールマイトは、彼ら四人を前にして口を開いた。
「全員、お疲れ様! 初めての戦闘訓練としては、実に密度の濃い、見応えのある内容だった。まずは個別に評価をしていこう」
オールマイトの視線がまずヴィラン組の二人へ向く。
「飯田少年、爆豪少年。核兵器の前に待機し、緑谷少年に大技を出させない状況を作ったのは見事な判断だ。……特に飯田少年。広い空間でこそ輝く麗日少女を、あえて自分の加速が活きる長い廊下へと誘い込んだ。地形を味方につける戦略、実に素晴らしい!」
「ありがとうございます!」
飯田が背筋を伸ばすが、オールマイトの言葉は厳しさを増す。
「だが、飯田少年。君は自分が有利な立場にいることに少し慢心していたね。それが足元の罠——麗日少女の見事なカウンターを見逃す原因になった。実戦では一瞬の油断が命取りになる。ここは大きなマイナス点だ」
飯田が悔しげに唇を噛む。
次にオールマイトは麗日へと視線を移した。
「麗日少女! 追い込まれながらも相手の心理を突き、最小限の道具で最大の成果を上げたあの罠。あの即応力と知略は、プロの現場でも高く評価されるものだ」
そして、最後に緑谷と爆豪を見据える。
「爆豪少年。君の格闘技術には驚かされた。今のヒーロー社会は『個性』に頼りすぎる傾向があるが、君のように基礎能力を極限まで高め、個性をその
そこまで言って、オールマイトは一度言葉を切り、全員を見渡した。
「だが……実は爆豪少年と緑谷少年の二人には、致命的なマイナス点がある」
空気が張り詰める。
完勝した爆豪、そして最後まで粘り強く戦った緑谷。二人のどこにマイナスがあったのか。
「A組の諸君。そして難羽少年」
オールマイトはモニター室に残っていた生徒たち、そして師匠を自称した少年へと問いかけた。
「今の戦闘において、この二人が犯した最大の過ちは何だと思うかな?」
それは、戦闘技術や勝敗を超えた、ヒーローとしての在り方を問う重い一石だった。
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