バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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17話 勝利条件、そして青春

 

 

「……正解を言おう」

 

 

オールマイトの問いかけにモニター室の生徒たちが顔を見合わせ、答えに窮する中、平和の象徴は重々しく口を開いた。

その背後で難羽だけは相変わらず不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだままそれを待っていたと言わんばかりに沈黙を守っている。

 

 

「二人のマイナス点……それは、『戦場そのものへの想像力不足』だ」

 

 

その言葉に治療を終えて戻ってきた緑谷と、壁に寄りかかっていた爆豪が顔を上げる。

 

 

「緑谷少年。君が壁の角を背にしたのは、一対一の格闘術への対策としては正しかった。死角を消し、正面からの攻撃に限定させる……確かにベストだ」

 

 

オールマイトはモニターの映像——ひび割れた壁と床——を指差した。

 

 

「だが、あそこはビルの最上階であり、君の近くには守るべき重要な核があった……もし、爆豪少年の爆破や君たちの激突によって、ビルの支柱が一本でも折れていたらどうなっていた?」

 

 

緑谷がハッとしたように目を見開き、青ざめる。

 

 

「……天井が崩落して、核を直撃していたかも……しれない」

 

「その通りだ! 君たちは『核を直接攻撃してはいけない』というルールに縛られるあまり、建物そのものの崩壊という環境リスクを完全に失念していた」

 

 

オールマイトの視線が、今度は爆豪に向く。

 

 

「爆豪少年もだ。あれほどの大火力を閉鎖空間で、しかも支柱に近い場所で放てば勝利どころか作戦全体の失敗、最悪の場合は建物の倒壊による共倒れを招きかねない……それはヴィランもヒーローも同じさ。もしヴィランが核兵器を守り切っても、ヒーローを倒せればオッケーとはならない。その時核兵器が無事でも、撤収までのルートが塞がれてしまうからね」

 

 

プロの視点による指摘はあまりにも重く、そして論理的だった。

 

緑谷は自らの未熟さを噛み締めるように俯き、爆豪はチッと舌打ちをしたが、その反論できない正論に悔しげに拳を握りしめることしかできなかった。

 

勝敗の先にある、さらに高い次元のヒーローとしての責任。

それを突きつけられ、教室は厳粛な空気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

講評を終え、解散の空気が流れる中。

夕暮れに近いオレンジ色の光がグラウンドβのコンクリートを長く照らし出していた。

 

緑谷は一歩踏み出し、隣を歩こうとしていた爆豪を見据えた。

 

その瞳には先ほどパワーボムを食らった時の恐怖はない。

ただ真っ直ぐな、超えるべき巨大な壁への闘志だけが宿っていた。

 

 

「……かっちゃん」

 

「あ?」

 

 

爆豪が不機嫌そうに振り返る。

 

 

「……次は、絶対に負けないよ。君の新しい戦い方も、その効率的な動きも……次は必ず読み切ってみせる」

 

 

幼馴染としてではない。

 

いじめられっ子としてでもない。

 

 

一人のヒーローを目指す対等な「ライバル」としての、正真正銘の宣戦布告。

 

 

それを聞いた爆豪は、鼻で笑った。

だが、その笑みは以前のような弱者を見下す卑屈なものではない。

 

対等な実力を持つ相手に対する、不敵な挑戦状だ。

 

 

「……ハッ。テメーのその不気味な個性、もっと使いこなしてから来い。……今のままじゃ、俺に届く前にテメーの貧弱な体が壊れるぜ」

 

 

爆豪はそれだけ言うと、背中を向けて歩き出した。

 

その歩調には難羽との特訓で得た揺るぎない自信と、緑谷という存在を明確な標的として定めた獣の殺気が滲んでいた。

 

モニター室の窓際で、難羽はその二人のやり取りを見届けていた。

八百万が感心したように呟く。

 

 

「結局、難羽さんの教え子が一番の実績を出しましたわね。……流石ですわ」

 

「実績……か。まあ、爆豪の学習効率は悪くない。スポンジのように吸収する」

 

 

難羽はそう言いながら、手元の端末に爆豪のデータを高速で書き込み始めた。

 

「だが、オールマイトの言う通り、環境破壊への配慮は次の課題だな……師匠としては、弟子が負ける姿は見たくない」

 

独り言のように呟いた難羽の口元には先ほどよりもさらに深い、邪悪で、しかしどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

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生徒たちが散り、夕闇が迫るグラウンド。

 

難羽は足音も立てずに、帰り支度をする爆豪と緑谷の元へ歩み寄った。

 

間近で見る二人の少年は泥と汗にまみれ、疲労困憊の様子だ。

難羽はその姿をどこか遠い昔の誰かを見守っていた時のような、慈愛が混ざった奇妙な眼差しで見つめた。

 

 

「……爆豪」

 

「あ?」

 

「さっきの旋回蹴り、悪くなかったぞ。重心の移動も、俺が教えた通りに淀みがなかった。まるで豪鬼だ……まあ、誰もこのネタは分からんだろうがな」

 

 

難羽は淡々と、しかしぶっきらぼうに言葉を吐き捨てた。

そして、あろうことか爆豪の金色のツンツンとした頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと遠慮なく撫で回した。

 

 

「……あァ!? てめェ、何してやがる! 気持ち悪りィんだよ、死ねッ!!」

 

 

爆豪の額に青筋が浮かび、即座に爆破を伴う拳が難羽の顔面に飛ぶ。

プライドの高い彼にとって、子供扱いされることは最大の屈辱だ。

 

だが、難羽はそれをひょいと首を傾げて避け、表情一つ変えずに棒読みのようなトーンで平謝りした。

 

 

「……悪かった、ついな。お前が学んだことをちゃんと活かせてたから」

 

「謝るならその死んだ魚みたいな目をどうにかしやがれッ!!」

 

 

荒れ狂う爆豪を適当にあしらい、難羽は次に、地面に座り込んだまま靴紐を結び直していた緑谷に視線を落とした。

そのサングラスの奥の瞳には、厳しさとそれ以上の期待が宿っている。

 

 

「……緑谷。お前も、死地でああまで粘ったのは評価してやる。格上を相手にあそこまで思考を回し続けて耐えたのは矢吹丈のようだった…………立て、立つんだジョ……うん、これも伝わらんな」

 

 

20世紀のボクシングアニメのネタを独り言のように零し、難羽は短く溜息をついた。

ジェネレーションギャップという名の断絶は孤独を感じさせる。

 

 

「お前のその個性、出力の出し方と弱点が丸見えだ……今度、お前には効率的な鍛え方と、その脆すぎる肉体をどう補完するかを叩き込んでやる」

 

「……難羽くん。……うん、ありがとう!」

 

 

緑谷が戸惑いながらも、その申し出に力強く頷く。

難羽は満足げに頷くと、背を向けて歩き出した。

 

 

「……ああ、そうだ」

 

 

ふと思い出したように難羽は足を止め、肩越しに二人を振り返った。

相変わらず表情は薄いが、その口元はどこか楽しげに破天荒な悪戯を企む悪ガキのように歪んでいた。

 

 

「……お前ら二人には、今度いい『プレゼント』を用意してやる。期待して待ってろ」

 

「……プレゼント?」

 

「……いらねえっつってんだろ、クソ野郎!!」

 

 

爆豪の罵声を背中で受け流しながら、難羽は夕闇に消えていった。

彼の頭の中では、次に二人をどう「改造」してやるか。

 

そんな数百年を生きる超越者ゆえの、歪んだ、しかし確かな愛情に満ちた思考が高速で回転していた。

 

 

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