雄英高校の巨大な正門前は、異様な熱気と殺気に包まれていた。
普段は静謐な学び舎の入り口が、今は数百人規模のマスコミ関係者によって埋め尽くされ、怒号とフラッシュの嵐が吹き荒れる戦場と化している。
「オールマイトが教鞭を執っているというのは本当ですか!?」
「授業風景を一目見せてください! 視聴者が求めているんです!」
「平和の象徴が教師になったことによる、地域の安全への影響は!?」
「ちょっと! 押さないでくださいよ!」
突き出される無数のマイク、カメラの放列。
それはまるで、情報を貪り食うハイエナの群れのようだ。
彼らは「知る権利」という正義の旗印を掲げながら、物理的にも精神的にも雄英の敷地を侵食しようとしていた。
「……だから! オールマイトは本日は非番だと言っているだろ。許可のない取材は受け付けん。帰ってくれ」
門の前に立つ相澤は、気怠げな表情の中に明確な苛立ちを滲ませていた。
彼の合理的な思考にとって、この無秩序な騒音は害悪でしかない。
「あーもう! うるせェなァ! お前らリスナーじゃねえのか!? ルールくらい守ってロックに生きろよ!」
隣でプレゼント・マイクが大声を張り上げるが、集団心理に陥ったマスコミの耳には届かない。
彼らは目の前の特ダネしか見えておらず、少しでも前へ、少しでも中へと押し合いへし合いを繰り返している。
「ちょっと先生! そんな汚い格好で生徒の指導ができるんですか!?」
「一言だけでいいんです! オールマイトについて!」
一人の女性記者が、制止を振り切って門の中に足を踏み入れようとした。
その瞬間鋭い警告音と共に、雄英高校の防衛システム「雄英バリアー」が作動する。
厚さ数十センチの特殊合金製の防壁が地響きを立ててせり上がり、物理的に外界と校内を遮断した。
「うわっ!?」
「なんだこれ!?」
「閉じられたぞ! 閉鎖的すぎるじゃないか!」
鉄の壁を前にしても、マスコミの勢いは衰えない。
むしろ、拒絶されたことで彼らの攻撃性は増し、壁を叩き、罵声を浴びせかける者すらいた。
その狂騒は、この壁が「絶対に壊れない」という前提があるからこその、無責任な暴力だった。
しかし、彼らは知らなかった。
その群衆の最後尾にフードを目深に被った一人の青年——死柄木弔が紛れ込み、その壁に手を触れようとしていることを。
「……今日はマスコミが妙に多いな」
校内で騒ぎを聞きつけた生徒たちが、窓から不安そうに外を覗いている。
食堂は昼時の賑わいを見せていたが、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
その時だった。
爆発や衝突とは違う。
何かが巨大な質量を持って崩れ落ちるような、重く湿った音が校内に響き渡った。
直後、けたたましいサイレン音が鳴り響く。
『セキュリティ3突破。セキュリティ3突破。生徒の皆さんは速やかに避難してください』
「セキュリティ3!? 校舎内への侵入!?」
「まさか、あのマスコミが入ってきたのか!?」
食堂はパニックに陥った。
上級生も新入生も、我先にと出口へ殺到する。
悲鳴、怒号、押し倒される音。
「非常口へ!」
「押すな!」
「誰か転んだぞ!」
混沌とする校内。
だが、教師陣の反応は違った。
彼らは避難誘導を行いながらも、背筋に冷たいものを感じていた。
(雄英バリアーが突破された……? ありえない)
相澤は校門へと疾走しながら、思考を巡らせた。
あの壁は、戦車の砲撃すら耐える強度を持つ。
マスコミがどれだけ押し寄せようと、人力や機材で壊せる代物ではない。
何かが起きた。
マスコミという盾を利用して、何者かが、決定的な「一撃」を加えたのだ。
「……野次馬根性だけで突破できるセキュリティじゃねえぞ」
プレゼント・マイクの声から、普段の陽気さが消えている。
校庭に土煙が舞い上がる。
崩壊した正門。
そこから雪崩れ込んでくるマスコミの群れ。
彼ら自身も、なぜ門が壊れたのか理解できていない様子で、ただ開いた穴に吸い込まれるように侵入してくる。
その混乱の影で。
崩れ落ちた鉄屑の山を踏みつけ、音もなく校内へと滑り込む影があったことを、この時の教師たちはまだ完全には捉えきれていなかった。
騒動が鎮圧され、警察によってマスコミが排除された後の夕暮れ。
雄英高校の正門前には祭りの後のような散乱したゴミと、重苦しい沈黙が残されていた。
冷たい風が吹き抜け、壊された防壁の粉塵を舞い上げる。
「……これは、ひどいね」
根津校長が、瓦礫の山を前にして呟いた。
その声には、怒りよりも深い警戒心が滲んでいる。
彼の視線の先にあるのは、無惨な姿を晒す雄英バリアーだ。
だが、その壊され方は、これまでのどの「侵入事件」とも異質な、生理的な嫌悪感を催すものだった。
「扉全体を吹き飛ばすわけでもなく、鍵を壊すわけでもない。……妙だな」
相澤消太が、ゴーグルを首にかけたまま屈み込み、破壊箇所を凝視する。
巨大な防壁の下部中央。
そこにまるで測量でもしたかのように正確な、人が数人通り抜けられるだけの正方形の穴がぽっかりと開いていた。
「切断系の個性か? ……いや、それなら断面はもっと滑らかになるはずだ」
プレゼント・マイクが額の汗を拭いながら付け加える。
破壊された内側の面は、レーザーや刃物で切ったような鋭利さとは程遠かった。
岩を砕いたような、あるいは強引に分子結合を剥ぎ取って風化させたような、ザラついた粗い質感が残っている。
足元には、防壁だったものが変化したと思しき、乾いた灰色の塵が積もっていた。
「爆破でもない、溶解でもない……触れた部分だけが、一瞬で腐食して崩れ落ちている」
相澤がその断面に触れようとして、本能的な恐怖から指を止めた。
そこにはまだ、触れてはいけない「死」の匂いが残っている気がした。
「これだけの強度を誇る特殊合金を、ここまで短時間で、かつ派手な音もなく粉砕できるヴィラン……」
根津校長が、その小さな手で顎を撫でる。
派手な破壊は注目を集めるが、このような目的意識を感じさせる精密な損壊は犯人の底知れない理知と、システムへの嘲笑を感じさせた。
この状態では雄英バリアーは閉まっている認識となるため、内部のセンサーが感知するまで侵入に気付けなかったのだ。
「あいつらマスコミの乱入は、やはり単なる目くらましか。その隙に、こいつを仕掛けて何らかの情報を得た……あるいは、侵入者の退路を作ったのか」
「……狙いはオールマイトか。それとも生徒か」
相澤の脳裏に毎日のように異端な姿を見せる難羽輪太郎の姿がよぎった。
内なる異分子と、外からの破壊者。
(……嫌な予感がする。歯車が狂い始めている)
「……相澤くん。警戒レベルを最大に引き上げよう。これは単なる悪戯でも、野良ヴィランの暴走でもない」
根津の瞳が、夕闇に染まり始めた空を見据える。
「もっと明確な意志を持った何者かが、僕たちの足元を掬いに来ている。……宣戦布告だよ、これは」
壊された正方形の穴の向こう側。
そこにはヒーロー社会の崩壊を目論む悪意と混沌が見えた。
この破壊工作が、これからヒーロー社会で巻き起こる凄惨な嵐の始まりであることを、彼らはまだ知らなかった。