バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

22 / 133
21話 黒き風、破壊の風車

 

USJ中央広場は、静寂と暴力が同居する絶望の空間と化していた。

 

かつて合理の化身として数多のヴィランを制圧してきたプロヒーローイレイザーヘッドは今、見るも無惨な姿で地に伏していた。

彼の背骨を軋ませ、肺から空気を絞り出しているのは異様に巨大な黒い肉塊——脳無だ。

 

 

「……動けねえように捕まえとけっつっただろ、脳無」

 

 

死柄木弔の乾いた、感情の抜け落ちた声が響く。

薄れゆく意識の中で相澤は最後の力を振り絞り、生徒たちの安否を確認しようとわずかに頭をもたげた。

だが、その抵抗は無慈悲に断ち切られる。

 

脳無がその丸太のような腕で相澤の頭部を鷲掴みにし、情け容赦なくコンクリートの床へと叩きつけた。

 

骨が砕けるような鈍い衝撃音が広場に響き渡り、相澤の視界はノイズ混じりの闇へと沈んでいく。

赤い血溜まりが、ひび割れた床にゆっくりと広がっていった。

 

その直後、死柄木は狂気じみた動きで脳無に近づくと、躊躇なくその右腕を掴んだ。

 

 

「捕まえとけっつったんだ。殺そうとすんな。……あァ、忘れてた。お前は再生するんだったな。ならいいか」

 

 

死柄木の五指が脳無の筋肉質の腕に食い込む。

彼の指が触れた箇所から、脳無の鋼鉄のような肉体が乾いた砂のように崩れ落ちていく。

 

だが、死柄木は同時に顔をしかめ、自身の首筋を掻きむしった。

個性の使用に伴う強烈な痒み——肉体の拒絶反応だ。

 

崩れ落ちた脳無の腕の断面から、即座に異常な勢いで肉の泡が膨れ上がる。

筋肉繊維が蛇のように絡み合い、骨が再構築され、皮膚が覆う。

この肉の膨張を脳無は気にもしていない。

 

そしてわずか数秒。

そこには傷一つない腕が再生していた。

生物の理を完全に無視したおぞましい改造の成果を見せつけられ、隠れて見ていた生徒たちは戦慄する。

 

そこへ空間が揺らぎ、黒い霧の中から黒霧が姿を現した。

 

 

「死柄木弔……申し訳ありません、一人生徒を逃しました」

 

 

その報告を聞いた瞬間、死柄木の全身から力が抜ける。

救助を呼ぶため脱出を図る生徒と黒霧の戦いは、飯田がUSJから脱出したことで決着を迎えていた。

まもなくこの場には多くのヒーローがやってくる。

 

 

「はあ? ……あーあ。ゲームオーバーだ」

 

 

死柄木は首筋を血が滲むほど激しく掻きむしりながら呪詛を吐き出す。

 

 

「お前がワープゲートじゃなけりゃ、今すぐ殺してたところだぞ……チッ、クソゲー。せっかく『先生』に言われた通りにやったってのに……」

 

 

苛立ちに任せて視線を巡らせた死柄木の複眼が、岩陰に隠れていた緑色の髪の少年を捉えた。

 

 

「……見つけた」

 

「──ッ!!」

 

 

視線が合った瞬間、緑谷出久は弾かれたように飛び出した。

相澤先生を、みんなを救うため。

そしてこの狂った戦場を終わらせるため。

恐怖で震える足を叱咤し、渾身の「ワン・フォー・オール」を右腕に集中させる。

 

 

「SMASH!!!」

 

 

風圧だけで周囲の瓦礫を吹き飛ばすほどの一撃が、脳無の腹部へと叩き込まれた。

これまで使うたびに緑谷の腕や指を破壊して来たワンフォーオールだが、この一撃は偶然にも腕を犠牲にせず放つことが出来た。

だが。

 

─手応えがない。

 

緑谷の拳は脳無の分厚い筋肉と脂肪に沈み込み、その破壊的エネルギーは「ショック吸収」によって完全に霧散した。

 

脳無は表情一つ変えず、まるで眼前のハエを払うかのように、死を予感させるほど巨大な拳を振り上げた。

 

影が、緑谷を飲み込む。

 

 

(死ぬ──)

 

 

緑谷が死を覚悟した、その瞬間だった。

 

 

 

USJの強化ガラスの天井が、落雷のような閃光と共に爆散した。

 

 

 

降り注ぐ硝子の雨を突き破り、人工太陽の光を背負って「一機の影」が急降下してくる。

それはかつての歴史の闇に消えたはずの機体、零戦のシルエットを彷彿とさせる、漆黒の戦闘機だった。

 

ジェットエンジンの爆音が、死の旋律をかき消す。

機体は脳無の頭上スレスレを掠めるように滑空し、その翼の上に泰然と立つ黒い影が虚空へ躍り出た。

 

 

「──オオオォォォーッ!!」

 

 

腹の底から響く叫び。

重力に従って落下するのではなく、戦闘機の加速を乗せた強烈な飛び蹴りが、脳無の胸を真正面から捉えた。

 

衝撃吸収能力を持つ脳無でさえ、その物理的な運動エネルギーの大きさには抗えない。

数トンの巨体がそのまま壁に叩きつけられる。

 

漆黒の戦闘機が広場の端に轟音と共に着陸する中、その戦士は緑谷と脳無の間に音もなく降り立った。

 

 

黒いバッタを模したマスク。

白く輝く複眼。

漆黒の強化服に身を包み、風になびく黄色いマフラー。

左のこめかみには白い文字で404の刻印。

 

 

「……何だ、そのデザイン……知らないな、そんなの」

 

 

死柄木が奇怪なマスクを揺らしてその動きを止めた。

彼の知る現代のヒーローのデザインではない。

もっと古く、もっと無骨で、だが見たことがないデザイン。

 

 

黒い戦闘機のエンジン音が低く唸る中、バッタの戦士——仮面アクターショッカーはゆっくりと右腕を上に掲げ、左腕を胸に合わせる。

 

それは彼が憧れたヒーローの戦闘態勢の構え。

 

 

 

「通りすがりの仮面アクターだ……覚えておく必要はない」

 

 

 

その声は電子的に加工されていながらも、絶対的な強さに満ちていた。

 

 

「……アクター? 意味が分からないね。……脳無、そいつを倒せ」

 

 

死柄木の冷徹な命令。

脳無が再び動き出し、生物としての限界を超えた筋量を持つ脳無の巨大な拳が音速を超えて突き出される。

対する仮面アクターは自身のエネルギーを全力で開放し、脳無に比べればあまりに小さな拳で真っ向から迎え撃った。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

USJの広場に降り立った、漆黒の戦闘機。

その周囲を取り囲んでいたチンピラヴィランたちは突然の乱入者に動揺しつつも、警戒心を露わにじりじりと距離を取っていた。

 

 

「な、何だこの飛行機……!? 米軍のか?」

 

「いや、見ろよ。プロペラ機だぞ? 博物館から盗んできたのかよ!」

 

「ヒーローの増援かと思ったが……中から誰も出てこねえぞ?」

 

 

彼らの困惑と嘲笑をよそに、着陸した黒い機体が突如としてギシギシと、生物の骨がきしむような奇妙な駆動音を上げ始めた。

 

 

「お、おい、動いてるぞ!?」

 

 

ヴィランたちが後ずさる目の前で、信じがたい変形が始まる。

 

機首のプロペラがシュルリと内部へ収納されたかと思うと、主翼がバキバキと硬質な関節音を立ててねじ曲がり、逆関節を描く巨大な「後ろ脚」へと形を変えた。

 

続いて胴体部分の装甲板がゾワリと波打つ。

ナノマシンの再構成により、機体の側面から鋭利なスパイクを備えた四本の「前脚」が生え出し、コンクリートの地面を深々と掴んだ。

 

そして、機首の側面に埋め込まれていた二つの発光体が、パトランプのように激しく赤く回転発光した。

 

 

 

『ギョォォォォォォン!!』

 

 

 

機械的な咆哮が広場に響き渡る。

そこにあるのは、否、いるのはもはや戦闘機ではない。

 

 

全長十メートル近い零戦の意匠を残したまま怪物化した、巨大な黒い鋼のバッタだった。

 

 

「ひ、ひえぇっ!? ば、化け物だァ!!」

 

「逃げろ! 踏み潰される!!」

 

 

パニックに陥るヴィランたち。

だが、鋼のバッタ——自律型サポートメカ『サイクロンアバド』は容赦がなかった。

 

油圧シリンダーが爆縮音を上げ、巨体が宙を舞う。

数トンの質量が落下する衝撃だけで、逃げ遅れたヴィランたちは吹き飛ばされて宙を舞う。

 

さらに鎌のような前脚による薙ぎ払いが、範囲内の敵をまとめて弾き飛ばす。

開いた口から周囲を吹き飛ばす光線が放たれる。

 

それは戦闘というよりは、一方的な害虫駆除の光景だった。

 

圧倒的な質量の暴力。

 

難羽輪太郎が正義の味方の相棒(バイク)としてではなく、悪を轢断する兵器《あくま》として設計したその機体は、感情を持たぬゆえの冷酷さでヴィランたちを排除していく。

 

 

 

 

 

その惨状を少し離れた瓦礫の上から、死柄木弔が冷めた目で見つめていた。

 

 

(……チッ。あのメカ、洒落になってない出力だ)

 

 

死柄木にとって、かき集められたヴィランたちは所詮使い捨ての駒だ。

だがここで無駄に全滅させては、後でスポンサーである「先生」に何を言われるか分からない。

 

それに──あまりに一方的な虐殺は気分が悪かった。

 

力を持たぬ者が、圧倒的な力によって理不尽に踏み潰される光景。

それは、かつての彼自身が味わった絶望と重なる部分があった。

 

 

「……おい、ゴミ共。じっとしてろ。回収してやる」

 

 

死柄木は面倒くさそうに、左腕のガントレットを構えた。

手甲のスリットが開き、特殊な射出機構が展開される。

 

指先から射出された粘着性のワイヤー。

白い線が空を裂き、逃げ惑うヴィランたちを次々と捕らえていく。

 

 

「し、死柄木さん!? た、助けて─ぐえっ!?」

「ぐるじいっ!? な、なんだこれ!?」

 

 

死柄木は彼らを丁寧に助けるつもりなど毛頭ない。

ワイヤーはヴィランたちの全身に蛇のように巻き付くと、瞬時に硬化し、彼らを簀巻きの状態にした。

手足はおろか口まで塞がれ、ミノムシのように完全に身動きが封じられる。

 

 

「……騒ぐな。荷物みたいで運びやすいだろ」

 

 

死柄木はワイヤーを操り、鋼のバッタが踏み下ろそうとする足元から簀巻きになったヴィランたちを強引に引きずり出す。

地面を擦る音と共に、ヴィランたちが安全圏へと放り投げられる。

 

その瞬間バッタのプレス攻撃が空を切り、誰もいない地面を粉砕した。

 

 

「い、命拾いした……のか?」

 

「死柄木さん、ありがと……むぐっ!」

 

 

礼を言おうとしたヴィランの口に、ワイヤーを纏めた粘着弾が発射され、強制的に黙らせられる。

 

 

「勘違いすんな……補充が面倒なだけだ」

 

 

死柄木は乾いた声でそう呟くと、次々と「荷物」を回収していった。

広場の隅、鋼鉄のバッタの感知範囲外には、糸でぐるぐる巻きにされた哀れなヴィランの繭が山積みになっていく。

 

その光景はシュールであったが、結果として死者ゼロでの救助を実現していた。

狂気のヴィラン連合リーダーによる、あまりに手荒で、しかし極めて合理的な救助活動。

死柄木は積み上がった蓑虫の山を背に、再び暴れまわる黒いバッタを見据え首筋をガリガリと掻いた。

 

 

「……さあ、掃除は終わりだ。……そろそろメインイベントに戻ろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオオォォォ!!」

 

「ハァッ!!」

 

 

轟音と衝撃波が、USJの広場を暴風圏へと変えた。

 

空気が爆ぜる。

 

体重差、体格差を考えれば仮面アクターの腕が飴細工のようにひしゃげてもおかしくない衝撃。

だが、難羽輪太郎が百年かけて練り上げた超技術の結晶たるそのスーツは、運動エネルギーを完璧に分散・相殺する。

そして超人と化している仮面アクターの肉体に宿る膨大なエネルギーが脳無の全てを破壊する暴力を押し返す。

 

一撃、二撃、三撃。

 

互いの拳がぶつかり合うたびに、コンクリートの床がクレーターのように陥没していく。

衝撃波だけで周囲の瓦礫が吹き飛び、戦いを見守る緑谷出久たちは目を開けていることすら困難だ。

 

 

「……単純な出力勝負じゃ埒があかないな、ショック吸収」

 

 

仮面アクターはマスクの中で短く吐き捨てると、脳無の連撃を紙一重で躱し、バックステップで距離を取りながら右腕に力を込める。

 

 

『アーム・ヘラクレス』

 

 

機械的な駆動音と共に、仮面アクターの右腕がナノマシンの再構成により爆発的に膨れ上がる。

瞬く間に形成されたのは、本体よりも巨大な漆黒の金属アームだった。

黄色い手甲の重厚なガントレット、そして肘部から鋭く伸びる、ヘラクレスオオカブトを模した長大な黒い角。

 

 

「……規格外の質量には、規格外のパワーで応えてやる」

 

 

仮面アクターは迫りくる脳無の胴体を、その巨大なマニピュレーターでガシリと鷲掴みにする。

強化服の全出力が右腕に集中し、油圧シリンダーが悲鳴のような駆動音を上げる。

 

 

「─砕けろッ!!」

 

 

轟音と共に、脳無の巨体が宙を舞った。

そのまま数十メートル先の壁面へと投げつけられ、USJの頑丈な外壁コンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れて崩落する。

凄まじい衝撃。

並のヴィランなら肉塊に変わる一撃だ。

 

だが土煙の中から立ち上がった脳無は埃を払う素振りすら見せず、無傷のまま虚ろな瞳でこちらを見据えていた。

 

 

「……なるほど、打撃エネルギーは完全に無効化。ギリメカラタイプではないか」

 

 

仮面アクターは舌打ちし、巨大アームを粒子状に分解して収納する。

物理が通じないならば、アプローチを変えるまでだ。

 

 

『レーザーファイアフライ』

 

 

今度は左腕が変形する。

 

装着されたのは肘部が赤、腕部が黒い細身のガントレット。

仮面アクターは、のそりと歩き出した脳無に左腕を突きつける。

 

ガントレットの装甲が甲虫の羽のように展開し、手の甲に隠されていた集光レンズが露出する。

羽を開いた蛍のような形となり、その見た目に反して驚異的なエネルギーがチャージされていく。

 

 

耳をつんざくような高周波のチャージ音が響き、レンズからまばゆい緑色の光が溢れ出す。

 

 

「……チャージ完了。消滅しろ」

 

 

発射されたのは光線という生易しいものではなかった。

それは直径数メートルに及ぶ、極太の緑色の熱エネルギーの奔流。

 

レーザーは直線上のすべての大気を焼き払い、脳無の体を飲み込んだ。

USJ内の人工的な空気が瞬時にプラズマ化し、オゾンの焼ける刺激臭が充満する。

 

やがて煙が晴れると、そこには体の左半分──肩から腰にかけて──を綺麗に消し飛ばされた脳無が立っていた。

断面は瞬時に炭化し、赤熱している。

 

だが、その断面からボコボコッと不気味な音と共に肉芽が泡立ち始めた。

「超再生」だ。

失われた肉体が、見る間に元の形へと編み上げられていく。

 

しかし、仮面アクターの複眼は冷静にその速度を計測していた。

 

 

「……再生速度が20%低下した。細胞内のエネルギーを焼き尽くした効果があったようだな」

 

 

完全に再生しきった脳無が、再び咆哮を上げる。

だが、その声には先ほどまでの圧倒的な脅威は感じられない。

 

仮面アクターは左腕のレーザー砲を収納し、ゆっくりと腰を落として「決め」の構えを取った。

黄色いマフラーが、彼の心に反応するように再び激しくたなびく。

 

 

「……これで最後だ。必殺技を食らわせてやろう」

 

 


 

 

 

 

 

 

 

難羽はマスクの中で、自らが数百年かけて辿り着いた「個性の真実」を反芻していた。

 

世に言う「個性終末論」。

世代を経るごとに個性が混ざり合い、強力になりすぎて制御不能になるという説。

それは多くの者にとって、終末論者が唱えるオカルトに過ぎない。

 

だが、難羽は知っていた。

それは部分的に正しいと。

 

海外で難羽が目にした「個性因子誘発爆弾(イディオトリガーボム)」は個性因子を外部から刺激し、肉体の許容量を超えさせることで自壊を招くものだった。

 

個性を強化させる薬物「トリガー」は個性因子を過剰に活性化し、その副作用は肉体を破壊し理性を失わせる。

 

 

それらは個性終末論が示すその終末にたどりつく。

 

個性は宿主である人体すら容易に破壊しかねない莫大なエネルギーを内包するものであるからだ。

 

 

ならばその制御を外部からオーバーライドしてやれば、肉体は内側から崩壊する。

 

 

一つの体に複数の個性因子を持つこの敵ならばなおさらである。

 

静寂を切り裂くような高周波の回転音が響く。

仮面アクターの腰にあるバックルの三つの小型風車(タービン)が猛烈な勢いで回転を始めた。

莫大なエネルギーが全身を駆け巡り、強化スーツの全回路がオーバーロード寸前まで加熱する。

 

 

「……リミッター解除」

 

 

それまで静謐な白を湛えていた複眼が、血のように鮮やかに発光した。

 

難羽は爆発的な踏み込みで、一瞬にして脳無の懐へと消える。

 

 

あまりの速度に脳無の巨体すら反応が遅れる。

 

 

 

「──ライダー、パァァァンチッ!!」

 

 

 

難羽の右拳が脳無の腹部に深く、重く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

呆然とそれを見ていた緑谷の口から、困惑の声が漏れた。

 

あれほど派手な巨大アームや極太レーザーを使い、それでも倒せなかった怪物に対し、最後の一撃が「ただのパンチ」だったからだ。

 

打撃はすべてショック吸収で無効化されるはず。

誰もがそう思っていた。

 

だが、異変はすぐに起きた。

 

 

「……ウ、ガ……ァ……ッ!?」

 

 

突き飛ばされたわけでもないのに、脳無が信じられないものを見るように自らの腹を抑え、ヨタヨタと後退し始めた。

その巨体の中で致命的な異変が胎動する。

 

皮膚の下で筋肉が波打ち、血管が蛇のようにのたうち回る。

その身に無数に埋め込まれた個性たちが、(あるじ)である肉体への反逆を開始したのだ。

 

筋繊維は異常な増殖を繰り返し、骨格を内側から突き破ろうと蠢く。

 

それは仮面アクターが拳を通じて脳無の「個性因子」に直接、暴走の命令信号となる特殊な波動を叩き込んだ結果だった。

ショック吸収すらも一つの個性である以上、その因子自体を暴走させられれば、機能不全に陥る。

 

 

「──あ……あああ……ッ!!」

 

 

死柄木が、奇怪なマスクの奥で絶句する。

自分の最強の矛が、わけのわからない力で壊されていく。

 

次の瞬間。

 

脳無の全身が内側からの圧力に耐えかねて、赤い霧を散らしながら凄まじい衝撃と共に爆散した。

 

肉片を撒き散らし、自らの力の暴走によって消滅した怪物。

その中心に仮面アクターは拳を突き出したままの姿勢で残心していた。

 

 

この「ライダーパンチ」の本質は破壊ではない。

強制的な進化の果ての自滅だ。

複数の個性を抱え、肥大化した因子を持つ者ほどその反動は致命的となる。

 

 

つまり、この技は最初から、ただ一人の男──個性オール・フォー・ワンを持つ死柄木全を殺すためだけに、難羽が執念で練り上げた必殺技であった。

 

 

 

「……ハァ……この技きっつ」

 

 

仮面アクターは小さく毒づきながら、黄色いマフラーと息を整えていた。

 

 





お暇があればぜひとも評価、お気に入りをお願いいたします。
作品制作の励みになります。
感想は最新話でなくとも大歓迎です。

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。