バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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22話 曖昧な正義

 

 

 

「もう大丈夫だ! なぜって? 私が……」

 

 

 

USJの重厚な入り口の扉が、凄まじい衝撃と共に内側へと蹴破られた。

 

土煙の中から現れたのは怒りと焦燥に満ちた表情の平和の象徴、オールマイト。

 

彼はネクタイを引きちぎり、愛する生徒たちを救うべくその身一つで戦場へと飛び込んだ——はずだった。

しかしその高らかな咆哮と日本中を安心させてきた決め台詞は、眼前に広がる異様な光景によって喉の奥で凍りついた。

 

彼が予期していたのは恐怖に震える生徒たちの悲鳴と、それを蹂躙するヴィランの哄笑だった。

 

だが、そこに広がっていたのは、墓場のような静寂だった。

 

広場の隅には白い粘着糸で幾何学的に、かつ無様に簀巻きにされ蓑虫のように積み上げられたチンピラヴィランたちの山。

 

そして中央には赤い霧となって四散した何かの残骸と、その中心に泰然と立つ、黒い革ジャケットを羽織り黄色いマフラーをなびかせたバッタの戦士。

 

 

「……な、なんだこれは……」

 

 

オールマイトの青い瞳が、困惑に揺れる。

彼の視線の先で巨大な鋼鉄のバッタ型メカをいなしていた死柄木弔が、足を止めた。

 

 

「……脳無が、消された。あんな一撃で……ゲームバランスが壊れるぜ」

 

 

死柄木の首筋を冷たい汗が伝う。

彼は初めて想定外という名の恐怖を味わっていた。

 

オールマイトが来た。

本来ならここからがメインイベントだ。

 

だが、それ以上に目の前の「仮面アクター」というイレギュラーが、ゲームのバランスを根底から破壊している。

 

最強の矛である脳無を失い、雑魚は無力化され、最強のヒーローまで現れた。

これを詰みと呼ばずして何と呼ぶか。

 

 

「……黒霧、引くぞ。今の脳無も死んでこのざまじゃ、あんな化け物とオールマイトの二枚抜きは不可能だ……クソゲーが」

 

 

死柄木は乾いた声で吐き捨てた。

その声には悔しさよりも、理解不能な存在への忌避感が滲んでいた。

 

 

「賢明な判断です、死柄木弔」

 

 

空間が揺らぎ、黒い霧が死柄木を包み込む。

死柄木は自分が先ほどまで「回収」していた糸巻き状態の部下たちを一瞥もしなかった。

 

勝機のない盤面に残された駒などもはやただのゴミ。

そもそも数集めで呼ばれたヴィランだ。

連れ帰っても「先生」はろくな使い方をしないだろう。

 

消えゆく霧の中で死柄木はただ一人、黄色いマフラーをなびかせる男を睨みつけた。

 

 

「仮面アクターショッカー……なんなんだお前。知らないぞ、そんなの」

 

 

そう呟くと、黒霧のワープゲートが音もなく収束し、ヴィランの首脳陣は戦場から消失した。

 


 

 

 

 

 

主犯格が消え静まり返った広場。

オールマイトは積み上げられたヴィランの山と肉片となった脳無の跡を確認し、最後に仮面アクターへと向き直った。

 

彼はプロだ。

瞬時に状況を把握する。

生徒たちはヴィラン達と戦った時の傷はあるが大きな怪我はない。

だが、この謎の戦士がもたらした結果はあまりに効率的で、そしてあまりに凄惨すぎた。

 

 

「……君が、彼らを助けてくれたのか」

 

 

オールマイトが一歩踏み出す。

その低い声には感謝よりも深い警戒と、隠しきれない怒りが混じっていた。

 

 

「……だが、答えてくれ。なぜ、これほどのことをした。……あの黒い怪物も、元は人間だったかもしれない。命を奪わずとも、無力化する術はあったはずだ!」

 

 

正義の象徴としての叫び。

だが仮面アクターは返り血一つ浴びていない黄色いマフラーに手を添え、無機質な白い複眼をゆっくりとオールマイトへ向けた。

 

 

「……無力化? 笑わせるな」

 

 

声はボイスチェンジャー越しに、だが年長者が若者を諭すような冷徹な響きを持って放たれた。

 

 

「……そして連れて行くのはヴィランを収容する『タルタロス』か? 出所した元ヴィランを社会復帰させる制度もなければ、再犯を防ぐ精神的ケアもないのに何の意味がある。あそこはただの巨大なゴミ箱だ。さらに個性を持った危険分子を一か所に集める。それはSCPオブジェクトを一か所に集めて管理するような…………伝わらんな」

 

 

仮面アクターは脳無の散った跡を顎でしゃくった。

 

 

「こいつもそうだ。複数の個性を無理やり詰め込まれ、自我を壊された哀れな実験体。……これを生かしてどうする? 檻に繋いで、一生チューブで栄養を流し込むのが救いか? 」

 

 

もはや肉片となったヴィランがどのような存在だったのか彼は理解している。

それはあのヴィラン達と何かつながりがあるのか、それはわからない。

 

しかしオールマイトは、その語気に込められた現代社会への軽蔑だけは痛いほど感じていた。

 

 

「それは正義ではない! ただの独善だ! 誰が生きていいか、死んでいいか……それを個人の物差しで決めていいはずがない!」

 

 

オールマイトの怒号。

それに対し、仮面アクターは諭すように答える。

 

 

「……正義か悪かという話ではない。最善が出来ない今の社会では、次善を選ぶしかないというだけだ」

 

 

オールマイトは拳を強く握りしめた。

目の前の男はヴィランとは違う。

だが、ヒーローとも決定的に異なる。

もっと根源的な、社会の土台そのものを揺るがす危険因子。

 

 

「君は……何者だ。目的は何だ!」

 

 

オールマイトの問いが、ドーム内の空気を震わせる。

仮面アクターはゆっくりと腰のベルトを叩き、静かに、だがUSJ全体を凍らせるような重みを持って言い放った。

 

 

「……目的か。一つは力を持ちすぎた、ただのガキ。個性オール・フォー・ワンを持つ男、死柄木(しがらき) (ぜん)の抹殺」

 

「——ッ!!」

 

 

その名が出た瞬間、オールマイトの表情が劇的に変わった。

オールフォーワン。

その名は彼にとって師である志村菜奈から続く因縁の系譜。

 

だが宿敵オール・フォー・ワンの「名」は、彼自身も知らなかった。

 

 

「なぜ君が名を知っている……!?」

 

 

動揺するオールマイトをよそに、仮面アクターは続けた。

 

 

「……そしてもう一つは」

 

 

彼は広場の瓦礫の上に立ち、天井の割れ目から差し込む光を背負った。

 

 

「世界征服」

 

「世界征服……だと……?」

 

 

それは子供が考える、古い特撮に出てくる悪の組織のような。

 

 

「そうだ。ヒーローという名の鎮痛剤に依存し、根本治療を放棄したこの社会を、私は認めたくない」

 

 

漆黒の巨大バッタ──サイクロンアバドが、主人の言葉に呼応するように背後で不気味な駆動音を鳴らして再び戦闘機の姿に戻っていく。

 

 

「……平和の象徴。民衆はお前に寄り掛かったままだ。お前が倒れれば一緒に社会も壊れるぞ」

 

 

そう言い残すと仮面アクターの姿が歪み、ぼやけて見えなくなる。

 

 

『カモフラージュ・モス』

 

 

そこには誰もいない。

 

虚無が残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面アクターが去った直後のUSJには続々とプロヒーローたちと警察隊がなだれ込んでいた。

飯田は救助を呼ぶ前の状況と全く違うことに困惑していた。 

 

 

「相澤くん! 13号!!」

 

 

真っ先に広場へ駆け寄ったのは、同僚の教師たち──プレゼント・マイクとミッドナイトだった。

彼らは無惨な肉片となった脳無の残骸と、血の海の中心に横たわる相澤消太の姿を見つけ、血相を変えてその身体へ駆け寄った。

 

 

「イレイザー! おい、しっかりしろ!」

 

「酷い怪我……! すぐに救急隊を——」

 

 

プレゼント・マイクが叫びながら、親友の身体を抱き起こそうと手を伸ばす。

その瞬間、周囲にいた全員が息を呑んだ。

 

差し伸べられた手は、相澤の胸を掴むことなく、まるで陽炎のように虚空を通り抜けた。

 

 

「……え?」

 

 

触れられない。

次の瞬間、相澤の身体がザザッという激しい電子ノイズと共に歪み、一瞬にして青白い光の粒子へと分解されていく。

 

 

「な……っ!? なんだ、これは……!」

 

「消え……た?」

 

 

そこにあったのは、血を流して倒れる人間の肉体ではない。

地面に転がっていたのは掌サイズの、精巧に作り込まれた小型の立体投影装置だった。

 

 

「……映像、か? ずっと、俺たちは映像を見ていたというのか!?」

 

 

オールマイトが、その装置を震える手で拾い上げる。

装置はまだ微かに稼働しており、そこには呻く相澤が偽りの残像としてループ再生されていた。

 

 

「だとしたら……本物はどこだ!?」

 

 

ミッドナイトが叫び、周囲を見渡す。

 

だが、本物の相澤消太の姿は、USJのどこにもない。

瓦礫の下にも、水難ゾーンにも。

 

戦慄が走る。

仮面アクターは派手に脳無を屠り、オールマイトと問答を繰り広げていたその裏で。

 

人知れず、そして誰にも気づかれることなく、重傷の相澤を回収し戦場から連れ去っていたのだ。

 

 

「……相澤くんが、攫われた……。あの『黒いバッタ』の男に……」

 

 

オールマイトの手の中で、プロジェクターがプツリと音を立てて機能を停止する。

 

平和の象徴が守るべき学び舎から、一人の教師が忽然と姿を消した。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗いバーのカウンター。

モニターから漏れるノイズと空調の低い唸りだけが、死のような静寂を支配していた。

 

突如、空間が泥のように濁り黒い霧のゲートが開いた。

そこから吐き出されるようにして、死柄木弔が姿を現す。

彼はふらつく足取りでカウンターに近づくと、パイプ椅子に乱暴に身を投げ出した。

続いて霧が人の形へと収束し、黒霧が実体化する。

 

「……先生。クソゲーだよ」

 

死柄木は苛立ちを隠すこともなく、乾いた声で吐き捨てた。

彼は顔を覆っていた蟻と蜘蛛を模したマスクを乱暴に引っ剥がし、カウンターに放り投げた。

露わになった素顔は、苛立ちで歪んでいる。

 

 

「コンテニューは無しだ。……何もかもが、攻略本(シナリオ)と違ってた」

 

 

死柄木はガリガリと首筋を掻きむしった。

痒い。

思い通りにいかない現実への不快感と、体に馴染まない崩壊の個性が引き起こす拒絶反応。

 

 

「……オールマイトはいない。ハナからいなかったんだ。……おまけに、脳無は跡形もなく消し飛んだ」

 

 

モニターの向こう側、闇に潜むオール・フォー・ワンの声が、静かに問いかける。

 

 

『……脳無がやられたか。……それに、例の仮面アクターが現れたと』

 

「ああ。わけのわからねえ隠しボスが乱入してきて、全部ぶち壊していきやがった」

 

 

死柄木はカウンターの傷を指でなぞりながら、だるそうな目で宙を睨んだ。

 

 

「そもそも、情報のレベルが低すぎるだろ。平和の象徴が来るって話だったのに、影も形もありゃしない。……先生、あんたのセンサーは錆びついてんじゃねえのか?」

 

『……ふむ。スケジュールに変更があったようだな』

 

「言い訳はいいよ。……連れてきた雑魚共もそうだ。あんなレベルの低い連中を集めて、何がしたかったんだ?」

 

 

死柄木は鼻を鳴らす。

 

 

「レベル1の勇者に、スライムの群れをぶつけたって経験値稼ぎにしかならねえだろ。あいつらは弱いなりに、もっとマシな使い方があったはずだ」

 

 

それは慈愛というよりは、リソースを無駄にしたプレイヤーへのダメ出しに近い。

だが、そこには確かな他者への考慮があった。

 

死柄木は腕に装着していた重いガントレットを外し、金属音を立てながら雑にカウンターに置いた。

赤く鋭い瞳が、モニターの「魔王」を冷ややかに見据える。

 

 

「……なあ先生。こんなまどろっこしいイベント、本当に必要だったのか?」

 

『……何が言いたい』

 

「用意周到に準備はするのに、ステージは相手に選ばせる? ……考えすぎなんだよ」

 

 

死柄木は酒瓶を無造作に掴み取ると、グラスも使わずに煽った。

 

 

「もっとシンプルでいい。街中で適当なバスジャックでもして、人質を盾にする。一般人が泣き叫ぶ映像を雄英に流してやれば、あの平和の象徴は涎を垂らして飛び込んでくる」

 

 

少なくともヒーローの卵っていう不確定要素のおまけはついてこなかったと、彼は口元を拭いニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「最小の手間で、最大の戦果(スコア)を出す。……それが影のフィクサーってやつだろ? 」

 

 

死柄木は椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。

 

 

「先生の書いたシナリオは、穴だらけでつまらねえ。……俺に『悪意』ってやつを教えたいなら、もっとマシなクエストを用意してくれよ」

 

 

師に対する、明らかな嘲笑。

そして理解していたにもかかわらず、わざと決行前に言わなかったことが分かる指摘の数々。

鬱憤をたまらせる相手への、小さな反逆。

 

モニターの奥でオール・フォー・ワンが低く笑った気配がした。

生意気な操り人形の成長を楽しんでいるのか、それとも別の思惑があるのか。

 

 

(……俺だ、俺がコントローラーを握る。あんたの思い通りには動かねえ)

 

 

死柄木は首を掻きながら、静かに目を閉じた。

その瞼の裏には、USJで見た仮面アクターの姿がこびりついて離れなかった。

 

 

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