バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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23話 遺体は生者のために

 

清潔な、あまりに清潔な白に塗りつぶされた視界。

相澤が次に意識を取り戻したとき、そこはUSJの地獄絵図とは無縁の静謐な病室だった。

 

重い瞼を持ち上げ、相澤はプロの条件反射で即座に周囲を警戒する。

だが、全身を襲うはずだった激痛は驚くほど和らいでいた。

体は清潔な入院服に着替えられ、正確な脈動で点滴が打たれている。

 

電子ロックが解除される乾いた音が響き、扉が開いた。

 

入ってきたのは、漆黒の強化服に身を包んだ仮面アクターだった。彼は手にしたタブレットカルテを無造作に眺めながら、迷いのない足取りでベッドの傍らまで歩み寄る。

 

 

「……目覚めたか。案外早かったな。脳震盪の経過は悪くない。だが──」

 

 

警戒し上体を起こそうとする相澤を制することもなく、仮面アクターは淡々と、しかし容赦のないトーンでカルテを読み上げ始めた。

 

 

「……ゼリー飲料ばかりで食事を済ませる極端な栄養の偏り。寝袋の使いすぎによる骨盤の著しい歪み。さらには酷使による慢性的なドライアイ……お前の体は脳無に壊される以前からボロボロだ」

 

「……お前、何者だ。なぜ俺をここに……」

 

「プロならもう少し自分の機材(からだ)を労わったらどうだ。たまには健康ランドにでも行って湯に浸かってこい。その方が、よっぽど合理的だろう」

 

 

自分の信条である「合理性」を皮肉げに、かつ説得力を持って引用され、相澤は一瞬言葉を失った。

 

目の前の男はヴィランを蹂躙した恐怖の象徴などではない。

まるで、長年連れ添った口うるさい主治医のような口ぶりだった。

 

 

仮面アクターはカルテを閉じると、ベッドサイドの椅子にどっかりと腰を下ろした。

USJの時の鋭い刃のような雰囲気はなく、中身が変わったかのようなだるそう雰囲気だ。

 

 

「……勘違いするな、慈善事業で助けたわけではない。治療費は既に徴収した」

 

 

彼は複眼のマスクを相澤の方に向けた。

 

 

「お前の体を治すついでに、血液と毛髪のサンプルを少々貰い受けた……『抹消』という特異な個性の因子は、研究対象としては極上品だ。正直あいつ……オールマイトの力より欲しかった。これが、今回の救助と治療の対価だ」

 

 

相澤の瞳に鋭い光が宿る。

自分の個性を研究する予定のような発言。

にも関わらず自身を捕らえるつもりは無いような素振り。

そしてオールマイトの個性を知っている様子。

 

 

「……研究、だと。あのような化け物を作るための、か?」

 

 

相澤の声に嫌悪が混じる。

だが、仮面アクターはそれさえも予測していたかのように、さらに踏み込んだ言葉を紡いだ。

 

 

「……いいや。あんな雑なものを私は作らない……だが相澤。お前に、あの脳無について教えておくことがある」

 

 

早めに知るべきことだからなと、仮面アクターは呟いた。

 

 

「……脳無について教えるだと?」

 

「……ああ。あれは複数の個性を継ぎ足されただけの操り人形ではない。ベースとなる人間の死体を必要とする」

 

 

仮面アクターの声が一段と低くなる。

それは冷徹な事実の提示であり、同時に相澤という個人の深淵に触れる故の躊躇いだった。

 

 

 

「……そこでだ、相澤……お前の同級生だった白雲朧。あいつの遺体が、実は行方不明になっていることを知っているか?」

 

 

 

心臓が跳ねた。

 

 

 

数年前瓦礫に潰され、死んだ親友。

 

青空のように笑い、共にヒーローを目指した男の名。

 

なぜこいつからその名が出てくる。

なぜ今の話の流れで、その名が出てくる。

 

 

「……何を、言っている」

 

「……私はここ数年、医療データの改竄や死体の入れ替えが行われた病院をいくつか特定した。その中に、数年前の白雲朧の事故データも含まれていた。記録上は埋葬されたことになっているが、実際には別の死体とすり替えられた形跡がある。……それも、かなり手慣れた手法でな」

 

 

揺れない複眼が、真っ直ぐに微かに身体を震わせる相澤を射抜く。

そして知りたくもない、終わったはずの真実が明かされる。

 

 

「……つまり、あの脳無という化物の材料(ベース)として、お前の友人が使われている可能性があるということだ。……死してなお、戦いの道具として利用される……安心しろ、私が仕留めてきた脳無には使われていなかった」

 

「……っ、ふざけるな……!!」

 

 

相澤が激昂し、点滴の管を引きちぎらんばかりに身を乗り出す。

 

だが、仮面アクターは動じない。

彼はただ、残酷なまでの真実をそこに置き去りにし、カルテを片手に立ち上がった。

 

 

「信じるか信じないかは、お前の自由だ。だが、私のスタンスは伝えておく……もし私がなれ果ての彼と会っても殺すぞ。戻せたとしても、彼が化物として誰かを殺した事実は消えないからな」

 

 

黄色いマフラーが病室の人工的な風に静かに揺れる。

 

 

「身に覚えのない罪を背負わせるために、生き返らせるつもりも無い」

 

 

仮面アクターはそう言い残し、一度も振り返ることなく白一色の廊下へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

残された相澤は、震える手で顔を覆った。

脳無に叩きつけられた衝撃よりも重い「真実」が、彼の魂を底なしの暗闇へと引きずり込んでいた。

 

 

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