バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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2章 雄英体育祭
25話 オマージュでなくパクリでもなくトレース


 

相澤の宣言によって、1年A組の教室は一瞬の静寂の後、爆発的な喧騒に包まれた。

 

 

「「「雄英体育祭ぃぃぃ!!!」」」

 

 

重苦しい敗北感に沈んでいた教室が、一転して年相応の活気に沸き立つ。

だがその熱狂に冷や水を浴びせるように、上鳴電気が不安げに声を上げた。

 

 

「……でも先生、ついこの間ヴィランが侵入したばっかじゃないすか? 開催して大丈夫なんすか?」

 

 

もっともな意見だ。

セキュリティが破られた直後に大規模イベントを行うなど、常識で考えれば不謹慎極まりない。

だが教卓に立つミイラ男は、包帯の隙間からギロリと生徒たちを見据え、その懸念を一蹴した。

 

 

「……逆だ。こういう時だからこそ開催するんだ」

 

 

相澤の声には、雄英高校としての揺るぎない矜持(プライド)が込められていた。

 

 

「警備を例年の5倍に増やし、警備体制を強化する……あえてイベントを行うことで、危機管理の盤石さと、脅威になど屈しないという姿勢を世間に知らしめる。それが雄英の答えだ」

 

 

相澤は黒板に向かい直ると、チョークを走らせながら説明を続けた。

 

 

「そもそも、今の日本において雄英体育祭とは何か……かつて世界中が熱狂したオリンピックは、個性の出現による混乱と人口減少で形骸化した。今や、かつてのオリンピックに代わり、日本の、いや世界の注目を集める最大のビッグイベントこそが、この雄英体育祭だ」

 

 

全校生徒が参加し、学年ごとに競い合う。

その様子は日本全土に生中継され、視聴率は国民的行事のレベルに達する。

 

 

「当然、会場には多くのプロヒーローたちが観戦に訪れる……目的はスカウトだ」

 

 

その言葉に、生徒たちの目の色が変わる。

 

 

「本来ヒーロー事務所への参加は卒業後の話だが、この体育祭で目に留まれば在学中から指名が入る。プロの現場で経験を積むサイドキックへの道が開かれるわけだ」

 

 

相澤は生徒たちを見回し、冷徹な現実を突きつける。

 

 

「……逆に言えば、ここでプロの目に留まらなければ、将来の進路は大きく狭まる。卒業して即戦力として活躍するトップヒーローたちの多くはこの体育祭でデビューを飾っているからな」

 

 

教室の空気が、再び張り詰めたものに変わる。

それは先ほどまでの不安ではなく、明確な野心と緊張が混ざり合った、ポジティブなプレッシャーだった。

 

 

「時間は有限だ。お前たちが高校に在籍する3年間で、チャンスはたったの3回しかない……プロを目指すなら、絶対に外せないイベントだ」

 

 

相澤は包帯だらけの手で出席簿を叩き、締めくくった。

 

 

「ヴィランの恐怖なんて知ったことじゃない……今の自分を出し切り、さらなる高みへ行け(プルス・ウルトラ)……以上だ」

 

 

HR終了のチャイムが鳴る。

教室は再び喧騒に包まれたが、それはもうただのお祭り騒ぎではなかった。

誰もが自分の拳を握りしめ、来るべき決戦の日に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

雄英体育祭の説明を終え相澤が教室を去ると、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。

 

4限の授業が終わり、昼食の時間。

緑谷出久は周囲の喧騒をよそに、オールマイトに呼び出される形で校内の仮眠室へと足を運んでいた。

 

 

「……そうか。反動が、なかったんだね」

 

 

ソファに腰掛けたオールマイト——八木俊典は、緑谷の報告に深く頷いた。

その表情は師としての喜びと、弟子を守れなかった悔しさが入り混じっている。

 

 

「はい。USJでヴィランと対峙したとき、無意識でしたけど……初めて全力で人を殴りました。でも、いつもみたいに腕が壊れることはなかったんです」

 

 

緑谷は自らの拳を見つめ、その感覚を確かめるように握りしめる。

 

USJでの極限状態、そして仮面アクターと名乗る謎の戦士の乱入。

あの混乱の中で、確かに「ワン・フォー・オール」の力が緑谷の身体に馴染み始めていた。

 

 

「それは大きな一歩だ。緑谷少年、体育祭では君に、次世代の平和の象徴の卵としての姿を世間に見せつけてほしい。……いいかい、「私が来た」ではない。次は、君の番だ」

 

「……っ、はい!」

 

 

熱い言葉が交わされたその時、仮眠室の扉が遠慮もなくバンと開け放たれた。

 

 

「……廊下までその暑苦しい師弟ごっこの声が聞こえているぞ。あまり大きな声でその話をするなと、前にも忠告したはずだが」

 

 

入ってきたのはサポート科の難羽だった。

彼は手近なパイプ椅子を逆手に取って座ると、呆れたように二人を見やった。

 

 

「な、難羽くん!? どうしてここに……」

 

「お前の個性の使い方を教えるといったが、タイミングがなくてな。だがちょうど体育祭が近づいてる。今がベストだ。……それに、聞いていられなかったんでな。お前のその『個性』に対する認識の甘さを」

 

 

難羽は緑谷と、痩せこけたオールマイトを交互に見据え、淡々と告げた。

 

 

 

「いいか、緑谷。お前は大きな勘違いをしている……まず、その個性の致命的な弱点を教えてやろう」

 

 

 

彼は指を一本立てる。

 

 

「それは、肉体そのものを超人化するものではないということだ」

 

「え……? でも、あんなにすごいパワーが……」

 

「超パワーを『出す』ことはできる。だが、防御力がそれに伴って上がるわけではないし、受動的な耐性がつくわけでもない……分かりやすく言えば、お前はF1マシンの超高出力エンジンを、普通の軽自動車のフレームに無理やり載せている状態だ」

 

 

難羽の冷徹な指摘。

 

 

「おまけに、毒物や病気に対してもその超パワーは何のバリアにもならん……八木先生、あんたも心当たりがあるだろう? 毒々チェーンソー事件とかな」

 

 

緑谷はハッとしてオールマイトを見やった。

 

かつて最強と呼ばれた彼ですら、毒には蝕まれていた。

全てを超パワーで吹き飛ばす彼のイメージが故に抜け落ちていた現実。

 

 

(……最強のオールマイトですら、肉体そのものが無敵になったわけじゃなかったんだ……)

 

 

「いいか、今の使い方は単なる放出だ。だが、本来の使い方は力を全身にみなぎらせるものだ」

 

 

難羽は立ち上がり、自分のお腹のあたりを指差した。

 

 

「あー、ほら。プールで腹筋に力入れてるデブみたいにな」

 

「ぐふっ」

 

 

そのあまりに具体的な例えに、心当たりのあるオールマイトが小さくびくついた。

 

 

「パンチ一発打つにしても、人間の体は全身運動だ。足で地面を蹴り、腰を回し、そのエネルギーを拳に伝える……お前みたいに腕だけに力を込めれば、負荷に耐えきれずに腕が先に壊れるのは自明の理だ」

 

 

難羽は深いため息をつき、緑谷に問いかける。

 

 

「お前、個性を使う時にどんなイメージをしてる?」

 

「ええと……電子レンジで温められた卵が割れないようにする、イメージ……」

 

「…………」

 

 

難羽は再び深いため息をつき、天井を仰いだ。

その顔には、隠しきれない絶望と呆れが混ざり合っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今の子は、漫画のキャラの必殺技とかマネしないんだな」

 

 

難羽はボソリと呟くと、鞄からある物を取り出した。

 

 

「……これを読め。今日からこれが、お前の教科書だ」

 

 

難羽が差し出したのは、かなり年季の入った一冊の単行本だった。

表紙には逆立った髪の少年が雲の上を飛んでいる。

 

 

「……『ドラゴンボール』?」

 

 

緑谷が戸惑いながら受け取ると、傍らで八木俊典が驚いたように目を見開いていた。

 

 

「難羽少年……漫画を読んで特訓だなんて、君はもっと、こう……合理的で、そういう空想を馬鹿にするタイプだと思っていたよ」

 

「……ハッ。空想が現実になった今の世界なら、空想こそが現実のヒントになり得るんだよ、八木先生」

 

 

難羽は鼻で笑うと、緑谷の持つ単行本のページを乱暴に捲り、あるシーンを指差した。

それは主人公・孫悟空が気を練り、戦闘力を高めていく静かな、しかし力強い一コマだった。

 

 

「いいか、緑谷。体の内側から溢れ出すエネルギーを抑え込むんじゃない。円を描くように、全身に循環させろ。……そうすれば、個性がお前の肉体を内側から補強するオーラとなる。素の身体能力そのものが底上げされるはずだ」

 

「全身に、循環……」

 

 

緑谷は漫画のページを食い入るように見つめた。

溢れ出る気をオーラのように纏い、全身を活性化させるイメージ。

電子レンジの卵よりも、遥かに直感的で、力強いイメージが彼の中で形を結び始める。

 

 

「……でも、難羽くん。このイメージのまま動いたら、全身が暴発しちゃいそうなんだけど」

 

「……だから、まずはこの悟空のポーズだ」

 

 

難羽はもう一度、漫画のシーンを指で叩いた。

 

 

「いきなり動くな。まずは30秒、ワン・フォー・オールを全身に循環させた状態をキープ出来るようにしろ……動かなくていい。置物のように、ただそこにいろ」

 

 

難羽は椅子に深く座り直し、冷徹な教官のような視線で続けた。

 

 

「それを繰り返して、徐々に維持できる時間を伸ばしていくんだ。……呼吸するように当たり前にその状態を維持できるようになったら、ようやく歩く、腕を振るといった基本的な動作に移る。……地味だが、それがお前の命を守る最短ルートだ。安心しろ、バラバラになっても直してやる」

 

 

「……うん! 30秒……やってみる!」

 

 

緑谷は難羽の最後の言葉に困惑したが、早速顔を真っ赤にしながら全身に力を込め始める。

 

血管が浮き上がり、赤い光の稲妻が全身を走り始める。

 

それはこれまでのような暴発寸前の一点の光ではなく、安定しようとする意志を持った循環の光だった。

 

その様子を見守りながら、八木俊典の脳裏にはある強い疑問が浮かんでいた。

 

 

(……難羽少年。君はあの日、私が緑谷少年に個性を継承すると伝えた時、確かに盗み聞きをしていたと言った。……だが、それだけでこれほど正確に、この力の『仕様』を理解できるものなのか?)

 

 

八木自身、ワン・フォー・オールを長年扱ってきたが、その指導は常に感覚的なものだった。

「ケツの穴を締めて云々」という指導しかできなかった自分と比べ、難羽はまるでその力の構造を設計図レベルで把握しているかのように、論理的に最適解を導き出している。

 

そして、八木はもう一つの違和感に気づく。

 

 

(……それに、何だこの感覚は。難羽少年……君は、誰かに似ている。……初めて会ったはずなのに、ずっと昔にどこかで共に戦ったことがあるような……そんな、馬鹿げた既視感がある)

 

 

難羽がふと、制服の襟を指で正した。

その何気ない仕草に、八木の記憶の底で眠っていたある戦士の影が重なる。

 

かつて、志村菜奈と共に戦場を駆けたあの——。

 

 

「……おい、八木先生。教え子の顔色ばかり見てないで、お前もそのひょろひょろの体を少しは鍛え直したらどうだ。……今のままでは、体育祭の最中に倒れかねんぞ」

 

 

難羽の不敵な物言いに、八木はハッと我に返った。

彼は苦笑しながら、その正体不明の懐かしさを心の奥に仕舞い込んだ。

 

 

「……はは、手厳しいな。……だが、緑谷少年。難羽少年の言う通りだ。今はその『循環』の感覚に全てを集中させるんだ! その先に、君だけのスタイルがある!」

 

「う、うおおおおお……っ!!」

 

 

仮眠室の中に、古い漫画のページを捲る音と、少年が新たな力を必死に制御しようとする荒い吐息だけが響いていた。

「フルカウル」への第一歩は、こうして一冊の少年漫画から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……でもこの修行法、なんかすごい悪いことしてる気がするんだけど」

 

「この世界は現実で、少年ジャンプで連載しているわけではないから大丈夫だ。もし何か言われたらこう言っておけ……『僕は悪くない』」

 

 

 

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