「……透明ならセーフと判断した製作会社の意図が、あまりに不透明すぎるぞ……!!」
去りゆく浮游するバンダナ──つまり、恐怖してその場を離れる葉隠透の背中(があったであろう虚空)に向かって、難羽輪太郎は魂の叫びをぶつけていた。
彼の怒りは、決してスケベ心からくるものではない。
サポートアイテム、そしてヒーローコスチュームとは戦場に立つヒーローの命を守る最後の砦であり、彼らが救える人の数を増やすための力であるはずだ。
「火災現場なら? 極寒地なら? 薬品工場なら? 生身の皮膚など紙切れ同然だぞ!」
それをあろうことか、何の効果もないグローブと靴だけを「コスチューム」として提出し、承認させた製作会社。
その怠慢と安全管理への意識の欠如に、難羽の中で明確な殺意が湧いていたのだ。
あんな葉隠の姿を見たくない(見えない)。
彼は、技術者としてある決意をする。
そんな難羽の背後、もとい、脛のあたりを激しく叩く者がいた。
「──おい、地味野郎……お前、見えてんだなぁ!?」
そこにいたのは、再び両目から滝のような血の涙を流している峰田だった。
その形相は鬼気迫るものがあり、難羽のズボンの裾を掴む手は怒りと嫉妬で小刻みに震えている。
「誤魔化しても無駄だぞ! さっきの葉隠を見る時の顔の角度……あれは何もない空間を見る目じゃなかった! 明確に『質量のある物体』を捉えている目だった……! お前、今、葉隠っぱいを確実に凝視していただろうがぁ!!」
「……あぁ、見ていたとも! だからこそ、私はこれほど怒っているんだ!!」
難羽は悪びれもせず、かけていたサングラスを中指でクイッと押し上げた。
そのスモークがかったレンズの奥には銀色の瞳、否、眼球型カメラデバイスが組み込まれている。
サーモグラフィー機能を用いれば、可視光線を透過する彼女の肉体も、放射される体温分布によってその輪郭を鮮明に映し出すのだ。
「ふざけやがって……! てめぇ、個性は透視か!? それとも超感覚か!? 答えろ、どのくらいの大きさだったんだよ!! 形は!? 色は!?」
激しく詰め寄る峰田のどす黒い情熱を前にして、難羽はふと、熱くなっていた頭が急速に冷却されていくのを感じた。
自分より遥かにヤバいベクトルで突き抜けている人間を見ると、人は冷静になれるものである。
難羽は改めて、足元の小さな少年を観察した。
小柄な体躯。
USJで見せた、一度くっついたら剥がれない強力な粘着個性。
そして何より、欲望のためなら恥も外聞も捨てられる執念。
(………………)
難羽の脳内で、新たな設計図が組み上がった。
具体的にはヘッドパーツが決定した。
「……よし。峰田と言ったか。二つ、私の言うことを聞いてくれるなら、全てを教えてやろう」
「マジかよ!? オイラ、なんでも聞くぜ! たとえ火の中、女子更衣室の中だ!!」
興奮で鼻息を荒くする峰田に対し、難羽はスッと指を一本立てた。
「一つ。私とチームを組め。お前が騎手だ」
「えっ、いいのか!? オイラ、背が低いから誰も馬をやってくれなかったんだ……! お前、意外といい奴じゃねえか!」
峰田の顔がぱあっと輝く。
騎手になれば、それだけ目立つ。
女子からの注目度も上がるかもしれない。
「そして、もう一つだ」
難羽の声のトーンが一段、低くなる。
サングラスの奥の光が消えたように見えた。
「……後で本人に許可を取った上で、葉隠の血液か髪の毛のサンプルを貰ってこい」
「………………は?」
一瞬前までの狂乱が、嘘のように静まった。
峰田は絶句し、背筋を凍らせるような寒気を感じていた。
「女子の裸の話を聞いてハァハァしたい」という自分の欲望が、なんだかとても健康的で可愛らしいものに思えてくるほどだ。
目の前の男が放つマッドサイエンティストの波動は、純粋で救いようがなく、そして深淵を覗き込むような度し難い恐怖があった。
「……透明化の因子構造を解析したい。最近開発したスーツでは彼女の個性と噛み合わない。やはり彼女の個性因子を組み込んだ専用スーツを作り上げる必要がある」
難羽はブツブツと独り言を呟き始めた。
自分よりヤバい奴を見ると、逆に落ち着くものである。
峰田はそっと難羽から一歩距離を置きながらも、逃げ場のない契約に飲み込まれていく自分を感じていた。
「……わ、わかったよ……。やるよ……やればいいんだろ……」
こうして、雄英体育祭史上最も歪で、最も危険な動機を持つチームが結成された。