バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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32話 +αのダークホースメン

 

 

「……じゃあ、お前らこれを着けろ」

 

 

難羽輪太郎は、集まった三人のメンバー──峰田実、障子目蔵、そして蛙吹梅雨に対し、無造作にアイテムを放り投げた。

それはレンズ部分が分厚く、フレームが顔のラインに密着するよう設計された武骨で無機質なデザインのゴーグルだった。

 

 

「サポート科の特製ゴーグル……! ま、まさかこれを着ければ、あんなことやこんなこと……服が透けて見えたりするのか!?」

 

 

峰田がゴーグルを崇めるように掲げ、鼻息を荒くする。

その脳内ではすでに、会場中の女子生徒が丸裸になるという桃源郷が展開されていた。

 

だが難羽はその妄想を一瞥し、感情を排した声で切り捨てた。

 

 

「透けない。ただの保護用だ……砂煙や爆風の余波から目を守るためのな。粉塵防御以上の機能は期待するな」

 

「嘘だろおおおおおッ!! オイラの夢があああ!!」

 

「人生楽しそうだなお前」

 

 

絶望のあまりその場に崩れ落ちる峰田。

 

そんな彼を放置し、難羽はチームの設計図を共有し始める。

 

 

今回彼が組んだのはA組メンバー、蛙吹梅雨と障子目蔵、そして峰田。

 

 

峰田をなかば強引に脅迫して連行した後、難羽は障子の圧倒的な防御力に目を付け、交渉を成立させていた。

その間峰田が念願の女子である蛙吹を連れてきたが、難羽がいなければ拒否していたようである。

 

 

「オイラの扱いひどくね?」

 

「事前に説明した通り、我々は変則的な騎馬を組む。巨躯の障子が前衛兼『馬』の本体だ。その背中に騎手である峰田と、砲台である私が乗る」

 

 

難羽は障子の多腕を見上げた。

 

 

「そして蛙吹。お前は障子の背中に張り付くような形で馬として待機し、いざという時は舌での回収、妨害を担当しろ。そのための専用装備も渡す」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

「了解だ、梅さん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 

噛み合わないやり取りのまま難羽はしゃがみ込み、峰田の頭部へと手を伸ばした。

 

 

「……さて」

 

 

難羽は躊躇なく、峰田の頭部から紫色の粘着ボール──『もぎもぎ』をむしり取ろうとした。

 

突然の難羽の奇行に峰田の顔が縦に伸びる。

 

 

「痛い痛い痛い!! もぎもぎが欲しいならそう言えよ!! 無言で毟るな!!」

 

 

峰田が涙目で抗議するが、難羽はうまく取れないと思いながら無視して確認のため引っ張る。

 

 

「……すまん。持ち主が意図して切り離さなければ外れない仕様か。そしてこの状態では粘着性はないと……よし、これでいい」

 

 

もぎもぎが難羽の普段からつけている厚手の黒い革手袋に張り付く。

 

それは雄英高校のセキュリティ侵入、根津校長監視のための子蜘蛛の生成など、多種多様な前科のある代物である。

難羽は作業用手袋として許可をもらい、自身のロッカーから持ってきていた。

 

その革手袋を構成するナノマシンに難羽の脳内にある送受信用ナノマシンが反応し、脳からの指令が手袋の表面の構築に変化を与える。

 

彼がその掌でもぎもぎを転がすと、本来なら一度触れれば剥がれないはずの超粘着玉がまるで磁石の同極同士のように反発し、ゴムボールのようにコロコロと自在に転がった。

 

 

「……表面に特殊なナノコーティングを施した。私の技術で、峰田のもぎもぎを安全に扱えるように調整してある。これで私も投擲に参加できる」

 

 

難羽はスナップを利かせ、実験的に壁に向かって腕を振った。

 

空気を切り裂く音。

 

放たれた黒い玉は峰田本人が投げるへっぴり腰のボールよりも遥かに鋭く、殺意に満ちた直進。

そして練習用のコンクリート壁に叩きつけられた。

 

 

「な……!? 投げた玉の速度がオイラより速いなんて……!」

 

「体格と筋肉、そして重心の使い方の問題だ。お前の個性は強力だが、投げ方に関しての修練が足りない。今度キャッチボールでもするか?」

 

 

難羽は峰田の弱点を指摘しつつ、その目には確かな勝算が宿っていた。

 

この絶対にくっつく弾丸を、正確無比なコントロールでばら撒く。

それは騎馬戦において、最強の拘束兵器となる。

 

 

「そして冬ちゃん、これを着てくれ」

 

「梅雨ちゃんよ」

 

 

難羽が蛙吹に差し出したのは、全身を覆う漆黒のレザースーツだった。

 

体の各所に、青いレンズ状のセンサーパーツが埋め込まれた、この時代の一般的なヒーローコスチュームとは一線を画す、不気味なほど洗練されたSFチックなデザイン。

 

 

「……難羽ちゃん、これサイズが全然合ってないわ。ブカブカよ」

 

 

蛙吹の指摘通り、渡されたスーツは彼女の小柄な体型にはいささか大きすぎた。

だが難羽は顎で首元のスイッチを指し示す。

 

 

「大丈夫だ。上から着て、首元のセンサーパーツを押せ……それがお前の体型をスキャンし、試作型人工筋肉ゲルが最適にフィットさせる」

 

 

蛙吹が言われた通りにスーツに袖を通し、スイッチを押し込む。

 

微かな排気音と共に、スーツが生き物のように急速に収縮した。

瞬く間に余分な布地は消失し、彼女の体型に一寸の狂いもなく吸い付く。

 

その身体のラインを鮮明に浮き彫りにするシルエットは、機能美と──ある種の扇情さを併せ持っていた。

 

 

「うわ……エロっ!! 難羽、お前最高かよ……! 一生ついていく!!」

 

 

峰田が親指を立てる。

 

 

「……防御は障子に任せるが、梅雨ちゃんは基本的に先ほど説明した機能を使用して動いてくれ」

 

「梅雨ちゃんと……呼んでるわね、わかったわ」

 

 

蛙吹の長い舌で強烈なビンタを食らっている峰田を背に、難羽は障子の広い肩をポンと叩いた。

障子は六本の腕を組み、静かに、しかし力強く頷く。

 

 

「……分かった。俺が城壁になればいいんだな」

 

「ああ、頼むぞ。このチームはお前が要だ」

 

 

準備は整った。

峰田実、障子目蔵、蛙吹梅雨、そして難羽輪太郎。

サポート科の冷徹な知性が、A組の異能を束ねた異色の四位一体。

 

 

 

「START!!」

 

 

 

ミッドナイトの号令がスタジアムを震わせる。

 

その合図は理性を吹き飛ばすトリガーだった。

一千万ポイントという「一攫千金」に目が眩んだ生徒たちが、一斉に爆豪勝己へと殺到する。

怒号、爆音、そして個性の閃光が入り乱れるカオス。 

 

第二種目、騎馬戦。

 

個性の化学反応が巻き起こる奪い合いが、今ここに始まった。

 

 

 

だがその狂騒の只中を一つの「異形の要塞」が、獲物を狙う猟犬のように冷静にかつ最短距離で駆け出した。

 

 

「……まずは作戦通りに」

 

 

難羽輪太郎が最初に狙いを定めたのは、一千万を持つ爆豪ではない。

 

その爆豪を狩る側だと思い込み、前方に気を取られ自分たちの背後がガラ空きになっている連中だ。

 

ターゲットは、B組の姐御肌・拳藤一佳が率いるチーム。

 

 

(……B組のまとめ役。メンバーは全員B組生徒。個性の組み合わせでなく仲の良さで選んだ。初期点数はそれほど高くない)

 

 

難羽は短く息を吐くと、障子目蔵の広い肩を叩いた。

 

 

「行け、障子……距離10メートルで急制動だ」

 

「了解だ」

 

 

巨躯の障子が六本の腕と強靭な足腰を使い、地響きを立てて突進する。 背後からの殺気に気づいた拳藤チームが振り返り、身構える。

その瞬間──

 

 

「今だ」

 

 

難羽の指示で障子が開始前から握っていたものを、思い切り拳藤達の顔面に向けて振り撒いた。

 

 

「うわっ、砂っ!? 個性じゃなくて、ただのグラウンドの砂かよ!」

 

 

飛来したのは、なんの変哲もない乾いた砂。

 

最新鋭のサポートアイテムを使うと見せかけた、あまりに原始的な物理目潰し。

防御の姿勢をとっていたB組のメンバーが不意を突かれ、一瞬だけ狼狽える。

 

 

「……セコい真似を! でも、そんなの!」

 

 

拳藤が叫び、個性『大拳』を発動させた。

彼女の右手が瞬間的に巨大化し、団扇のように風圧を起こして視界を遮る砂を豪快に払い落とそうと動く。

 

彼女の判断は正しい。

視界を確保するのは戦闘の鉄則だ。

 

だがその「払い落とす動作」こそが難羽たちの狙いだった。

 

 

「──行くぞ!」

 

 

難羽の鋭い号令が飛ぶ。

瞬間、障子の背中で難羽たちを包み込んでいた触腕の被膜が左右へと展開する。

 

そこには、峰田のもぎもぎを両手に構えた難羽と、涙目でボールをもぎ続ける峰田の姿があった。

 

 

「くらえ、オイラの執念(ボール)んんんん!!」

 

「そら、プレゼントだ」

 

 

二人が間髪入れずに粘着弾を投げつける。

難羽の精密射撃と峰田の弾幕。

 

ターゲットは砂を払うために大きく広げられた、拳藤の巨大な右手。

 

砂を払った勢いそのままに、彼女は反射的に巨大化を解除し通常サイズに戻そうとしていた。 

重量とバランスを考慮した、無意識の判断。

 

そのタイミングで、徐々に小さくなっていく拳藤の右手に次々と紫の玉が殺到する。

 

 

「しまった!」

 

 

巨大な面積に張り付いていた粘着玉は腕の収縮に伴い、行き場を失って密集する。

 

そして──

 

 

「きゃあっ!?」

 

「うわっ、拳藤! お前の手が!」

 

 

収縮する過程で大量のもぎもぎが拳藤の体、そして馬役を務める仲間の髪の毛や衣服へと複雑怪奇な知恵の輪のように絡みついたのだ。

 

 

「くっ、腕が、仲間とくっついて……離れない……!」

 

 

自らの個性解除が、自らを縛る鎖となる。

B組チームは一つの巨大な肉団子のように身動きが取れなくなっていた。

 

正面での派手な足止めと粘着地獄のパニックに全員の目が奪われる。

最後の抵抗として拳藤たちが体をゆすり、バンダナに手を近づけられないようにする。

 

彼女たちのこの行動は意外にもその行動は功を期した。

 

この暴れた状態では障子たちも拳藤からバンダナを奪うことができないからだ。

このまま一緒にくっついてしまえば他のチームの餌にしかならない。

そう判断したのか、腕を折りたたみながら障子は一度その場を離脱していく。

 

 

だが収納される峰田の右手には拳藤のバンダナが握られていた。

 

 

「……ッ、いつの間に!?」

 

 

気づいた時にはもう遅い。

くっついた腕では頭のハチマキも確認できない

難羽たちを背負った障子の背中が遠くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「回収成功よ」

 

「よくやった梅雨ちゃん」

 

 

障子の触腕がシェルターのようにぴたりと閉じ、再び要塞は中身の見えない完全な防御態勢へと戻る。

 

 

「──なんだぁ今のはァ!!」

 

 

実況席のプレゼント・マイクが、興奮のあまり椅子から転げ落ちそうになった。

 

 

「砂を使った原始的な陽動から、個性の特性を利用した粘着トラップ! そして気付かれることなくポイントゲット、まさにダークホースだァ!!」

 

「……まずは一組。次の作戦に移るぞ」

 

 

難羽はインカム越しに蛙吹に指示を出す。

 

 

「全然気づかれなかったわ、難羽ちゃん。これが透ちゃんの感覚なのね」

 

 

先ほどハチマキをとったのは蛙吹の舌だ。

峰田はあくまで渡されたに過ぎない。

突撃する障子の威圧感に拳藤たちは気付いていなかったが、障子の背中にも蛙吹はいなかった。

彼女は障子の後ろにつき、ゆっくりと拳藤の頭のハチマキを回収していたのだ。

 

 

難羽が入試時に提出したあらゆる視点から消える布。

 

 

それを素材にしたスーツは、蛙吹を姿の見えないスナイパーに変えていた。

 

 

「……いずれ人工筋肉を量産し完成させてみせる、このガンツ(・・・)スーツを!」

 

 

実践投入したのは初めてだったため、難羽は原作再現を一部成功させたことに興奮していた。

 

そして心の中で峰田に謝った。

お前がエロいと思った感性は、間違ってないぞと。

 

 

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