バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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35話 託す2人、戦う2人

 

雄英体育祭、最終種目。

 

それはヒーロー候補生たちが己の全てをぶつけ合う、一対一のガチバトルトーナメント。

 

予選を勝ち抜いた4チーム、計16名の精鋭たちが、プロヒーローへの切符を賭けて鎬を削る最高の舞台だ。

 

スタジアムを埋め尽くす観客の熱狂は最高潮に達し、誰もがモニターに映し出されるであろう対戦カードを待ちわびていた。

歓声が渦を巻き、熱気が陽炎のように揺らめく。

 

 

だがその喧騒は、たった一人の生徒の挙手によって、一瞬にして静寂へと変わった。

 

 

「……すみません。俺、辞退します」

 

 

手を挙げたのは、A組の尾白猿夫だった。

彼が放った言葉に周囲の生徒だけでなく、観客席からもどよめきが広がる。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

「せっかくの決勝進出だぞ? 捨てるなんて正気の沙汰じゃねえ」

 

 

数万人の視線が突き刺さる中、尾白は下を向き、己の掌をじっと見つめていた。

彼は毅然と理由を語り始めた。

 

彼には騎馬戦の記憶が、ほとんど無かったのだ。

 

 

「騎馬戦の終了間際まで、俺は自分の意志で動いていたつもりでした。でも……気がつけば終わっていて、気がつけば自分のチームが勝っていた……多分、心操の個性です」

 

 

尾白は列の後方に佇む普通科の生徒、心操人使を睨みつけた。

心操は悪びれる様子もなく、ただ冷ややかに、紫色の瞳で尾白を見返している。

 

 

 

「……こんな、何かも分からないまま勝ち進んで……俺は、ここに並んでいちゃいけない気がするんだ」

 

 

尾白は顔を上げ審判台のミッドナイトを真っ直ぐに見据えた。

 

 

「これは俺の……プライドの話さ」

 

 

武人としての誇り。

その悲痛な叫びに呼応するように、B組の列からも手が上がった。

 

 

「僕も同じだ! 庄田二連撃、棄権します!」

 

 

小柄な少年が、尾白に勇気をもらったように声を上げた。

 

 

「僕も彼のチームだった……! 自分の実力じゃない結果で進出するのは……フェアじゃない! ヒーローを目指す者として、それでは納得できない!」

 

 

会場がざわめく。

「ルール上は問題ないじゃないか」「もったいない」という声と、「いや、あいつらの言う通りだ」「漢らしいな」という称賛の声が混ざり合う。

 

そんな混沌とするスタジアムを見下ろし、審判のミッドナイトは、恍惚とした表情で頬を紅潮させた。

 

 

「──そういう青臭いの……嫌いじゃないわ!!」

 

 

鋭い音と共に鞭が振るわれる。

 

 

「認めましょう、二名の棄権を! その潔さ、実に青春だわ!」

 

 

ミッドナイトの、ある種独特な美学による清々しい肯定。

そして彼女は、空いた枠の埋め合わせについて、大会規約に則った宣言を高らかに行った。

 

 

「というわけで、空いた2つの枠! 本来なら予選5位のチームから、上位2名の繰り上げを認めるわ!」

 

 

巨大モニターのスロットが回り、そこに表示されたのは、惜しくも5位で涙を飲んだチームの名前だった。

 

『チーム峰田』

 

運命の女神は一度は見放した者たちに、再び微笑みかけた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「繰り上げ……! まさかのラストチャンスが回ってきたわね」

 

 

A組の観戦エリア。

蛙吹が驚きの声を上げ、その隣では峰田実が信じられないといった表情で自身の拳を握りしめていた。

 

最終種目、注目の個人戦トーナメント。

 

それは全校生徒、いや、日本中のヒーローファンが注目する大舞台だ。

目立ちたい盛りの年頃、そしてプロへのアピールを渇望するヒーロー志望の彼らにとって、これ以上ない晴れ舞台である。

 

そんな2人の横に難羽は居た。

彼は本来サポート科の待機エリアにいるべきだが、今はA組の集団に紛れ込んでいた。

 

彼はサポート科では一目置かれる存在が故に、友人がいない。

 

一応発目が積極的に話しかけてはくれるが、質疑応答形式で会話するのを友人と言えるのだろうか。

そう思いつつ難羽はサングラスの位置を直し、チームメイトだった三人に声をかけた。

 

 

「……お前たちが出たいと言うなら、私は引いてもいいぞ。ヒーロー事務所にアピールする気はないからな」

 

 

それは難羽の本心だった。

プロヒーローになるという明確な夢を持つ彼らにこそ、この枠は譲られるべきだと難羽は考えたのだが、3人の反応は難羽の予想とは少し違っていた。

 

俺は出たいと力強く自身の意志を伝える障子と違い、峰田、蛙吹はすぐに答えを返さなかった。

 

A組は峰田どころか蛙吹ですら学級委員に立候補したことを知っていた難羽は、なぜと2人の顔を見る。

 

峰田は唾を飲み込みながら、スタジアムの中央を見た。

そこにあるのは一切の遮蔽物がない、ただコンクリートで固められただけの広大なリング。

 

 

「……いや。あのステージ、オイラたちには最悪の立地だ」

 

 

峰田が悔しそうに、しかし極めて冷静に唇を噛んだ。

 

 

「オイラのもぎもぎは、狭い場所や障害物があってこそ輝く。あんな逃げ場のない平地で、轟や爆豪みたいなパワータイプ、遠距離タイプと一対一の正面衝突(タイマン)なんて……ただの虐殺ショーになっちまう」

 

「そうね。私も同じ意見よ」

 

 

蛙吹が峰田の言葉を引き継ぐ。彼女もまた、自身の能力を冷徹に分析していた。

 

 

「私のカエルとしての跳躍や舌の攻撃も、水辺や壁といった環境利用があってこそ真価を発揮するわ……今の私たちじゃ、あそこで勝つビジョンが見えない」

 

 

二人は、ただ目立ちたいだけの子供ではなかった。

自分の個性の強みと弱みを理解し、勝てる戦場と負ける戦場を見極める目を持っていた。

 

蛙吹は真っ直ぐな瞳で難羽と障子を見た。

 

 

「ここは……どんな状況でも揺るがない防御力とパワーを持つ障子ちゃんと、どんな環境でも最短の動きで相手を捌ける技術を持つ難羽ちゃんが行くべきよ。それが、私たちのチームにとっての『最適解』だわ」

 

「……いいのか? 」

 

 

障子が申し訳なさそうに問いかけると、峰田は涙を堪えるような、歪んだ笑顔で震える親指を立てた。

 

 

「……ッ、オイラだってカッコつけたいぜ! 全世界にオイラの勇姿を見せてモテまくりたい!」

 

 

峰田の本音が爆発する。

だが彼はその欲望をぐっと飲み込み、言い放った。

 

 

「……でもな、みっともなく負ける戦をするのは、もっとカッコ悪いからな!! オイラは、勝てる時に勝つ男だ!」

 

 

それは峰田なりの、男としてのプライド。

 

 

「……障子、地味野郎! オイラたちの分まで、頑張れ! ……あとでいいもの奢れよな!」

 

「……あぁ。分かった。二人の分も、俺たちが戦う」

 

 

障子が静かに頷き、その六本の腕に力を込めた。

 

こうして繰り上げ枠の二名は、サポート科の難羽輪太郎と、A組の障子目蔵に決定した。

 

彼らは仲間の期待を背負い、コンクリートの闘技場へと足を踏み入れる。

 

 

「では、再編されたトーナメント表を発表するわ!!」

 

 

ミッドナイトの声と共に、スタジアムの巨大モニターでスロットが回転する。

運命のくじ引き。

 

数秒のドラムロールの後、16名の対戦カードが確定した。

 

難羽は掲示板を見上げ、自分の名前を探した。

 

 

「……なるほど」

 

 

第3試合:難羽輪太郎 vs 上鳴電気

 

 

広範囲への放電能力を持つ、A組のムードメーカー。

騎馬戦で見せた130万ボルトの威力は脅威だが、使い過ぎれば頭がショートしてアホになるという弱点もある。

 

 

(……あいつの個性のパワーは知っているが、どれくらいの応用が効くかは分からん。それ次第だな)

 

 

そして隣に立つ障子の視線の先には、彼の対戦相手の名前があった。

 

 

第4試合:障子目蔵 vs 切島鋭児郎

 

 

「……硬化の切島か。矛と盾の勝負になりそうだな」

 

 

障子は静かに闘志を燃やす。

 

パワーと防御に優れた者同士の真正面からの殴り合い。

 

小細工なしの肉弾戦が予想された。

 

 

「……行くぞ、障子。峰田たちの賢明な判断を無駄にはできん」

 

「ああ。全力で挑む」

 

 

歓声が渦巻くスタジアム。

それぞれの思惑と覚悟を乗せ、雄英体育祭はいよいよクライマックス——「ガチバトル」のトーナメント戦へと突入していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「熱くなってるところ悪いけど、その前にレクリエーションよ!」

 

 

 

それからは殺伐とした予選とは打って変わり、玉転がしや借り物競争といった穏やかなレクリエーションが行われる。

 

トーナメントに挑む者たちは神経を研ぎ澄まし、あるいは緊張を解きほぐそうとし、来たる戦いに備えていた。

 

そして、グラウンドには大会を盛り上げるべく、華やかな光景が広がっていた。

 

 

「フレーッ! フレーッ! み・ん・な!」

 

 

A組の女子たちが鮮やかなオレンジ色のチアリーダー衣装に身を包み、ポンポンを振って声援を送っていた。

 

彼女たちはレクリエーションを盛り上げるために自ら着替えを済ませていたのだ。

八百万や麗日、蛙吹たちが、恥じらいよりも「祭を楽しもう」という笑顔で、一生懸命に思い思いのチアダンスを踊っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「フレーフレー! ナ・ン・バ・様~! 」

 

 

金髪の縦ロール女子は一通り踊ると、周囲のA組女子と目を合わせることもなく颯爽と、優雅に控え室へと戻っていく。

 

 

 

「……だからだれぇ!?」

 

「だから難羽くん居ないって!」

 

 

 

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