バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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37話 サンダーハイブリッド

 

第二試合、轟焦凍 対 瀬呂範太。

 

その試合は戦いと呼ぶにはあまりに一方的で、災害と呼ぶ方が相応しい幕切れとなった。

 

スタジアムの歓声が未だ冷めやらぬ中、対峙する二人の間には明確な温度差があった。

 

柔軟な運動神経と個性『テープ』を操る瀬呂は、開始の合図を前に軽くストレッチをし、気合を入れ直している。

対する轟は、ただ棒立ちだった。

 

その表情は能面のように冷たく、しかし瞳の奥には直前に廊下で遭遇した父親——エンデヴァーへの苛立ちが青白い炎のように渦巻いていた。

 

 

 

「START!!」

 

 

 

プレゼント・マイクの声が響くと同時、瀬呂が動いた。

 

瀬呂の肘から射出されたテープが、鞭のようにしなりながら轟の腕と胴体を捕らえた。

テープは瞬く間に轟の自由を奪う。

 

 

「オラッ!!」

 

 

瀬呂はテープを一気に引き寄せ、そのまま轟をリングの外へと投げ飛ばす——完璧な速攻プランだった。

だが、轟は動じない。

 

 

「……悪いな」

 

「——ッ!?」

 

 

瀬呂の背筋に、生物としての本能的な恐怖が走る。

 

轟の足元から発生した氷の奔流が、一瞬にしてスタジアムの半分を飲み込んだ。

 

テープを引き寄せようとしていた瀬呂ごと、背後の客席近くまで達する巨大な氷山が形成される。

視界が白に染まり、スタジアムの気温が急激に氷点下へと叩き落とされた。

あまりの光景に実況の声も、観客の悲鳴も凍りつく。

 

氷の山の中に、身動き一つ取れない状態で氷漬けにされた瀬呂の姿があった。

 

 

「……う、うごけ、ますか……?」

 

 

審判のミッドナイトが、震える声で尋ねる。

瀬呂からの返事はない。

ただ、悲しげな瞳が「無理」と訴えていた。

 

 

「せ、瀬呂くん、行動不能! 勝者、轟焦凍!」

 

 

轟は静かに息を吐き、氷に閉じ込められた瀬呂へと歩み寄った。

その左手から熱を発し、巨大すぎる氷塊を溶かし始める。

 

 

「……悪かった。やりすぎた」

 

「……ドンマイ」

 

 

会場のどこからともなく、誰かの呟きが漏れた。

それが波紋のように広がり、やがて会場全体が、圧倒的な理不尽の前に敗れ去った瀬呂への同情で一つになった。

 

 

「「「ド~ンマ~イ!!!」」」

 

 

圧倒的な実力差。

それは、轟焦凍という怪物の底知れぬ深淵を、会場にいる全ての者に刻み込む一戦となった。

 

 


 

 

 

 

 

轟焦凍が作り出した巨大な氷塊が、セメントスと清掃員ロボットたちの手によって完全に除去される。

湿気を孕んだ熱気がスタジアムに充満し、観客の興奮は再び沸点へと達しようとしていた。

 

 

「さあお待たせ! 氷点下を溶かす熱いバトルを期待してるぜェ!!」

 

 

実況席のプレゼント・マイクが叫ぶ。

リングの両端に立った二人の少年。

一人はA組のムードメーカーであり、強力な放電個性を持つ上鳴電気。

もう一人はサポート科の異端児であり、数々の奇策でここまで勝ち上がってきた難羽輪太郎。

 

そしてこのトーナメントで彼はついにサポート科らしいサポートアイテムを装着していた。

 

右腕には前腕部に筒状の装甲がされた黒いガントレット、左腕には深い緑色をベースとしたガントレット、そして円形の盾が装着されていた。

 

その盾には左腕のガントレットと同じ緑色が使われ、白の円状のラインが入っている。

そして中央部には黄色い星が力強くデザインされていた。

 

 

 

「第三試合、レディ……STARTォ!!」

 

 

 

開始のゴング代わりの絶叫が響いた瞬間、上鳴の瞳に鋭い光が宿った。

 

 

(相手はサポート科……アイテム頼みの策士だ。下手に距離を取って策を弄される前に、火力で押し切る!)

 

 

上鳴の判断は速かった。

彼は開始と同時に両手を突き出す。

 

 

「悪いな難羽! サポート科相手に手加減は無しだ……一気に終わらせてもらうぜ!!」

 

 

彼の全身から、黄色い火花が激しく迸る。

 

 

「──無差別放電130万ボルトォォォ!!」

 

 

 

轟音と共に放たれる、リング全域を飲み込むような雷の奔流。

指向性を持たないその放電が、回避不能の範囲攻撃となって難羽を飲み込もうと襲いかかる。

 

 

しかし雷光の只中にいる難羽は、眉一つ動かしていなかった。

盾の付いた左腕を前に構える。

深緑のガントレットが難羽の意思を読み取り、その力を発揮する。

 

盾の中心にある星のマークを軸に、円盤状の装甲が五つのパーツへとスライド展開した。

まるで星の紋章が展開するようなその機構の隙間から、高出力のエネルギーが放出される。

 

 

難羽の前面に、薄緑色に発光する星型の巨大なエネルギーシールドが展開された。

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

直後、上鳴の放った130万ボルトの激流がその星光の膜へと衝突する。

稲妻がシールドに触れた瞬間、弾けて表面を滑るように電流が流れていく。

 

 

「な……!?」

 

 

シールドの裏側で難羽はサングラスの奥の瞳を細めた。

 

この盾の実践投入は今回が初である。

概念系を除いた様々な攻撃から使用者を守るよう設計していたが、どうやら雷撃は問題ないようだと無表情で難羽は確認していた。

 

数秒間にわたる放電の嵐が止む。

リング上の空気はオゾンの匂いで満たされ、あちこちで小さな煙が上がっていた。

 

だが、その中心。

 

スライドしていた装甲がガシュンと音を立てて元の円形へと収納されると、そこには無傷の難羽の姿があった。

 

 

「マ、マジかよ……」

 

 

上鳴が呆然と呟く。

自慢の広範囲放電を無傷で防がれ、焦燥に駆られる。

 

さらに難羽は右腕のサポートアイテムを今だ使用していない。

今見せたのが守りであるならば、おそらく攻めのアイテム。

 

 

(……チッ! だったら!)

 

 

上鳴は思考を切り替える。

シールドは前方からの攻撃を防ぐものだ。

ならば懐に飛び込み、盾の防御範囲外から直接触れて電流を流し込めばいい。

 

 

(あの盾の隙間に潜り込んで、内側から直接流すしかねえ……!)

 

 

上鳴は意を決してダッシュした。

 

ヒーロー科として鍛えられた脚力。

瞬発力なら、技術屋の難羽より上のはず。

最短距離で盾を持っていない右側へと回り込む。

 

 

「もらったァ!!」

 

 

上鳴の手が、難羽の脇腹へと伸びる。

 

「…………」

 

しかし難羽は慌てることなく、左足を軸にして体を右へ半回転させる。

空振りをした上鳴の身体を前に、難羽の盾が再び構えられる。

 

守りではない、攻めの盾。

 

 

「ぐはっ……!?」

 

 

シールドバッシュによる鈍く重い衝撃音。

 

顔面を盾の表面で強打され、上鳴の視界が星を散らす。

上鳴はリング上へと弾き飛ばされ、数回転がって仰向けに倒れた。

 

 

「いってぇ……!」

 

 

鼻血を押さえながら上鳴はよろめきつつ立ち上がる。

 

難羽はそこに追撃せず、 左腕を前に構えた姿勢で冷徹に上鳴の挙動を見続けている。

騎馬戦の時に見せた熱のある指示を出す姿はなく、冷めた鉄の臭いを漂わせる鬼がそこにいた。

相手の動きを一切見逃さない、彼なりの全力の姿勢であった。

 

 

 

「……お前、放電以外に選択肢はないのか?」

 

 

 

そして難羽の口から放たれた言葉は物理的な一撃よりも深く、鋭く、上鳴のプライドに突き刺さった。

 

 

「なっ……なんだよ、それ」

 

「事実を言っているだけだ」

 

 

難羽は距離を詰めながら、淡々と語り続ける。

だが、彼は自身の考えをそのまま口に流しているに過ぎない。

 

 

「お前の放電という個性は、一見強力だが致命的に欠陥が多い……広範囲放電のみでは乱戦状態で輝くどころか、出力が上がれば周囲の味方まで無差別に巻き込む。それは人々を守るというヒーローの目的においてリスクだ」

 

「……っ……!!」

 

 

上鳴が反論しようと口を開くが、言葉が出てこない。

 

USJ襲撃事件の時もそうだった。

味方が近くにいる状況では、彼はフルパワーを出せなかった。

騎馬戦においても八百万がいなければ自身の個性は使えなかった。

 

 

「そして最大出力を出し切れば脳がショートし戦力外となる……つまりお前は、一度外せば自壊する使い捨てのバッテリーと同じだ」

 

「俺は……そんなんじゃ……!」

 

「なら証明してみせろ。目の前にいるのは、電撃の効かないヴィランだ」

 

 

難羽は目の前まで迫るとガントレットを装着した右手を突きつけた。

 

 

「個性は強力だが……今のままでは、お前は一生誰かの足を引っ張るだけの広範囲兵器で終わるぞ」

 

「ふざけんな……!!」

 

 

上鳴の拳が震える。

図星だった。

 

派手な個性に胡座をかき、細かい制御や基礎的な格闘技術の鍛錬をおろそかにしていた自覚が、心のどこかにあった。

自身は一発逆転できる強力な個性だからと、見ないようにしていた面もあった。

 

屈辱と怒りで顔を歪める上鳴。

 

それを見た難羽はため息をつき、予想外の行動に出た。

乾いた金属音が響く。

 

 

 

難羽は両腕の装備を外し、無造作にリングの外へと放り投げたのだ。

 

 

 

「──は?」

 

 

上鳴が目を丸くする。

観客席も、実況席のプレゼント・マイクも、その行動の意味が理解できず凍りつく。

 

 

 

「……レクチャーしてやる。かかってこい、放電男」

 

 

 

手のひらを上に向け、無表情で手招きをする。

 

 

 

「……舐めるなよ、サポート科ァ!!」

 

 

 

上鳴が吼えた。

 

相手は武器を捨てた。

 

丸腰だ。

 

普通ならチャンスと喜ぶ場面かもしれない。

 

 

だが上鳴の胸に渦巻いていたのは煮えたぎるような屈辱と、それを上回る強烈な反骨心だった。

 

 

(……見てろよ。俺だって、雄英のヒーロー科だ!!)

 

 

上鳴はあえて放電を使わなかった。

 

武器を捨てた相手に対し思考停止のぶっぱなしで勝っても、難羽の言う「欠陥」を認めることになる気がしたからだ。

 

全身に電流を纏わせ、それを打撃への付加させるイメージを描く。

 

 

「うらぁぁぁぁっ!!」

 

 

大地を蹴る。

電光を帯びた右ストレート。

それは屋内対人戦闘の爆豪が見せたものと同じ、「個性の制御」と「格闘」の融合──のつもりだった。

 

だが。

 

 

 

難羽はそれを回避し、何かを持って上鳴の頭を殴りつける。

 

 

「がっ……!?」

 

 

殴られふらつきながら、しかし何かサポートアイテムを隠し持っていたのかと一瞬考える上鳴。

しかし難羽が持つものを見ればそれはすぐに分かった。

  

 

それは床のコンクリートタイルの破片。

 

 

もはや路上の喧嘩ですら個性を使う現代において、あまりに原始的な暴力。

しかし、確かにそのシンプルな一撃は上鳴が纏った電流を突破していた。

 

 

「──挑発に弱すぎる。武器を失ったとしても、反撃手段が全てなくなるとは限らんぞ」

 

「ぐぼっ……!?」

 

 

そして投擲。

 

第2種目の峰田のもぎもぎだから許された振り下ろしが、障子の背中の上という不安定な場所だから許された投球が。

コンクリート片の全力の投擲が上鳴の腹へと突き刺さる。

 

上鳴が片足の膝をつく。

 

だが倒れない。

倒れられない。

 

難羽が上鳴の顔を掴んでいたからだ。

集中力が切れ、上鳴の全身を覆っていた電流が途切れていた。

 

 

「その個性は中遠距離だけで使うものではない。近距離戦も出来るよう鍛えろ。サポートアイテムを使うにしろ、距離の離れた相手に強力な電撃を放つにはエネルギーがいる」

 

 

上鳴を床に叩きつけるように難羽は腕を振り下ろし、そのまま寝転がった上鳴の右足を自身の両足で挟み込む。

そして難羽は全力で身体を反らした。

 

 

上鳴の足が、可動域とは反対方向に捻られていく。

 

 

「があああああああぁぁっ!!!」

 

 

膝十字固め。

 

関節技による痛みの電流が上鳴を襲った。

激痛に絶叫しながら、バンバンと床を叩く。

 

 

「個性を全力使用したとしても気絶するわけではない。関節技などで相手を拘束し、頭がパーになっても放電し続けろ!」

 

「ウェ、ウェイ……」

 

 

そう叫んだ後、上鳴を開放する難羽。

 

よろよろと立ち上がる上鳴は最早プライドどころではなかった。

自身に個性以外の技が必要だと言っていることは理解できる。

 

しかし純粋な痛みの濁流は、ショートしていない筈の上鳴を壊しつつあった。

 

 

「電撃は威力だけじゃない。相手の感覚を一時的に奪う『ノイズ』として使え。弱い電撃でも、相手が怯んだその一瞬が、お前の勝機だ!」

 

「──んごっ!?」

 

 

後ろから上鳴の腰を抱き込むように掴む難羽。

 

上鳴の視界が天地逆転する。

 

 

腰を反らし、美しい弧を描いた難羽は上鳴の身体ををリングの床へと叩きつけた。

 

 

背中からコンクリートに叩きつけられる衝撃。

肺の中の空気が強制的に吐き出される。

 

 

「…………っ!!」

 

 

上鳴が苦痛に顔を歪めて目を開けるとそこに見えたのは青い青い空と、覗き込んでくる審判のミッドナイトの顔だった。

 

 

 

 

もう、無理。

 

 

 

 

「ウェ、イ……」

 

 

 

 

 

 

 

「……上鳴くん、ダウン! 勝者、難羽くん!!」

 

 

 

 

 

会場が一瞬の静寂の後、再びどよめきに包まれる。

派手な個性のぶつかり合いを期待していた観客にとっては全くの予想外。

 

サポート科がサポートアイテムを捨てる。

多くが個性を持つが故に、なかなか見られない肉体を使いこなす技の連続。

対戦相手に技をかけながら行う謎のレクチャー。

 

 

 

難羽の奇行は、上鳴が何も出来なかったという事実をうやむやにしていた。

 

 

 

それを理解した上鳴は痛む体を起こし、少しだけ晴れやかな顔で苦笑した。

その胸には悔しさとともに、新たな目標の種が植え付けられていた。

 

 

 

A組の観戦席。

チアリーダーの衣装を着たままの八百万百と耳郎響香は、今の試合を息を呑んで見守っていた。

 

 

「……凄いですわね、あの方。サポート科とは思えない体術でしたわ」

 

 

八百万が感嘆の声を漏らす。

 

 

「自分の個性の弱点を知り、それを補う技術を持つこと……私たちも、うかうかしていられないね」

 

 

彼女たちは自身の個性をもう一度理解する必要があると確信し、顔を見合わせた。

 

 

「……にしてもさ」

 

 

耳郎がジト目で、退場していく難羽の背中を指差した。

 

 

「あいつ、あんなに強いのに……なんで専属メイドにあんなに恥ずかしい応援させてんの?」

 

「……そ、それは……天才ゆえの奇行……なのでしょうか?」

 

 

八百万も困惑気味に首を傾げる。

 

強さと奇行。

 

難羽輪太郎という男の底知れなさは、別の意味でもA組女子たちに刻み込まれたのだった。

 

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