バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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38話 絡む手の搦め手

 

雄英体育祭、第三試合の幕引きはスタジアムに分厚い困惑の層を残していた。

観客席のあちこちで、プロヒーローや一般客たちが口々に議論を交わしている。

 

難羽が上鳴との試合で披露した、星を基点に展開するあのエネルギーシールド。

その設計思想の高さと、相手の個性の欠陥を指摘して心を折るという冷徹な戦術に感嘆する技術者もいれば、勝利が確定する前に武装を捨て去った彼の意図を測りかねて首を捻る者もいた。

 

 

「騙したなあああっ!!」

 

 

そして、その後に続いた第四試合──飯田天哉と発目明の「対決」が、その困惑を確信へと変えた。

 

対等な勝負と見せかけて、飯田を十数分間にわたって自作アイテムの「実演用マネキン」として使い倒し、プロへのプレゼンに満足した途端に「じゃあ、あとはよろしくお願いします!」と笑顔で場外へ出て棄権した発目。

 

ジャーマンスープレックスを叩き込んだ武闘派エンジニア・難羽と、商魂が逞しすぎてルールすら踏み台にする発目。

立て続けに現れたサポート科の強烈すぎる個性(いのう)ではなく個性(キャラ)を前に、観客の誰もが同じ結論に達していた。

 

 

(……雄英のサポート科、変人しかいないのか!?)

 

 

そんな、ある種の風評被害とも言える空気がスタジアムを覆っていた。

熱血バトルを期待していた観客たちは、消化不良のモヤモヤを抱えている。

 

 

そんな中、第五試合のコールが響き渡る。

 

 

「さて! 変人たちのパレードは一旦おしまいだァ! ここからは男と男の真っ向勝負、期待してるぜェ!!」

 

 

実況席のプレゼント・マイクの叫びが、スタジアムの空気を「格闘」のそれへと強引に引き戻した。

 

 

そうだ、これが見たかったのだ。

 

 

 

小細工なし、プレゼンなし、説教なしの、純粋な殴り合いを。

 

 

 

歓声に迎えられ、リングの西側から姿を現したのはA組の切り込み隊長、切島鋭児郎。

真紅の髪を逆立て、不敵な笑みを浮かべる彼は、全身からやる気を漲らせている。

 

 

「障子! 繰り上げなんて関係ねえ、お前が強いのは知ってる! 正々堂々、正面からやり合おうぜ!」

 

 

切島が両拳を胸の前で激しく打ち合わせると、ガキィィン!! という、肉体同士とは思えない硬質な金属音が響いた。

 

個性『硬化』。

 

皮膚を岩石以上に硬く変質させ、鋭いエッジを伴う鎧を全身に纏った切島はまさに歩く矛にして盾だった。

 

 

対する東側から上がったのは難羽のチームメイトとして共に戦い、繰り上げ合格を掴み取った障子目蔵だ。

 

巨躯に六本の腕、口元を隠すマスク。

その威圧感は圧倒的だが、瞳には静謐な闘志が宿っている。

 

彼は無言で切島を見据えた。

その脳裏には、試合直前の控え室で難羽と行った作戦会議の光景がフラッシュバックしていた。

 

 

 

 

 

 

『……いいか、障子。切島はいい奴だが、戦い方は単調だ』

 

 

難羽は紅茶を優雅に啜りながら、ホワイトボードに切島の絵を描いていた。

分かりやすいようにとデフォルトで描かれた切島の絵は全体的に丸く、どこか脱力させる雰囲気を漂わせている。

だがその場にツッコミをする者はいない。

 

 

『奴の硬化は強力だ。単純な打撃戦になれば、生身のお前が不利になる。向こうは刃物で殴ってくるようなものだからな』

 

『ああ。持久戦に持ち込んでも、こちらのスタミナが削られるだけだ』

 

 

障子は冷静に頷いた。

 

パワーには自信があるが、硬度という点において切島に分があるのは明白だ。

どう攻めるか。

関節技か投げ技、場外への押し出しか。

 

 

『そこでだ……発想を変えろ。どんなに堅牢な鎧でも、肉体であることには変わりない』

 

 

難羽は障子の複製腕を指差した。

 

 

『なぁ障子。お前のその触手、先端に手や口などを複製できるのは知っているが……「指」単体を、それも大量に生やすことは可能か?』

 

『指? ……ああ、それくらいなら造作もないが……何に使うんだ?』

 

 

障子が首をかしげる。

打撃力を増すために拳を増やすなら分かるが、指だけを増やして何になるのか。

 

 

 

 

 

 

(……難羽。お前の発想は、いつだって俺の想像の外側にある)

 

 

回想から戻った障子はマスクの下で静かに息を吐いた。

その戦法を使うことに一瞬の躊躇いはある。

だが、これは勝負だ。

 

そして何より、自分にチャンスを譲ってくれた峰田や蛙吹のためにも、ここで負けるわけにはいかない。

 

 

「……あぁ。真っ向から、受けさせてもらう」

 

 

障子の背中の被膜が開き、六本の剛腕が複雑な構造を描いて展開される。

それは難羽のような技術的な偽装ではなく、己の肉体を極限まで使いこなそうとする覚悟の構えだった。

 

 

 

「第五試合! 切島鋭児郎 vs 障子目蔵!! レディ……STARTォ!!」

 

「うおおおおおっ!!」

 

 

 

ゴングと同時に、切島が地響きを立てて突進する。

その右拳は、文字通り岩をも砕く剛腕。

一方、障子は一歩も引かず、最短距離でその矛先へと踏み込んだ。

 

 

二つの巨体が、リングの中央で激突した。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィィィィィン!! 

 

 

 

肉体同士の衝突とは到底思えない、まるで鉄骨と鉄骨を全力で叩きつけたような轟音が、スタジアムの空気をビリビリと震わせた。

切島の右拳が、防御に入った障子のクロスした触腕と激突する。

 

 

「うらぁ! どうだ障子、俺の硬化はカチカチだろ!!」

 

 

切島が吼える。

彼は止まらない。

 

弾かれた右拳を即座に引き戻し、腰の回転を加えた左フック、続けて右アッパーと、火花が散るほどの勢いで連撃を繰り出す。

岩石のように硬く、鋭利なエッジを伴うその拳は、まともに受ければ肉を削ぎ落とされる凶器そのものだ。

 

 

「……くっ!」

 

 

障子は六本の腕を駆使し、その猛攻を捌く。

だが防ぐたびに腕の表面が削れ、鈍い痛みが走る。

 

単純なパワーでは勝っていても、硬度という絶対的な壁がそこにはあった。

殴れば殴るほど、生身である障子の方がダメージを蓄積していく消耗戦。

 

 

(……やはり、まともに打ち合ってはジリ貧か)

 

 

障子は冷静に分析した。

観客席からは「すげぇ殴り合いだ!」「これぞ体育祭!」という歓声が上がっている。

 

切島もまた、この真っ向勝負を楽しんでいる。

彼の瞳は一点の曇りもなく、ただ目の前の好敵手と力比べができる喜びで輝いていた。

 

 

「へへっ、やっぱ強えな障子! でもよ、耐久勝負なら負けねえぞ!」

 

 

切島がさらに踏み込み、決定打となる一撃を放とうと右腕を大きく振りかぶる。

その隙だらけの大振りこそが、障子が待っていた瞬間だった。

 

 

 

「……捕まえたぞ、切島」

 

 

 

障子の六本の腕が残像を残すほどの速さで動いた。

振り下ろされる切島の右腕を二本の腕で受け流し、がら空きになった胴体へ残る四本の腕を蛇のように巻き付ける。

 

 

「ぐっ……!? 組み技か! 力比べなら望むところだ!!」

 

 

切島は動じない。

むしろ密着状態は彼にとって好都合だ。

 

彼はさらに硬化の強度を上げ、筋肉を膨張させて障子の拘束を内側から引きちぎろうと力を込めた。

 

 

「うおおおおお!! 漢の勝負だァ!!」

 

 

観客のボルテージも最高潮に達する。

誰もが、ここから力と意地の押し合いが始まると信じて疑わなかった。

 

だが、障子の狙いはそこではなかった。

彼は切島の脇腹をガッチリとホールドした自身の両腕——その被膜の内側に意識を集中させた。

 

 

 

(……すまない、切島。恨むなら、あの悪魔的な参謀(なんば)を恨んでくれ)

 

 

 

異様な音がした。

切島の脇腹に密着している障子の腕の表面から、節くれだった無数の「何か」が一斉に芽吹いたのだ。

 

それは拳でも、掌でもない、指だ。

 

それも、百本、二百本という単位の、蠢く指の群れ。

まるでイソギンチャクのように障子の腕を覆い尽くした無数の指たちが、切島の硬化した皮膚の上でワキワキと蠢き始めた。

 

 

「……な、なんだぁ!?」

 

 

至近距離でそれを見た切島が、驚愕に目を見開く。

生理的な嫌悪感と、得体の知れない恐怖。

 

 

 

 

「──ぶふぉっ!?」

 

 

 

 

切島の口から情けない悲鳴が漏れた。

数百本の指が切島の脇腹、肋骨の隙間、背筋といった敏感なスポットを、目にも留まらぬ速さで這い回り、突き、搦め、そして高速振動したのだ。

 

 

 

──超高速こちょこちょである。

 

 

 

「お、おい!? な、なんだこれ、くすぐっ……てぇ!?」

 

 

 

切島の硬質な表情が、一瞬にして崩壊した。

 

 

「や、やめろ障子、男らしくねぇぞ!! ひっ、ふぐっ!?」

 

「……すまない。これも作戦だ」

 

 

障子の表情は、皮肉なほどに真剣そのものだった。

マスクの下で唇を引き結び、無数の指をコントロールし続ける。

 

『硬化』の個性は肉体の物理的な強度を劇的に向上させる。

 

だが、それは神経系を遮断するものではない。

むしろ岩のように硬くなった皮膚の下では、外部からの情報を得ようと神経が過敏になっている場合すらある。

そこへ数百本の指によるランダムかつ執拗な触覚刺激が流し込まれればどうなるか。

 

脳は処理落ちを起こし、防衛本能として「笑い」というエラーを吐き出す。

 

 

「ひっ、ひぐっ、あははははは!! む、無理無理無理! ま、待て! タイム! タァイム!!」

 

 

剛腕の切り込み隊長が、リングの上で身をよじらせ、涙目で爆笑し始めた。

締め付けられる力と、脇腹を襲う強烈な快不快の奔流。

呼吸が乱れ、横隔膜が痙攣し、腹筋に力が入らなくなる。

 

集中力の欠如により、自慢の『硬化』が部分的に解け、岩の鎧が剥がれ落ちていく。

鉄壁の防御が、「笑い」という原始的な攻撃によって内側から瓦解していく瞬間だった。

 

 

「あーっはっはっは!! ギブ! ギブだ障子! 息ができねえ!」

 

 

スタジアムに響き渡るのは、悲痛な叫びではなく、明るすぎる爆笑だった。

切島の膝から力が抜け、ガクガクと震え始める。

酸素不足による酸欠と、過剰な神経刺激による脳のパニック。

 

最強の盾である硬化は完全に解除され、今の彼はただの無防備な男子高校生に過ぎなかった。

 

 

「……隙あり」

 

 

障子目蔵は、その瞬間を見逃さなかった。

彼は無数の指による高速刺激を維持したまま、残りの剛腕で、力が抜けてグニャグニャになった切島の体を抱え上げた。

 

 

「ちょ、ま、浮いてる!? やめ、そこ触るな! アハハハハハ!!」

 

「……このまま出す。すまない」

 

 

障子は切島を抱えたまま、リングの端へと歩を進める。

切島は空中で足をバタつかせ抵抗を試みるが、脇腹を数百本の指で制圧されているため、力が入らず、ただのた打ち回ることしかできない。

 

そして──

 

ドサリと乾いた音がして、切島の背中がリング外の芝生に触れた。

 

 

「……あーっはっはっは! ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

切島は大の字になり、空を見上げて激しく肩で息をした。

目尻には涙が浮かび、顔は茹でたカニのように真っ赤になっている。

 

 

「……死ぬ……マジで死ぬかと思った……」

 

 

戦いに敗れた悔しさよりも、「やっと終わった」という安堵感が彼を支配していた。

 

 

 

 

スタジアムは静まり返っていた。

 

先ほどまでの、男と男の熱い肉弾戦への期待。

それが裏切られたというよりも、あまりに予想外すぎる展開に、観客の脳が処理落ちを起こしていたのだ。

 

 

「えーっと……」

 

 

審判のミッドナイトすら、扇子を口元に当てて困惑している。

ルール上は問題ない。攻撃による無力化と、場外への押し出し。

完璧な勝利条件を満たしている。

 

 

だが、絵面があまりにも酷かった。

 

 

 

「……こ、行動不能(?)及び場外! 勝者、障子目蔵!!」

 

「なんなんだよ今日の試合はァ!!」

 

 

判定が下った瞬間、実況席のプレゼント・マイクが頭を抱えて絶叫した。

 

 

「プロレスごっこの次はくすぐり地獄かよ!? 雄英の生徒はどうなってんだァ!! 俺が期待してたのは、こう、ガツンとぶつかり合うソウルフルなバトルだぜ!? なんでこんな、お茶の間が微妙な空気になる決着なんだよ!!」

 

 

観客席からも苦笑と、そして遅れてパラパラと拍手が沸き起こる。

それは勝者への称賛というよりは、「よく耐えた」「変なものを見た」という、奇妙な連帯感による拍手だった。

 

 

「……悪い、切島」

 

「いや……完敗だ。……すげぇよ障子、あんな搦め手まで持ってたなんて……男として、懐が深いぜ……」

 

 

手を差し伸べる障子と、それを握り返す切島。

 

 

 

 

 

 

 

 

爽やかなスポーツマンシップの光景だが、切島がまだ時折ビクッと体を震わせているため、感動は半減していた。

 

 

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