バグのヒーローアルカディア   作:胡麻蝉あぶら

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39話 ローコンディション、ハーフコンディション

 

第六試合、爆豪勝己対麗日お茶子。

 

開始と同時に捨て身の突進を繰り返す麗日に対し、爆豪は容赦のない爆炎で迎撃し続ける。

 

そのあまりに非情な戦いぶりに観客席からはブーイングが飛ぶ。

しかし実況席の相澤だけは爆豪が彼女を対等な強敵と認め、一切の油断なく警戒していることを見抜いていた。

 

そして麗日の真の狙いは、爆破で生じた無数の瓦礫を上空に滞留させることにあった。

 

 

「──!!」

 

 

解除の合図と共に、頭上から降り注ぐ瓦礫の流星群。

 

だが爆豪は天を突く最大出力の一撃でその策ごと全てをねじ伏せ、消し飛ばしてしまう。

 

白煙が晴れたリング上、麗日は限界を超えて崩れ落ちた。

 

勝者、爆豪勝己。

 

その勝利は圧倒的な実力と、相手への敬意の上に成り立っていた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗日お茶子と爆豪勝己の激闘が終わり、スタジアムではセメントスによるリングの修復作業が急ピッチで進められていた。

 

爆豪の最大火力の爆破によって粉々に砕かれたステージ。

その傷跡が、今の試合がいかに凄まじいものだったかを無言で物語っている。

 

 

A組の観客席は戦慄と興奮が冷めやらぬ、独特な熱気に包まれていた。

 

そこへ通路の奥からポケットに手を突っ込み、不機嫌そうな顔をした爆豪勝己が戻ってきた。

 

 

「……」

 

 

彼が姿を現した瞬間、クラスメイトたちの視線が一斉に集まる。

 

だが、そこにあるのは少し前のような「やりすぎだ」という非難の色ではない。

相澤が放送で言い放った──『あそこまで警戒させた相手のどこがか弱いんだ』という言葉の意味を、全員が肌で感じ取っていたからだ。

 

 

「……お疲れ、爆豪」

 

 

上鳴が、いつになく真面目な顔で声をかけた。

 

 

「相澤先生の言う通りだったな……お前、麗日さん相手に一切油断してなかった。マジで一人の強敵として叩き潰しに行ってたんだな」

 

「えげつねぇけど、それが敬意ってやつか……男子相手より必死に見えたぜ」

 

 

瀬呂や切島も爆豪の強張った表情を見て、それがいたぶりなどではなく、ギリギリの攻防の末の勝利だったことを悟っていた。

爆豪は何も答えず、ただ「フン」と鼻を鳴らしてドカッと椅子に座り込んだ。

 

その隣──脚を組み、優雅に紅茶を飲んでいた難羽が、サングラス越しに彼を一瞥した。

 

 

「……周囲は警戒していたと評価しているようだが……私には、お前が薄氷の上を歩いていたように見えたぞ」

 

 

難羽の低い指摘に爆豪がピクリと反応し、鋭い視線を向ける。

 

 

「……あァ?」

 

「怒るな。事実だろう? ……あの流星群。あれはお前にとって、見た目以上に致命的なタイミングだったはずだ」

 

 

難羽はカップを置き、淡々と分析を始めた。

 

 

「お前の爆破の燃料は、掌から分泌されるニトロのような汗だ。これまでの障害物競走や騎馬戦では、お前は常に『爆速ターボ』で動き回り、接戦を繰り広げてきた……つまり、常にエンジンが温まり、燃料が潤沢に供給される状態(ハイコンディション)だったわけだ」

 

 

難羽は指を一本立てる。

 

 

「だが、今回はどうだ? 麗日は低空姿勢で懐へ潜り込もうとし、お前はそれを警戒して足を止めての迎撃に徹した……つまり、運動量はこれまでに比べて少なかったはずだ」

 

「…………」

 

 

爆豪は否定しない。

事実、麗日の特攻を警戒するあまり、彼はこれまでの試合のように飛び回ることができず発汗を促すアクションが取れていなかった。

 

 

「運動量が減れば、発汗量も減る。お前の火力ゲージはこれまでの試合に比べて低かったはずだ……そこへ来て、あの空を覆う瓦礫の雨だ」

 

 

難羽は冷徹に、爆豪が感じていた一瞬の焦燥を言語化した。

 

 

「燃料不足のアイドリング状態で、空一面の質量兵器を消し飛ばす最大出力を唐突に要求されたんだ……もし、最後の一撃で火力が足りなければ、あるいは発動が一瞬でも遅れていれば……押し潰されていたのはお前の方だ」

 

 

爆豪は尻上がりに強くなるタイプだ。

動けば動くほど汗をかき、爆破の威力が増していくスロースターターの側面を持つ。

 

逆に言えばエンジンがかかりきっていない「初手」や「静止状態」において、規格外の大技をぶつけられることこそが爆豪勝己にとっての弱点とも言えた。

 

 

「麗日お茶子はそこまで計算していたわけではないだろうが……結果として、急所を的確に抉っていた……恐ろしいな」

 

 

難羽の言葉に、周囲で聞いていた上鳴たちが息を呑む。

 

爆豪が警戒していた理由。

 

それは精神的なものだけでなく、自身の個性のコンディションという物理的な不安要素があったからこそ、より慎重にならざるを得なかったのだ。

 

爆豪は背もたれに深く体重を預け、天井を仰いだ。

 

その表情からは険しさが少しだけ消えていた。

自分の窮地を正しく理解しその上で勝利したことを評価する人間がいたことで、余計な虚勢を張る必要がなくなったからかもしれない。

 

 

「……相変わらず、可愛げのない分析しやがって」

 

 

爆豪は視線を落とす。

 

 

「……強いだろ、あいつは」

 

 

そのボソリとした一言。

それは対戦相手への敬意などという綺麗な言葉では括れない、殺るか殺られるかの死線を踏み越えてきた者だけが知る実力の承認だった。

 

 

「……だろうな。でなければお前が、あそこまで必死に腕を振るうわけがない」

 

 

難羽は満足げに頷くと、再び紅茶を口に運んだ。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

喧騒が遠くで唸りを上げている。

スタジアムのコンクリート打ちっぱなしの通路は外の熱狂とは裏腹に、ひんやりとした静けさと薄暗さに包まれていた。

 

緑谷は自分の心臓が早鐘を打つのを感じながら、控室へと向かう通路を歩いていた。

 

次はいよいよ準々決勝。

相手は、轟焦凍。

 

推薦入学者の実力者であり底知れない氷の個性、そして何より、悲痛なまでの覚悟を背負った少年。

 

 

『俺は、親父(あいつ)個性(ほのお)は使わねぇ』

 

 

宣戦布告の時に見た、轟の凍りついた瞳が脳裏に焼き付いている。

 

 

(勝たなきゃいけない。でも、今の轟くんのままじゃ……)

 

 

オールマイトから託されたワン・フォー・オールの継承者としての責任と、友人として轟の心を縛る鎖をどうにかしたいという焦燥感。

相反する感情が、緑谷の胃をきりきりと締め上げていた。

 

その時だった。

 

不意に、通路の空気が変わった。

ひんやりとしていたはずの空気が急激に温度を上げ、肌をジリジリと焼くような熱気を帯び始めたのだ。

 

「……え?」

 

緑谷が足を止め、顔を上げる。

通路の角から一人の男が姿を現した。

 

燃え盛る炎を纏った髭とマスク。岩盤のように鍛え上げられた巨躯。そして、射抜くような鋭い眼光。

 

 

「──エンデヴァー……!」

 

 

No.2ヒーロー。

 

そして、轟焦凍の父親。

 

緑谷の喉がカラリと乾いた。

テレビや遠目に見るのとは訳が違う。

 

対面しただけで肌が粟立つような、強烈な威圧感。

 

エンデヴァーは通路を塞ぐように立ち止まり、緑谷を見下ろした。

その目は路傍の石を見るような冷徹さと、値踏みするような鋭さを併せ持っていた。

 

 

「……貴様が、緑谷出久か」

 

 

腹の底に響くような、低く重い声。

 

 

「は、はい! そうです……!」

 

 

緑谷は直立不動で答えた。

憧れのプロヒーローを前にした緊張とは違う、もっと根源的な恐怖が背筋を走る。

 

 

「そうか。……オールマイトの、お気に入りらしいな」

 

「──ッ!?」

 

 

心臓が跳ねた。

なぜそれを、という動揺が顔に出そうになるのを必死で堪える。

エンデヴァーは緑谷の反応を楽しむでもなく、ただ事実を並べるように続けた。

 

 

「奴が、体育祭ごときで特定の生徒に熱を上げている……妙だと思ったが、貴様の個性を見て合点がいった。パワー型の増強系。確かに奴と似通ってはいる」

 

 

エンデヴァーが一歩、近づく。

それだけで熱気が渦を巻き、緑谷は呼吸が苦しくなるのを感じた。

 

 

「だが、所詮は似た力だ。制御すらままなっていない」

 

「……っ」

 

 

図星を突かれ、緑谷は唇を噛む。

エンデヴァーは緑谷の反応に興味を失ったように視線を逸らし、スタジアムの方角を見やった。

 

 

「焦凍は、俺の最高傑作だ」

 

 

唐突な言葉だった。

そこに息子の成長を喜ぶ父親の情愛は微塵も感じられない。

 

あるのは、自らが作り上げた「作品」への歪んだ執着だけだった。

 

 

「奴はオールマイトを超えるために生み出された。俺の悲願を果たすための存在だ」

 

 

エンデヴァーの視線が再び緑谷に戻る。

今度は、明確な「要求」の色を帯びていた。

 

 

「貴様は、焦凍の踏み台になれ」

 

「……え?」

 

「奴は反抗期でな。頑なに俺の力(ほのお)を使おうとしない。……だが、貴様のそのオールマイトの影を感じさせる力とならば、奴も本気を出さざるを得なくなるだろう」

 

 

エンデヴァーが、緑谷の目の前まで顔を近づけた。

顔の炎が、緑谷の肌を焦がすほどに熱い。

 

 

「いいか。中途半端な試合は許さん。焦凍を追い詰めろ。奴が俺の力を使わざるを得ない状況を作り出せ。それが貴様の役割だ」

 

 

それはあまりにも身勝手で、傲慢な理屈だった。

息子の心を無視しただ自分の野望のために、息子も、対戦相手である自分も利用しようとする態度。

 

轟が抱える闇の根源が、今、目の前にいる。

 

恐怖で震えていたはずの緑谷の足が、ピタリと止まった。

腹の底から熱いものがこみ上げてくる。

 

それはエンデヴァーの熱気とは違う、義憤の炎だった。

 

 

「……僕は」

 

 

緑谷は顔を上げ、No.2ヒーローの眼光を真っ向から見返した。

 

 

「僕は、オールマイトじゃありません」

 

「……何?」

 

「それに……轟くんも、あなたじゃない!」

 

 

エンデヴァーの眉がピクリと動く。

場の空気の密度が上がり、息苦しさが増す。

 

それでも、緑谷は言葉を紡いだ。

 

震える声で、けれど確かな意志を込めて。

 

 

「轟くんは、あなたの道具じゃない! 彼は……彼自身の意志で、ヒーローを目指してるんだ!」

 

 

一瞬の沈黙。

通路の空気が張り詰める。

やがて、エンデヴァーは鼻で笑った。

 

 

「……フン。青臭いガキが。口だけは達者なようだ」

 

 

エンデヴァーは興味を失ったように踵を返した。

 

 

「せいぜい、その青臭さで焦凍を焚き付けてみせろ……期待しているぞ」

 

 

捨て台詞を残し、燃える巨体は通路の奥へと消えていった。

後に残されたのは、焦げ臭い匂いと、いつまでも消えない熱気。

 

緑谷は、壁に手をついて深く息を吐いた。

膝が笑っている。冷や汗が止まらない。

 

だがその瞳からは、先ほどまでの迷いが消えていた。

 

 

(許せない。あんなの、絶対におかしい)

 

 

轟焦凍を縛り付ける、呪いのような父親の存在。

「勝つ」ことの意味が、緑谷の中で変わった。

ただトーナメントを勝ち上がるだけじゃない。

 

 

(行こう……轟くんと戦うために(を救うために)

 

 

スタジアムの歓声がいっそう大きくなった。

 

緑谷出久は拳を強く握りしめ、熱気の残る通路を、光の射す方へと駆け出した。

 

 

 

 

現在句点ごとに改行していますが、通常の文章の書き方に直したほうがいいですか?

  • 段落を使った普通の文章のほうが良い
  • 今の文章の方が良い
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